その1=「メモ」は、馬鹿に出来ないぞ

以下に述べる「メモ7原則」の歴史は長い。18歳のとき、上京したころにさかのぼる。始めは、「大学ノート」に記録していた。1年は365日。従って、年間、6から7冊。これを6年間続けていた。1日1ページ。上から3分の1は、行動記録。中間の7行が、1日終了後の日記。下段の余白は、様々なメモ欄という構成であった。もちろん空白の日にちもあったが、僕は、この青春の記録を26歳の時に焼いてしまった。以下の「メモ7原則」には、そのときの経験が活かされていると思う。「メモ」の仕方の本が様々あるが、自分の性格にあったスタイルが、一番継続すると思う。僕の方法には、「こうしなければならない」という規則があまりなく、自由度が強い。しかし、整理してみると、意外に系統性のある方法だと思う。しかも、この方法が、デジタル化のときに、威力を発揮することになろうとは思ってもいなかった。


第1の原則=「メモ用紙」は「なんでも良い」            
                   
  銀行からもらうメモ帳や裏が白い広告用紙、割り箸の袋など、なんでも良い体裁を気にしていては、メモはできない。人間の短期記憶能力には限りがある。直ちにメモして、「短気記憶」(短気な僕は、カーッとして、すぐ前のことまで忘れる傾向がある)の入れ物を空にするのである。「このようにしてメモらねばならない」という規則は作らないほうがよい。とりわけ、一定の「フォーマット」を作成する人がいるが、これは避ける。ここで言う、「メモ」は、「自分のメモ」なのであり、「自由なメモである。
                   
      ★「短期記憶」と「メモ」
認知心理学では、人間の脳を「短期記憶装置」と「長期記憶装置」の2つのモデルを使うらしい。詳しい話はさておき、ここでいう「短期記憶装置」の「容量」は、限りがあり、次々と「忘れていく」らしい。一方、「長期記憶装置」には、生れた時以降の様々な体験等、脳の奥深く(海馬という部分らしい)に刻まれているという。日常生活では、この「短期記憶装置」が活躍しているのだろう。とにかく、日常生活では、いろんなデータが外部から入ってくるので、すぐそのポケットは一杯になる。この短期記憶装置に余裕を持たせる行動こそ「メモ」だと思う。「メモ」は「メモリィ」であるが、脳内から「外部に記録として残す」ことだと思う。その意味ではパソコンは絶好の道具かもしれない。「忘れることの幸せ」を僕は味わいたいものだ。
                         
第2の原則=「伝言」は「伝言メモ」をもらう            
   
  他の人からの「伝言」は、なるべく「メモ」にしてもらう。付箋でもなんでも良い。もらえない場合は、自分でメモを作成、だれからの伝言かをメモる。伝言の場合、なんらかの行動が必要である場合が多い。その行動が終わったら、その行動内容と時間をメモる。「5W1H」(いつ、どこで、だれが、何を、どうした、なぜ)を記入するのが原則だが、日時は最低限、必要だ。日時さえ書いてあれば、比較的思い出すことができるからである。
 
 
                   
      ★「伝言メモ」
意外なことに、伝言メモの効用に「筆跡」がものを言うことがある。これまで度々、筆跡で人物を特定でき、助かったことがある。「メモに五感がメモられる」と僕は言っているが、筆跡も五感の一つだ。また、「伝言メモ」を見れば、大体その人物の性格がわかるのも面白い。という僕のメモは、悪筆であり、誤字もあり、なんの色気もない。用件のみ箇条書きしたメモが多い。僕は、このメモのうち重要な伝言メモは、そのままA4判の紙に貼り付け、源始メモ化している。特に、伝言の相手のアクションがなければ次の行動に移れない場合は、伝言日時と中身の記録が必要になる。
                         
第3の原則=「会議」は「座席位置と名前をメモる」            
                   
  会議のメモは、座席位置・名前・人相をメモると、あとから見るとき、その会議の雰囲気がわかる。特に人物のイメージは重要で、その発言のニュアンスをも左右する。どんな会議でも、自己紹介の場があるだろう。名前が最初にわからなくとも、○を書いて、名前が判明したら、記入すればよい。会議では、その1割の人物が、全体の流れを決める(僕の経験)。たとえば、40人の会議では、4人前後がキー・マン(鍵を握る人)。この経験則は、僕の会議メモに、注目すべき人物(いろんな意味での「注目」であるが)、印=★をつけてあったから、この法則が生れた。このメモ形式の歴史は15年ぐらいになる。
 
 
                   
      ★「会議では、その1割の人物が、全体の流れを決める」経験
「パレートの法則」をご存知であろうか。僕がこの法則を知ったのは、自動車メーカーの「TQC管理」(品質管理)の取り組みについての本だったと記憶している。1970年代前半のころだった。「自動車の欠陥の80%は、全部品の20%に原因がある。従って、欠陥防止には、その20%の部品管理に力を注げば、欠陥の80%が防げる」という内容であり、品質管理とともに生産性向上運動と関連ある内容だった。これを読んだ僕は、会議の法則にも「パレートの法則」が当てはまると思った。
                         
