不思議な木


大きいおばさん
小さいおばさん

犬の行列 夕べの雨が止んで、お庭は雨の滴が朝日に当たってきらきらと光っていました。大きいおばさんはバケツの水を捨てて新しい水に替えました。
「さあ、ハナコ。お水を替えたわよ。お上がり。いい雨だったわね。これで木の芽がどんどん出てくるわ。チューリップもほら、つぼみが見えてきたし。今年は牡丹が6つもつぼみを付けて・・・・、そうそう、支えの棒を立てなくちゃね。」

 大きいおばさんはぶつぶつ独り言を言いながら、牡丹に添える支柱を捜しました。縁の下から緑色の支柱を引っぱり出すと、牡丹の枝に添えて針金で結わえ付けました。
「細い幹なのにこんなにたくさんつぼみを付けて大丈夫かしら。 」

 ハナコが水を飲み終わっておばさんのそばにやってきました。鼻先に水の玉をつけたままです。
「いいわね、ハナコ。お花が咲くまでいたずらしないでね。」
 大きいおばさんはそう言いながらハナコの頭を撫でました。牡丹の根元には十二単の紫色の葉が出ていました。その名のように緑色や青、黄色、紫と色々な色に葉を染めて、春には鮮やかな青い花をつけます。おばさんは十二単の枯れ葉をつまんで形を整え、ついでに回りの雑草をむしり始めました。斑入りギボシの白い芽が出ています。紫蘭の芽も赤紫の小さなつぼみを見せています。
「スズランはまだかしら。」

 何年も前に植えたドイツスズランは、次々根を伸ばして、お庭の方々に出てきます。でもスズランの芽はまだ見つかりませんでした。大きいおばさんは雑草をむしりながら庭の端っこの方まで這っていきました。
「あら、これは何かしら。」
 庭の隅のナンテンの木の下あたりです。変わった形の葉をしたちいさな木の芽を見つけました。まだ5センチくらいの幹から銀色の星形の葉が3枚出ています。つやつやした葉は銀紙のように光っています。
「こんな葉っぱの木は見たことがないわ。」
 よく見ると同じ木の芽がもう一本ありました。同じように銀色の星形の葉です。しばらく眺めていたおばさんは、
「そうだわ、小さいおばさんに聞いてみましょう。小さいおばさんはとても植物に詳しいから、きっと何の木だか知ってるわ。」
 大きいおばさんは一本をそっと抜いて、湿らせた綿で根をくるんで、小さな小包にして小さいおばさんの所にその木の芽を送りました。

「何だろう? とにかく植えてみましょう。」
 小さいおばさんは、蕾の付き始めたエビネの脇に、小さな穴を掘り星の木の芽をそっと置いて、少しずつ土をかぶせました。
「どんどん、ぐんぐん大きくなあれ。」
 じょろに水をくんで、静かに銀色の葉っぱにかけました。
「大きくなって、天の星になあれ。」
 今度は根元にたっぷり水をあげました。
 木の芽は小さいおばさんの願いどおり、どんどんぐんぐん大きくなりました。しかし銀色に輝く星の形の葉っぱとも花びらともつかないようなのばかり大きくなり、そう丁度蓮の花のように、背丈はちっとも伸びませんでした。そして銀色の葉っぱの根元に、小さな丸い黒真珠みたいのが出来てきました。
「あら、花の蕾かしら。」

 その銀色の玉は銀色の星の葉っぱに包まれて、まるまるころころ大きくなってきました。そんなある朧月の美しい晩、小さいおばさんは誰かが呼んでる様な気がして、飛び起きました。
「誰もいないし、声もしないわ。気のせいだったのかしら。」
 小さいおばさんは、もう一度布団に潜り込みました。
「やっぱり、誰かが呼んでるわ。」
 むっくり起き上がると何かに導かれる様に、庭に出ました。大地の静けさの中で木々や
草花の吐息だけが聞き取れるような静かな闇に、星形の不思議な木の銀色の葉っぱだけが月の光を浴びて、その辺りだけがまるでスッポトライトで照らされた様に輝いてました。驚いた事にエミーもそこに、もうちょこんと座っていたのです。小さいおばさんも横にかがんで、そっとエミーの頭をなでました。すると、星形の葉っぱがすっと開いて、もうピンポン玉ほどの大きさになった銀色の玉が、ふわっと浮き上がり、小さいおばさんとエミーの目の前に三個並びました。
 びっくりする間も無く、三個の銀色の玉は小さいおばさんに語りかけたのでした。声はありません。小さいおばさんは心で聞いたのです。

