Let's wash and dry in the sun.


大きいおばさん
小さいおばさん

トラの穴
 
ゆっくりと昇った太陽の光が、朝もやに包まれた森の木々の間を縫って、やっとトラの穴の扉に辿り着きました。扉がすうと開いて、トラのおくさんが顔を出しました。
「まぁ、いいお天気だこと。」
 トラのおくさんは首を引っ込めると、今度は洗濯籠を提げて出てきました。毛皮のコートが5枚入ってます。そしてどんどん山を降りて行きました。途中でクマの穴の扉を叩きました。

「トントン。Let's wash and dry in the sun。」
 クマのとうさんは大きな毛皮の敷物を抱えてノシノシ現れました。しばらく行くと今度はタヌキの穴がありました。
「トントン。ドンドン。Let's wash and dry in the sun。」
 タヌキのにいさんが目をこすりこすり扉をちょっと開けて、
「ぼく、まだ眠いや。」
 トラのおくさんとクマのとうさんは顔見合わせて微笑むと、隣のキツネの穴の扉を叩きました。
「トントン。ドンドン。Let's wash and dry in the sun。」
 キツネのねえさんが毛皮のえりまきを2本首に巻いて、
「おはよう。あら、タヌキくん又おさぼり?」
 キツネの穴からちょっと降りると、もう河原に出ました。もう、シカとウサギの姉妹が来てました。みんないつもの場所に陣取り、いつもの岩の上で洗濯を始めました。

「Let's wash !! ブクブク。」
「Let's wash !! ゴシゴシ。」

 洗濯が終ると、川岸のいつもの木の枝に洗濯物をかけます。

「Dry in the sun !!  ルンルン。」
「Dry in the sun !!  ランラン。」
 
 午後になり日がだいぶ傾いてきました。トラのおくさんは、
「そうそう、洗濯物を取りに行かなくちゃ。遅くなってしまったわ。」
 トラのおくさんは大急ぎで山を下り、河原にでました。もう、どの木の枝も干してあった洗濯物は一枚もありません。
「あら、みんな早かったのね。」
 ところが、トラのおくさんの干した毛皮のコートもないのです。
「たしかに、この木のはずなのに。クマのとうさんが持ってってくれたのかしら?」
 その時岩陰から、クマのとうさんがノソノソ現れました。
「おやおや、トラのおくさん。早かったね。」
「クマのとうさん、大変大変!!洗濯物が消えちゃいました。」
「え、そんな…。風に飛ばされたのかな?」

 他のみんなも次々にやって来ました。実はトラのおくさんが一番だったのです。みんな大騒ぎであちこち捜しました。クマのとうさんはジャブジャブ川を渡り、向う岸でウロウロ見回ってます。
「あった?ないわねぇ。」
「どこにいったんだろう?困ったねぇ。」
「ねえねえ、カケスさん。洗濯物を知りませんか?」
 トラのおくさんが、ちょうど樫の木ののてっぺんにとまったカケスに聞きました。
「ケケケ。洗濯物は南からのつむじ風にのって、飛んでいきましたよ。ほら、あそこ。」
 カケスが振り向いた先には一艘の小さな船が白い煙を吐きながら川面を走っていました。船の煙突にはトラのおくさんのコートとキツネのねえさんのえりまきが、キャビンの屋根にはクマのとうさんの敷物が引っかかっていました。
「あらあら、大変。あの船まで飛んでいったわ。」
「みんなそれ、あの船を追いかけなくっちゃ。」

 クマのとうさんも大慌て、のっしのっしと地響きをたて、ウサギはシカの背中に乗って追いかけました。トラのおくさんも全速力で走ります。でも船はどんどんと離れていってしまいました。
「どうしましょう。船がいってしまいました。」
 トラのおくさんは後ろ足で立ち上がって船の行った方を見やりました。クマのとうさんはどすんと岸にしりもちをついて座り込みました。ウサギはシカの角につかまって背伸びをしてみています。シカのじいさんが言いました。
「あれは毎年春になるとやってくる船です。今度来るのは半年後。洗濯物はその時まで帰ってきませんよ。」
 みんなはしょんぼり山に帰っていきました。
 山に戻ったトラのおくさんは、急いで手紙を書きました。
「船長さんへ。毛皮のコートと敷物、それにえりまきをどうか山に送り返して下さい。」

