Demon Busters!



   第一章 空からきた少女  −3−





















 不自然に話している途中で間が開いたり、言っている内容が支離滅裂だったりする少女とのコミュニケーションに手間取りながら、祐漸はここまでにわかったことを頭の中でまとめる。
 つまり、この少女は記憶喪失である。
 思考に混乱が見られたが、これは段々明瞭になっていっている。もう少し経てばもっとマシな会話ができるようになるだろう。しかし、ところどころに記憶の欠損があるようだ。特に、自分自身に関する情報は少女の口から一切出てこない。落下の衝撃によるものか、それとも元々なのかはわからない。

「おい、おまえ」
「天條かなた、だよ」
「・・・・・・天條」
「あ、できれば下の名前で呼んでほしいな。そっちの方が親しみを感じるよね〜」
「なら、かなた・・・・・・」
「そうだ! ぁー・・・・・・・・・」

 俺にも喋らせろ、と口に出して抗議したいくらい、いちいち人の機先を制するタイミングで声を発する相手だった。しかも声を張り上げておいてまた勝手に思考の間に落ち込んでいる。
 時々こうした間を置いては、その後から一転して流暢に話し始める。
 まるで、バラバラになったパズルを組み直して正しい思考回路を形成していっているようだ。

「あなたの名前」
「俺の?」
「そう、あなたの名前も聞きたいな?」
「・・・・・・祐漸だ」
「ゆうぜん・・・・・・祐漸君、と。うん、覚えた」
「そうかい」

 ならば今度こそ話を進めさせてくれということで素早く切り出す。

「自分のことはまだ何もわからないのか?」
「うん、ぜんぜん」
「なら、これからどうするつもりだ?」
「これから? ・・・・・・・・・・・・」

 また考え込み出した。
 新しい情報が入ってくると、それを処理するために欠けているパズルのピースを探し出さなくてはならないようだ。全部組み終わってから話せばいいものを、おそらく本人に完成図が見えていないのだろう。だからとりあえず、その時点で知りうるピースだけをはめてとりあえずの形を成している。
 あくまでイメージだが、あながち的外れでもないだろう。
 きちんとした思考回路の完成を待ってから会話をしたいものだが、今は時間がない。

「ま、どうしようと構わんが、ここにはあまり長居しない方がいいぞ」
「ふぇ?」
「面倒な連中が来るからな。考え込むなら場所を移してからにしとけ」

 言いながら祐漸は瓦礫の上から降りるべく踵を返す。足場は相当悪いが、そこそこ安定している場所を見極めながら地面を目指して進んでいく。

「待って!」

 半ばまで行ったところで呼び止められる。

「・・・何だ?」

 無視して行こうかとも一瞬思ったが、さすがにそういうわけにもいかない。
 経験上、こうした輩と一度関わってしまった以上、そう易々とその縁は切れないものだった。
 どこかで区切りがつくまで、とことん付き合うしかないだろう。

「・・・・・・・・・・・・え〜と?」
「言いたいことを先にまとめてから声をかけろよ」
「あはは、ごめん」

 瓦礫の山の天辺で座り込んだままの少女、かなたは苦笑してから再び思考の間に入る。その表情を見て、目を覚ましてから、思考が明瞭になっていっているだけでなく表情も豊かになってきていることに祐漸は気付いた。
 本当に、何かの拍子に壊れた人格が元に戻っていっている、という雰囲気だった。

「・・・うん、そう、わたしこれからどうしたらいいのかわからないのです」
「それで?」
「えっと・・・・・・一緒に行ってもいいですか?」
「何で俺が見ず知らずのおまえを一緒に連れて行かないといかんのだ」
「ふぇ? それは・・・なんででしょう?」

 余計なことを言ったようだ。また長い思考に入ってしまった。
 時間がない時に彼女に真新しい情報を与えるべきではなさそうだ。

「んー・・・祐漸君は、何ですか?」
「・・・・・・何と聞かれてパッと答えるのは難しいが」
「あれ? あ、そっか、じゃあ・・・祐漸君は何をしてる人なの?」
「俺は傭兵だな」
「ようへい?」
「金で雇われて戦う人間のことだ。主に何かの作戦の手伝いや、人の護衛なんかが仕事だな」

