Demon Busters!



   第一章 空からきた少女  −4−





















「何もなかった?」

 軍本部へ戻ったラークは、休んでいいとは言われたものの事の次第が気になり、ヴェルハルトの下へ赴いて共に調査隊の報告を待っていた。
 そして届けられた第一報は、それらしい落下物は発見できなかったというものだった。

「まさか・・・・・・確かに何かが落ちたのは間違いないでしょう。それに、あの男も一緒に落ちたわけですし、何の痕跡もないなんてことは」
「落ち着け、ラーク。何の痕跡もないとは言ってない。落下物と思しきものは見付からなかった、が、何かが落ちた形跡はあった。それと・・・・・・」
「それと?」
「落下地点付近で、戦闘の痕跡があったようだ」
「戦闘?」

 それだけならば、さほど驚く内容ではなかった。
 上の街と違って、下の治安はあまり良くない。ならず者同士の抗争などいくらでも起こっているし、そこにミュータントが絡んでいたりすると、それなりに派手な戦闘が起こる場合もある。ごくたまにだが、軍の治安維持部隊が出向いていってそうしたならず者を狩り出すべく戦闘を行うこともあった。
 しかしヴェルハルトの表情は、そんなありきたりな戦闘があった程度のことにしては険しいものだった。

「俄かには信じがたいことだがな・・・・・・戦闘を行った内の片方は、体長十メートル前後の巨大生物らしい」
「じゅ、十メートル!?」

 信じられないことだった。
 辺境の地へ任務で赴いた時にそれくらいの大きさのモンスターと遭遇したことはあったが、ここは天下のアークタウンである。いくらロウワータウンが上に比べて治安が悪いからといって、 人口においてはハイアータウンを上回るのだ。そんな人の生活圏に、おいそれと巨大モンスターが出現することなど有り得ない。

「何かの間違いじゃ・・・?」
「俺もそう思いたかったがな、付近にその巨大生物のものと思しき折れた牙が落ちていた。加えて巨大なものが這いずり回った跡と、地面に潜った際にできたと思われる大穴。場所が無人の区画だったため目撃証言こそ得られていないが、その巨大モンスターがそこにいたことは間違いない」
「悪い冗談ですね」
「まったくだ」
「もしかして、その巨大モンスターが落下物の正体なんでしょうか?」
「それだと辻褄が合わないな。落ちてきた光の塊はせいぜい二〜三メートルくらいしかなかったんだろう?」
「ええ。むしろ、もっと小さかったかもしれません。人一人がすっぽり入るくらいの感じで・・・・・・」

 うーむ、と二人して唸る。
 今手許にある情報だけでは、判断材料が足りなかった。

「ラーク、俺の仮説を一つ聞いてくれるか?」
「はい」
「落下物の正体ははっきり言ってまったく予測がつかん。だが例の傭兵の男は死体でも見付かっていない。となると、その男は生きていて、巨大モンスターと戦ったのはその男かもしれん」
「あの高さから落ちて無事で、しかも十メートル級のモンスターを撃退したって言うんですか?」
「竜退治の噂がもしも真実なら、可能性がないわけじゃないだろう」
「・・・・・・・・・」

 あの男、祐漸は死んだとラークは思っていた。けれど、ずっと胸の奥にしこりがあるような不安感があった。
 対峙している最中にはあまり感じなかったのだが、後になってあの男のことを思い出すと、得体の知れない震えが走るのだ。
 特戦のナイツの一員たる自分が、強化兵でもないただの人間を恐れるはずなどないというのに。
 ヴェルハルトから竜退治の噂などを聞いたため過剰に反応してしまっているだけと思っていたのだが、あの男の死をこうして確認できずにいると、また不安が拡がってくる。

「とにかく、もっと詳しい調査が済むまで、あまり憶測ばかりで話すのもやめておこう」

 追加の報告が来るまで、今は待とうというヴェルハルトの言葉にラークも頷いた。
 と、そこへか細い声が聞こえてきた。

「あ、あの〜・・・・・・」
「ん・・・・・・こっ、これは皇女殿下!」
「え!?」

 遠慮がちにかけられた声に振り返ると、扉の淵からラークと同年代の少女が室内を覗き込んでいた。
 誰あろう、それはルベリア帝国の第一皇位継承者に当たるフローラ・ルベリア皇女で、ラークとヴェルハルトは慌てて敬礼をする。
 するとフローラ皇女はむしろ自分の方が慌てた体で中に入ってきた。

