床屋のフミさんとツバメお話のページに戻るHanakoのホームページへ


大きいおばさん
小さいおばさん
フミさん 春の柔らかい朝日が、町外れの小さな床屋さんに降り注いでます。ドァーの横には赤と白の床屋さんの看板がクルクル回って、その上に「パンジー」とお店の名前が掛かってます。カーテンがさっと引かれて、女主人のフミさんが顔をのぞかせました。
そっと窓を開けて、
「ああ、好いお天気。」
 日の光が小さな床屋さんの部屋に溢れ、大きな鏡がキラキラ光ります。フミさんは外に出てゆっくり両手を上げて深呼吸をしてから、クルクル回る看板の側に置いてある小さな丸椅子に腰を下ろしました。白い蝶々が窓下の二つのプランターに植えられたフミさんの大好きなパンジーの上をヒラヒラ舞ってます。フミさんの目の前をツバメが二羽空を切って、電線に止まりました。

「ピチュビィチュビィチュビチ  ビィービィー」
「プチュチピブチュビチ  ビィービィー」
 盛んに囀り合います。
「あら、ツバメだわ。」

 フミさんは軒下の去年の巣を見上げました。巣のちょっと下には巣より一回り大きい棚が壁に付けてあります。数年前雛が巣から落ちて、フミさんが朝起きて気付いた時にはもう冷たくなっていた事があったからです。その時まだ家にいた息子の春樹さんにフミさんが頼んで付けてもらった物でした。壁がかなり傷んでひびが方々に入っていたので、春樹さんは苦労して半日がかりで仕上げたのでした。
「今年もここに来てくれるかしら・・・・。」

「フミさん、お願い出来るかな?」
 もう、ご近所の柳川さんのおじいちゃんが店にやってきました。フミさんの床屋には営業時間など有りません。フミさんは朝ご飯もまだだったけれど、
「おはようございます。さあ、どうぞどうぞ。」
 フミさんは大急ぎで白い上っ張りを着て準備を始めます。
「まあ、お髭が随分伸びたこと。」
「ちょと風邪をひいて寝込んでましてな。」
「お見掛けしないと思ったら。」
 フミさんは丁寧に髪を梳かします。蒸しタオルも余り熱すぎないようちょっと冷まして、当てました。午後には子供達が現れます。フミさんはおみやげにマンガの袋に入った小さなスナック菓子を用意してます。この子達があっと言う間に大きくなってしまうのに、フミさんは何時も驚かされるのでした。

 二三日たって、ツバメがフミさんの床屋の軒下に巣作りを始めました。枯草と土を何度も運んで昨年の巣を上手に修復していきます。フミさんは嬉しくって嬉しくってたまりません。なんだかこれから一年も皆が幸福である様な気が、フミさんにはしたのでした。
「今年も沢山の雛が無事に育ってくれればいいのだけど・・・・・・。」
 次の日の朝、フミさんは何時ものように丸椅子に座り、新聞を読んでました。
「ねぇ、巣造り進んでる?」
「ええ、ほとんど。ぼつぼつ卵を育てなくちゃ。」
「いいわねぇ。スイコさんのご主人は働き者だし、去年の巣は大事にとってあったし。うちなんて亭主は怠け者で、おまけにあの山田さんちたら毎年私達が南に帰るときれいに巣を落としてしまうのよ。だから、始めから造り直し。まだ、半分も出来てないのよ。」
 何所かで話し声が聞こえます。フミさんはキョロキョロ辺りを見回しました。何所にも姿がみえません。
「ふ、ふ、ふ、ツバオさんあそこで又油売ってるわよ。」
「あら、大変。」

 上の方から聞こえます。フミさんは目をパチクリさせました。
「まさか。ツバメの話し声が聞こえるなんて。」
 フミさんはクスッと笑って立ち上がりました。いくら歳を取ったからってまだぼける年でもないわ、そう思い直して家の中に入りました。今日はお店を開ける前にお墓参りをするつもりでいたのです。水筒に水を入れて、お線香、それに昨日買っておいたお花を持ってフミさんはお寺に向かいました。
 
