夏日憂歌  2
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初日夜。

お祖父さん達が買い込んでくれていた花火を早速楽しむ。
成二が花火を振り回して羽深に蹴られていた。

「このガキ、危ないんだよッ」
「さっきから真の花火だけ火がつきにくいよな、根性が曲がってるからそうなんだな」

兄弟ケンカというものは本人達はその気はないのだろうけれども、なんだか漫才のようだと思う。

「少し湿気てるのかもしれないな」
「ねえ、中々つかないし」
「真のだけ湿気てるんだ」

「ほら、危ないから花火もってふざけあうのはよしなさい」

お祖母さんがスイカを持って縁側までやってきたので、一息つく。
家の周囲はとても静かで、虫の鳴き声が聞こえるのみだった。





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「穂村、もう起きてよ。8時だよ」
「ん・・・」

どうやら3人の中で一番起きるのが遅かったようだ。
むくりと起き上がると、成二が上半身裸になって着替えてる姿があった。

「あ、穂村くんオハヨッ」
「おはよう」

「穂村って寝起き悪い方?合宿の時は気付かなかったけど」
「いや、普通だと思うんだけど」
「あはは、それに穂村って思ってた以上に寝相も悪いや」
「そうか?」

羽深が「穂村の意外な一面を見た」と楽しそうに笑った。
オレの寝相はそんなにすごかったのだろうか。

明るい陽射しの中、改めて部屋を見回してみる。
何畳くらいあるんだろう、かなり広い畳の部屋に3人で布団を並べて眠った。




育ち盛りの14歳・男が食べるにしても量の多い朝ごはんが並べられる。完食したのは成二のみ、羽深は「もう駄目、死ぬ」と箸を置いた。

「あんなバカバカ食えばそりゃあ身体もでかくなるよ・・横に大きくならないといいけど」

羽深の悪態に成二が過敏に反応する。

「相変わらずの仲良し兄弟ねえ」とお祖母さんが笑った。




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「何処行くんだ?」

羽深がバスケットボールの入ったバックを肩から提げている。

「近所の学校」
「学校?近くにあるのか?」
「うん、今夏休み中だから、バスケットコート借りちゃおうよ。校庭の横にひっそりあるんだよ」

成二がニッと笑う。




自転車を二台借りて(成二が運転、羽深が後ろで渇を入れる&オレ1人乗り)15分。広い敷地を万遍なく活用した中学校が見えてきた。

近くに学校・・・オレの思ってた「近く」とは大分基準が違ったようだ。

校門前でチャリを止め、中に・・入ろうと思ったが、門が閉まっている。
「今日は貸し出ししてないのか?」
「んーん、いつものことだよ」
「いつも?」

そういうなり羽深が門に足をかけ、ひょいひょい上っていく。
成二も一気によじ登り向こう側に着地。

「ほら、穂村くんも」
「・・・無断借用か」
「大丈夫大丈夫、黙認だから」

羽深達の後を追って中に侵入する。結構綺麗な校舎だな・・あまり古い感じがしない。

「ここ数年で大分綺麗になったんだよ。前は木造校舎だったもん」
「絶対幽霊出ると思ったよ。すんごいボロボロ」

ガキの頃肝試しに来たことあるよ、と成二が笑い飛ばした。

校庭の奥に確かにバスケットコートがあった。・・が、すで先客にいる。
「あれ?」
「あっ」

先客3人が羽深兄弟の声に振り返る。あちらも「ああっ」と叫んで走りよってきた。

「久しぶりじゃんか、来てたんだな!」
「成二てめえまたでっかくなっただろ」
「真さんこんちはー」

パワー全開、よく日焼けしたランニング少年達だった。なんだ羽深達の友達だったのか。

「うん、また来ちゃった」
「相変わらずなんにもねえ所だな」
「うるせえな、一歩踏み出せば周りは観光地だぜ?」
「もう飽きたよ」

「ところでこの人だれ?」

オレに向かって視線が集中する。名前を言おうとしたら、先に羽深が紹介してくれた。

「こいつは穂村、オレの同級生。んで部活も一緒」
「ってことは鷹鳥一中バスケ部員?うわー、早速試合しようぜ!」

バスケットコートにいたということは、彼らもそれなりにバスケができるということだろう。

「ちょうど6人いるから3on3いけるね、このままいく?」