「あ、そんなに畏まらないでくださいっ、突然押しかけたのは私の方なんですから!」

 そう言われてすぐに緊張を解けるほど二人は豪胆ではなかった。
 将軍位を持つヴェルハルトと、特戦のナイツであるラークはどちらも軍部では高い位にいるが、それでも皇族の直系ともなれば心情的には雲の上の存在である。今はまだ歳若いと言っても、ゆくゆくはこの国の全権を継承する人物なのだ。どんな状況であれ、最敬礼で迎えるのが筋というものだった。
 ところが皇女の方はそう思っていないのか、畏まった態度を取る二人を前にあたふたしている。むしろ遅れて入ってきた侍女の方が落ち着き払っていた。
 目立たないように、けれど皇女に何かあればすぐにでも対応できる位置に控えている彼女の名はレイリス・レイヤード。皇女の側近として、護衛から政務の補佐まで務める有能な人物として有名である。また魔法戦士としての強化を受け、その実力はナイツにも匹敵すると言われている。

「落ち着いてください、フローラ様。いつも申し上げているように、下の者にはもっと威厳のある態度で接するべきです」
「そ、それはわかってるけど・・・・・・ふぅ、すー、はー・・・・・・」

 フローラ皇女はレイリスの方を向いて数回深呼吸をすると、振り向いた時には幾分落ち着いた表情をしていた。若干顔が赤いのは、取り乱したのが恥ずかしかったのだろう。
 そんな皇女の態度を見て、ラークは不謹慎ながら、皇女も間近で見ると普通の女の子なんだな、などと思っていた。

「こほんっ・・・すみません、いきなりで驚かせてしまったみたいですね」
「いえ、滅相もございません。して、皇女殿下はどのような用向きでこちらへ?」
「はい、先ほど街に光が落ちるのが窓から見えて、それがとても気になったので。こちらでその調査を行っていると窺い、差し出がましいかと思いましたが、お話を聞ければと」
「左様でしたか。確かに、現在その件については調査中です。ですが、何分まだ情報が少なく、詳しいことは・・・・・・」
「そうですか・・・・・・では、わかっている範囲でも構いません。あの光のこと、教えてくださいませんか?」
「それでしたら、このラークに聞くのが良いでしょう。実際に、光が落ちるところを間近で見た者です」
「えっ?」

 皇女とヴェルハルトが話しているのを横でぼんやりと聞いていたラーク、急に自分の名前を出されて慌てた。
 どうやらヴェルハルトは将軍の一人として、皇女とは何度か面識があったようで、はじめは驚いていたが普通に話をしていた。しかし、ラークは皇族と間近に接するのははじめてだった。いくらエリート中のエリート部隊たるナイツの一人と言えども、まだ若い戦士であるラークにとっては、これは緊張するなと言うのは無理な状況だった。
 皇女の方はどうなのかと言うと、こちらはこちらで同年代の異性を接する機会が少ないためか、やはり少し緊張気味に見えた。

「あの、ラーク様と仰るのですか?」
「は、はいっ! 特殊戦術部所属、ナイツ第八位、ラーク・スウォードです!」
「まぁ、ナイツの方だったのですね。知らぬこととは言え、ご無礼を致しました」

 そう言ってフローラ皇女は一歩下がると、ドレスの裾をつまんで一礼をしてみせた。それを見てラークは慌てふためいた。

「そそそそんなっ、皇女殿下! 頭をお上げくださいっ、無礼だなんてそんな、僕、ああいや私如き相手にそのような・・・・・・」
「いいえ。ナイツは皇帝直属の騎士。第一皇女と言えども礼を疎かにしていい相手ではありません」
「あ、うぅぅ・・・・・・」

 確かに理屈としてはそうなのかもしれない。ナイツの他のメンバー、特に上位のものほど自分達を皇族と対等のようなものとして振舞っている。
 とはいえ、まだナイツの一員となってより日が浅く、皇族を雲上の人々と思って育ってきたラークにとって、自分が皇女に頭を下げられるなどもったいないを通り越して畏れ多いことだった。
 仕方ないので、ラークは皇女以上に深く頭を下げて礼を返した。
 その様子を上目遣いで覗き見たフローラ皇女は、ふっと表情を崩した。