 竹藪の中のだらだら坂の細道を登り詰めるとフミさんの家のお寺があります。お寺のうちそとにはアジサイの株がたくさんあって、どの株にも細かなつぼみがたくさんに付いていました。もう十日もしたら色づくでしょうか。梅雨の頃のアジサイはお寺の薄暗い境内を一面に水色に染めて、とても美しくなるのです。お墓のお参りを済ませるとフミさんは庫裏の方に回って声をかけました。
「先生、おはよう御座います。」
 奥から黒い袈裟姿の和尚さんが出てきました。
「やあ、フミさん。早いね。」
「この間の話ですけれど、捜して下さいましたか?」

 フミさんは上がりかまちに腰をかけながら先生と呼んだ和尚さんの言葉を待ちます。このお寺の和尚さんは昔小学校の校長先生で、町の人の色々な相談事などを引き受けているのでした。
「うん。あの話ね。色々聞いているんだが、床屋をやるって言う人はみつからなくってね。フミさん、土地は売らないんだろ?土地を買うという人はいるんだが。」
「ええ、出来ればあのままお店をやってくれたらと思っているんです。」
「まあ、急ぐこともないさ、フミさんまだまだやれるだろう。いままでだって一人でやってきたんだし。なに、探してみるよ。今度となり町でお寺の会合があるからそこでも聞いてみる。」
「ええ、お願いします。それじゃあ。」

 フミさんは和尚さんに丁寧にお辞儀をしてお寺を出ていきました。フミさんは八年前にご主人を亡くしてから、床屋のお店を一人でやってきたのですが、今年の冬には風邪をこじらせて一週間も休んでしまいました。還暦を過ぎたフミさんにはそろそろ仕事がきつくなっていたのです。かといって代々続いたお店を閉めるのは忍びません。そこで和尚さんに、お店を代わりにやってくれる人を捜してもらっていたのです。
「そのうちきっとみつかるわ。」
 気を取り直してそう独り言を言いながら、坂道を降りていきました。竹藪を抜けて表通りの道に出たとき、フミさんの耳にツバメの声が聞こえてきました。
「ピチュビィチュビィチュビチ  ビィービィー」
「プチュチピブチュビチ  ビィービィー」
 ふと見上げると二羽のツバメが電線に止まっています。フミさんは傍らの木陰の石に腰を下ろしました。

「お見掛けしない顔ですね。ビィー」
「ええ。川向こうのものです。ビィー」
「私は、ほら、あそこにパンジーって看板見えるでしょう。あの床屋さんの軒下で
毎年雛を育ててます。」
 やっぱり空耳ではありませんでした。フミさんにはツバメの話が分かるのです。
「僕は去年まで農家の納屋にいたのです。とっても快適だったんですが、建て直しされちゃって。今度の壁はツルツルしてて上手く巣が出来ません。それで、仕方無くこの前オープンしたスーパーの自転車置き場にしたんですよ。」
「それは大変でしたね。一遍に賑やかになりましたね。」
「でも、いろんな人が次々現れて面白いですよ。あっ、もう帰らなくちゃ。まだ巣作り途中なんですよ。もう一頑張り。それでは又。ビィー ビィー」
「さようなら。ビィー ビィー」
 フミさんは重い気持ちがすうっと軽くなりました。
「さあ、私も頑張らなくちゃ。お客さんが待ってるわ。」

 ツバメ達のおしゃべりは、店があってめったに外出できないフミさんにとって、すごく楽しいものでした。町の様子がすっかり分かるのです。隣町の駅に大きな駅ビルが建ったとか、小学校の前の長谷川さんの若奥さんに丸々とした双子の赤ちゃんが生まれたとか、河原の野良犬のペスにお嫁さんが来たらしいとか、泣き虫みっちゃんが運動会で一等だったとか・・・・。お陰でお客さんとの話題にも事欠きません。