 言ってから祐漸はしまったと思った。
 当たり障りのない説明をしたつもりだったが、かなたに対してはまた多数の新しい情報を与えてしまった。
 これではまた思考の間に入ってしまう。かといってこれ以上噛み砕いた説明もできず、何より今さら遅い。
 実にやりにくい相手だった。

「ぁ〜・・・・・・・・・・・・」

 当のかなたはと言えば、わかっているのかいないのか、しきりに頷きながら、案の定また長い思考に入っていた。
 最初に彼女が目を覚ましてからかれこれ三十分近くこんな調子が続いていた。いい加減急いでこの場を離れないと、本当に厄介な事態になるかもしれなかった。

「おおっ!」

 何かを思い付いたようにかなたがピッと人差し指を立てながら声を上げる。
 これで尚支離滅裂な発言をしようものなら、今度こそ置いていこうと決めた。

「何だ?」
「祐漸君、わたしの護衛をしませんか?」
「なんだと?」
「護衛なら、一緒にいてもいいよね。わたしは自分がどうしたらいいのかわからないけど、ここにいるのはよくないんだよね? だったらそういうことにして、わたしは祐漸君と一緒に行きます。どう?」
「・・・・・・・・・」

 どうやらこの少女、頭は悪くないらしい。
 彼女が祐漸の雇い主となり、その上で行動の方針を彼に委ねるというなら、共に行動することに対する正当性も生まれる。
 別に誰に対して正当性を訴えなくてはならない理由もないが、意味もなく親切を振り撒くほど祐漸は暇なお人好しではない。こうして関わった以上、彼女を完全に見捨てる気はないが、雇う者と雇われる者という仕事上の関係を築き上げられるなら、それは悪くない。
 考え出すのに時間はかかっていたが、そこで導き出した結論は祐漸にとって好ましいものだった。
 この少女とは、わりと良い関係を築けるかもしれなかった。

「そういうことなら構わんが、俺を雇う以上はそれなりの報酬は必要だぞ」
「ふぇ? ほうしゅう? ぅ〜・・・えっと・・・・・・・・・・・・」

 また失敗した。
 余計な話をするなというのに、つい普段の調子で話を進めてしまう。
 それでも、さっきまでに比べてかなたの思考時間は短くなってきていた。

「じゃあ、こういうのはどう? 報酬はわたしで」
「は?」
「あれ、変だった? 男の人は女の人がほしいもの、って思ったんだけど・・・・・・」
「・・・・・・・・・」
「??」

 祐漸はかなたの姿をまじまじと見詰める。
 なるほど、確かに見れば見るほど美少女であり、表情が豊かになってきたことで尚一層それが際立ってきている。彼女の自分のものにしたいと考える男もいるだろう。しかしそんな自分の魅力をわかって言っているのかそうでないのか。
 おそらく、まったくわかってなどいないのだろう。
 どういう経緯があったのか知れないが、先ほど目覚めた時のかなたは、まったくの無垢な存在だった。
 人格という名のパズルが一旦バラバラになったことで、不純物が取り除かれ、とても純粋な部分だけが残ったのだろう。知識そのものは残っているようだが、そこに善悪の観念がない。
 崩れたパズルを組み立てることで、急速に人格が再形成されていってはいるが、今の彼女は生まれたばかりの赤子に限りなく近かった。

「ふん、自分の女を報酬にするには十年早いな」
「ふぇえええ? そ、そうなんだ・・・・・・じゃあ、えーっと・・・・・・・・・」
「ほら、ぐずぐずするな、とっとと行くぞ」
「う、うん・・・・・・?」
「報酬の話はまた後だ。きっちり払ってもらうから、それまでは一緒にいてもらうぞ、クライアント」

 理解するまで若干の間が空いたが、言われていることがわかった途端、かなたはパッと笑みを浮かべた。
 会って間もなかったが、それが彼女の一番の表情だと、一目でわかる眩しい笑顔だった。

「はーいっ、今いくよ〜!」

 勢いよく立ち上がったかなたは、瓦礫の間をひょいひょい飛び跳ねながら祐漸を追いかけてくる。足場は悪いはずなのにものともしない。相当身軽なようだった。
 あっという間に追いつき、祐漸の隣に並んだかなたはやたら嬉しそうにしている。
 必要以上にニコニコした顔を見上げられるのは、少し鬱陶しい。

