Demon Busters!
第一章 空からきた少女 −11−
「このロザリオは、あいつが常に身につけていたもので、あいつの魔力が宿っている。これは、同じ魔力に反応するようになっている」
「つまり?」
「襲撃者達を手引きしていた者の気配に、あいつは覚えがあったようだ。その場ではそれが誰かまではわからなかったようだが、そいつに自らの魔力でマーキングをしたらしい。そいつ相手にこのロザリオを使えば・・・」
「なるほどな。気配に覚えのある奴が手引きしていたということは、そいつが裏切り者の可能性が高いということか」
ひょっとするその内通者は、いけしゃあしゃあと戻ってきた者達の中に紛れ込んでいるかもしれなかった。逆に行方をくらました者がいれば、それが内通者の可能性が高い。その場合はこの方法で探り出すことは難しくなるが、試してみる価値はあった。
それにしても、多勢に無勢だったろう戦闘の最中にそんな仕掛けをしておくとは、大した女性だった。アンディほどの男が妻に選んだのも頷ける。
「だが・・・」
ロザリオを握り締めるアンディの表情が翳る。
「あいつが死んだことで、宿っている魔力は少しずつ弱くなっている。時間はかけられない。それに、全員の前で試して仲間を疑っていると思われるのも・・・・・・」
「なら、疑わしい奴から優先的に一人ずつ試していくか」
「目星はついてるのか?」
「まぁな」
内通者がいる。そのことに気付いた時からずっと、祐漸の脳裏には一人の男の姿が浮かんでいた。
確証などないが、内通者の行動パターンと、それを可能にする能力からの推察が半分と、残りの半分は祐漸の勘だった。
一応、その推察が少しでも正しいと思える要素を増やそうと、祐漸はアンディに問いかけた。
「なぁ、アンディ。おまえと俺にクライムタウンへ行くよう最初に提案したのは、誰だ?」
一晩明けて――
帝国軍の攻撃を受けた街は、朝から早くも復興の準備が進められていた。虐げられ続けても、しぶとくこの地で生き続けようとする下町のバイタリティには感嘆するものがあった。
いつかその努力が報われればいいと思いつつ、今祐漸達にできることはあまりない。
まずは攫われたリディアの居場所を探り出すこと、そのために“鷹の爪”内部の裏切り者の正体を暴くことが優先だった。
「派手にやられたッスよねぇ。帝国の連中、ひでーことしやがる」
「そうだな」
破壊された街の一角、人気のない場所で祐漸は一人の男と会っていた。
“鷹の爪”幹部の一人で、祐漸とアンディをクライムタウンへ送る話を最初に提案した男、ルッツである。
「で、俺に何か用ッスか、祐漸さん?」
「察しがいいな」
「“リディアの姿が見えないから探すの手伝え”って言われてここまで来たわけッスけど、それなら何も二人きりの必要はないっしょ。だったら、何か別の話があるって考えるものッスよ」
「おまえのそういう敏いところは嫌いでもなかったんだがな」
いつもと変わらない軽い調子で話すルッツに対して、祐漸は冷ややかな視線を向ける。その視線に気付いていないのか、ルッツの態度に変化はない。
「今回の襲撃、出来すぎだ」
「そうッスかね?」
「アジトの場所を特定されたこと・・・これはいずれそうなると予測はしていた、それはいい。だが、都合よく主力が全員出払っているタイミングを狙われた、これは偶然か?」
「偶然じゃないとしたら、どこかで見張られていた、とかッスか?」
「或いは、内通者がいるか、だ」
一瞬の沈黙。話の内容ゆえか、ルッツの表情からも普段の軽薄さが僅かだが形を潜める。
「祐漸さん、滅多なこと言うもんじゃないスよ」
「だから、おまえにしか話してないんだろうが」
「それ、どういう風に受け取ったらいいんスかね?」
「おまえの考えてるとおりで構わんぞ」
こうした場合、相手が考えることは大きく分けて二つある。
一つは、自分が相手に信頼されているからこそ話したという場合と、もう一つ、自分こそが疑われている場合。
白であったなら、前者の場合は信頼関係の強さを喜ぶか、または後者なら憤慨するか。黒であったなら、前者の場合は己の策がはまったことをほくそえむか、後者なら慌てるかシラを切るか。
