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歴史小説
2005年


「歳三 往きてまた」
「新撰組藤堂平助」
秋山香乃
秋山香乃
   

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◆ 「歳三 往きてまた」   秋山香乃   blog版

鳥羽伏見の戦いから五稜郭の戦いまでを土方歳三を中心に描いたもの。
この時代の新撰組や土方をここまで丁寧に描いた作品はあまりなかったのではないでしょうか。流山の事件、会津での働きなど、この小説のおかげで詳細が理解しやすくなりました。

作者の実質デビュー作だそうですが、文章は読みやすいし、なにより人物の描き方が魅力的。自分が描く人物への敬意が感じられるので、不快な表現がないところがいい。特に新撰組関係は型にはめた描写が多いだけに人間的な隊士たちに共感しました。

様々な場面でで繰り広げられる生き生きとした会話も魅力。このテンポは絶妙。
今までの時代小説にはない感性を感じました。追い詰められた状況で軽妙な会話を交わす登場人物たちはちょっと外国映画のようでもありますが、これも作者が人と人とのつながりを重視している結果でしょう。

土方歳三というと冷血非情、士道不覚悟で切腹ばかり命じていたというイメージがあるようですが、でも組織の中で決まりごとを作ったら守らせないと団結が緩みますよね。情ばかり優先したら組織はすぐに崩壊してしまう。だからといって情状酌量がまったく必要ないというわけではなくて、そこは破る方が頭を使うべきなのよね。両方で上手く抜け道を探すというのが日本的。行き過ぎると弊害はあるけど、新撰組はそこがどちらも正直すぎたのではないでしょうか。だいたい土方が冷血非情なだけなら函館まで付いていく人間がいるはずない。土方の、その情の部分が見事に描かれている小説でした。

印象的なシーンはは会津公・松平容保が近藤に戒名を授けるシーン。
「全員の目が濡れていた」と書かれているけど、読んでいる私も泣きましたよ。
精神の崇高さ、時代というものに逆行する滅びゆくものへの哀惜。
土方が徳川への愛しさが湧き起こるという気持ちはとても同感できました。
私も天領育ちなので(笑)

この本はラムさんにお借りしました。


◆ 「新撰組藤堂平助」   秋山香乃  blog版

新撰組四天王と言われるほどの剣の使い手でありながら、裏切りによって惨殺された藤堂平助。私もあまりはっきりとした印象が無く、比較的若手の二枚目の役者さんがやる役というくらいのイメージしかありませんでした。

藤堂平助の裏切りも、北辰一刀流、勤皇、という今ひとつわかりにくい思想が絡んでいるために、新撰組にハマっていた時代にもこの辺はパスしていたんですよね。勤皇思想は、大声で唱えていた人ほど心酔していない、自分の正当化のために利用していただけという気がしてしまって。しかしその大声のスローガンを信じ込んでしまった人達もいたわけで、藤堂なども、その犠牲になったと言えるのもかもしれません。

小説の冒頭は土方と藤堂の運命的出会いから始まります。その後、惹かれあう二人はちょっとラブロマンスみたいですけどね(笑)
そういう意味では青春小説の甘さもあります。藤堂が主役ということで隊士の側から見た土方も描かれます。組織の構成員とトップの人間との、視点の違いも面白い。

歴史小説として評価できる点は、歴史に登場する人物にはそれぞれ個々の思想、視点、考え方があり、その食い違いが敵と味方を分けるということがきちんと描かれているところ。特に幕末ものは主人公になる人物によって、善悪がはっきり分かれてしまうことが多い。新政府側から描けば、新撰組は極悪集団として描かれていたりする。この小説ではそういう手法は採用せずに、登場する人物を、それぞれの思想や環境の違いからひとりの人間として丁寧に描いている。これは下手すると「みんないい人ばかり」という大河ドラマのような平面的ドラマになりがちなのですが、自分と合わない人物を闇雲に悪役に仕立て上げるよりは良心的と言えるでしょう。そういう描き方をあまい小説と感じる人もいるかもしれませんが。

藤堂を中心にすることで、新撰組や土方のまた別の一面が見えるという点で面白い本でした。

この本はラムさんにお借りしました。


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