羽深がボールをバックから出しながら提案する。

「待った!チームがえしようぜ!流石に鷹鳥一中バスケ部員2人を相手にするのはきついだろ」
「オレのことは無視かよー」
「あん?成二はまだ小学生だろ?」

成二はムキャーと暴れ出した。彼らはどうやら3人とも中学生らしい。
「ユウジなんかオレと1歳しか違わねえだろ!」
「うるせえ年下!」

彼らの構成はアキヒロ(中2)、クニミツ(中2)、ユウジ(中1)。
先ほど羽深のことを「真さん」と読んだのがユウジだな。

確かに一番年下なのは成二。しかし一番でかいのも成二だった。

チーム編成は上手くばらけて、それなりにおもしろい勝負になった。
全員汗だらけになって地面に突っ伏す。

「あっちー」
「今日は一段と陽射し強いよな」
「しみ・そばかすが・・」

1人素っ頓狂なことを言い出したのは羽深。羽深だから許される気もする。

「大丈夫ッス、真さんは綺麗なままッス!前に会った時よりも綺麗になってるッス!」
ユウジがフォロー(?)を入れた。羽深が微笑で応えると、ユウジが嬉しそうに白い歯を見せて笑った。

あっさりとそんなことが言えるユウジというのはスゴイヤツなのかもしれない。

成二が嫌そうに下唇を突き出していた。

「成二はユウジが真にちょっかい出すと露骨に反応するよな、このブラコン」
「ちげーよ、気色悪いことユウジが言いやがるからだろーが。つーかそもそも真がキモイ!!」
「ユウジは相変わらず真信者だぜ。どんな女みても『真さんの方が綺麗だ』とか言いやがる」

成二がゲーと舌を出し、そして「あっ」といきなり思いついたかのようにオレを指してこんなことを言い出した。

「なあ、穂村くんかっこいいだろ。オレ穂村くんが兄ちゃんの方が良かったなあ」
「うわ、また成二が言い出した」

今度は羽深が舌を出した。

「おう、かっこいいよな!超もてそう。」
クニミツがなんの抵抗もなく肯定する。どう反応したらいいのか悩む所だ。

「穂村はね、バスケ部なのに趣味はピアノなんだよ。超上手いの」
「ピアノー?」
「男なのに?」
「バカ、今は男もピアノやる時代なんだよ」
「でもバスケとピアノってなんか不釣合いじゃね?」
「そんなことねーだろ。両方とも指を怪我したら致命傷という共通点が・・」

「んでね、あだ名は
『ホムケン』

羽深が余計なことを付け加える。ホムケン・・正直そのあだ名には抵抗があるのだが。

「ようし穂村、今日からオマエのことホムケンって呼ぶ!」
「ホムケン!」
「ホムケン!」
「えー、穂村くんはホムケンってイメージじゃないよぉ」

成二がぶーたれる。もっと言ってくれ成二。


「なあなあ、腹減った。一旦帰ろうぜ」
アキヒロが腹をさすりながらつぶやいた。そういえばもう正午をまわっている。
成二の次に背の高いアキヒロ。やはり成二並に食べるのか。

「今日さ、祭あんの知ってる?」
「お、今日だったんだ。オレらタイミングいい時に来たなァ」
「いつもの神社でしょ?」
「そうそう、行くんなら現地でまた会おうぜ」
「真さん待ってます!」

別れを告げて、お互い帰路についた。





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「キャーー、まこちゃん!赤くなってるわよ!」

玄関を開けるなり、出迎えたお祖母さんが悲鳴をあげる。

「ん、日焼けしたみたいだけど・・そんな驚くこと?」
「あれほど帽子被ってっていったのに、いいえ日焼け止めを渡さなかった私の責任だわ」

そういえば出かける際、お祖母さんが羽深にはしつこく帽子を勧めていた気がする。オレ達は1回しか言われなかったのに。

「僕、赤くなっても黒くなることはないし。すぐに引くでしょ。っていうかいつもそこまで驚かないのにどうしたの?」

「だって午後から」
バッと飛び出したお祖父さんの右手によって、お祖母さんの言葉が遮られる。

「さあさあお腹すいただろうから昼ごはんにしよう。もう用意してあるよ」

お祖父さんの笑顔に何やら裏がある気がしてならない。
羽深も何か言いたげだったが、成二の「腹へったー」の一言でその場はお流れとなった。





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「今夜、お祭があるのよ。浴衣着ていかない?穂村くんもどう?」