祐漸が単刀直入に切り出したのは、そうした相手の反応を見るためだった。
ルッツの反応は、普段と変わらないものだった。
「そりゃ、光栄ッスね。いい意味でも悪い意味でも、祐漸さんほどの人から一目置かれたってことッスからね」
「・・・やっぱりおまえは、なかなかのキレ者だよ。おっと・・・」
そこで祐漸は、さりげない風を装って袖の下に隠していたロザリオを地面に落とす。下で跳ねたロザリオは、祐漸の足下から遠ざかり、ルッツのいる側へと転がっていった。
「すまん、拾ってくれるか?」
「いいッスよ。祐漸さんも案外抜けてるところがあるんスねぇ」
屈み込んで落ちたロザリオに手を伸ばすルッツ。祐漸はその様子をじっと見据えていた。
ルッツは伸ばした手で、躊躇なくロザリオを手にした。
「でも意外ッスねぇ、祐漸さんがこういうの持ってるって」
ロザリオに反応は、なかった。
「俺のものじゃないさ。レイチェルのものだ」
「へぇ?」
「ちょっと事情があって、アンディから預かってる」
「そうなんスか・・・」
ルッツの表情が微かに憂いを帯びる。普段軽薄なこの男も、身内の死には悼む心もあるということなのだろうが。
「それはな、手がかりだそうだ」
「手がかり?」
「そう。レイチェルを殺した相手の、な」
「・・・・・・」
黙ってルッツは拾ったロザリオを差し出す。
敏い男だからこそ、ここまですれば自分が疑われているのだとはっきり悟るだろう。如何にこの男と言えど、そこまでされれば不快な思いをするだろう。
彼が白ならば、それが普通だ。
「状況から見て、リディアは何者かに拉致されたと見るべきだろう」
「そうッスね」
「なら、おまえ、リディアがどこにいるか知らないか?」
これが最後の質問だった。
「いや、わかんないッスよ」
「そうか」
差し出されたロザリオを受け取り、祐漸は踵を返す。
内通者がいる。
その事実に思い当たった時、祐漸の脳裏に真っ先に浮かんだ人物は、ルッツだった。
どこかペテンじみた形で、最も新参でありながらいつの間にか古参の幹部達の信頼を勝ち得ていた男。そして何より、情報の扱いに長けたこの男ならば、自らの素性を隠すことも、怪しいと思われる行動を取らなくとも外部とやり取りをすることも可能だろう。
別に最初から怪しいと思っていたわけではない。怪しいと思う要素はまるでなかった。
だが、幹部全員のことを思い描いた時、他の全員を完全に騙して通せる人間がいるとすれば、二人しかいないだろうと思った。
一人はルッツ、そしてもう一人は酒場のマスターだった。
けれどアンディによれば、レイチェルは内通者と思しき相手の気配に覚えがあったが、はっきりとはわからなかったという。彼女なら、ほぼ毎日顔を合わせていたマスターの気配に気付かないはずがない。ならば消去法によって、最も疑わしい人物は一人に絞られる。
だから祐漸は、ルッツに対して直接その疑いをぶつけた。
この男ならばこの程度話せば理解するだろうという言葉を選び、そして得た反応は、“鷹の爪”幹部のルッツという男ならばこう返すだろうという予測を裏切らないものだった。
疑うべき要素は、まったくなかった。
祐漸の眼には――
「かなた」
呼びかけると、崩れかけた建物の陰から彼女が姿を現した。
目の前に現れた少女の姿に、ルッツが不思議そうに首を傾げる気配が背を向けていてもわかった。
これは、彼が白であろうと黒であろうと予想外の展開だろう。
まったく、この少女は大したジョーカーだった。
かなたが姿を見せた時の表情で、祐漸は既に確信を得ていた。
はじめから祐漸は、自分の眼で相手を見極める気などなかった。
「おまえの眼から見てどうだ? その男は、嘘をついてるか?」
嘘という名の仮面は、そう簡単に完璧になるものではない。どんなに精巧に作られていたとしても、それを被った者の顔と仮面の間に、僅かな隙間が存在する。目の前にいる、直接騙そうとしている相手を欺くことはできても、それを横から見ている人間には隙間が見えたりすることもあるだろう。
ましてやそれが、人の思考を読むことに長けた人間であったら、尚更に。
