ラクダ山 お話のページに戻るハナコのホームページに戻る

  大きいおばさん
  小さいおばさん

  二人のおばさんがいました。大きいおばさんは海の近くにすんでいました。小さいおばさんは山の麓にすんでいました。大きいおばさんは海の近くでも家から海は見えませんでした。海のある西の方にはたくさんの工場があって火力発電の煙突や、製鉄所の溶鉱炉が見えました。西に日が沈んでも、工場の上の空は溶鉱炉の火でいつまでも真っ赤に染まっていました。大きいおばさんはいつもこう思うのでした。
「朝窓を開けたら、山の見えるところに住みたいな。」
 
新聞を読む小さいおばさん  小さいおばさんは小さなベッドでいつものように早起き雀の囀りで目を覚ますと、腰をそっとひとなでしてから起き上がり、静かに静かにカーテンを開けました。ちょうど山の谷間からお日様が昇り始めたとこで、小さいおばさんは眩しくってちょと目をしかめて、
「今日もいいお天気。」
 とつぶやき、微笑んで何時ものように窓際に頬づえをついて小さな椅子に座りました。やがて鶯が鳴きはじめ、桜の花びらがそよ風に乗って朝日の合間をひらひらと舞い、すっかり辺りが明るくなりました。庭で小さなおばさんの飼い犬のエミーが
「ワン。」
 と小さく吠えました。小さなおばさんは
「クシュン。」
 と小さなくしゃみをして、大きなあくびをしながらやっと立ち上がりました。
 大きいおばさんは朝はいつも一番電車の音で目を覚まします。大きいおばさんのうちはとても古いので、電車が通るとがたごと揺れるのです。そして、
「あ、夜が終わったのだ。」
 とほっとして、隣で犬のハナコが寝ているのに気が付いてくるりと寝返りを打つと、また少し眠ります。

 大きいおばさんは小さいおばさんが山の麓で暮らしているのをいつも羨ましく思っていました。この間も、小さいおばさんは自分の部屋の窓から村一番の高い山が見えると言って自慢したのです。ある日のこと、大きいおばさんは小さいおばさんに電話をしました。
「山が見たいけれど、足が痛くて行かれないから、山を送ってください。」 

 小さいおばさんは、起きるとまずエミーに餌を上げます。
「おはよう。今日は何をしようかねえ。さあ、お上がり。」
 今度は自分の朝ご飯です。ミルクを温め、マーマレードをたっぷりつけてトーストを一枚ゆっくりゆっくり食べます。そして、ぽかぽか日の当たる縁側の大きな座布団に、ぺちゃりと座り新聞を読みます。

まずテレビ欄から見ます。それから一ページ目に戻って、隅から隅まで丁寧に読みます。半分くらい何の事か分かりません。それでも続けて読みます。やっとスポーツのページになりました。小さいおばさんの大好きな『やわらちゃん』の記事が載ってます。その時電話が鳴りました。
「え!山だって?!」

 大きいおばさんからです。小さいおばさんはちょっと考えました。どの山がいいかな?小さいおばさんは家から見える山に全部名前をつけてます。タワシ、チュウリップ、タヌキ、ナベブタ、・・・・・・。
「じゃあ、ラクダ山を上げるわ。」
 小さいおばさんは空一面を茜色に染めて、真っ赤な大きな大きな太陽がゆっくり沈むラクダ山が二番目に好きでした。
「代わりに、電車を下さいな。」

 小さいおばさんの荷物が届きました。宅急便のお兄さんが真っ赤な顔をして担いできました。はんこを押しながら、
「いったい何が入っているんですかねぇ。」
 と訊ねましたが、大きいおばさんはただニコニコと笑っていました。小さいおばさんの送ってくれたラクダ山は大きな桐の箱に入っていました。大きいおばさんは嬉しくてその包みのまま出窓のところに置きました。
その夜のことです。おばさんが寝ていると何処からかうぉーんうぉーんと泣き声がします。おばさんがその声の方に行ってみるとその声は桐の箱の中からしているのでした。びっくりしてふたを開けると、ラクダ山が泣いています。大きいおばさんはどうして泣いているのか訊ねました。すると、
「小さいおばさんがかわいそうだよう。」
 と言います。大きいおばさんは訳が分かりませんでしたのでラクダ山にその訳を尋ねました。

「小さいおばさんの村ではいつも私の背中にお日様が沈むのです。もし私がいなかったら、お日様は何処に沈むのでしょう。きっと沈むところを捜して、いつまでも朝のところで待っているでしょう。小さいおばさんは、お日様が朝のままいつまでも沈まないので、マーマレードのいっぱい載ったトーストを食べ続けなければならないし、縁側でいつまでも繰り返して新聞を読み続けなければならない。あんまり分からないことの書いてある新聞をいつまでもいつまでも読んでいたら、おばさんはきっと・・・・。」
 と言ってまたうぉーんと泣き出しました。大きいおばさんはその通りだと思いましたので、ラクダ山を小さいおばさんのところに送り返すことにしました。
「そうだわ、電車に乗せて送ればいいわ。」

 大きいおばさんは一番うるさい快速と、通りすがりにおかしなラッパを鳴らす特急「さざなみ」を繋げて、その後ろにラクダ山を引っ張らせました。大きいおばさんの村はとても小さくて、村の駅には快速も特急も止まらないのでその電車がなくなっても少しも困らないのでした。

 小さいおばさんは、突然響き渡った音楽とも笛の音ともいえない大きな音にびっくりして、うたた寝からとび起きました。
ラクダ山が無くなって日が沈まなくなってから、お腹が何時もいっぱいで、新聞にも飽きて、小さなおばさんはうっつらうっつら、うたた寝ばかりしてたのです。
「何だろう。」
 慌てて庭に飛び出しました。エミーも驚いて、小さいおばさんの足元に走り寄って来ました。
「大きいおばさんが送ってくれたんだ!」
 ゴオー。小さいおばさんとエミーの前を、青いピカピカの電車と銀色にキラキラ輝いた電車が、走り抜けました。小さいおばさんは、こんなに近くで、こんな奇麗な電車を見たのは始めてだったので、嬉しくって嬉しくって胸がどきどきしました。でも、小さいおばさんの村は大きいおばさんの村より、ずっと小さかったので、電車はあっという間に通り過ぎ、小さく小さくなって行きました。そしてチュウリップ山とタワシ山の谷間に消えてしまいました。小さいおばさんは電車が見えなくなっても、まだじっと走り去った電車の方を見てました。

「ワンワン。ワンワン。」
 急にエミーが鳴きました。
「どうしたの。エミー。」
 と、小さいおばさんは振り返りました。
「あっ!」

 戻って来たラクダ山に太陽が沈みかけるところだったのです。小さいおばさんはもっと嬉しくなり、胸が幸せでいっぱいになりました。そしてなんだか大きいおばさんにとても申し訳無く思いました。
「大きいおばさんの足が良くなったら、ハナコちゃんも一緒に、ご招待しましょう。そうそう、うんと美味しいパイを焼かなくちゃ。」
小さいおばさんは夕陽を浴びて紅く染まった顔を、にっこり微笑ませました。
                 

                              お わ り

一九九六年四月二十三日 完結

作者プロフィル
大きいおばさん 千葉県千葉市在住
小さいおばさん 東京都あきる野市(旧秋川市)在住
二人は高校時代の親友で、このお話はパソコン通信の電子メールをリレーして作りました。

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