ペットにも旅ツアー



大きいおばさん
小さいおばさん
自転車のおばさん「ぽとん。」
 ポストの中から小さな音が聞こえました。その音を確かめてから、大きいおばさんは街角のポストに向かってポンポンと手を合わせて、止めてあった自転車に乗りました。
「当たるかな?」
 大きいおばさんはきのう新聞で見つけた懸賞の応募のハガキを出しました。ドッグフードの会社が、ちょっとしたアンケートに答えると抽選で百万円当たるという懸賞の広告を出したのです。アンケートはその会社に何かひと言を添えて出すことでした。大きいおばさんはもちろん
「とても良いドッグフードで、我が家の愛犬も大好きです。」
 と書きました。愛犬ハナコのイラストも付けました。
「だって今年は当たり年だもの。まず雑誌の投稿をしたら、見事掲載されたし、アトランタオリンピックの時、私の好きなマラソンの谷口選手に応援のファックスを送ったら、抽選で谷口選手のサイン入りのTシャツが当たったし、三度目の勢いで今度も百万円が当たるかも知れないもの。」

 大きいおばさんは夢を膨らませて色々想像してみました。
「百万円当たったら、どうしよう・・・? 」
 落ち葉の舞い始めた駅通りを過ぎて、ピラカンサの赤い実の垣根の前を通って、大きいおばさんの古い自転車は走ります。おばさんはこの自転車にもう二十年も乗っていて、型もすっかり時代遅れなのですが、なぜだかとても丈夫で、駅の駐輪場でも一度も盗まれることもなく元気に走っています。
「新しい自転車を買おうかな。」
 大きいおばさんは神経痛があるので、お買い物には自転車が手放せません。坂道でも楽に走れるギアチェンジのついた自転車が欲しいと思っていました。
「自転車を買ってもまだ余るわね。小さいおばさんと温泉に行こうかしら。」

 川に出ました。海に近いこの川には魚が沢山いて、時々ぴょんぴょん水面からはねています。コアジサシが、上空からまっさかさまになって水中に落下して、魚を捕るのを見ることもあります。何人かの釣り人が糸を垂らしているのもいつもの風景です。
「温泉はどこがいいかしら。やっぱり東北よね、北海道もいいな。まず小さいおばさんに相談しなくちゃね。きっと名案を考えてくれるわ。」
 ススキの白い穂のそよぐ川沿いの道を、大きいおばさんの自転車は走ります。
 
 大きいおばさんはまだ明けきらない早朝から、パジャマにカーデガンをはおり、門の外で足踏みをしながら立ってます。やっと朝もやの中、新聞少年の自転車が現れました。
「おはよう、ご苦労様。」
十月二十日の朝刊です。懸賞の当選者が載っているのです。大きいおばさんは、新聞を裏返しページをめくっていつも宝くじの当選番号の載るあたりを探しました。ありません。つぎの一枚を開くと、ダラリーンの顔が目に飛び込んで来ました。
「これだわ。」

 ダラリーンはこの会社のマスコットのビーグルです。大きいおばさんは紙面に顔を一層近づけました。『一等百万円一名様 (相模原市)松原・・・』
 がっかりです。三等まで目で追いましたが、すべて外れでした。大きいおばさんはため息をついて、新聞を放り出し、再び床に潜り込みました。 その日の午後です。大きいおばさんに速達が届きました。差出人はダラリーンとなってます。大きいおばさんは一瞬胸がきーんと痛み、封を切る手が震えました。一通の招待状でした。大きいおばさんはさっそく電話をしました。もちろん小さいおばさんです。

