3:苦闘

 

 大隊規模のプテラスが雲海の上を征く。

「ノーツ大尉の隊が地上部隊を攻撃し、俺の隊が防空を担当する。いいな?」

 コックピットの通信機に口を当ててカイトは告げる。了解との返事。

「我々の作戦区域には、他の航空部隊も参加している。前より多くの戦力が用意されているぞ」

 通信機から流れる親友の声を聞きつつ、ラルグは思案の海に浸っていた。

(意外に行動が早いな……やはり、本国から増援が来る前にケリを付けるつもりなのか。しかし、作戦準備期間が短く不充分なはず。こちらとしては苦しいながらもそのへんに活路があるか……?)

 程なくして眼下に帝国軍が見えた。

「これより、降下する」

「Good luck」

 ラルグの隊は急降下を始める。今回は膝のミサイルパックに加え、翼にも対地ミサイル、レーザー誘導装置などを装備している。いわゆる「ボマーユニット」と呼ばれる追加装備一式である。

(さて、こちらは……)

 カイトはラルグを見送りつつレーダーに目をやる。その時、索敵範囲の外から高速で接近してくる敵影が映った。

「……!」

 数を確認する。凡そ三個中隊。

「敵影確認、数は三個中隊規模だ!全機迎撃態勢を取れ!」

 指令が飛ぶ。カイトは操縦桿を握りしめモニターをにらみ据えた。はじめは落ち着いていた表情が、敵の姿が明らかになって来るにつれて徐々に焦燥を帯びてくる。

「ノーツ大尉、降下を中止しろ!」

 気が付いたときには通信機を握り叫んでいた。と、同時に赤い影が下方に「落ちた」と思うと爆撃部隊の一機が空中で四散する。

「――はやいッ!」

 一瞬で急降下攻撃を加えた赤い敵機。カイトもラルグも知っている。

「赤い翼が……」

「全機、爆装を捨てろっ!」

 ラルグが命令する。彼自身もボマーユニットをパージして機体を軽くし空中戦に備えた。彼等の眼前のレドラー隊の中には“赤い翼“の姿が確認されたのだ。

 

「クラフト、ハウザー、シュタット、教えたとおりにフォーメーションを崩すなよ」

「ヤー、クルーゲ少佐」

 ゼネバスカラーのレドラーのコックピットでクルーゲ少佐は麾下の小隊長に指令を出した。次に僚機に通信を送る。

「シュミット少尉、功を焦るなよ」

「わ、わかりました」

 若干の緊張が見られる。クルーゲ少佐は少し苦笑すると共に、自らも昔は実戦の度に硬くなっていたことを思い出した。

「まあ、そう緊張するな。俺がいるんだ」

 彼は部下から信頼されている。励ましたことは効果があった。

「隊長、自分は隊長のお役に立ちたいであります。足手まといにだけはならないよう戦います」

「そうか、頼りにしてるぞ」

 ひとつ笑うと、今度は射るような視線を前方に送った。そして。

「突撃!」

 号令一下、速度を上げたレドラーがプテラスの群に突っ込んだ。一見無謀に見えるこの行動はその実計算されていた。“赤い翼”は急に進路を下に取り、落ちるような角度と速度で爆撃隊めがけて急降下したのだ。それは遠くから見れば赤い刃を青い塊に突き刺すように見えたであろう。叩き付けるような攻撃で数機のプテラスが回避する間もなくバラバラに切り刻まれた。

 

 カイト・ディーグの黒いプテラスが一機のレドラーに狙点を定めた。僚機がそれに倣う。

 だが、その瞬間に横合いから別のレドラーが突進してきた。後続のプテラスが爆発四散する。

「いかん!」

 後ろを振り返るとそのレドラーがこちらを狙っている。カイトは機首を真上に上げた。レドラーは猛追してくる。

「これでッ……」

 宙返りの頂点で右のフットバーを思いっきり踏みつける。機体が左に横滑りする。プテラスは、旋回性能に置いて優れている。刹那、彼の機はレドラーの後ろについていた。

 空対空ミサイルが放たれる。一機のレドラーが火に包まれた。

「危なかった……とと!」

 一息つく間もなかった。また別のレドラーが攻撃を仕掛けてきたからである。

 一方、ラルグもカイト以上に苦戦していた。元々レドラーとの空戦に主眼を置いていた装備ではなかったのである。

(カイト、どうするよ。こいつぁキツイぜ……)

 一機、また一機と撃ち減らされていく。ラルグの隊は三機一体となって戦っているが、“赤い翼”も同様の戦法をとっている。プライドの高い帝国軍パイロットについては珍しいことだが、これが高い戦果を挙げ続けているのだった。

「ラルグ、まだ生きているか?」

 聞き慣れた声が通信機を通してラルグの機に入った。

「カイトか?」

「よし、生きているね。一旦合流しよう。一度戦力を糾合させた方がいい」

「わ、わかった」

 カイトは冷静であった。彼を、ラルグはこの上なく頼もしく思う。彼のような秀才肌のパイロットは一度苦境に置かれると脆いと言われるが、カイト・ディーグに限ってはそのようなことはないように思われた。

(俺も、しっかりせにゃあ!)

