ラストシーン   

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何年間も働き続けてきた鷹取二中が、もうじきなくなってしまう。
すでに生徒達はそれぞれ近場の中学に転校し、学校自体も廃校となっているのだが。


「おはようございます、今日も下見ご苦労様です」

「ああ、用務員さん。そちらもお疲れ様だねえ。
片付けの方は大体ケリがついたんだろう?」

「ええ・・まあ。でも残り一週間をきりましたんで・・最後まで、ねえ」

「気持ちわかりますよ。ずっとここで働いてたんでしょ?
最後まで見守ってやってくださいよ。」


そう、この学校の寿命はあと一週間。
人間に寿命があるように建物にだって寿命がある。
少子化が進んできた上に、校舎自体のこの古さといったら・・
誰の文句も無しにこの学校の取り壊しが決まった。私自身もいい年だったので、
これを機に働くことを終えるつもりである。


「そうだ用務員さん、ここんとこ、うちの若い衆が言ってたんですけどねえ」
「はあ」
「声・・・・・・が聞こえるらしいんですよ」
「声?」
「まあ臆病者どもが風の音と勘違いしてるとは思うのですがね」
「声というのは・・一体どんな?」
「子供・・ですかねえ。しかも夜でもないのに日中から聞こえやがる。体育館からですな。」


学校というものに七不思議はつきものである。今更怖い話など聞かされても動じようも
ないのだが。まさかこの屈強な工事担当者から聞かされるとは・・・


「声と共に、ボールの跳ねる音も聞こえるみたいです」
「子供・・・ボール・・・」
「夜でもねえのに幽霊なんか出るわけねえだろが!とツッコミを入れてやりましたがね、
ったく・・でもね、不思議に思った奴が恐々ドアを開けても、体育館の中には
誰もいやしない。でも声だけはかすかに聞こえてきたりするんですよ」

「あなたも聞こえたんですか?」
「・・・実はね。ほんとかすかなもんですが・・まあそれで事件が起きるわけでもないし、
学校ってのは思い出が染み付いてるもんだ。それくらい起きてもおかしくないかも
しれんしなって。きっと学校自身が最後の思い出に浸ってるんでしょうよ」
「なるほど・・・」

おもしろい話を聞いた。

愛想の良い工事担当者と挨拶を交わし、その場を離れる。



実は。私自身も幾度となく子供の声を聞いていたりする。
はて空耳かな?と自分をごまかしその場を通り過ぎていたものだが。



その子供の声・・・



確かに聞き覚えがあった。



まだ学校として、この校舎・体育館が運営されていた頃。
朝、放課後・・といった時間に、必ず体育館を使っている2人組みがいた。
バスケットなのに、いつも2人だけで練習をしている。少子化の進みをこの目で
見てしまったようで、最初の頃は少々もの悲しかった。