そして、かなたが出した答えは――
「ついてる・・・・・・・・・と、思う?」
「充分だ」
祐漸は再度振り返る。ちょうど、祐漸とかなたが前後からルッツを挟み込む形だ。
「えーっと・・・どういうことッスかね、祐漸さん?」
かなたの出現にルッツは戸惑っていた。
焦っているというわけではない。かなたに対して向けているのは、この子は何を言っているんだ、という類の疑問だった。
けれど、虚を突かれたのも確かだろう。
戯言と聞き流すのは簡単な言葉でも、言う者によっては強い影響力を持つ場合もある。
天條かなたという少女の言葉もそうだ。
祐漸もはじめて会った時、彼女の意外な言葉に虚を突かれたことがあった。
「どうもこうもない、そのままだ、ルッツ」
「いや、全然わかんないんスけど・・・」
「簡単なことだ。おまえの言っていることには嘘がある。リディアの行方に関して、おまえは何か知っているはずだ」
「待ってくださいッスよ、祐漸さん。嘘をついてるって、こんな子の言葉を間に受けるなんて祐漸さんらしくないじゃないスか」
「俺らしく、か。何をもってそう言っている? 俺は自分自身の身をもって経験したことは信用している。ドンの屋敷で、そいつは俺よりも早くドンの嘘を見抜いた。だからおまえの嘘も見抜くだろうと思った。それだけのことだ」
「だ、だからってそんなことだけで・・・ちゃんとした証拠なんて」
「思い違いをするなよ」
そう、それは思い違いというものだ。
祐漸はそもそも証拠などというものを求めてなどいない。
ただ見極めたかっただけだ。
この男の言葉に、嘘があるかないかを。
「いいか、ルッツ。俺は警察でも探偵でもない、ただの無法者だ。法に基づいた枠内で証拠を挙げるなんてまどろっこしいやり方など最初からするつもりはない。疑わしきは斬る。間違っていたからと言って誰に謝らなきゃならない道理もない」
断言する祐漸に、ルッツは唖然とした表情をする。真っ当な生き方をしてきた人間から見れば当然の反応だろう。祐漸の言っているのは道理も何もない、無茶苦茶な理屈だった。
もちろん祐漸とて、疑わしいからと言って誰彼構わず斬るつもりなどない。
しかし今回に関しては、限りなく100%に近い確信を持っていた。
何より、決め付けていかなければならないくらい、時間をかけていられない理由もあった。
仮にこのことの結果として祐漸と他の幹部達との折り合いが悪くなったとしても、その時は祐漸一人が組織を抜ければいいだけのことだった。アンディをこの場に居合わせないようにしたのはそのためだ。
「それにおまえ、証拠なんて言葉をわざわざ持ち出すのはこの場合、自分から黒と白状してるようなものだぞ」
「ハハッ、馬鹿馬鹿しい、いくら祐漸さんでもそれ以上は怒るッスよ?」
「怒ったらどうする?」
「他の幹部のみなさんや、マスターさんにも話させてもらうッス」
「そんな程度で俺をどうこうできると思ってるのか?」
「どうもこうも理不尽なこと言ってんのはあんたの方ッスよ! 証拠もないのに疑って決め付けて、どっちの言い分が正しいかみんなだってわかるっしょ、さっきのロザリオにだって何の反応も・・・・・・っ!」
その瞬間、ルッツは言葉を呑み込み、祐漸は軽く呆れた顔で、けれど僅かに口元を釣り上げる。
「何だ、ついで程度に考えていたのに、わざわざ自分からボロを出してくれてありがとうよ」
「う・・・ぐ・・・・・・」
祐漸は、わざとロザリオをルッツの足下に落とし、それを拾わせることで反応を見ようとした。その際、ルッツにはただ、それが内通者の手がかりとしか教えておらず、どういう仕組みでそうなるのかは言わなかった。なのにルッツは、反応という言葉を使った。祐漸に教えられずとも、ルッツはそれがどういうものか知っていたということだ。
レイチェルは腕の立つ魔導師だった。少数の一般兵が相手なら、充分に相手をすることも、隙をついて逃げ出すこともできたはずだった。けれど現場の様子から、戦闘はあまり長く続かなかったことがわかった。それは、レイチェルほどの腕の持ち主が長く抵抗できないレベルの相手がいたということだ。