 やがて、フミさんの軒下のツバメも卵を温め始め、せっせと雄ツバメが餌を雌ツバメに運んでます。フミさんの楽しみにしてた雛がもうすぐかえるのです。
 その日のお客さんはワタル君でした。町内一番のワンパクです。やっぱりフミさんに生まれた時から髪を刈ってもらってます。
「ワタル君もう6年生か。修学旅行いつから?」
「うん。来週の水曜日。」
「そう、楽しみね。何所に行くの?」
 急に窓辺で二羽のツバメが激しく鳴き出しました。
「ちょと待ってね。ワタル君。」
 フミさんは外に飛び出ました。
「どうしよう。卵が食べられちゃう。ビィー」
「だれか、助けて。ビィー」
 さあ大変です。蛇が卵を狙っているのです。一メートルもある青大将でした。
「きゃあ。」フミさんは悲鳴を上げて、
「ワタル君。ワタル君。へび。へび。どうしよう。」
「お、おばさん。ぼ、ぼくも大嫌い。」
 丁度柳川さんの孫のミツオ君が自転車で通り掛かりました。
「あっ、ミツオ君。 へび。 へびがツバメの卵を。」
「なぁんだ。僕平気だよ。おばさん、紙袋を二重にして、えーとそれから紐をちょうだい。」
 人が騒がしくて怯んでじっと動かない蛇を、ミツオ君は椅子に上がり首をきゅとつかんで、
「おばさん、ほら、可愛い顔してるよ。」
「きゃあ。」
 又フミさんは大声を出し、用意した紙袋を放り出して、店の中に駆け込みました。ワタル君はおばさんの後ろからそうっと覗きます。実はミツオ君はワタル君と喧嘩して何時も泣かされていたのです。ミツオ君はちらっとワタル君に目をやってから、蛇を紙袋に入れ紐で口を塞ぐと、
「おばさん、河原に捨ててくるね。」
「ありがとう。なるべく遠くにね。」
「オッケー。」
 ミツオ君は自転車のかごに袋を入れると、猛スピードで走り出しました。
「ミツオ。気を付けろよ。」

 ツバメは再び卵を温め始めました。雄ツバメは餌を取りに飛び立ちました。フミさんとワタル君はほっとしてまた店の中に入りました。ワタル君が散髪台によじ登りながらフミさんにたずねました。
「おばさん、ツバメの卵はいつかえるの?」
「もうすぐよ。そりゃあかわいいんだから。卵がかえったら見にいらっしゃいね。」「うん。ねぇ、ツバメは渡り鳥だって理科の時間に習ったよ。寒くなると南の国へ帰るんでしょ?」                            
「そう、そしてまた春になると帰ってくるの。何キロも海を渡ってね。」
「すごいなあ、どうしてそんなに飛べるんだろうね。」
 フミさんはハサミの手を止めて、しばらくワタル君の顔を見ました。そしてまた、忙しく手を動かしました。
「ほんとにそうねぇ。人間もあんな風に飛べたらいいのに。」

 フミさんの言ったとおり、まもなくツバメの雛がかえりました。軒下の巣には前以上に盛んに親鳥が行き来を始めました。フミさんは毎日毎日雛の大きくなるのを楽しみにして軒下を見上げていました。 そんなある日、お店の電話が鳴りました。お寺の和尚さんからでした。
「フミさん、この前の話だけれども、見習いをおいてみないかい?若くって腕はまだまだだけれども、その親御さんに頼まれたんだ。猫よりマシさね。掃除でもさせたらいい。」
 フミさんはちょっと考えて、和尚さんの言うことを聞くことにしました。今どきの若い子だからいつまでやってくれるか分からないけれど、若い子の声が店の中でするのも良いものだと思ったのです。二三日たった夕方、その見習いがフミさんの店にやってきました。店先に立ったその見習いの子を見てフミさんは思わずあっと声が出そうになりました。耳たぶにはピアスが三つ、だぶだぶのTシャツに腰のところでずれ落そうになったズボン、足には運動靴を足先半分ほど入れて、なによりフミさんを驚かせたのは金色に染め上げたお獅子のような頭でした。

「あ、いらっしゃい。は、はじめまして。先生から伺ってます。」
 フミさんはどこを見て良いのか分からないので、とにかくにこにこして言いました。
「あ、俺、トシオと言います。」
 トシオはけだるそうに金色の髪を掻き上げながらうつむいたまま挨拶をしました。フミさんはにこにこしながらも、「しまった。」と心の中で思いました。こんな子がフミさんの店で働くようには見えないからです。そこでにこにこしたままこう言いました。
「あの、うちはごらんの通り、町外れの古くて小さなお店だからお客さんもお年寄りと子供ばかり。若い人には魅力がないと思うのよ。ようく考えて、それから返事を下さい。」