「お願いです。私達と一緒に来たもう一本の木に会わせて下さい。」
「え! 多分そう大きいおばさんの庭にあるわ。お易い事よ。ところで、あなた達は何てお名前?」
 小さいおばさんも、口は開けず心で問いました。
「コロピカ星人。ほら、ちょっと見えないかもしれないけど、カシオペヤ座のあの横の星、あれが私達の星です。この前の彗星に乗ってやって来ました。」
「ああ、ヘール・ボップ彗星ね。素晴らしいわ。」
「今度の彗星が来る迄に、仕事を終えて、そう、人間達は知らないけど、エミー、君は知ってるね。七月三日に来る彗星に乗って帰らなければならないのです。ですから、早く仲間に会わせて下さい。」
 エミーはおばさんに向かって、小さくワンと吠えました。
「でもねえ、今は真夜中よ。始発のバス迄待ってね。」
 小さいおばさんはひとまず家の中に入りました。エミーと三個の銀色の玉も後に続きました。

 大きいおばさんの家ではハナコが夕方の散歩から帰って夕飯のドッグフードを食べているところでした。
「今日はブライアンとクッキーちゃんに会えてよかったわね。たくさんボール投げをして、お腹が空いたでしょう。たんとお上がり。」
 大きいおばさんはハナコのそばに立ってにこにこ見ていました。毎日のお散歩でラブラドールのブライアンとシーズーのクッキーちゃんに会います。公園に子供の姿が見えないときはリードをはずしてボール拾いをして遊びます。今日はブライアンと何度もボール拾い競争をして遊びました。大きいおばさんは庭側から居間の雨戸を閉めると門のポストの夕刊を取りに行きました。そして戻り際に薄暗くなり始めた庭の隅がぼおっと光っているのに気がつきました。
「あら、何でしょう。」
 夕刊を脇に挟んでその光の方へと歩きました。ナンテンの木の下あたりで銀色の葉の木が光っていました。三枚の星形の葉の元のほうにはそれぞれ銀色の実がついています。
「あら、何の実でしょう。」
 大きいおばさんはこの木のことをすっかり忘れていたのです。
「まあ、これはこの前の、星形の葉の木だわ。こんな大きくなって、こんな実まで付けて。
そうだわ、小さいおばさんにも送ったんだっけ。」

 夕闇が一層濃くなってきました。星形の葉の木がますます明るく光り出して銀色の実がふわりと浮き上がりました。夕飯のドッグフードを食べ終わっておばさんの足元に来ていたハナコが、銀色の実の一つに飛びかかりました。ジャンプの得意なハナコは、おばさんの背丈ほどに浮き上がった銀色の玉に届いてがぶりと噛みつきました。夕方のボール拾いの要領です。ところががぶりと噛みついたまま、ハナコは宙に浮いてしまいました。銀の玉はハナコをぶら下げたまま動きません。飛び上がったまま手足をばたばた動かして、ついには玉を吐き出してドスンと地面におりました。
「まあ、不思議、浮いたまま動かないなんて。」
 大きいおばさんが手を伸ばしてその玉をつかもうとしました。やはり玉はびくとも動きません。おばさんが手を引っ込めると、三つの銀の玉はまたふわりと漂いはじめました。そしてどんどん空の上に上がっていきました。大きいおばさんとハナコはお庭の真ん中に立ってじっと見あげていましたが、やがて三つの銀の玉は見えなくなってしましました。キツネにつままれたようにおばさんとハナコはきょとんとして顔を見合わせました。
「何だったのかしら、一体あれは。」
 大きいおばさんはぶつぶつ独り言を言いながら、お家の中に入りました。

 あくる朝、大きいおばさんはいつものように、起きるとすぐ庭に出てハナコのお水を取り替えました。ハナコに朝御飯をやると、星形の葉の木のところにいきました。星形の葉の木はそのままになっていました。銀色の実はありませんでした。それを見ておばさんはちょっと首を傾げて、箒で庭を掃き始めました。昨日は風が強かったので、枯れ葉があちこちに飛んでいました。庭の中程に来たときおばさんの箒がガツンと音を立てました。
「あら、こんなところに大きな石が。」
 よく見ると真っ黒で丸いピンポン玉の大きさの石が三つ転がっていました。おばさんはかがんでその石を拾おうとしました。ところがその石はびくともしません。おばさんは今度は両手で石を引っ張りました。が、やっぱりダメでした。石はまるで根が生えたように地面に張り付いていました。
「何でしょう。これは一体・・・。」
 その時家の中で電話が鳴りました。