夜の十二時前でも東京駅は人がかなり行き来してました。待ち合わせた二人のおばさんとハナコとエミーは日本橋口に急ぎます。ダラリーンのシルエットの旗を掲げている人が見えてきました。
「あちらです。」
指さされた出口を通って小さな広場に出ました。向こう側の中央にファイルを持った青年とダラリーンが立ってます。
「ここだわ。」
 もう、先に来てる人たちがいます。ベンチに老夫婦が座ってました。おじいちゃんは小太りで、お腹がぽこりと出てまんまるな顔にまんまるなメガネをかけてます。横でキツネが辺りをうかがっています。おばあちゃんは痩せて小さく、尖がった鼻に口、そしてとても細い目でした。隣にはタヌキがちょこんとしてます。二人のおばさんは思わず吹き出しました。父と娘もいます。若いお父さんの膝ではシャム猫が手をなめては顔を整えてました。女の子には何もいません。と、ベンチの後ろで何やらもそもそ動いていたかと思ったら、急に立ち上がりました。二人のおばさん、びっくりして悲鳴をあげ、二匹の犬はしっぽを丸めました。ヒグマだったのです。肩にかざされたヒグマの手を女の子は優しくぽんと叩きました。物陰にはジーパンの二人がいますが、暗くてよく分かりません。その時、
「みなさーん、私は添乗員の佐藤です。まだ来てない組もあるようですが、ひとまずお集まり下さい。受付を始めます。ペットの諸君はダラリーンのところへ。」
「何だか変な集まりね。ミステリーツアーかしら。タダより高いものはないっていうから、やめた方がいいんじゃないかしら。ねえ、小さいおばさん。」

 奇妙な集団の行き先の分からない変なツアーです。大きいおばさんは身体のわりに気が小さいので、何だか気が乗りません。
「あら、面白そうじゃないの、行きましょうよ。」
 小さいおばさんは反対に、身体のわりに気が大きく落ち着いたものです。受付を済ませて案内されたのは、バスでした。二人のおばさんは一番後ろの席になりました。エミーとハナコも一緒です。バスは夜の東京駅を出発して走り出しました。
「さあ、どこへ連れて行かれるのかしら。明日の朝が楽しみだわ。今夜はぐっすり寝ておかなくちゃ。」 
 小さいおばさんはそう言うと、バッグから毛糸のショールを取り出して頭からかぶるとさっさと寝てしまいました。エミーも小さいおばさんの膝にあごをのせて、くーくーいびきをかき始めました。大きいおばさんは前の座席に座ったヒグマが気になってなかなか眠れません。ハナコも寝付けないのか、大きいおばさんの脇にぴったりからだをすり寄せてきました。
「大丈夫よ。ハナコ。私たちも寝ましょ。」
 大きいおばさんもバッグからカーディガンを出して肩にはおり、窓のカーテンを閉めようとしてふと見ると、バスはいつの間にか町なかを抜けたらしく、外の景色は一面の星空になっていました。
「あら、どうやらバスは北に向かっているようね。」
 カシオペア座のWの文字が、はっきりと見えます。ハナコが大きいおばさんの膝にあごをのせて、うとうとしはじめました。 大きいおばさんもハナコの頭をなでながら、いつの間にか眠ってしまいました。

 バスが大きく揺れました。小さいおばさんは体を動かそうとして、ふと、膝にエミーがいないのに気が付きました。ショールを取って頭を起こして、回りをキョロキョロ見渡しました。ハナコもいません。そういえば前の席のヒグマも姿を消してます。その時後ろでざわざわ小声の話し声が聞こえてきました。二人のおばさん達は一番後ろの席だったので、その後ろには空席とトイレがあるだけのはずです。変です。小さいおばさんはくるりと首を回しました。小さいおばさんは驚いて目をむき、無言で大きいおばさんを揺り起こしました。ペット達が輪になって話し合っていたのです。二人のおばさんは座席の上に後ろ向きに正座し、背もたれに手を掛け目まで顔を出して、ペット達の話に耳を傾けました。ダラリーンが司会になって、取り仕切っている様です。モルモットとウサギがしくしく泣いてました。ジーパンの二人の若者のペットです。どうやら大学の実験動物みたいです。ニシキヘビがスススススーと鎌首を上げました。頭にはインコが乗ってます。一番最後に集合時間にちょっと遅れて、慌ててバスに乗ってきたペットです。