「何をそんなに嬉しそうな顔をしている?」
「んー、なんでだろう? なんかわかんないけど嬉しいの」
「何がだ?」
「優しい人に会えたことが、かな?」
「そりゃあ大層な買いかぶりだな」

 自分が優しいなどと思ったこともなかった。
 これまで生きてきた、祐漸が常に自らそうあろうと思っているのは――

「あと、強い人」

 そう、常に強くあること、だった。

「・・・・・・おまえ」

 彼女には、己の強さを見せるような機会はなかったはずだった。にもかかわらず、かなたは確信を持った口調で祐漸のことを強い人と称した。
 それは単に見た目の印象から感じたものを口にしただけなのかもしれない。
 他の相手に同じようなことを言われても、彼は普通に聞き流しただろう。
 けれどかなたの放った一言は、祐漸の本質を見抜いているかのような響きがあった。
 目の前の少女の無垢な瞳に底知れないものを感じて、祐漸ははじめて彼女に対して警戒心を抱いた。

「どうしてかわからないけど、わたしは強くて優しい人に会いたかった気がするから」

 思えば常に敵に囲まれ、戦いの中で生きてきた祐漸にとって、初対面でしかも正体の知れない相手に気を許すなどありえないことだった。それでいながら、かなたに対しては最初からあまり警戒心を持たずに接していた。そうさせる雰囲気があったからだろう。
 けれど、空から落ちてきたことも含めて、この少女は得体が知れなかった。
 無条件で気を許してしまうには、危険な存在かもしれない。
 無駄を承知で、祐漸はかなたに問いかけた。

「かなた、おまえは、何だ?」
「ふぇ? 何って聞かれてパッと答えるのは難しいよ〜」

 それは、さっき同じ問いかけをしてきたかなたに対して祐漸が答えたのと同じ言葉だった。
 質問に込められた思いが違うが、結局行き着く答えに違いはない。

「それに、それむしろわたしが知りたいし」

 きおくそーしつだしね、と言ってかなたは屈託なく笑った。
 表面だけを見ていれば、本当に何も警戒する要素などないように思えた。
 けれどだからこそ、その底に何が潜んでいるのか知れず、その存在を恐ろしいと思う。
 恐ろしい、などと、久しく感じていなかったものだ。
 今の祐漸は、向かうところ敵無しの強さを持っていた。ずっとそうなることを目指してきたし、今はもう誰にも負けない強さを手に入れた。最後に恐怖という感情を覚えたのは、己の限界に挑むこととなった竜との死闘の時だった。死の恐怖を間近に感じながら戦い、それに打ち勝つことでさらなる強さを手に入れた。 それ以来、戦いの中で怖いと感じることがほとんどなくなっていた。
 少し自惚れていたようだ。
 恐怖を感じなくなったからといって、今の自分が誰よりも強いなどと思っていたのか。
 上で会ったラークという魔法戦士の少年に偉そうに語っている場合ではなかった。この世界にはまだ、祐漸に恐怖を感じさせる存在がいる。彼が求める強さには、まだ上がある。

「そうだな。もし、おまえが何なのかがわかったら、その時、俺は・・・・・・」

 その時、どうするというのか。
 これも珍しいことだった。常に確固たる意志を持って行動する祐漸にとって、己の心情を測りかねるなど滅多にない。
 どうもこのかなたという少女は祐漸の心を狂わせる。こんな相手ははじめてだった。
 惚れたか、などと冗談めかして自問してみる。
 馬鹿な話だった。恋愛対象とし見るには幼すぎる。或いはそうでもないのかもしれないが、言動があの通りのため見た目以上に幼く見えて、そうした感情は湧いてこない。
 やはりそうした話ではないだろう。
 単に今までに会ったことのあるどんなタイプの人間とも違っているため、柄にもなく戸惑っているに違いない。
 隣を立つかなたの様子を窺うと、また例によって思考モードに入っていたが、さっきまでとは少し様子が違う。何やら焦ったような目で祐漸のことを見ながら奇妙な動きをしている。
 よく見ると、身振り手振りで何かを伝えようとしているようだ。

