弐: 恩の間

狂人の真似とて大路を走らば、すなはち狂人なり。
悪人の真似とて人を殺さば、悪人なり。
驥(き)を学ぶは驥のたぐひ、舜を学ぶは舜の徒なり。
偽りても賢を学ばんを、賢といふべし。
(第八五段)




 恩口上

スポーツで名をなした人は
それこそ人の何十倍も練習しただろう。
料理で名をなした人は
それこそ人の何十倍も味を試しただろう。
究めた人とは努力した人なのだと
さらりと言える人間になりたかった。
その上、自分の努力の他に
本当は人様や道具のお陰なのだと
これもさらりと言える人間になりたかった。
それなのに今に至っても
自分はどれだけのことをし
なんぼのものなんだと
拘るしか能がない
普通の人間界をさまよい続けている。


 恩一

人のことを考えてこそ人なのだとか
社会のことを考えてこそ人なのだと
人を決めつけるつもりは更々ない。
それでも、人には
まれには、自己虫といわれるような人にも
気まぐれ風に吹かれたように
何の関係のない人や
社会に対して
手をさしのべることがよくある。
してみると、この私めも
どこの誰だけわからぬ人からや
まれには、日頃見知りの人からも
見知らぬ配慮を受けてきたのではないかと
思う年にやっとなったということなのか。


 恩二

今ここにいるのは
地球が誕生したお陰。
今ここにいるのは
その地球に生命が誕生したお陰。
今ここにいるのは
その生命の中からヒトが誕生したお陰。
今ここにいるのは
その人の中から父母が誕生したお陰。
今ここにいるのは
同時代の人たちと関わったお陰。
そう考えれば考えるほど
私は今生きてあることが
ありがたいと思う気持ちになってくる。
と、てらいもなく言える私に私はなりたい。


 恩三

時代についていけなくなりだした男の
自慢話を聞いてくれ。
根っからのネクラだったので
若い頃は家にこもって
聖書から性書まで読みふけった。
が、40年間わざと読み残した本があった。
プルーストの『失われた時をもとめて』。
映像文化っ子には興味ない話だが
これは読書好きでも完読できないほどの量。
それを還暦すぎて暇ができ
半年かけてやっと読み終えたのだ。
それがどうなんだと言われるかもしれないが
さほど社会的貢献の出来なくなった私には
とても大事なことなのだ。


 恩四

ここまで齢重ねると
己の性格や考え方がどうして生まれれたのかと
暇つぶしに思うことがある。
昔なら
持って生まれたものなのだとか
己が見いだし作り出したのだとか
粋がっていたものだが
今なら
やっぱり世間や人のおかげだったとか
みんなが手助けしてくれたからとか
殊勝にも考えるようになった。
とりわけ私の場合
山本周五郎さんのおかげなのだが
ええ、それって誰?と言われるご時世となった。


 恩五

文字文化で育った私は
小説読むのが好きだった。
時代小説にものめり込んだ。
とりわけ司馬遼太郎。
時代を動かす大きな人物を取り上げ
歴史はこうして作られていくのだなと感じ入った。
ある時、山本周五郎の短編小説を読んだ。
時代に翻弄される小さな人物を取り上げ
こういう人間の生き方もあるんだなと思った。
こう思ったのが運の尽きで
宗旨替えをした私は
その主人公の生き方と
それを生む作者の生き方に憧れた。
それが今の私を生んだような気がする。


 恩六

山本周五郎作品としては
有名作品よりも
駄作・修作として埋もれた短編の方が好きだった。
その多くが私の記憶から飛び出したが
いまだに残るのがタイトルも忘れてしまった時代物。
武士にあるまじき臆病者が
戦い前にうっかり堀に落ちてしまい
後で水底の岩にしがみついたぶざまな恰好で発見された。
「臆病で上がってこれなかったのだろう」と揶揄されたが
殿様は一番の功労者にしたという話。
戦争する日本の戦意高揚のために
周五郎でさえもこんな作品書いたのかという思いと
それなら私ならどうしたのかという思いとが
今でも私の中をよぎってくるのである。


 恩七

山本周五郎の作品に『寝ぼけ署長』がある。
今で言えば3流の推理小説で
数ある名作と比べることも憚るが
妙に私の心をつかみ
一つの「人生教本」となつた。
で、その主人公・五道三省とはどんな人物かと言うと
警察署長であるのに
犯罪者を検挙するよりも
犯罪者にしないをモットーの人で
外見は何もしない出来ないように見えながら
することはちゃんとしている。
しかも自分のしたことにしない。
その上、好雪片片、別処に落ちずってところが
かっこがいいなと思ったからである。


 恩八

ウィリアム・ジェイムズといえば
百年も前のアメリカの思想家。
大学の卒業論文に取り上げたおかげで
私の飯の種となった。
「人は悲しいから泣くのではなく、泣くから悲しいのだ」
この彼の言葉がきっかけで
私の人生、この謎解きに費やされた。
いろんな解釈聞いたり、してみたりもしたが
実際「人って、そんなもんだ」となま悟りをすることで
今を得た。
でも、こんな霞を食うようなことが職業となり
飯が食えたとなると
何と私は平和な一時期に生きたのかと
その巡り合わせにふと感謝することもある。


 恩九

出会いとは不思議なもので
何度出会っても
空気のような人もいれば
出会った途端
それまでの人生変えさせる人もいる。
私の場合も一つの出会いが人生決めたように思える。
その人物、大学教授だったので
地位も名誉もあったのだろうが
不思議と無欲で
学会にも出ず
役職にも就かず
博士号はおろか論文もそれほど出さず
授業は今思うことを淡々と語るだけの
今なら教授失格間違いなしの先生であった。


 恩一〇

肌のぴちぴちした子を何でうらやもう。
それは私にもあったことだから。
体がすぐに反応する子を何でうらやもう。
それは私にもあったことだから。
一度に幾つもできる子を何でうらやもう。
それは私にもあったことだから。
至る所にしわが寄り
何をするにも「どっこいしょ」
つい前に思ったことまで忘れてしまい
いやはやもうろくしたと愚痴るのも
贅沢というものかもしれない。
そう、私は、今
ここまで生かせてくれた神様に
感謝する歳にもなったのだ。


 恩一一

一昔も二昔も前
空襲におびえ雑炊でやっと人心地がつき
伝染病であたふたしたことがあったが
今こうして生きてこられたのは
幸運と言えば言えなくもない。
命におびえることもなく
飢えに襲われることもなく
病で死ぬこともなく
今こうして生きていられるわが身を思うとき
それは誰に感謝すべきなのか。
日本という国に生まれ
日本という国に育って
今こうして生きていられる私に
何の不満があるというのか。


 恩一二

今の今
私が今思うことに耽っていることに
感謝いたします。
今の今
私が去りゆく者の宴を張っていることに
感謝します。
豊かな国の中の日本で
不況で首くくる人が多いことを
日本以外の多くの国で
貧しさと圧制で苦しんでいる人のことを
私は知っていますが
とにかく、今は
何もないことを楽しめていることに
感謝します。


 恩一三

私をこの世に送ってくれた宇宙よ。
ありがとう。
私を住まわせてくれた地球よ。
ありがとう。
私を育ててくれた歴史よ。
ありがとう。
私を楽しませてくれた世界よ。
ありがとう。
そして私と関わった存在
山や大地や海
家族や友人や同僚等々よ。
ありがとう。
本当は身勝手な私でさえも
時にはこんな気持ちにもなれるんだ。


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