 きらきら夕日が、今日も川下の水面に沈みます。船長さんはゆっくりパイプをふかして船の舵をとっていました。もうすぐ川は海にでます。長い航海の始まりでした。今年も船には小麦がいっぱい積んでありました。遠い外国に運んでいくのです。船長さんはキャビンを出て夕日を見に甲板にでました。
「おや、あれは。」
 煙突にトラの毛皮のコートが掛かっています。キツネのえりまきもありました。キャビンの屋根にはクマの毛皮のの敷物がかぶさっていました。 
「おや、どこから飛んできたんだろう。これは暖かそうな毛皮のコートだぞ。それにこの敷物はキャビンのソファに敷くのにぴったりだ。この襟巻きは風の強い日に甲板で仕事をするのにちょうどいい。」
 船長さんは思いがけない風の贈り物にとても喜びました。船長さんの船は地球の反対側のとても寒い国に小麦を届ける航海をするところだったからです。

 船長さんの船は何日も何日もかかって、やっと遠い遠い北の国の港に辿り着きました。もう春だというのに、北の国の港はまだ白一色で、おまけにどんよりとした厚い雲から小雪が舞い下りてます。凍った港町も船が着くといっぺんに活気付きます。さっそく船から荷下ろしが始まりました。待ち焦がれた荷が下ろされると港に歓声が響きます。船が空になると、明日は北の国からニシンや鮭の缶詰の荷揚げが始まります。それまでしばらく休憩です。船員達は三々五々街へと繰り出して行きました。船長さんも毛皮のコートに襟巻きをして、船を降りました。
「これは、好いあんばいだ。」
 船長さんは上機嫌でゆったりゆったりステッキを振って、表通りの商店街を闊歩します。小さなお花屋さんの角を曲がった時です。向こうから真っ白な髭をお腹までたわわに垂らしたおじいさんがやって来ました。船長さんの前に立ち止まって、
「おや、りっぱなコートだこと。」
「まあまあ、りっぱなお髭だこと。」
 おじいさんは眉毛まで、綿をくっ付けた様に真っ白でした。
「あのう、そのコートと襟巻き私にお譲り願いませんかな?」
「・・・・・・・・。」
 船長さんは驚いて声が出来ません。
「おっと、失礼。私は”サンタ クロース”です。」
「えっ、あのクリスマスの? しかし赤い服・・・・・・。」
「ええ、あれはクリスマスの時だけです。実はもう今年のプレゼントを造る準備をしているのです。あなたのコートはぬいぐるみにもってこいです。」
「それはそれは。私は今日着いたあの船の船長です。部屋にはまだまだ毛皮が色々あります。さあ、船に参りましょう。」

 船長さんは歩きながら、毛皮のいきさつをサンタさんに詳しく話しました。
「だから、この毛皮はサンタさんに使ってもらうのが一番です。」
 サンタさんはお髭を撫ぜながら、ふむふむと肯いて微笑みました。
 毛皮のいっぱい入った白い大きな袋、そうクリスマスのあの袋を担いで、サンタさんは船長さんにお礼を言って、何度も何度も振り返り夕闇の迫る街に消えて行きました。部屋に戻ると船長さんはほっとして、パイプをゆっくりふかし天井に登る紫の煙をみながら大きくため息をつきました。その時、
「トントン、トントン。」
 若い水兵さんでした。
「船長、お手紙です。」
 トラのおくさんの手紙でした。

「船長さんへ。
・・・・・というわけで、毛皮のコートと敷物、襟巻きをどうか冬が来る前にお返し下さいませ。トラのおくさんより。」

「うーん。これは困ったぞ。トラのおくさんのコートだったとは。」
 トラのおくさんのコートもほかの毛皮も、もうサンタさんにあげてしまいました。
「次に私の船がトラのおくさんの家の近くにさしかかるのは、半年後の秋も深まった頃だ。トラのおくさんに寒い思いをさせるわけにはいかないぞ。なにか代わりになる物はないものか。」
 翌朝早く、船長さんは船を下りて街に出ていきました。船はお昼頃には港を出なくてはいけません。その前に、トラのおくさんのコートの代わりになるものを探しに出かけたのです。
「ここは北の寒い国だから、きっと毛皮のいいお店もあるはずだ。」

 街一番の大通りに洋品店がありました。ウインドウにはしゃれた洋服が飾ってあります。船長さんは早速入っていきました。
「毛皮ですか。残念ですが、ここにはありません。」
 お店の女主人が少し驚いた様子で言いました。
「どこに売っていますか?」
 と、船長さんがたずねると、
「あなたはよその国から来られた方ですね。 それではご存じないのも仕方がありません。この国は毛皮を売ってはいけないことになっているのです。ですから、この国のどこにも毛皮を売っているお店はありません。」
 船長さんはがっかりして船の方に足を向けました。朝日はもうだいぶ高く上がっていました。港への道はだんだんと人通りが増えて、一杯に荷物を積んだ荷車、学校へ向かう子供たち、物売りの声などでざわめいてきました。船長さんは船出の前にちょっと一杯やりたくなって、酒場に入りました。お酒を注文して飲んでいると、カウンターの隅にしわくちゃの老人がやはりお酒を飲んでいるのに気がつきました。船長さんは老人の方にお酒のビンを持っていって座りました。