 トシオは顔を半分持ち上げて、お店の中を見回しました。フミさんは黙ってその様子を見ていました。ちょうどその時、外の軒下の巣に親ツバメが戻ってきました。巣の中は急に騒がしくなりました。待ちかねた雛達が一斉に口を開けて餌をせがんでいるのです。トシオが振り返ってツバメの巣を見上げました。そして、じっとその様子を見ています。金色の髪のせいか顔色のさえない風のその表情が、見る見るゆるんできて、年相応のふつうの少年の顔になっていきました。
「ツバメかぁ。かわいいなぁ。」 
 フミさんもお店の外に出て巣を見上げました。
「ええ、毎年ここで雛をかえしているのよ。どうぞ無事に巣立ってくれますように。
この間も蛇が卵を取ろうとして、大変だったの。近所の子供が捕まえてくれたけど、また現れるかも知れないし、毎日気が気じゃないわ。」 
「俺、あそこ塞いでやろうか?」
「あんな高いところとても登れないわよ。」
「大丈夫、ペンキ屋の手伝いやったことあるから。」
 トシオはそう言うと壁を伝ってヒョイヒョイと屋根に登っていきます。フミさんが裏庭から持ってきた金網で蛇の出てきた穴を塞いで、トシオはまた身軽な足取りでヒョイと降りてきました。
「有り難う。良かった。これで安心ね。ツバメが喜んでいるわ。」
 トシオの作業をそばの電線に止まって見ていたツバメが、ビィーと鳴きました。
「じゃ、明日から来ます。」
 トシオはそう言うと通りの向こうに止めてあった大型のバイクにまたがって帰っていきました。フミさんはそれを見送りながら、つぶやきました。
「さあて、どうなるやら。ツバメさん、見ていてね。」

 トシオは見掛けによらず素直で優しい青年でした。フミさんに言われた事は黙々とかたづけます。頼むとバイクでスーパーまで買い物までしてくれました。
店のお客さんもこの奇妙な青年にだんだん親しみを感じる様になりました。柳川さんのおじいちゃんなど、
「おい、トシオ。その髪は似合わねえ。日本人には似合わねえ。」
 と、からかいます。
「だって、おばさんも白髪染めてるよ。」トシオも負けてません。
 フミさんはフミさんでトシオのピアスを見るたびに、古代人が権力の象徴で競って重い耳飾りをしたのを思い浮かべ、可笑しくなるのでした。

 二人は店が閑になると表に出てツバメを見ました。飽かずに見ました。雛は日毎に大きくなり親鳥の運ぶ餌も大きな虫になってきました。一日に何百回も運びます。
何時の間にかフミさんにツバメの話は聞こえなくなってました。その分トシオとおしゃべりします。気が向くと夕食まで一緒に食べました。

 梅雨の合間の蒸し暑い朝の事でした。何時もの様にトシオのバイクが止まります。
しかし、なかなか店のドアーが開きません。
「トシオさん、どうしたの。」
「ほら、ほら、おばさん。ツバメの巣立ちだよ。」
 ツバメの雛は一羽ずつ飛び立ち電線に留まります。最後に親鳥が並び、二人の方をじっと見下ろし、飛び立って行きました。
「さあ、仕事。仕事。」
 と、フミさんはトシオの肩をポンと叩き、空になった巣を見上げました。

 夏休みに入って急に町内が賑やかになりました。蛇の一件以来すっかり仲良しに
なったワタル君とミツオ君も店にちょくちょく顔を出し、
「トシオ兄ちゃん、ゲームしようよ。」
「ねえ、泳げる?プールに連れてってよ。」
 と、トシオを遊び相手にします。
「おばさん、河原にツバメが沢山飛んでたよ。ここのもいるかな?」
「そうね、多分。」
 そんな話も聞かせてくれました。

 夏も終りに近い残暑の厳しい昼下がりでした。頼まれたスーパーの買い物から
トシオが店に戻ると、フミさんがソファでぐったりしていました。
「お、おばさん、どうしたの!」
「ええ、ええ、気分が・・・・。」
 トシオは救急車を呼びました。