魔導師に対抗できる兵士がいるとすれば、それは強化兵、おそらく魔法戦士である。そして魔法戦士ならば、己につけられた魔力の反応を消すことも可能だろう。
「アンディには悪いが、あまりこれはアテにしていなかったんだが・・・」
手の中で光る、レイチェルの形見のロザリオを見やる。
「最終的な決め手になったのはやはりこれ。レイチェルの無念が為した業ということか」
「・・・・・・・・・」
「さて、今度こそ言い逃れはできんぞ。もっとも、最初から言い逃れをさせる気もなかったが」
仮面は剥がれた。もはやルッツに、“鷹の爪”幹部としての顔はなかった。
「俺自身はおまえが間者だろうが裏切り者だろうが深く追求する意思はない。質問は一つだ。リディアはどこだ?」
「・・・・・・ハッ、言うと思うのかよ!」
バッと、ルッツが地面を蹴って移動する。
その動きは常人のものとは思えず、彼が強化処理を受けた者である何よりの証拠だった。もはや隠す意味もないということだ。
祐漸の前から飛び退いたルッツは、逆側にいたかなたの背後に回りこみ、その身を拘束する。
ルッツの手の中に光るものが現れ、その刃の切っ先がかなたの喉元に突きつけられる。
「バレちゃしょーがねーや」
「ありきたりな台詞だな」
「へっ、残念ながら質問には答えられねーよ。かといって、あんたとまともにやりあって勝てるとは思ってねぇ。このままトンズラさせてもらうぜ」
彼としては、かなたを人質に取って逃げるつもりなのだろう。
それを見た祐漸の顔に浮かんだのは焦燥、ではなく、哀れみに似た表情だった。
「はぁ・・・阿呆が」
「は? 何言って・・・」
「ねぇ」
二人の間に割ってはいる、三人目の声。
それは少女のいつもと同じ、鈴の音のような声に違いなかったが、聞く者を威圧する何かがこもっていた。
場を支配する、誰もその声から耳を背けることの許されない声だった。
その声が、静かに問いかける。
「あなたが、レイチェルさんを殺したの?」
問いかけに答える義務は、ルッツにはなかった。
けれど彼は、強制されたように口を開いていた。
「あ・・・ああ、そうさ! あの女は強かったけど、俺は特別製の魔法戦士だからな、ナイツほどじゃなくても、そこらの魔導師に負けたりはしないさ。とどめを刺す余裕がなかったんだが、ちゃんと死んでくれてて・・・」
それ以上の発言は許されなかった。
ルッツはその瞬間、自分の身に何が起こったか理解できなかったろう。
アッ、と気付いた時にはルッツの視界は反転し、身体は地面にしたたかに打ちつけられ、片腕を捻り上げられた状態で組み伏せられていた。
「な・・・!」
何をする、とでも言いたかったのか。だが、その言葉が発せられることはなかった。
その時のかなたには、一切の容赦がなかった。
グキッ
嫌な音が自分の身体の一部から発せられたことにルッツが気付き、その箇所に目をやる。
肩から先が、あらぬ方向を向いていた。
「え・・・あ、が、ぁあああああああああっ!!!」
僅かに遅れて激痛が走り、絶叫が上がる。
折れてはいまい。間接を外しただけだが、それでも無理矢理外されたことによる痛みはかなりのものだ。
祐漸はその様子を眺めながら、今の声で人が来やしないかと心配していた。
ルッツを愚かとは言うまい。
彼は自分と祐漸の実力差を明確に分析し、その上でこの場から逃走する最善の方法を選ぼうとしたに過ぎない。それ自体が愚挙だとしても、その選択肢を選んだことは間違いではない。彼の誤りは、かなたという少女を知らなかったことだ。しかしこれも彼が悪いわけではない。
誰であろうと、はじめてかなたに会って、この少女がこんな牙を隠し持っているなど思いもしないだろう。
どう見ても、彼女はかわいい子猫だ。祐漸のように、誰が見ても獅子に見えるような者とは違う。彼女を弱者と見て、強者から逃れるための人質として扱おうとするのは自然なことだ。
むしろかなたという少女の存在自体が狡猾だった。
見たままの獅子よりも、子猫の振りをした虎の方がよほど性質が悪い。
ゆえに、それを見破れなかったルッツは愚かというより、ただ哀れだった。