「くすっ」
「こ、皇女殿下・・・?」
「やめましょう、堅苦しいのは。畏まったり畏まれたりするのは苦手ですし。ラークとお呼びしてもいいですか? 私のこともフローラと呼んでくださっていいですから」
「は、はい・・・・・・あっ、い、いえ! わ、私のことは呼び捨てで構いませんが、こちらからそれはあまりに・・・・・・」
「いいんです、私が許可するんですから。それとも、命令しちゃいましょうか? って、そんな権限ないですけど」
「はぁ・・・・・・で、ではその、フローラ様、と」
「はいっ」

 嬉しげに微笑むフローラを見て、ラークは動悸が激しくなるのを感じた。おそらく顔は真っ赤だろう。
 横を見ると、ヴェルハルトが笑いを堪えるように顔を逸らしていた。
 フローラの背後からは、レイリスの冷ややかな視線が向けられていた。
 どうにも居心地が悪い。
 穴があったら入りたいとはまさにこのことだった。
 けれどフローラの笑顔を見ていると心が癒されるようで、周りの視線も気にならなくなっていく。
 あまりよくない傾向だと理解しながら、ラークはフローラの側に安らぎを覚えていた。

「それでは、ラーク、あなたが見たあの光のこと、聞かせてもらえますか?」
「はい!」

 彼女と話せる喜びを噛み締めながら、ラークは自分が見たことに関して事細かに語って聞かせた。



















「祐漸君はすごいね〜」
「あん?」

 脈絡なくそう切り出したかなたに、祐漸は首を傾げる。
 会ってから半日以上が既に経過し、思考の間が空く長さは大分短くなり、物言いも明瞭なものになってきていたが、いまだこの少女が時々突飛な発言をすることに変わりはなかった。もしかしたら、それに関しては本来の性格に起因しているのではないかと思う。
 今も、露店を興味深げに眺めていたかと思えば、突然振り返ってのこの発言である。いくら祐漸でも咄嗟には何の話かわからなかった。

「ほら、こーーーーーんな大きな怪物を、こう、どぉーーーーんっ、って飛ばしちゃってたよね」
「ああ」

 何の話かと思えば、先ほどのモンスターとの戦闘の時のことだった。
 あの時は騒ぎを聞きつけて人が集まってきたりする前に姿を消したかったため、かなたを引っ張ってさっさと走り去ったのだ。その後街の人込みに紛れると、かなたは人や街並みの様子に興味を示してしきりに感心していたため、あの場でのことを口にすることがなかったのである。
 それを今になって急に思い出したのだろう。
 まったく、思考のまとまりの無さや言動の突飛さはまるっきり子供だった。
 身振り手振りを交えて会話する辺りも子供っぽい。しかし危ういところですれ違う人とぶつかりそうになりながら、ひょいひょいと避けていく身のこなしは只者ではない証拠だった。

「あれくらい、おまえにもできるんじゃないのか?」
「ふぇぇぇ、ど、どうかな〜?」

 大きく首を捻って考え込む。依然として新しい情報が入ってくると思考時間が長くなる。
 しかし我ながらつまらないことを聞くと祐漸は思った。
 いくら身のこなしが軽く、達人めいた動きをしていると言っても、この少女の細腕に祐漸ほどの膂力があるとは到底思えなかった。巨大モンスターを吹き飛ばした一撃を可能にしたのは技もあったが、それを支えているのは鍛錬によってつけた腕力だった。

「ん〜、わかんないや。でもちょっと無理だと思うな」

 かなり長い時間考え込んだ末、かなたはそう答えた。
 予想通りの答え、というか当たり前だろう。

「ぼかぁーーーーーんっ、ていうのはできるような気がするんだけどね」
「は?」
「だから、ぼかぁーーーーーんっ!」

 両手を一杯に拡げて声を張り上げるかなたに、道行く人々が何事かと振り返る。
 彼女の発する音と仕草から推察するに、それは爆発を表現しているようなのだが、吹き飛ばすことは無理でも爆発させることはできるとはどういうことか。
 思わず真面目に考えそうになって、やめた。
 子供の話をいちいち真に受けていては馬鹿を見るだけだった。
 また仮に彼女の言葉が本当だったとしても、別に驚くには値しない。それくらいとんでもないことをやらかしそうな存在なのだ、この少女は。
 空から降ってきた少女。
 しかも厚さ二十メートル以上のプレートを貫通した上で地表に落下しながらまったくの無傷だった、人の姿をしているが人間であるかどうかは果てしなく怪しい謎の生命体。
 これで物を爆発させる力を持っていたとしても、大した不思議でもないだろう。