「暑気あたりですね。弱った心臓のためにも四五日ゆっくり休んでいって下さい。」
 お医者様にそう言われて、フミさんはベッドの上で深いため息をついていました。
丘の上の市立病院は回りを松の林で覆われていて、病室の窓の外からは夏の終わりを惜しむ蝉時雨が聞こえてきました。
「やれやれ、情けない。歳かな。」
 トシオの呼んだ救急車の中でフミさんは今までにない心細さを感じていました。一人で床屋のお店を続けてきた頑張りの糸がぷつんと音を立てて切れた気がしたのです。入院して三日目の午後、和尚さんがフミさんの病室に入って来ました。六人部屋の病室の中をぐるりと見回してフミさんを見つけると、 
「フミさん、大丈夫かい?」
 パナマの帽子を脱いで、ぱたぱた扇ぎます。本当に外は暑そうです。フミさんは和尚さんに気が付いて起きあがろうとしましたが、
「そのまま、そのまま。この暑さじゃもの、フミさんといえども参るさ。ま、大したことなくて良かったよ。」
「恐れ入ります。こんな所まで来ていただいて。」
「いや、ついでがあったから寄ったんだ。例の話、店をやりたいという人がいるんだ。東京で幾つも店を持っている人でね、この奥に団地が出来るんで、あのあたりにも一つ作りたいと言っているんだ。良い話じゃないかな。」
「はぁ。そうですね。」
 どこかうつろな表情でフミさんは答えました。どだい「パンジー」の名前を残そうとしても無理かも知れない・・。そんな風に考えてはじめていたのです。帰り際に和尚さんが、
「今、フミさんの店の前を通って来たんだが、営業中の札が出ていたよ。あの見習いが一人でやってるのかな?」
「えっ?トシオさんがお店を開けているんですか?」
「はっはっは。今の若いもんは度胸だけは一人前だ。」
 和尚さんはそう言うと汗を拭き拭き病室を出ていきました。

 フミさんのお店ではちょうど柳川さんのおじいちゃんが来ていました。
「熱っっっ。」
 顔にのせられた蒸しタオルを手で払いのけておじいちゃんは言いました。
「一体どういう修業をしたのかい?しょうがないなぁ。」
「あっ。ゴメン。」
 慌ててタオルを広げてさまして乗せ直しました。ぶつぶつ言いながらもおじいちゃんはトシオのするままに任せています。何とか髭もそり終わって、最後に手鏡を片手に顎をさすりながら、
「まだまだだねぇ、お若いの。」
 ニンマリしながらおじいちゃんが言います。
「わかってるさ。おばさんが戻ったら、俺、又東京の理容学校に戻ろうと思ってる。」
「修業のやり直しかい?」
「まあね、前はすごく厭で途中で逃げ出したのに、何だか又勉強し直したくなったんだ。」
「そりゃ楽しみだ。だが私の髪の毛があるうちにもどってきてほしいもんだね。ははは。」
 おじいちゃんはそう言って薄くなった頭を撫でました。
「うん。そのつもりだよ。」

 フミさんは今朝も一人でお店の戸を開けました。トシオがいなくなってから、休みがちながらも「パンジー」のお店は営業中です。空はすっかり秋色になっていて、鰯雲が高く遠く続いていました。フミさんが空を見上げているとどこからか、姿を見なくなっていたツバメが二羽、電線に止まりました。
「ピチュビィチュビィチュビチ  ビィービィー」
「プチュチピブチュビチ  ビィービィー」
「あら、まだつばめがいるわ。」
 そう言いながら特別気にも止めずにお店の中に入ろうとすると、
「ビィービィー、あの金髪君、東京で見かけたってツバオさんが言ってたわ。何でも有名な床屋さんの学校で勉強してるって。でも、あの金髪頭はあいかわらずだそうよ。ふふふ。」
「ほんとに、上から見たらタンポポが歩いてるみたいだったわね。どこがよくってあんな頭にするんでしょう。この羽のように艶やかな黒ほどすてきな色はないって言うのに。」
 フミさんが振り返ると、二羽のツバメは大きく翼を広げて羽づくろいをしていました。そしてスイっとどこかへ飛んでいきました。

 日毎に冷たさを増してきた風が、ツバメの飛び立ったあとの電線をいつまでも揺らしていました。                         

                                           おわり  
  
一九九六年六月二十一日完結
作者プロフィル
大きいおばさん 千葉県千葉市在住
小さいおばさん 東京都あきる野市(旧秋川市)在住
二人は高校時代の親友で、このお話はパソコン通信の電子メールをリレーして作りました。

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