モルモット:この旅から帰ると僕達実験に使われるんだ。頭がおかしくなるかもしれない。毛が抜けるかもしれない・・・・。
ウサギ:目だって見えなくなるかも。それに耳も・・・。
ハナコ:まあ、ひどい、ひどいわ!
 タヌキが肯いて、ポンとお腹を叩きました。
キツネ:そうそうだ。なんとか、みんなで助けてあげよう。
エミー:どうやって?
ダラリーン:まあ皆さん、まず行き先を決めましょう。
ニシキヘビ:バスは北に向かってるけど、暖かい所がいいな。
ヒグマ:いやいや寒い方、大いに結構。
シャムネコ:温泉があればいい。北の温泉宿。
タヌキ:そうそう。深い山の中で。ついでに古寺もあるといいな。
キツネ:贅沢言うな。
インコ:そこでウサギさん達助ける方法、考えましょう。
エミー:温泉フォーラムですか。
ハナコ:なかなかおしゃれね。
ダラリーン:さあ、それではひとまず席に戻って、各々考えて下さい。

 大きいおばさんと小さいおばさんは急いで前に向き直し、元の様に座り直して、眠ったふりをしました。バスは夜の道をなお走り続けました。
「みなさーん。バスが到着しました。起きて下さーい。」
 添乗員の佐藤さんの声で、バスの乗客達は目を覚ましました。バスは秋深い山あいの川沿いにある温泉地に来ていました。朝もやの中に『歓迎 ペットと入れる秘湯へようこそ』と書いた横断幕が下がっています。
「まあ、ペットも入れる温泉ですって。」
 大きいおばさんは温泉と聞いて急に機嫌が良くなりました。
「百万円には縁がなかったけれど温泉に来られたなら大当たりだわ。お宿はどこかしら。」
 赤や黄色に染まった木々の間から、白い湯気が立ち登っています。添乗員の佐藤さんが旗を持ってみんなを案内したのは、一番奥の古びた茅葺きの宿でした。ずいぶんと古そうです。

「みなさん、ここが今回のツアーの終点です。明日の朝まで、ペットとゆっくり温泉につかっておくつろぎくださーい。」
 添乗員の佐藤さんはそう言ってどこかへ行ってしまいました。ツアーの参加者はそれぞれのペットを連れて部屋に入りました。
「さ、早く温泉につかりましょ。ハナコとエミーも一緒よ。ほらほら、小さいおばさん、早く早く。」
 大きいおばさんは部屋に着くなりタオルを取り出して、小さいおばさんをせかせます。
「はいはい、でも私はちょっと用事があるから、先に行っててちょうだい。」
「あら、そう?じゃ、お先にね。さ、ハナコ、行きましょ。」

 大きいおばさんはハナコを連れて河原の露天風呂に向かいました。小さいおばさんも大きいおばさんが出ていくとエミーを連れて部屋を出ていきました。大きいおばさんとは反対に、山の方へと登っていきます。宿は一番奥にありましたから、道はすぐに急な坂道になりました。いつもはのっそりのエミーも木の根っこがあちこちにあるので、身軽に動き回ります。しばらく登ると小さな赤い鳥居が見えてきました。
「やっぱりそうだったのね。下から見えたのはこれだわ。」
 小さいおばさんは鳥居をくぐりました。小さな祠がありました。
「まあ、可愛らしい祠があること。何の神様かは存じませんが、あのペットさん達の力になってあげて下さいませ。ぱんぱん。」
 と柏手を打ちました。エミーも小さいおばさんの脇で神妙にお座りしました。

「さぁ、エミー。ぼつぼつ行きましょうか。」
 横に座っているはずのエミーがいません。驚いて回りをきょろきょろ見回すと、古くて半分崩れた狛犬をじっと首を傾げて見上げてました。最後に二度くんくんと肯く様にして立ち上がり、小さいおばさんの方にとんできました。坂道を転ばない様気を遣いながら大急ぎで宿に戻りました。障子を開けると、何と大きいおばさんがハナコとこたつに座りお茶を飲んでました。
「あら、もう、上がったの?」
「違うのよう。ペットは別なんですって。一人じゃつまんないから待ってたの。」
「それは、おまたせ。エミー、ハナコちゃんとお願いね。」
 色さまざまの紅葉の錦を纏った山々に囲まれ、せせらぎの音だけする湯煙の中に沈むと、何もかも忘れ目をつむってゆらりゆらり身を揺らせるばかりでした。ツアーの面々も三々五々お湯に浸かっている様です。大きいおばさんは痛む足を撫でながらゆっくり延ばし、「ああ、好い気持ち。なんだかこのまま治ってしまいそう。」