「ねぇ、祐漸君」
「何だ?」
「これ、何だろう・・・わたし今、すごいざわざわしてる、めらめらかもしれない、よくわかんない・・・ねぇ、こういうの、何て言うの? 出てこないよ・・・・・・わたしは今、どーしてる?」
「どうって、おまえ」
祐漸はチラッとかなたの顔を覗き見る。さっきからずっと、彼女の顔にはその表情が貼り付いていた。だからルッツがかなたに手を出した時、それを愚かとも、哀れとも思ったのだ。
「そんなおっかない顔してるんだ、それは、怒ってるんだろ」
「そっか。これが、怒ってる、なんだね」
倒れ伏し、痛みにのたうちまわるルッツを見下ろすかなたの顔に浮かんでいるのは、はじめて見せる烈火の如き激しい怒りの感情だった。
最初は何もなかった。
すぐに楽しげに笑うことを覚えていた。
店に来てリディアやレイチェルと触れ合い、とても嬉しそうにしていた。
レイチェルの死に直面して、悲しみを知った。
そして今、レイチェルを殺した相手を前に怒りを発露されている。
(どんどん人間らしくなるな、こいつは)
それと同時に、どんどん人間らしからぬ面も見せているのだが、表層だけを見ると、はじめて会った瞬間から今まで、かなたは急速に人間らしい存在として成長していた。
「ねぇ」
今度のそれは、足下の相手に対して向けられたものだった。
「リディアちゃんは、どこ?」
短い問いかけ。そこには有無を言わせぬ迫力が込められていた。
けれどルッツにもまだ意地があったのか――
「へっ・・・知らねーな・・・」
痛みを堪えて、そう答えた。
「そう」
かなたが小さく手を振り上げる。
一瞬の出来事だった。
迸った雷撃が、ルッツの身を打った。
クライムタウンで巨大ワームに向けて放ったものより遥かに弱い。けれど人の身で受ければ、容易く感電死するほどの威力があった。
悲鳴を上げることすらなく、ルッツは白目を剥いて気絶した。息はまだあるようだ。
「祐漸君」
「ん?」
「起こして」
「・・・・・・はいよ」
祐漸はそこらを歩き回ってバケツを探し出し、それに水を汲んで戻った。その間、かなたは微動だにせずそこに立っていた。
汲んできた水を思い切り気絶しているルッツの頭に浴びせかける。
「くはっ! はっ、はっ、はっ・・・・・・」
意識を取り戻したルッツの顔を、祐漸が覗き込む。
「残念だったな」
「はっ・・・はっ・・・は?」
「今ので死ねなくて残念だったな。こいつは恐ろしく学習能力が高いから、今ので死なないとわかったら、次からはもう死ぬような一撃は放ってくれないぞ」
それどころか、もう気絶することも許さないかもしれない。最初はまったく加減が利かなかった雷撃も、今のは相手が死なない微妙なさじ加減ができていた。なら次からは、気絶するかしないかのぎりぎりの加減ができるだろう。
楽になどしてやらない。最も相手が苦しむやり方をする。
祐漸も拷問の仕方をいくつか知ってはいるが、こう上手くできるかどうか。
顔を上げて、見下ろしているかなたの顔を見る。ルッツも同じように上を見上げ、その視線に戦慄する。
「ひっ!」
そこには一片の慈悲もない。
かなたの眼は、ルッツのことを人として見てなどいなかった。それはさながら、子供が虫の解体をするような残酷さ、命を命と思わず、ただのモノとして扱う様に似ていた。激しい怒りと共にこんな視線を向けられては、
真っ当な精神の持ち主では堪ったものではないだろう。
端で見ている立場の祐漸も驚いていた。まだまだこの少女の知らない一面があるものだと。
クライムタウンで、社会の落伍者たる無法者達に対してまで慈愛の心を向けたかと思えば、こうして敵と見なした相手には容赦がない。
(まぁ、やはり総じて見ると、子供だな。感情の発露が極端だ)
彼女のことだから、二度目からはもっと感情のコントロールができるようになっているだろう。
一番はじめにこの少女と接することになった祐漸も大変だったが、喜怒哀楽の中でも最も激しい怒りの感情を最初に向けられることになったルッツはやはり哀れと言うべきか。
(因果応報だがな。さて、何発目まで意地を張り通せるか)
戻る