「なん・・・・・・っ!?」

 何だ、と聞こうとした祐漸は、背後から迫る気配を感じ取り、かなたの手を取ってその場から飛び退いた。
 ズンッ、という轟音が響いて二人がいた場所に巨大な何かが振り下ろされる。
 地面を滑りながら着地した祐漸はかなたの身を横に放り出し、背負っていた大剣を構えた。
 ひっくり返ったかなたはぷるぷると頭を振って埃を払いながら起き上がり、喉につかえていた小骨が取れたようなすっきりした顔で告げた。

「あぶないよ〜」
「遅いわ!」

 ツッコミを返しながら祐漸は襲ってきた敵の全体像を視界に捉える。

「何の冗談だ?」

 そこにいたのは、体長十メートルにも達する異形の怪物だった。
 鉤状になった四つの牙と四つの複眼を持った頭、尾の先は鋭い角になっており、全体から受ける印象は巨大な百足といったところだが、胴体に足はなく、蛇かミミズのようだった。
 モンスター。
 人の突然変異がミュータントならば、モンスターは動物や植物が変異した怪物である。これも魔法技術が発展し始めた頃から自然界に出没するようになった存在だが、そこにどんな因果関係があるのかは解明されていない。ただ一つ確かなのは、それらは人にとって脅威となる存在であるということだった。
 しかし恐るべき力を秘めたモンスターと言えども、野生の本能が人の生活圏を厭うのか、街の近くには滅多に出現することはない。小さなものが偶然迷い込むことはあっても、こんなどこからでもすぐに発見できるような巨大なモンスターが街のど真ん中に現れるなどまず有り得なかった。
 ましてや、ここは人の生活圏としては世界最大規模の地、ルベリアの首都たる巨大都市アークタウンである。いくら地表にあるロウワータウンとはいえ、こんな事態は悪い冗談に違いなかった。

「まぁ、理由はどうあれ目の前の現実は受け入れるしかないがな」

 祐漸は素早く頭を切り替える。
 こうした不測の事態に際して、右往左往して戸惑うばかりなのは二流のすることだった。一流の戦士として戦場に生きるからには、何が起こってもまず冷静に対処することこそが第一に必要とされることである。
 街中という場所は想定外だったが、このサイズのモンスターを見るのははじめてではない。それどころかもっと巨大で強力な生物と戦い、倒したこともある。
 これは、ワームと呼ばれる種類のモンスターの亜種であろう。群れで遭遇すればなかなかの脅威だが、単体の戦闘力はそう高くはないはずだった。
 慌てる理由は何もない。
 襲ってくるのならば、撃退するのみだった。

「かなた、巻き込まれないように離れてろ」
「はーい!」

 元気よく返事をして、かなたが瓦礫の山の上を飛び跳ねながら祐漸の側を離れる。

 グルルルルゥォアーーーーーッ!!!

 その瞬間、地獄の底から響いてくるような不気味な唸り声と共にワームが巨体を震わせて動き出す。

「むっ」

 見た目以上に素早い。
 だがそれ以上に祐漸を唸らせたのは、ワームが目の前で剣を構えた祐漸には目もくれず、離れていくかなたに向かっていったことだった。

「チッ!」

 舌打ちをしながらも、動きにはきっちり対応する。かなたの背後へ向かって迫るワームに横合いから追い縋り、側頭部に向けて剣を叩き付ける。
 猛烈な横殴りの衝撃を受けて、ワームが怯む。
 対人戦闘においては不必要なほど大型の武器を祐漸が好んで使うのは、こうした巨大な生物などとの戦闘を想定してのことだった。それを扱える膂力と技量があるのなら、そうした敵を相手にするための武器は破壊力こそが重要だった。
 仰け反ったワームの眉間に狙いを定めて、さらに追い撃ちの一撃を入れる。
 ガキッ、と硬質な音が響く。
 ワームの牙が、祐漸の繰り出した剣を受け止めていた。
 見れば最初に一撃を入れた部分も外皮に軽く傷がついている程度で、ダメージはほとんど受けていないようだった。
 動きの素早さ、タフさ、反応速度、どれを取っても並のモンスターではないようだった。
 しかもそうなるとこの大きさ、パワーも相当なものが予想された。