「おまえ、そういう話は俺以外の奴相手にはするなよ」
「ん、なんで?」
「何でもだ。理由が知りたきゃ自分で考えろ」
「ん〜〜〜〜??」

 考え込み出すとかなたは静かになる。いい加減目に入るもの一つ一つにいちいち興味を持って騒がれるのは億劫になってきたので、これでしばらくは黙らせておくことにした。
 この上目立ちたくない、というのもある。
 さっきまでいた落下地点を急いで離れた後、祐漸は自分達の通った道の痕跡を消しながら、ロウワータウンの中心部を大きく迂回して、“鷹の爪”の本拠地がある区画を目指していた。
 かなたと“鷹の爪”、どちらの雇い主も帝国軍から狙われる可能性があるため、それを守るための処置だった。
 祐漸自身はともかく、かなたの姿は相手も知らないはずなため、こうして人込みに一度紛れてしまえば、見付かる心配はまずないだろう。
 それから、うんうん唸りながら理由について考え続けるかなたを連れて“鷹の爪”の拠点が置かれている酒場に辿り着いたのは、夕方になってからのことだった。 ハイアータウンへ向かうべくここを出発したのは昨日の昼頃だったため、丸一日以上経っての帰還ということになった。
 店の中はわりと小奇麗だった。
 こうした店はロウワータウンではならず者の溜まり場になりやすいのだが、一見した限りではここに集まっているのは健全な労働者ばかりのように思えた。酒やタバコの臭いも控え目である。
 そうした雰囲気を生み出している要因の一つが、トコトコと目の前を横切る。

「あっ、お兄ちゃん! おかえりなさ〜い」

 モップを両手で抱えて器用にテーブルを避けながら店内を掃除しながら駆け回っていた少女が祐漸に気付いて声を上げる。
 フリルのついたかわいらしいエプロンドレスを着た十歳前後の少女はリディアという名前で、この店に住み込みで働いている夫婦の娘だった。
 祐漸が軽く手を振って応えると、リディアはにぱーっと笑顔を浮かべる。
 それを見ていた店の客達が、揃って緩んだ表情を見せた。この店が他の酒場のように荒れたりしないのは、彼女の天真爛漫な姿が人々の心に安らぎを与えているからだろう。厳しい生活を強いられているロウワータウンの人々の、ここは癒やしの場となっているのだ。

「よぉ、傭兵の兄ちゃん。仕事の口は見付かりそうかい?」
「さっぱりだな。まぁ、俺みたいなのが用無しってのは、争い事がなくて平和ってことだ」
「そうだなぁ。何年か前みたいに戦争がないのはせめても救いだよ。これでもうちょっと生活が楽になったらなぁ・・・・・・」

 しばらく前から、祐漸もこの店の二階に間借りして暮らしているため、常連客とは顔なじみになってたまにこうした話をしている。こうした街では流れ者はあまり歓迎されないものだが、この店の雰囲気がそんなわだかまりを解消していた。
 リディアのような純真な少女が懐いているからこの青年はいい奴。
 彼らの心境はこんなところであろう。

「ところで兄ちゃん、そっちの嬢ちゃんはどうしたんだい?」
「ん? ああ・・・・・・」

 後ろを振り返ると、かなたはまだ考え込んでいるのかうんうん唸っていた。

「俺の田舎の知り合いでな。こんな都会までやってきたはいいが右も左もわからなくなってたところを偶然見付けて拾ってきたのさ」
「へぇ。ひょっとして、おまえさんを追いかけてきたカノジョかい?」
「そんなんじゃないさ」

 田舎の知り合い、というのは事前に決めておいたかなたの偽の素性だった。人に聞かれたら、適当にそういうことにしておくよう言い含めてあった。元々祐漸自身も素性不明の男である。これでいくらでも誤魔化せる。
 ロウワータウンには祐漸のような流れ者が少なくないので、店の客達もそれ以上深くは追求してこない。
 しかし“カノジョ”という部分に関しては勝手に誤解を拡げてはやし立ててくる。
 わざわざ間違いを正すことはなかった。皆話の種がほしくて、半分本気半分冗談で言っているだけなのだ。せっかくの酒の肴をあえて取り上げることもなかった。