 ヘルメットをバンバンと叩き、麾下を率いて上昇をはじめた。だが、上空を見て舌打ちが漏れた。カイトの部隊との間に赤いレドラーが数機いたのだ。そのレドラーが自分めがけて急降下してくる姿をラルグは見た。急速に大きくなっていく赤い影。

「――!」

 反射的に機体を急旋回させる。すんでの所で一機目をかわした。しかし、後続の機が正確にラルグを狙っていた。

(――――やられた)

 そう思った。それは確信と言ってもよかった。おそらくこの身が四散するまで数秒程の時さえもかからないであろう。にもかかわらず、彼の瞳にはレドラーが迫る情景がスローで映っていた。まるで他人事であるかのような冷静さを持って。

 コックピットが光に包まれる。ラルグは目を閉じた。諦観していた。

「……ラルグッ!返事をしろっ!」

 友の声がラルグを現実に引き戻すまで数瞬が必要だった。確信した事態が未だ訪れないことに気付いて目を開けたとき、目前のレドラーの姿はなくかわりに黒い空戦仕様のプテラスの姿があった。

「カイト……?」

「間一髪とはこのことだか。あと半瞬でお前は死んでいたよ」

 ようやく理解した。彼は親友に救われていたのだ。

「……サ、サンキュ……助かったぜ!」

 一方、帝国軍の方は優勢に戦局を運びつつも、一面で善戦している共和国軍に手を焼いていた。

(なかなかやるじゃないか、奴等も)

 クルーゲ少佐はヘルメットの奥に余裕綽々とした表情を浮かべている。楽ができる状況というわけではないが、たとえ戦局が苦しくても余裕そうな顔を崩さないのがこの男の主義だった。他人に焦りや恐怖を悟らせないなどという小心な理由からではなく、いちいち動揺することが好きではないのだ。

(見たところ、あの黒いプテラスが中心となって動いているようだな。よし……)

「……シュミット少尉、ついてこい!」

 クルーゲのレドラーが速度を上げてカイトのプテラスに向かう。少尉もそれに続く。

「……くッ、キリがないぞ」

 悪戦するカイト。その彼を狙う機体が横合いから機銃を撃ってきた。シュミット少尉のレドラーである。

「当たらないッ!」

 巧みな操縦でそれを回避するカイト。彼の動きはレドラー相手でも遜色がないようにさえ見える。

(次はどこから来る……?)

 彼は第二波を予想した。敵は必ずコンビネーションで来るはずである。あわただしく視線を動かし警戒する。

「上だカイトッ、!」

 通信機越しにラルグの警告。目視で確認するより早く反射的に機体を回転するように左へ。直後、太陽を背にしたレドラーが真上からプテラスのいた空間を直下に切り裂いた。

「外したか」

 クルーゲは片頬を軽くつり上げた。なかなか楽しい。手応えが無くては、折角命がけで楽しんでいるのに意味がないではないか。

 ラルグの機は空振りしたレドラーに狙点を定め、空対空ミサイルを放った。白い尾を曳いて放たれたミサイルだが、クルーゲのレドラーは抜群の運動性能でこれを回避する。そして、かわしつつ機首を逆にラルグのプテラスに向けた。

「来るか!?」

 操縦桿を握る手に力が加わる。その時、目前のレドラーの向こうに黒い影が映った。

「――!」

 カイトのプテラスだった。火線が延びる。しかし、直撃はしなかった。すんでのところでクルーゲは機体を傾けたのだ。

「隊長!」

 シュミット少尉がカイトめがけて突進する。果敢だが経験において不足している動きではカイトは捉えられなかった。空振りしたところへ狙い澄ましたラルグの16mmバルカン砲が撃ち放たれる。

「うわっ!」

 命中。撃墜こそできなかったがいくらか損傷させることはできた。

「シュミット!大丈夫か!?」

「……小官は大丈夫です。まだやれます!」

 若い部下の勇気に満ちた返答にクルーゲ少佐は満足そうに頷いた。この部下は経験を積めば優秀なパイロットになれる、彼はそう思っていた。心情的にも弟のように感じていたのだ。

「そうか、まだやれるか。なら少し手伝ってくれ」

 

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