きのこ汁と山菜のおひたしそれにさつま芋のお粥の朝食を頂いて、おこたでのんびりうとうとし始めた時、
「ペットのみなさーん、温泉でーす。」
 廊下にダラリーンが待ってました。各部屋からペットが顔を出し、ダラリーンに従います。二人のおばさんはお互いに人差し指を口に当て、そっとペット達の後を追いました。ペット達の湯治場はもう少し川上の大きな岩に囲まれた所でした。二人のおばさんは岩陰に身を寄せ、ペット達の様子を伺います。ペット達はダラリーンを中心に湯煙の中でミーティングを始めました。

エミー:      さっき山の狛犬に聞いたんだ。神様が良い知恵貸してくれるって。
シャムネコ:  まあ、それはよかった。
ヒグマ:      で、神様いつ会ってくれるんだい?
エミー:      今夜。月が出てから。でも、お供えがいるんだ。
ハナコ:      何なの。何なの。
エミー:      小石。赤いの十個に、それと黄色に緑十個ずつ。
キツネ:      へぇー。変なの。じゃ捜そうぜ。
 ペット達はお湯に潜ったり、河原に上がったりして小石を集め始めました。ダラリーンがまとめてます。
タヌキ:      おい、ヒグマ君。そんなに動き回ちゃぁお湯が濁って、底が見えないよう。
ヒグマ:      おっと、失敬。失敬。
ダラリーン:  後、緑が二個と赤一個でーす。時間が余り無いので急いでお願いしまーす。
 二人のおばさんも足元の辺りを捜しました。そして、見つけたのです。川底に二個、小石がエメラルド色に輝いていたのです。静かにペット達の方に投げ込んでやりました。やがて、最後の赤い一個もインコがちょっと離れた河原からくわえて来ました。

 山の夜は直ぐに更けます。川魚に木の実に山菜、美味しいお米に甘い果物、たらふく夕食に舌鼓を打ち、もう一度温泉に入って早々にみんな部屋にこもり寝静まってしまいました。二人のおばさんも床に入り、明りを消してペット達の動き出すのを待ちました。オリオン座が昇り始めて輝きを増した頃、漸く夜陰に紛れ一団となってペット達が祠へ急ぎます。ちょっと欠け始めた月がだいぶ高く上がり、山道を照らします。二人のおばさんは息を切らして後に続きました。祠の前では狛犬が待っていて、祠の後にペット達を誘導しました。そして、そこにあった扉の中に消えました。二人のおばさんは恐いのも寒いのも忘れて同じ様に扉を開けてみました。階段があってその奥からぼうーと明りがみえます。おばさん達は思わず手を握り締め合い明りに向かいました。

神様:        ほほう。モルモット君とウサギ君を助けたいとな。良い知恵がないでもないが。
ダラリーン:  何とぞお願いいたします。
神様:        一つ、条件がある。
ダラリーン:  な、なんでしょうか。
神様:      私におはじきで勝てたらな。
 三色の小石を床にさーと撒き、神様はあぐらをかきました。
 おはじきは、けれどもなかなか終わりませんでした。キツネ、タヌキ、ヒグマと、代わる代わる勝負しましたが、神様は負けそうになると「待った」を何度もかけるのです。どんどん夜が更けていきます。しびれをきらして、ダラリーンが言いました。