「りーん、りーん、りーん。」
 おばさんは慌てて箒を投げ出すと電話を取りに行きました。
「もしもし、大きいおばさんですか?」
「あら、小さいおばさん、こんなに早く一体どうしたの?」
「ほらあの星の葉の木、大きいおばさんのうちのあの木はどうなりましたか?」
「ああ、あの木ね。大きくなって、何だか銀色の玉の実がなったけれど、ふわふわタンポポの種みたいにどこかへ飛んでいったわよ。」
「あれはとても不思議な木だわ。あの銀色の玉が自分たちが宇宙からやってきたのだって言うのよ。それで大きいおばさんのうちの木に会わせてくれって言うの。でも今朝になってみたら、真っ黒のとても重い石になってしまっているの。どうやら夜の間だけ浮いているようなの。大きいおばさんのうちへ連れていこうと思ったのにとても重くて持って行けそうにないのよ。どうしましょう。」
 大きいおばさんは居間の窓からさっきのお庭のあの黒い重い三つの石を見ました。

 小さいおばさんは、何時までも暮れきらない春の宵にしびれを切らして、庭に出ました。
「さあ、そろそろ出掛けないと、大きいおばさんの家に行く最終電車に間に合わないわ。」
 コロピカ星人の三つの玉は、よろよろと宙に浮いて小さいおばさんの後に続きました。
電車は乗客もまばらで、蛍光燈が輝き昼間の様でした。三つの玉は、小さいおばさんの膝の上に鼠色になって重なってます。小さいおばさんはもう重くってかないません。ジャケットを脱いでそっと上からかぶせました。小さいおばさんはほっと肩で息をしました。エミーが鼻でもそもそジャケットをほじり、コロピカ達と何か話合っている様です。

 最終電車を乗り継いで、やっと大きいおばさんの家に辿り着きました。さっそく、庭に
出ました。六つの玉は、飛び交い、くっ付き合い、重なり合い、見てる方が目が回りそうです。そして、おばさん達の側に近づいて、六つの玉がそれぞれ頭、胴、両手、両足の形にくっ付いて、見る見る膨らんで風船人形みたいになりました。あっという間に元に戻ると今度は、エミーとハナコの鼻先で犬の形になって見せました。さんざんパフォーマンスをやった後、一列に並んで、
「みなさん、ありがとう。」
 やっぱり、無言でテレパシーで語ってきました。
「いえいえ、おやすい事よ。ところで、コロピカさん。地球にはるばるやって来た使命ってなあに?」
 何時の間にか異様を嗅ぎ付けて現れたブライアンとクッキーも、固唾を飲んで聞き入ります。
「はい。実は私達は光にとても弱いのです。ところがこの辺りから、地球の時で一月に一回くらい、強い光線が当たるのです。もう、ほんとにクラクラします。それを止めていただくようお願いに来たのです。」

 小さいおばさんとエミーも、大きいおばさんの家にしばらく泊り込んで、一緒に探してあげる事にしました。
 次の日の夕方から、二人のおばさんはエミーとハナコを連れて、大きいおばさんの家の回りの散歩を始めました。コロピカ星人を困らせている強い光の元を探すのです。散歩の途中で会う近所の犬達も加わりました。ラブラドールのブライアン、シーズーのクッキー、シベリアンハスキーのラッキー・・・近くの犬達のほとんどが集まりました。
「コロピカ星人の眼に眩しいものって何かしら。私はほら、あの発電所の煙突でチカチカ光る電気じゃないかしらって思うの。それとも、製鉄所の溶鉱炉の赤い火かしら。」
 大きいおばさんは西の空を指さして言いました。でも、コロピカ星人からの反応はありませんでした。
「それじゃあ、あのパチンコ屋さんの電飾じゃないの?」
 小さいおばさんが国道沿いの派手なイルミネーションの建物を見て言いました。やはりコロピカ星人からの反応はありませんでした。二人のおばさんと沢山の犬達はとっぷり日の暮れるまであたりを散歩して回りました。

 三日ほど同じようにして過ごした頃、二人のおばさんが長い散歩を終えて大きいおばさんのうちまで戻ったとき、高校生くらいの男の子が自転車を止めて門の前で待っていました。
「毎朝新聞の集金です。」
 少年は銀色の野球帽をかぶって集金用のバッグを抱えていました。
「ハイハイ、ご苦労様ね。」
 大きいおばさんがお財布を取りに家の中に入りました。その時、エミーとハナコが大きく吠えました。
「まあ、どうしたの、そんなに吠えて。」
 小さいおばさんが二匹をたしなめました。すると少年が笑って言いました。
「きっとこのせいですよ。」
 少年が銀色の帽子を取って小さいおばさんに見せました。その帽子は日の暮れた薄暗い玄関先でぼおっと光って見えました。お財布を持って大きいおばさんも戻ってきました。
少年の帽子は目の眩むような輝きはありませんが、不思議な銀色の深い光を放っていました。
「もしかしたら、ねえ、コロピカさん、これって事は・・・。」