「こんにちは。ここの町の人ですか?」
「そうじゃ。もうずうっと昔からな。」
「私は訳があって毛皮を買いたいと思っているのですが、この国では毛皮が買えないそうですね。」
「そうじゃ。毛皮を売ってはいけないと言う新しい法律が出来たのじゃ。おかげでワシは失業じゃ。腕のいい猟師だったのに。」
 おじいさんは寂しそうにグラスのお酒を飲み干しました。 船長さんはおじいさんのグラスにお酒を足しました。
「どこへ行ったら毛皮が手にはいるでしょう?実はどうしても必要なんです。」
 おじいさんは船長さんをじっと見ました。
「もっと北の方へ行きなされ。国境の北に行けば毛皮が手にはいる。しかし気をつけなされ。国境の北は雪と氷の世界じゃ。」
 船長さんは船に戻りました。ちょうどお昼を知らせる教会の鐘が鳴っていました。
「ボォー。」
 船長さんの船は港中に響く大きな汽笛を鳴らして、国境の北の海に向かって出港しました。
 
 数日して船は国境の港に入りました。流氷が波間にポカポカ頭を出して漂ってましたが、ベテランの操縦士は器用に舵を取って無事埠頭に停泊出来ました。さっそく船長さんは船を降りました。北の海はとても豊かです。沢山魚が捕れます。漁船がぎっしり繋がれてました。その一隻から出てきた漁師さんに、船長さんは頼みました。
「これから北へは船では行けそうもない…。橇を出していただけませんか?」

 船長さんは更に北へと橇を滑らしました。今日はとても良い天気です。陸とも海とも区別のつかない氷原に陽が反射して七色に輝き、遠くの氷山は水色の影を落としてます。それが時々大音響と共に濃紺の淵を描く海に崩れ落ちて行く様に、船長さんは思わず息を呑み、北海の大自然の前に声も出せず暫し佇むばかりでした。そこで、二人は橇の上で昼食のサンドウィチを食べる事にしました。厚いスモークサーモンの入った漁師の奥さんの心尽くしです。ポットのコーヒーを楽しんで、葉巻を口にした時、何か唄が聞こえました。「♪Let's wash and dry in the sun♪」
それは30メートルぐらい先の氷の陰で唄っているようです。
そっと近づいてみると、アザラシのお母さんが三頭、氷の中にポッカリ開いた海水で洗濯を始めたのでした。

「♪Let's wash and dry in the sun♪」

アザラシのお母さんは純白のベービー服を洗ってます。そして、それを氷の小山に干し終ると次々海に潜って行ってしまいました。
「おや、これは素晴らしい。これならトラのおくさんもきっと満足してくれる。」
船長さんは真っ白のベービー服に手を延ばしました。
「ちょっと待てよ。今度はアザラシのお母さんが困るな。」
船長さんは腕組みして考え込んでしまいました。そしてポンと手を打ちました。
「漁師さんあなたはサンタさんの工場を知ってますか。」
「ああ、おいらの村からもう少し南に行った所だ。明日案内するよ。」
船長さんはサンタさんに事情を話してみるつもりです。

次の日半日かかってサンタ工場を訪ねました。
「トントン、私は先日毛皮を差し上げた船長です。」
「おやおや、これは、これは。さあどうぞ。」
船長さんと漁師さんは中に招かれました。
「さっそくですが、工場を見て下さい。」
サンタさんはお髭を撫でながらにっこり微笑むと、次の部屋の扉を開きました。
「あっ!」
船長さんは、目を剥き棒立ちになりました。そこには、沢山のぬいぐるみが船長さんの方を見て笑っているのでした。ウインクしてるのやベロを出しているのもいます。クマもいればトラもいます。ミッキーマウスだっています。万事休すです。
「毛皮はみんなぬいぐるみになってしまった・・・・・。」
「そうです。今年はおかげでプレゼントの準備が早くできましたよ。ほら、どの子もかわいいでしょう。」
 サンタさんは上機嫌です。