「リディア」
「はーい!」

 呼ばれてリディアがモップ掛けを続行しながら寄ってくる。

「親父は戻ってきてるか?」
「うん。あ、そうだ! お兄ちゃんが帰ってきたら呼びに来いって言われてたんだった」
「構わん。俺の方から行く。それより頼みがある」
「ん、なに?」
「俺が奥に行ってる間、コレの面倒を見といてくれ」
「ふぇ?」

 首根っこを掴んで、まだ唸っているかなたをリディアの前に突き出す。

「お兄ちゃんのカノジョ?」
「違う、酔っ払い共の話を真に受けるな。こいつ形はでかいが中身はおまえとそう変わらんから、適当に相手をしとけ。何なら仕事を手伝わせてもいい」
「うん、わかった。じゃあ、お姉ちゃん、こっち!」
「ほぁぇ???」

 事情をさっぱり理解していない顔のかなたがリディアに引っ張っていかれるのを見届けてから、祐漸はカウンターの方へ向かう。
 グラスを磨いている店のマスターを一瞥すると、相手が頷くのを見て取り、カウンター脇の扉から奥へ向かう。
 厨房を抜けていくと、二階へ向かう階段がある。このまま上へ行けば、寝所にしている部屋があった。
 そこを素通りしてさらに奥へ進むと、すぐには目につかない位置にまた階段があり、こちらは地下へ続いている。
 暗く狭い階段を降りていくと、一階の店と同じくらいの広さの空間に出た。
 様々な人間がそこにはいた。
 上にもいるような普通の街の労働者風の男もいれば、祐漸と同じような傭兵、いずれも若い者からそれなりの年配者までいた。
 ここがレジスタンス“鷹の爪”のアジトだった。
 酒場のオーナーは彼らのパトロンであり、また実質的なリーダーでもあった。祐漸のここでの雇い主もその男であり、普段は酒場のマスターとして店にいる。様々な人間が集まるこの組織の中で、実は一番経歴が謎なのはあのマスターだった。けれど不思議と人望があり、だからこそレジスタンスのリーダーが務まっていた。
 アジトにいる面々の祐漸へ向ける視線は様々だが、大別して友好的なものは少なかった。新参者でありながらリーダーから信頼されており、またそれに見合うだけの戦果を挙げていることを妬む者や、それを可能にする祐漸の実力を恐れる者、また単純に信用が置けないという者。 同じ素性の知れない人間でも、リーダーであるマスターとは大違いである。
 そんな中、数少ない友好的な態度で接してくる相手、アンディがやってくる。

「祐漸、無事だったか」
「まぁな。そっちは?」
「何人か傷を負ったが、被害は最小限だ。作戦は失敗だったがな」
「それにしちゃ、周りの連中が静かだな」

 祐漸がいながら作戦が失敗したとなれば、それを理由にねちねち言ってくる輩がいてもおかしくないと思ったのだが。

「おまえがいなければそもそも全滅していたかもしれん。一人の犠牲者も出さずに済んだのは、紛れも無くおまえの功績だ」
「・・・・・・」

 肯定も否定もせずに聞き流す。
 結果を誇ってみせても、逆に謙遜してみせても周りとの摩擦を生むだけなのは目に見えていた。何も言わず、波風を立てないのが一番である。
 けれどこの程度の人間関係にピリピリしてまとまりがないようでは、到底帝国に一矢報いるなどできそうもなかった。

(和を乱しているのは俺の存在かもしれないがな)

 いずれにせよ行く末の見えた小さな組織だが、雇われている以上はそれに見合う働きを遂げるまではここにいるつもりだった。
 そう長いことにもならない予感はしていたが。



















戻る


あとがき
 新キャラ、フローラ&レイリス登場。言わずもがな、カノン・ファンタジアに出ていた二人である。お姫様とその従者という存在はファンタジーものとしては外せない要素なわけで、本格的な出番はもう少し先になるが、彼女らも重要な登場人物となる。

 1話目のあとがきでラークを『コードギアス』の“スザク”に例えたが、ならばフローラは“ユフィ”になるのかというと、それは半分正解だが、必ずしもそうではない、といったところか。その辺りどんな流れになるのかは、早ければ第二章の中頃でわかってくるであろう。