「ッ!」

 ブゥンッ、と唸りを上げて尾が振られる。
 剣を盾にして直撃を防いだが、祐漸の身体はそこから二十メートル以上吹き飛ばされた。しかもワームからすれば、まとわりついてくる煩わしい虫を払い除けた程度の動きだったように見えた。
 瓦礫の山を二つほど崩しながら着地した祐漸は、相手の想像以上の戦闘力に内心舌を巻く。
 さらに厄介なことに、ワームの狙いは完全にかなたに絞られていた。
 より弱い獲物の方を狙っているのか、それとも――

(はじめからあの女を狙ってきたのか?)

 空から降ってきた謎の少女に、いるはずのない場所に突如出現した謎のモンスター。そこに関連性を見出そうとするのは決して突飛な発想ではなかろう。決め付けることはできないが、可能性は高い話だった。
 ワームの攻撃に晒されているかなたは、わーわー叫びながら逃げ回っていた。
 一見危なっかしいが、身軽に動き回るかなたはワームの動きを先読みしているかのように全ての攻撃を余裕を持ってかわしている。
 どうやら放っておいても自力で逃げられそうな様子だった。
 かといって、別に見捨てて逃げようなどという考えが浮かばない。まがりなりにも護衛を依頼を引き受けた以上、かなたがそれを不要と言うまでは仕事を全うするつもりだった。
 ただ、自力でワームの攻撃を避けられるのなら、祐漸は敵を撃退することにのみ神経を注ぐことができる。
 祐漸は腰を落とし、剣を大きく振りかぶって構えた。
 確かにワームは動きが速く、表皮も硬くて易々とは刃が立たない。
 しかし、それがどうした。
 ならばより速く、より鋭く、より強く攻撃を叩き込めば良いだけの話だった。
 逃げ回っているかなたは段々祐漸の方へ向かってきていた。当然それを追うワームも蛇行しながら近付いてくる。
 上下左右に目まぐるしく動くワームにじっと視線を据え、かなたが移動する方向と合わせてその動きを予測し、見極める。
 全身をさらに深く沈み込ませる。
 四肢に力が満ち、動きのイメージを脳裏に浮かべる。
 機を見切った瞬間、ダッと地面を蹴った祐漸の身体が弾丸のように飛び出す。
 向かってくるかなたの横をすれ違うように通り、ワームの正面へ躍り出ると同時に剣を振り下ろす。

「おぉおおおおおーーーっ!!!」

 雄叫びと共に繰り出した斬撃に素早く反応したワームが、突っ込んでくる祐漸目掛けて牙を突き出す。
 ガキンッ、と硬い物が砕ける音がした。
 助走によって得た力と、全身のバネを使って振り抜かれた大剣の一撃は、鋼鉄のようなワームの牙を叩き割った。

 ギャワゥァアーーー!!!

 牙を折られて身悶えるワームの目の前に着地した祐漸は、加速で得た勢いが消える前にその場で回転し、さらにもう一撃をワームの腹部目掛けて叩き付けた。
 ドグッ!
 遠心力を加えた攻撃は外皮を貫き、体液を撒き散らしながらワームの巨体が吹き飛んだ。
 地響きをさせながらワームが地面に落下する。
 全身を震わせながら上体を起こすと、はじめてワームの複眼が祐漸の姿を映した。
 真紅の眼から、激しい敵意が向けられる。
 恐ろしいほどの圧力が籠もった敵意だったが、祐漸の全身から迸る気迫は逆にそれを押し返すほどのものだった。
 気迫負けをしたか、或いは受けた傷が大きかったためか、ワームが身を翻す。残った三つの牙で地盤を叩き割ると、そこから地面へ潜っていって姿を消した。追い撃ちをかける暇もないほどの素早い逃走だった。
 敵の気配が消えると、祐漸は剣を下げ、緊張を解いた。

「やれやれ、何だったんだ、あれは」

 空からは謎の少女、地面からは謎のモンスター。
 遅まきながら祐漸は、自分が何かとんでもないことに巻き込まれつつある予感がした。



















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あとがき
 祐漸とかなた、二人のことがまた少しわかったような回。