天 命 篇





                     思へば遠くきたもんだ
                   此の先まだまだ何時までか
                   生きてゆくのであらうけど

                        (中原中也「在りし日の歌」より)





    口上

たかが人間五十年
化天の内を比べれば
夢・幻のようなもの。
日本に生まれ男に生まれ
遊んで学んで大きくなって
職もち働き家持った
挙げ句の果ての五十年
夢・幻の類いだと言われて心騒ぐのも
凡人故の悲しい性か。
それでも私の五十年
天命悟るこの時期に
己が生きた証しをば
言って聞かせるつもりはないが
聞いて欲しいという気はある。



    @

朝が来て夜が来るその内に
春が来、冬が来てしまう。
それが自然の営みならば
生まれ喰いそして朽ち果てるのは
自然に生きるものの証しだろう。
その一つである人間も
一日の何とは来ては去るを繰り返し
十代を終え二十代・三十代を終え
そしておのずと四十代も終えてしまうと
朝が来、春が来ることの
何とは言えぬもの思いに襲われる。
「もはや死んでもおかしくはない年だ!」
それが恐怖なのか悟りなのか
それを知らぬ五十路の亡霊がやたら現れる。



    A

この世に生まれた生き物が
喰うて生んで死ぬだけと悟るのにはまだ早い。
この世に生まれた人間だけが
知恵持ち文化を持つのだと誇るのにはもう遅い。
それなりに何かをしてきた思いはあれど
何かをし残してきた悔みもないじゃない。
そんな五十路の峠の茶屋で
昔ならとうに引導渡されたのに
あと三十年は生きられるよと茶化されて
何もしないで生きる悟りの境地を奪われて
何かをしないでおられぬ山気心に火をつけさせられる。
まだまだ若いとおだてられ
残された欲望に人生託すのも
人は峠を越えても見栄張る生き物だからだろう。



    B

欠けた心に拘って
欲望という名の電車に乗ったまま
とにかくここまでやって来た。
欲望が欲望を生む巡り合わせの世の中で
何とか辻褄合わそうと
先に生まれた人から疎まれれば不満をかこち
同じに生まれた人に遅れをとれば妬かみ
後に生まれた人から追い越されればじだんだ踏む
そんな喜劇をよくもここまで演じてきたものだ。
それなのに天命悟る年さえからも
屁理屈こねるビーナスに
「まだまだ三十代ね」とおだてられたら恰好をつけて
欲の火種をちらつかす
そんな悲劇が目に浮ぶのだ。



    C

確かに今は平均寿命が八十歳。
昔の話と比べれば
それが心のゆとりとなっている。
歳なんて量より質の問題と
恰好をつけた過去もあったが
いざ五十路の道に入ったとなると
おのが過去をほじくり出され
これまで何をしてきたのと脅かされれば
これからの三十年にこそ
生きる確かな証しが求められてくる。
よしそれならば
人間明日にも死ぬものと
鷹揚に構えているよりも
残りの三十年の顔も立ててやらねばならぬだろう。



    D

思えば十代には十代の顔があった。
にきび面であどけない目の顔があった。
あの時の一月は三十日もあった。
思えば二十代には二十代の顔があった。
頬こけて挑むような目の顔があった。
あの時の一年は十二ヶ月もあった。
思えば三十代には三十代の顔があった。
脂ぎる精悍な目の顔があった。
その時の十年は十年のままだった。
つい前の四十代には四十代の顔があった。
角とれて落ち着いた目の顔があった。
この時の十年は数年になっていた。
昔も今も「時」は顔を変えるけど
「時」の感じまでもむしゃらに変えてしまうようだ。
    


    E

何かを得ようとがむしゃらに仕事をしたこともあった。
お陰でそれなりの物持ちにもなった。
何かを守ろうと必死に体を張ったこともあった。
お陰でそれなりの顔を持つようにもなった。
何かのためにとひたすら己を犠牲にしたこともあった。
お陰でそれなりの喜びを知るようにもなった。
何かのためにと泣く泣く人を踏み付けにしたこともあった。
お陰でそれなりの苦さを知るようにもなった。
人は生きている限り何かをせねばならないが
何かをするたびにそれなりの見返り受けるものだ。
お陰で人生の損得勘定もそれなりにできるようになった。
お陰で酸いも甘いもそれなりに噛み分けられるようになった。
気が付けば体が何かにむしばまれていた。
気が付けば心が何かに抑えられていた。