 大きいおばさんがコロピカ星人の方を見ようとしましたが、今まで近くで漂って浮いていたコロピカ星人がいません。暗い庭の中を見渡すと、コロピカ星人は庭の隅のあの星形の木の葉の下でゆらゆらしていました。葉陰に隠れてふるえているように見えました。
「間違いないわ、この帽子がクラクラの原因よ。」
 小さいおばさんがコロピカ星人のテレパシーをキャッチしました。
「ねえ、お兄さん、その帽子はどこで買ったの?」
 大きいおばさんが新聞料金を払いながら少年にたずねました。
「これですか?これは・・・駅前のヨーカドーですよ。でもこのワッペン。これが不思議なんです。これをつけたら帽子まで光り出したのです。」
「ほら、ここです。ここで見つけたんです。」
 それは大きな欅の根元でした。そこは大きいおばさんの家から線路を越えた反対側にある小公園の端で、木の向こうは河原に続いてました。
「ひと月程前、ボールがここに当たって小石が飛び、このワッペンが出て来たのです。ボールは河原に転がって無くしちゃいました。」
 コロピカが困らないようにハンカチに包んだワッペンを、少年はあった場所に置きました。その時、河原からクッキーがボールをくわえて現れました。
「ありがとう。無くしたボールだ。」
「あっ、やだやだ、どうしたんだろう。ダンゴムシがぞろぞろ集まってきたわ。」
「今日は私達の結婚式です。満月の晩にするのです。これは結婚の誓いの神様です。無くなって困っていたんです。間に合ってよかった。さぁ、早く包みを取って下さい。」
 ダンゴムシの親分みたいのが喜びました。もちろんおばさんや犬達にはダンゴムシの話など分かりません。コロピカが飛び回ってテレパシーで伝えたのです。

「ひとまず私達は、式が終るまであっちの木の陰に隠れてます。ハンカチを取ってあげて下さい。その後対策を考えましょう。」
 欅の回りはダンゴムシの銀色でいっぱいになり、その中心でワッペンがぼうっと光ってます。
「でも、変ねぇ。こんなぼんやりした光があんな遠い星まで届くのかしら。」
 大きいおばさんが首をかしげました。その時です。ワッペンがひときわ明るく輝き始めました。鋭い光線が当たっていたのです。それは雲の合間から姿を出した月の光が、教会の屋根のてっぺんの十字架に反射して、ワッペンを照らし出していたからです。
「これが原因だったんだわ。どうすればいいかしら?」
「そうだ! 十字架の向きを変えればいいんだ。」
 さすが若者です。見事なひらめきです。
「ダンゴムシさんちょっと待っててね。」
 小さいおばさんはワッペンにハンカチをかぶせ、コロピカを呼びました。
「さぁ、ぶら下がって!」

 コロピカが一本の紐の様にくっ付いて、教会の下で佇むみんなを促しました。まず、少年がつかまりました。ふわりふわり浮き上がったところで、その足を大きいおばさんがつかみ、ゆらりゆらり上がっていきます。大きいおばさんの足を小さいおばさんが、その足をエミーが、エミーの尻尾をハナコ、そして最後にクッキーが繋がって、無事に揃って屋根に上がりました。
「わぁ、きれい。素晴らしい夜景だわ。」
「さぁ、十字架を動かしましょう。」
 又、みんなでよいしょっと力を合わせ十字架の向きを変えました。何だかダンゴムシ達の歓声が聞こえた様な気がしました。
「これで、オーケーだ。あっ、流れ星だ。」
 少年が指差しました。
「私達の乗って帰る彗星です。」
「七月三日迄には、まだ間があるわ。」
「ええ、暫く地球を回って帰るのです。皆さん本当にありがとうございました。」
 コロピカ星人はみんなを公園に降ろすと、彗星に向かって夜空を登って行きました。

 七月三日の晩。公園に又みんなで集まりました。今日はダンゴムシはいません。ワッペンも小石で隠してあります。犬達がウーワンと吠えました。コロピカの乗った彗星がちょと明るく瞬いて空の闇に吸い込まれて消えるところでした。
「みなさん、お見送りありがとう。」
 コロピカのテレパシーです。
「お元気でね。」
 みんな大声で夜空に叫びました。
「ウーオーン、ウーオーン。」
 犬達も大合唱で別れを惜しみました。   

               おわり  

                         
  一九九七年六月二十一日完結
作者プロフィル
大きいおばさん 千葉県千葉市在住
小さいおばさん 東京都あきる野市(旧秋川市)在住
二人は高校時代の親友で、このお話はパソコン通信の電子メールをリレーして作りました。