お祖母さんが箪笥から綺麗に仕舞われた浴衣を順々に取り出している。

「・・あら?おかしいわ。数が足りないわねえ」
「そういえばほら、親族に貸したっきりじゃなかったか?」

「えーっと、ほらあそこの・・」とお祖父さんが必死に名前を思い出そうとしている。
「そうそう、返してもらってなかったわ。・・となると後はちゃんと整理してないものばかりねえ」

「いいですよ、オレは。」
どっちみち歩きにくくなるし。そこまで着たくは・・・
「オレも着たくない!」
成二が口を挟んだ。

「駄目だ!成二は着るんだ!」
「えー、なんでえ?」

いつになく強い口調でお祖父さんが成二を諌める。

「ごめんなさいね。穂村くんも浴衣とっても似合うと思うのだけど・・というか穂村くんの浴衣姿、個人的に私も見たかったのに」

お祖母さんが品のある仕草でオレに詫びてくる。
「そんな、謝ることないですよ。それより羽深たちの浴衣姿見てみたいです」
「そうよね。私も本当楽しみになのよ」

と微笑むお祖母さんの瞳の奥にキラリと光るものを・・見た、気がする?

「さあさ、真、成二、こっちにいらっしゃい」
「はーい」
「へーい」

隣の部屋へ連れていかれた羽深と成二。着付けはそこで行われるみたいだ。

ピンポーン

「あ・・・」
「む、来たようだな」

そのお祖父さんの口調から察するに、どうやら午後から客が来る予定だったのか。

「おう、お孫さん達どうだい?」
「お邪魔するよ」

ドカドカと中年〜初老にかけた男性陣が入ってくる。
この客人達の不思議な所と言えば・・カメラ?三脚?

まるで何かを撮影するかのような。

「半年ぶりのお孫さん達はどうだい?」
「おお、真は相変わらず中性的で美形だし、成二は更に背が伸びてかっこよくなっておるよ。もちろん真も伸びたようだがな。兄弟なのに成長具合が全然違う。毎年楽しみでならん」
「じゃあ真くんいけるね?」
「ああ、問題ない」

・・・なんの会話だろう。

「おお、そこのハンサムは?」
「こちらは真の同級生でな」
「穂村といいます」

とりあえず頭を下げておいた。一体これから何が行われるんだ?

と、その時。

「ちょっと、やだよ!これ違うじゃん!」
「いいのよ似合ってるんだから」

「なあ、真のって、もしかして・・・」

ふすまの向こうの声が、ひときわ大きくなる。
ガラッと一気にふすまが開き、羽深が半裸で飛び出してきた。

「僕じゃなくて穂村の方が似合うって絶対!ねえ穂村こっちきて!」
「え、オレ?」
「いかん、みんな真を戻すんじゃあ」

「っていうかなんでこんなに人集まってんの?もしかして何かやらされるの?」

「もう真ったら、駄目じゃない」
「だってこれ、どうみたって
女物じゃないか!!!」

・・・・女物?

「そうよ、あなたのお母さんのお古よ。お母さんと話してたのよ。一度真が着たの、見てみたいわねえって。今がちょうどいいのよ。可愛いまこちゃんだって数年したら筋肉だるまになちゃうかもしれないじゃない。だから写真撮影の準備もしてるのよ。」