    F

生きるとは兎に角何かをすることだ。
だがその「何か」にも
兎角中身を要求したがる人間は
もの喰ってただ生きるだけを笑止と思い
人に役立つことをせねばと気負い込む。
自慢じゃないが俺様は
これだけのことをしたんだぞと
誇って五十路の帳を潜るのも
結構なことに違いはないが
仮に何かをしなくとも
潜り抜けられるのも五十路の帳である以上
兎も角ここまで生きてきて
残った生の通行切符を買ったなら
それも何かをした内に数えて何が悪かろう。



    G

今ある不運を悲しんで
もしも生まれ変わったならばとつい簡単に
残った生を諦めてしまうのは
それまでに蓄積のない人生を送っていたからなのだ。
確かに十代や二十代の頃の諦めは
ちょっとした不運に出くわしてもよくあったものだ。
だが三十代や四十代になると
かなりの不運でも諦めたりはしなくなるものだ。
だから生の残りを気にする五十代や六十代ともなれば
どんな不運に見舞われたとしても
それでもって過去に見切りをつけようなどとは
思わなくなってきている筈だ。
人間よくも悪くも経験という名の財産を持ってしまうと
「今」に拘るしたたかさを持つものなのだ。



    H

よくも悪くも世間から認められる地位にいて
それなりに社会に尽くし
それ相応の見返りも得た
そんな手合いの五十路の人が
「先生」という名の敬称を付けられると
何と無礼な道徳家になってしまうことか。
己の器量を棚に上げ
「君には努力が足らないのだ」とか
「君には素質がないのだ」とか
「君は道を間違えたのだ」とか
そんな言い種よく繰り返すのは
現に羽振りを利かせていれば
人に聞いてもらえることが
ちゃんと分かってきたからだろう。



    I

そこそこの地位あり働き儲けた挙げ句
羽振りを利かせ余裕を持つと
「老醜だけは晒したくない」などと
つい口走りたくなるのも五十路の頃だ。
その上美意識高ければ
「美しく老いたいものだ」などと
気障にもなりたくなるだろう。
そんな聞いた風な言い種を
「偽善だ」などと怒るのは
己の不行跡で冷や飯を喰わされた者の
ひがみ心の所為だろう。
汚れっちまった悲しみ捨てて
そこそこ築いた五十路なら
「至極当然の気持ちだ」などと言ってどこが悪かろう。



    J

さてさて「私」が「公」となる始業のベルが鳴っている。
肩書だけが人を動かせる至極当然の世の中で
「公」の「私」はいつもの作られたしかめ面を確かめながら
「今日という一日も始まるのか」と独りごちる。
過去においては
今日という一日は己の気持ちが和むまでは
「いつも何かが起こってくれよ」と念じたものだった。
現在においては
今日という一日が始まったばかりだと言うのに
「できるだけ何事も起こらないでくれよ」と念じている。
かつては何かがあることが楽しみであったのに
今では何事もないことが楽しみとなっているのは
「何事もない」世界においてこそ
肩書だけで生きる喜び知ってしまったからだろう。



    K

「何事もない」そんな世界を望んでいても
「長」という名の肩書付くと
公私を問わず時間を問わず
有象無象の形となって
兎角五十路の顔が頼られるのだから厭になる。
するに易しい仕事なら
これまでしこたま貯め込んだ力をやおら発揮して
どうにかこうにかけりつけて
皺よる顔の鼻をうごめかしたりも出来るが
するに難しい仕事なら
「これくらいのことが出来ないのか」と
怒る振りして他人を使い
皺よる顔の汗をぬぐって糊塗してしまう
そんな独り芝居がままあるからだ。



    L

気が付けば独りの存在だった。
独りが住むにあまりにも広い空間の中で
あまりにも大きな机を前にして
あまりにもゆったりとした椅子に身を沈めて
静寂の香りを味わっている独りの存在だった。
先程までの生臭い野望の中をかいくぐり
いかにも経験を積んだ者の見事なさばきよと
聞き飽きた追従の空鉄砲の響きも途絶えた午後三時の
独り言に酔う独りの存在だった。
かつては新しいものをどんどんと作り出していくことに
生きていくことの喜びを感じ
今では作り出されたものを繰り返し味わうことに
生きていることの喜びを感じる
たそがれ男にふさわしい独りの存在だった。


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