しかし、その2人があまりにも楽しそうに練習するものだから、

いつからかそれが当たり前のように・・・



「あの2人は今も仲良く、バスケをやっているのかねえ・・・」



いつも彼らと共に過ごしていた「体育館」に話し掛けてみた、が。
当然・・返事はない。












時は無情にも過ぎて、日曜日。

さすがに休日となると工事関係者も来ない。
工事まであと5日・・この学校と私の、最後の日曜日である。

生徒が壊したところもあらかた直して周った。片付けもほぼ終了している。
あとは本当に、お別れを告げるだけとなった。



・・いや、まだ心残りがあった。

先日工事の人たちが言っていた、体育館の声の件。

私の中に心残りがあるように、体育館にもきっと心残りがあるのだろう。
私にどうこうできることではないが、今日は体育館で1日を過ごしてみようか。



渡り廊下を通り、古い東棟を抜け、生徒達が授業に使った花壇を通り
ボロボロになった体育館に到着する。


するとどうだろう。

やはり声がするではないか。


・・・いや、これは違う!間違えなく肉声だ。


「キヨちゃん、ここを引っ張れば・・」
「ったくホント立てつけ悪いドアだよな・・・ぐぎぎぎぎぎ」
「あ、開いた!」

何者かが体育館に侵入しようとしている。

間違いない!例の2人だ。

「わー、今日は1日遊ぼうね〜」
「おう!弁当も持ってきたしな!」

早速ボールの弾ける音が聞こえ始めた。

この学校の最終責任者として、無断侵入者には注意をしなければならないところだろう。
しかし今の私には、そんな気は全く持ち合わせていなかった。


半年前のように、庭に面したドアの方から、ひょっこりと中を覗けば。
彼らはいつもいつも楽しそうにバスケをして・・



そこには前と変わらない光景があった。




「あっ!!!キヨちゃんキヨちゃん、ホラっ!!」
「おお!ひ、久しぶりです!!」

彼らが私の存在に気付き、動きを止めてしまった。

「すいません・・勝手に入ってしまって」

一見金髪で派手そうな男の子が、礼儀をわきまえ素直に謝ってくる。
私はこの子達の素直で前向きなところがとても好きだった。

「かまわんよ。今日1日好きに使ったらいい。この体育館も喜ぶよ」

「ホントですかあ!!」
「やったぜ!」

この子達は本当に良い笑顔をする。特に黒髪の方・・確か、暁君と言ったな・・
この子の笑顔がどれほど清春君を励ましてきたか・・・その光景を、私も体育館と
共に良く眺めていたものだ。

「ああ、その代わり、私も今日はここにいてもいいかな?」
「え?用務員さんも?じゃあ一緒にバスケしますか?」
「ははは、それは流石にムリだ。腰が抜けてしまう。」
「全然OKッス!」

そう言って、彼らはまた練習を再開した。


前と変わらぬ、楽しそうな2人。
最後の日曜日・・・・ふさわしい終わりになるだろう。









「ふわ〜〜〜〜〜〜〜〜〜、疲れた〜〜〜〜〜」
「今日もオレの勝ちだ!」
「えー、そんなことないよー」


「君達、大分上手くなったんじゃないか?」

私はこの目で見た感想を率直に述べてみた。

「えへへ、わかりますか?」
「練習ハードだからなあ」

「はは、今も一緒にバスケをしてるんだね」

「・・・・・」

ん?一瞬2人が沈黙したような気がする。



「2人でバスケ頑張ってます!」



その後は2人とも変わらず元気に答えたが。・・・何かあったのだろうか。

いや、敢えて聞かずにおこう。これは・・2人の問題、だ。

それに今日のこの様子を見て、この2人は全く変わってないと
私自身が安心できたのだから。


「鷹取二中・・・あと5日でなくなるって本当ですか?」
「ああ・・」
「そっか・・・」


それぞれ、しばしの静寂が流れた。思い出に浸るにはちょうどよい頃合か・・


「おじさん、あそこの床・・直してくれたんですね。」

暁君が指を指した方向。あそこは確かに鷹取二中が廃校になる1日前、
清春君が勢いにまかせて踏み抜いたところだった。

「ああ、あそこね・・」
「げっ、オレが壊したところかよ!」
「ははは、直すの大変だったよ。」

即席で厚めのベニヤ板を使って直しただけ。それでもぱっと見た限りでは穴が
空いてるよりかは見た目がいいだろう。

「ありがとうございます」
「いやいや、仕事だからね。
たとえもうじき学校自体がなくなってしまっても、最後まで・・・」

2人が嬉しそうに微笑んだので、私もとても嬉しくなった。



「・・・さ、そろそろ終わりにしようか。日も暮れる」
「はい!キヨちゃん帰ろー!」
「おう!」


2人が荷物をまとめ、帰りの準備をすすめる。私もそろそろ戻らなくては・・

この体育館から声が聞こえ始めた時。

正直、この2人に何かあったのではないかと思ったものだ。

良かった・・・元気そうで。




2人は元気に体育館から飛び出した。
そしてくるりと振向いて一呼吸。



「ありがとうございましたーーーーーーーーーーー!!!!」



なんと晴々した挨拶だろう。
私の心も晴れていく思いだ。


2人はお互い顔を見合わせてニカッと笑い、私に向かって更に一言。



「おじさんも今までどうもありがとうございました!」
「お元気で!」

「ああ、君たちも元気そうで良かった。体育館もここまでしてもらえば満足だよ。」
「体育館が?」
「建物なのに?」
「体育館は、君たちがいなくなってからとっても淋しそうだったよ。」




・・・・・そう、君たちの幻を造ってしまうほど。




「へへ、お世話になったもんな」
「ねえ。よし、僕頬ずりしてくる」
「うわ、マジかよ!!」

楽しそうに、且つ感慨深く別れを惜しんだ後、2人は私と体育館に手をぶんぶんと
振りながら、日が落ちる方向へと走って行った。

















そして、鷹取二中の最後の日。
工事担当者達は口をそろえてこう言った。

「最近、声・・聞こえなくなりましたね。」



2人の声は、二度と聞こえることはなかった。




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