筋肉だるまの羽深・・あまり想像したくないな。

「本人の了承も得ないで?っていうか母さんに送る写真だったら、こんな近所の人を呼んでまで大がかりにやる必要はないだろう!!」

「それについては、私が説明しよう」
町内会長を名乗る人が、ずいと身体を突き出した。

「は?」

町内会長の気迫におされて、羽深が一歩引いた。

「今、『渓谷に蛍を戻そう』キャンペーンを実施中でして。」
「・・・・?」
「最初は学生の授業の一環として始まったんじゃよ。観光客がゴミをまきちらしていくから野外授業のゴミ掃除。」
「ホント年々川が汚れていくんだよ」
「困ったもんだねえ」

周囲の人々が次々と口をはさむ。

羽深も成二も、そしてオレも。さぞかし困惑状態の表情を浮かべているだろう。

「最近蛍もめっきり見なくなっとる。昔はあんなにいたのにのう」
「若い者が生で蛍を見たことがないと言いおってな。蛍がいなくなったのも我々人間のせいじゃて」

「そこで、町ぐるみで大掃除。わしら町内会が中心となって任務遂行中じゃ」

「ふーん・・・殊勝な心がけだねえ・・。でもそれと僕にどんな関係があるわけ?」
羽深が口を引きつらせて、「とっとと要点を言えよ」オーラを発している。

「それでじゃ。まずは皆に呼びかける手段として、ポスターを作製することにした。」
「・・・・・」

・・・なんとなくわかってきたぞ。

「単刀直入にいうと、モデルをぜひ羽深兄弟に頼みたい。」

「イヤだーーーーーーーーーーーーーーーー!!!」

羽深が真っ先に返答した。

「普通に着るならまだしも、なんで僕が女物着るわけ?」
「オレがモデルやんの?オレはいいよー」

成二は嬉しそうに応えた。

「つうかわざわざ僕らつかわなくとも、学校の生徒にやらせりゃいいじゃん!その方が正しいでしょむしろ!」

「美男美女で、且つインパクトのある2人組を探した結果がこうなんじゃ。」
「顔は似てるけれど、雰囲気の異なる美形男女・・こりゃあ皆の目を惹くじゃろうて」

「『男女』じゃないし・・つうか最初っから僕に言わずにこっそり企画する所が憎い!」

ノリのいい羽深がここまで嫌がる理由はそこなのか?普段なら気軽にOKしそうなのに。弟の手前ということもあるのだろうか(後々聞いた所によると「成二と組み合わせってのがヤダ」とのこと)


「だって最初に言ったら、まこちゃん逃げるじゃない」
このお祖母さん、羽深の母親の親だけあって、やっぱり羽深母に良く似てるなあと思った。外見・中身共に。

「しょうがないわねえ、ちょっといらっしゃい真。」

お祖母さんが手招きするので羽深は仕方なく隣の部屋に戻っていく。ふすまがゆっくり閉まっていった。
しばらくコソコソ話し声が聞こえ、更に数分後。

ふすまがゆっくりと開き、きちんと女物の浴衣を着こなした羽深がシズシズと歩いて出てきた。

「どうぞ皆さん。煮るなり焼くなりお好きにしてください。」

袂を色っぽい仕草で持ち上げながらそんなことを言う。先ほどとは180度態度が変わっていた。


「おお、真くん!やる気になってくれたか。いやあ実に美人だ!!」
「ホントだ、君のお母さんの若い頃を良く思い出す。」
「こりゃあいいモデルだねえ」

浴衣を装着した成二が、とんとんとオレの肩を叩く。
「成二、おまえも似合ってるじゃないか。」
「でしょ。でさー、なんかやだけど真も似合ってるよな。」

兄の前では素直に言えないのだろう、小声で話してくる。

「真がなんでいきなり態度変わったか、わかる?」
「いや、お祖母さんに何か言われたのか?」
「うん。小遣いやらないって」
「・・・こづかい?」
「小遣いごときとバカにしちゃいけないぜ。じいちゃんばあちゃんがくれる小遣いの額は、お年玉に匹敵するんだ。」
「・・・そうか」

そういえば羽深がほしいものあるのにとにかく金がない、今回の田舎行きが勝負だよと洩らしていたことがあった。

「・・・ま、ほんと良く似合ってるよ、おまえ達。」
「へへへ」

成二がニカッと笑うので、オレも笑う。




そして羽深は。
本当、綺麗だった。






>>3へ続く









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