「神様、もう夜が明けますよ。そろそろ教えて下さい。モルモット君とウサギ君を助ける方法を。」
「なに、もうそんな時間か。仕方がないな。このところ祠を訪ねてくるものもいなかったので、退屈していたのじゃよ。いやいや、なかなか楽しかったぞ。うん。それで、モルモットとウサギを助けたいとな?」
 神様は三色のおはじきを握って、片方の手のひらにじゃらじゃらと落としながら言いました。
「はい、大学の研究室で実験台にされるんです。」
 エミーが代わりに答えました。
「では、いますぐここから逃げ出せば良いではないのかな?簡単じゃのう。」
「そ、そうですね。だからその方法を・・。」
「アハハ・・心配ないぞよ。ここは知る者ぞ知るペットのための秘湯じゃ。よいか。人間達が入った温泉は忘れの湯と言ってな。浸かれば飼っているペットのことをすっかり忘れてしまう湯じゃ。反対におまえ達がさっき入った川上の湯は、思い出しの湯と言って、ペットの動物が人間に飼われる前の森や海での生活を思い出す湯じゃ。どちらも湯に浸かって一晩眠り夜が明けるとその効き目が出てくる。だから、おまえ達は朝になれば、森に帰ろうと、海に帰ろうと自由じゃ。人間たちもおまえ達を追いはせん。ペットのことはすっかり忘れてそれぞれの家に帰っていくのじゃ。何を隠そう、わしは世界ペット動物最高会議の名誉会員でな。人間が近頃むやみにペットを飼って、可愛そうな生活をさせるものだから、会から依頼を受けてこの温泉ツアーの催しをしているのじゃよ。分かったかな。」
 そう言うと神様は大きなあくびをしてそこにごろんと横になりました。

「なるほど。そうでしたか。じゃ。モルモット君や、ウサギ君も明日の朝には自由になるんですね。」
 ダラリーンが言いました。エミーも、
「まあ、よかったわね。なにも心配することはなかったのね。神様、有り難う。」
 ペット達は互いに顔を見合わせて歓声をあげました。
「それじゃ、早く宿に帰って、寝ましょうよ。」

 みんな神様にお礼を言うとわいわいがやがや出ていきました。二人のおばさんもほっとして、ペット達を見送り、つづいておばさん達も祠をあとにしました。しばらく歩いてから大きいおばさんが言いました。
「ちょっと待って。これは困ったことになったわ。私たちもハナコやエミーのことを忘れてしまうのかしら。ハナコとエミーはどうなるの?森や山に行って狼みたいになっちゃうのかしら。それじゃ、あんまりよ。なんだかさびしい・・・。」
 小さいおばさんも立ち止まって口をぽかんと開けて、言葉がありません。ふたりはとぼとぼと宿の方へ降りていきました。途中、ペット達の入った川上の湯まで降りて来たとき、小さいおばさんが突然声を上げました。
「そうだわ。このお湯に浸かれば・・。」
ちょっとおいて大きいおばさんもつぶやきます。
「思いだしの湯に浸かれば・・・。ハナコとエミーのことは忘れない。」
 二人は急いで浴衣を脱いで、暗い岩風呂に飛び込みました。
「ふーっ、ここのお湯も最高ね。」
「何度も温泉に浸かれて、極楽極楽。」
 二人のおばさんはオリオン星の下で、心ゆくまで暖まりました。

 朝になりました。添乗員の佐藤さんがみんなを起こします。集まってきたのは人間ばかり。神様の言ったとおりになりました。ペットの姿はありません。人間達だけで昨日乗ってきたバスに乗り込みました。二人のおばさんもしょんぼりと肩を落として、バスに乗り込みます。
「やっぱりエミーとハナコも行ってしまったのね。」
 一番後ろの席に座って大きいおばさんは口をへの字に曲げてだんだん涙声です。小さいおばさんもメガネをしきりに拭いています。その時、座席の下でもそもそ何かが動きました。
「あらっ、エミー」
「ハナコも」
 エミーとハナコが顔を出しました。二匹ともぐっしょり濡れて、ほかほかと温泉のにおいがします。
「まあ、また温泉に入ってきたのね。でも、どうして私たちの所に戻ったのかしら。」
 大きいおばさんがハナコに頬ずりしながら言いました。すると小さいおばさんがエミーの頭をなでながら言いました。
「うふふ・・大きいおばさん、分からないの?エミーとハナコはね、思い出しの湯に入ったあと、たったいま忘れの湯に湯に入ってきたのよ。そうね?エミー。」
 エミーが小さいおばさんの小さな顔を溶けてしまうくらいなめ回しました。

                                     おわり

一九九六年十一月二十日完結


 二人のおばさんはいつかきっとこんな旅をしたいと思っています。










作者プロフィル
大きいおばさん 千葉県千葉市在住
小さいおばさん 東京都あきる野市(旧秋川市)在住
二人は高校時代の親友で、このお話はパソコン通信の電子メールをリレーして作りました。