      ★「キー・マン(鍵を握る人)」のイメージ
ここで言う、会議でのキー・マンは、「会議の流れを決める」という意味であり、それ以上の意味を含まないことに注意して欲しい。この人物の言動が、会議の効率に影響するのである。実は、僕の会議メモには、また別の記号がある。会議やいろんな集まりの場でも共通することだが、「メモをよくとる人物」に印をつける。これは重要なことだ。「メモをとる」行動は、「その人物の主体的態度」のあらわれだからだ。注意しておきたいが「ただ手を動かしている」だけで、「メモをよくとる人物」となるのではない。会議や集まりの中で、メモをとるべきときに、ちゃんと「手を動かしている」のですぐにわかる。
                         
第4の原則=「メモ」は「箇条書き」「直ちに補充する」            
                   
  僕は、極端に言えば、なんでも「メモ」する。その場合、「ポイントを時系列(流れに沿って)に箇条書き」する。その時点で、重要だと思ったポイントには、「◎」などの印をつけながら、メモる。また、疑問があり、もっと深く聞きたい、もっと深く調べたいことにであったなら、「?」「!」などの印をつける。一段落したら、そのメモを見ながら、「メモを補充」する。メモの補充は、重要な作業であるが、そもそも最初の段階が時系列になってるので、ありありと相手の表情も目に浮かび、会話等が浮かぶ。人間の会話は、生きている。このとき、僕のメモには、「会話の五感」がメモされるのである。補充の段階で、僕の箇条書きメモは、その重要度が、ほぼ決まる。従って、行動の順番も決まる。
                   
      ★「メモの補充」
これは重要なポイント。なるだけ、リアルタイムに補充することが重要。しかし、相手との会話のなかで、何気なく聞いていたが、数日たってから、事の重要性に気がつくこともあり、こんな場合は、僕はできる限り、源始メモに補充しているが、新たなメモで記録しても、以下に述べる第6の原則で束ねられる。
                         
第5の原則=「メモファイル」は「A4判に統一する」            
                   
  メモは捨てずにファイルすることが肝心。この場合、サイズが問題となる。A4判の大きさにするのがポイント。小さいメモは、A4のコピー用紙などに貼り付ける。逆に、大きいメモは、折り曲げたり、縮小コピーして、大きさをA4判に納める。このA4判は、いまや国際標準サイズとなっている。先ほど述べた「割り箸の袋」に書いたメモは、書き写さずに、そのまま張る。その理由は、「袋」そのものに情報(お店の名や電話番号など)があるからである。僕は、もとになるメモを「源始メモ」と名づけている。
                   
      ★A判とB判について一言
B判は、日本独自規格といわれ、美濃紙がモデルとか。一方、A判は西欧の規格らしい。どんな紙も縦と横の比率は基本的には1対1.4の大きさが基本。A0判は、面積が1平方メートルであり、一方、B0判は、1.5平方メートルとなっている。A1判はA0の半分であり、数字はもとの大きさを何度半分にしたかを表している。A4判は、4回、半分にした大きさとなる。わが国では、情報機器や企業内文書では、A判が事実上基準であったようだが、公用文書では、圧倒的にB判が基準であった。とは言うものの、おかしなことに官制葉書は、A6判であった。この紙ベースの規格がA判になったのは最近のことであった。
                   
第6の原則=「メモファイル」は「時系列に保存」そして「移動」            
                   
  貼り付けたメモは、時系列に保存するのがポイント。日付順の方が思い出しやすい。これは本能である。従って、すべてのメモには、日時情報をいれることが肝心である。但し、この場合、例外がある。次の「捨てない原則」のところで述べるが、僕は、時系列メモファイルを便宜上、月単位に保管しているが、月初めに、メモの全部にザーッと目を通し、「新しい月に移動する作業」をする。「移動」されるファイルは、様々だが、共通点は、「その月で解決できなかったことが記入されたメモ類」(僕は『生きたメモ』と呼んでいる)である。「月をまたぐ案件」とでも言おうか。こういった案件の中には、数ヶ月かかるものもある。また、「月をまたぐ案件」には、それに関連した「新たなメモ」が発生することが多い。すると「生きたメモ」には、「新たなメモ」が自然と綴られることになる。当然、時系列だから、綴りの上は、「新たなメモ」となる。この結果、「月をまたぐ案件」の歴史を示す「メモ綴り」ができる。
 
 
                   
      「生きたメモ(月をまたぐ案件)の移動」
これも重要なポイント。手書きメモが編集されるのだ。何度の打ち合わせした案件の場合が多く、そのほとんどは、問題の解決時に移動を終える。もしこのような場合、解決が長引くようだと、僕は、新たにファイル(事件簿)を作成する。事件簿ファイル作成の場合、その作成日は必ず書く。
                         
第7の原則=「メモファイル」は「捨てない」            
   
このメモファイルは、捨てないことが肝心。僕の場合、1年間に12冊、月単位のファイルとなる。捨てる時期は、自然に訪れるから、心配はいらない。最近「捨てる技術」等の本が出回っているが、「捨てる」には、「価値判断」が伴う。君は、自信を持って「捨てる」ことができるだろうか。問題は、「メモ情報のデジタル化」のところで述べたいと思う。
 
    「捨てる時期」
源始メモファイルは、いわば「僕の生きてきた証」でもある。しかも、これらは、大量の廃棄物処理後のメモなのである。書籍の部屋で紹介している「奇跡の仕事術」のなかで、著者は、「オフィスの書類に内、6割がゴミだ」と書いていたはずだ。ここにも「パレートの法則」が当てはまりそうである。僕は最低でも10年間は保存するだろう。自宅では、みかん箱に入れられているが、今でも「掘り出し作業」を繰り返している。つまり、過去の源始メモを見る必要があることを意味している。

 

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