いつまでたっても、その記憶だけは鮮明なので
ずっと大事にしたいと思ったんだ。
夏日憂歌 1
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「夏休みに?」
「うん。穂村、1週間僕に付き合わない?」
中学二年の夏休み直前、羽深がこんなことを言ってきた。
夏休みと言っても、ほとんどが部活三昧の日々であるが。
「僕、母さんの実家に行くんだよ。お盆あたりの1週間。
部活もそのへんは休みになるだろ?で、ホントは行きたくないんだけど婆ちゃんが来い来いうるさいの。すっごい田舎なんだよ、ちなみに静岡。」
「田舎か・・オレは結構、行ってみたい気がするけど。」
「ほんと?じゃあ行こうよ。ね!」
「うーん・・ちょっと家で相談してからでいいか?」
「もちろん」
「ちなみに成二は?」
「あいつも行くよ。でも成二と2人で行くなんてつまんないじゃん」
「2人?両親は?」
「お盆だってのに仕事だってー。だからせめて僕達2人だけでも行けってさ」
「オレが行ってもいいのか?」
「全然かまわないよ。田舎だけに広さだけはやたらとあるから」
「ふーん」
いきなりのお誘い。
正直オレは嬉しかった。今年の夏も、またいつもと変わらず平穏に過ぎ去っていくものだと思っていたし・・。
毎日、バスケットボールを抱え、ピアノを引き続ける日々。
それも幸せなのだけれど。
羽深は本当は城戸を誘いたかったのではないかと・・思ったけれど、
やめよう深く考えるのは。
真夏の暑い陽射しは窓ガラスを通して教室を更に暑くする。
窓際の席のオレは左半身に集中する光になす術もなく、左腕だけ特に今年は焼けそうだと思った。
未だに出席番号順の座席なため、前に座っている羽深の様子を特に意味もなく観察してしまうこともある。暑さのため髪を後ろで一くくりにしている羽深。
普段は見えない首筋は日にあたることもなく、白い肌が綺麗なまま残っていた。
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8月中旬、駅のホームにて。
「わー、穂村くん一緒で良かったー」
小学校6年生である羽深の弟、成二にはオレ達より2つ年下にも関わらず
すでに身長を追い越されてしまった。
しかし人懐っこい所や表情など幼さが多々残っているし、兄に対しては仏頂面をきめこむ所など実に弟らしいと思わずにはいられなかった。
「オレ1人じゃ真の面倒見切れないもん」
安堵の笑みを浮かべる成二。
「成二、おまえだけなんでそんな荷物多いんだ?」
反して羽深の荷物は小さいショルダーバックが1つ。
「兄ちゃんの荷物だよ!真ッ、こんくらい自分で持てよ!」
「成二の役目っていったらそれくらいだろ。腕相撲して僕に勝つくらいなんだからこんな荷物重くもないだろーが」
どうやら羽深家腕相撲大会が行われたらしい。
羽深と成二は顔はよく似ているけれども、体格の点でしっかりした体つきの成二、引き締まっているけれども細いイメージの羽深という点で一目瞭然見分けがつくようになった。
この兄弟、幼い頃は双子のように似ていたらしい。
羽深は双子と言われるのも嫌だけど、成二に身長追い越されるのはもっと嫌だと前に愚痴をこぼしたことがあった。
「東京駅から乗り換えナシ。JR特急スーパービュー踊り子だっけ?成二今何分?」
目的地は伊豆高原。温泉やキャンプ場など、中々の観光地で賑わっている土地だ。結構いい場所に羽深の祖父母は住んでると思う。
「あ、そろそろ電車来るよ。真、ジュース」
「自分で買えよ」
「オレ両手ふさがってるもん。コーラ!早く買ってきてよー」
「穂村は?」
「あ、オレ・・」
「ファンタグレープでいいね、じゃ待ってて」
羽深はオレの返事を聞かず、販売機めがけて走っていく。
「なら聞くなよって感じだよな、穂村くん」
「オレの好み知ってるからな、実際ファンタでいいや」
「ふーん」
そんな会話をしてるうちにホームに電車が来る。
慌てて戻ってきた羽深と共に乗り込み一息つく。
「これから二時間半かかるよー。何かしようよ」
成二がカバンからカードゲームを取り出して、風景を見つつ
遊びをすすめてくる。
一段落ついたあたりから、どうやら成二が眠くなったらしい。
いつのまにやら羽深の肩に頭をのせて居眠りを始めていた。
「図体でかいのに結局お子様なんだよね」
「まあ、まだ小学生だから」
「昨夜だって旅行が楽しみで眠れなかったんだよこいつ」
「そうなのか?っていうか一緒に寝てるんだ」
「こいつの部屋クーラーついてないの。だから熱帯夜の時は
人の部屋に枕もって入ってくるんだよ図々しい」
図々しいのか?と突っ込みたいところだがそれを飲み込んで。
結局仲が良い兄弟なんだこいつらは。
羽深に気づかれぬようカバンからデジカメを取り出して
この光景を激写したら、羽深に激しく怒られた。
「よく遊びに来てくれたね、真、成二!穂村くんもいらっしゃい」
羽深達と顔の造形が似ている、初老の女性がオレ達を迎えいれてくれた。
「おなかすいただろ、スイカも切ってあるから早く上がりなさい」
おばあちゃん久しぶりーと成二は靴を放り投げて家にドカドカと入っていく。
「・・周りが見事に畑、だな」
「だろ?最初に言っといた通り見事な広さ。ここに来るのだって車出してもらわないと、かなり歩くことになるんだ」
伊豆高原の駅につくと、羽深のお祖父さんが笑顔で待っていた。
なるほど車で迎えにきてもらわなければ、大荷物を持った成二は途中でダウンしていたかもしれない。
「ほら、おまえ達も早く入りなさい。遊びに行くのはご飯を食べてからでええ」
お祖父さんに促され、足を一歩踏み入れた羽深の祖父母の家。
日本家屋ってこういう匂いなのだろうか。家に馴染んだ木・・?の匂いがした。
>>2へ続く
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