 がっくり肩を落として、船長さんはサンタさんの家を後にしました。漁師さんの橇に乗って、港に帰ることにしました。あたりは暗くなり始めて空は鉛色にかげってきました。「どうやら、吹雪になりそうですよ。早く帰りましょう。」
 漁師さんはそう言うと橇のスピードを上げました。
「私の船はこれから国へ帰ります。その前に毛皮の服を買いたかったのに、買えませんでした。今度の冬にみんなに寒い思いをさせるかと思うと、気の毒でなりません。」
 船長さんは悲しそうな顔で漁師さんにいいました。
「あの方に頼んでみてはどうでしょう?」
 漁師さんが言いました。
「あの方って?」
「この先に独りで住んでいるおばあさんがいます。何でも、昔は西の国の魔法使いだったとか言う噂です。寄ってみましょう。」
 橇はいくつもの氷の丘を越えて、そのおばあさんの家に向かいました。おばあさんの家は氷の丘をくりぬいたような窪地にひっそりと建っていました。あたりはすっかり暗くなっていっそう寒さを増していました。おばあさんは二人を温かなスープをすすめて歓迎してくれました。
「すっかり年寄りになってしまったのでね、みんなが私のことを魔法使いだというのでしょう。魔法なんて、使ったことはありませんよ。」 
 おばあさんはしわくちゃな顔をいっそうしわくちゃにして笑いました。漁師をしていたご主人を早くに亡くして、長く独りでこの氷原に住んでいるのでした。外は吹雪になりました。船長さんと漁師さんはおばあさんの家に泊めてもらうことにしました。

 夜半過ぎに吹雪は収まりました。ふと目を覚ました船長さんが寝室の窓から外の様子を見ていたときです。空いっぱいに銀色のカーテンが広がって揺れました。それは時々虹色の光を添えて、カーテンのひだを大きく小さく絶えず揺らしながら、鉛色の空に翻っていました。
「なんてすばらしい。美しいカーテンだ。」
 おばあさんも漁師さんも起きてきました。みんな一緒に家の外にでて、そのカーテンを見上げました。
「オーロラです。今日のオーロラは特別美しい。」
 おばあさんはそう言って肩掛けに顔を埋めて見入っています。船長さんがつぶやきました。
「この美しいカーテンで、みんなのコートを作れたら・・・。」
「オーロラでコートを?それはすばらしい。毛皮で作るより軽くて暖かくて、なにより虹色に光るコートなんて見たこともないです。でも、それは・・・・。 」
 漁師さんが言いました。
「・・・・・・そんなことは無理ですね。」
 船長さんが寂しそうな顔で笑って言いました。

 翌朝、船長さんと漁師さんはおばあさんに泊めてもらったお礼を言って港に帰っていきました。
 船長さんの船がいよいよ北の国の港を出る日が来ました。ニシンや鮭の缶詰をいっぱいに積み込んで、ふるさとの国に帰ります。積んできた小麦は良い値で全部売れたし、ニシンや鮭の缶詰はたくさん買えたし今度の旅は良い商いだったのですが、船長さんは気が晴れませんでした。トラのおくさんに頼まれたことができなかったからです。
「たくさん買えた缶詰でも、代わりにあげることにしよう。」
 海にでて何日かたってからでした。船長さんは船の倉庫で一つの荷箱に気がつきました。箱の表には『氷の国発』と書いたシールが貼ってあります。
「おや、これは何だろう、この荷箱は買った覚えがないぞ。」 
 早速開けてみることにしました。中からでてきたのは、コートと襟巻き、それに敷物らしい大きな布でした。そしてこう書いた手紙がありました。

「船長様。私は本当は魔女でした。でも長い間魔法を使いたいと思うことがなかったので、ずっと使っていせんでした。でもこの間のオーロラを見ているあなたを見てまた使ってみる気になりました。長い間使っていなかったので自信がなかったのですが、あなたの欲しかったものを魔法を使って作りました。久しぶりに使った魔法にしてはうまくいきました。あなたのお友達によろしく。氷の国の魔女より。」

 よく見ると、コートや襟巻きはきらきらと銀の粉をまぶしたように光っていて、しかも透き通っていました。軽くて暖かくて、時々虹色に変わります。今まで見たことのないものでした。
「オーロラで作ったコートだ。」
 船長さんは驚いてしばらくは声が出ませんでした。
 
 森の木はすっかり葉を落として、山は冬支度を終えていました。昼下がりの山肌にはつかの間の暖かな日が枯れ枝を通して差し込んでいました。クマのとうさんは木の実をたくさん食べて少し太った体を丸めて日なたで居眠りです。タヌキのにいさんとキツネのねえさんは落ち葉を集めて冬のベッド作りに忙しそうです。とらのおくさんは川辺の土手で、繕い物です。古い毛皮のコートをはぎ合わせて縫っています。
「あら、また破れちゃった。こんなに古くちゃいくら縫ってもすぐ破れてしまうわ。」
 そのとき川下から、ぼおっと汽笛が聞こえてきました。
「Let's wash and dry in the sun. Let's wash and dry in the sun.」
 あの船長さんが甲板で歌っています。そしてとらのおくさんを見つけると大きく手を振りました。

                        お わ り   

平成十年十二月二十九日完結
作者プロフィル
大きいおばさん 千葉県千葉市在住
小さいおばさん 東京都あきる野市(旧秋川市)在住
二人は高校時代の親友で、このお話はパソコン通信の電子メールをリレーして作りました。