墜ちた翼

作:元宵


 1:二人の大尉

 

 エウロペ大陸ロブ平野にあるヘリック共和国空軍基地。

「しかしまあ、難儀な戦いだね」

 滑走路に並ぶプテラスを見上げながら一人の青年士官が言った。

「同感だ。我が軍は開戦準備でも物量でもガイロス帝国に劣るからなァ。聞けば、我が軍はオリンポス山争奪戦に敗れたそうじゃないか。元々苦しい戦いだったのになあ」

 やや歳上と思われるもう一人の士官が返す。

 パイロットスーツに身を包む二人の名は、カイト・ディーグとラルグ・ノーツ。階級は共に大尉。同じ士官学校の出だが、ラルグの方が三つ年上である。

 シャープな容貌、長身ではなく筋肉質でもないが均整の取れた体を軍服に包み、凛とした声を声帯から発するカイト。ラルグは大柄でがっちりとした体格で声も野太く、その容貌から熊と形容されることもある。対照的な二人だがよく気が合い、共同作戦では常に高い戦績をあげててきたことから戦場でもいつも行動を共にしていた。

「行くか」

 カイトが空を見上げる。方角は、西。

「……だな」

 ラルグが呟いた。彼も青々と広がる天を仰ぐ。ここから敵の姿など見えるはずもないが、彼等の視線の先はガイロス帝国の勢力圏なのだ。

「出撃するぞ」

 二人の大尉は同時に駆けだした。

 

 雲の上を突き進み、ミューズ森林地帯を越えて隊はグラム湖に近い帝国陣地上空に接近する。ラルグは鼓動が徐々に早まるのを感じた。

(新兵でもあるまいに……)

 軽く頭を振る。体格の割に小心なわけではないだろう。戦闘前の緊張はいつになっても解けぬものらしい。

(あいつはどうだろうか)

 先行する指揮官機を見遣る。カラーリングを黒に塗り替えコックピット脇に小口径レーザー機銃を装備した空戦重視のプテラス。パイロットは同期の親友。

(あいつは、エースだからなあ)

 ラルグの所属する基地で、カイトの撃墜数は群を抜いている。サイカーチスやキャリービー、サイカーチは言うに及ばず強敵のレドラーさえもプテラスで葬ってきた猛者。それがカイト・ディーグ大尉であった。同じ大尉であるラルグとて武勲は小さくはないのだが、それでもカイトと比べれば見劣りする。それに、彼はどちらかといえば着実な判断で失敗しないことにより昇進してきたのだ。

「ラル……いや、ノーツ大尉、聞こえるか」

 不意にカイトから通信が入った。ラルグは思索から引き戻される。

「そろそろ敵陣地上空だ。爆撃班、頼むぞ」

「了解。ディーグ大尉、敵の迎撃は任せる」

 この時の編成は、ノーツ大尉麾下の一個中隊が爆撃を担当し、ディーグ大尉麾下の一個中隊が予想される敵迎撃機に対処するというものだった。尤も、それぞれ一個中隊と表記したが実際の機数は定数に幾分満たない。共和国の戦力は消耗しているのだ。

「いいか、これより帝国軍陣地に爆撃を仕掛ける」

 ラルグが通信機で麾下のプテラスに告げる。

「敵の進撃速度を鈍らせて味方の撤退を助けるのが我々の任務だ。この作戦には他方面軍の部隊も参加し、全線にわたって敵部隊に爆撃を仕掛けることになっている。これは一見すると兵力の分散だが、仮に敵が一ヶ所に戦力を投入しても他の方面ではこちらが優勢を保てる。レドラーの数は多くないから敵が全戦線にわたって充分な戦力を投入する心配はあまりない。いわば、トータルで優位を確保するというわけだ。まあ、貴官等は敵主力がこちらに来ないことを祈って任務に従事してもらいたい」

「了解!」

 ラルグのプテラスが先頭を切って降下をはじめた。彼のプテラスは膝の装甲板を空対地六連装ミサイルに換装してある。いわば、爆撃仕様というわけだが重量が増加し動きが鈍くなっているのは否めない。間違ってもレドラーと真っ向から当たるわけにはいかないだろう。

 急角度で降下する10機のプテラス。雲を抜け、野営している敵の陣地が目視で確認できた。

(レッドホーンが1機、サイカーチスが5機……あとはイグアンとモルガ中心の部隊か……規模は大きくないが、基本的な戦力は揃えているな)

 見ると、兵員が蜘蛛の子を散らすようにゾイドに向かっている。接近を気付かれはしたが、反応は遅れたようだ。

 ラルグはトリガーに指をかける。

「叩けっ!!」

 号令一下、全機の空対地ミサイルが白い尾を曳いて真っ逆さまに地へ吸い込まれた。そして、閃光と業火。直撃を受けたモルガが砕け散り、かかしのように突っ立っていたイグアンが何もできないままに倒れ、コックピットのハッチに手を掛けた兵士が吹き飛ばされる。だが、間一髪で起動していたゾイドもいた。イグアンの小口径対空レーザー機銃が、モルガの地対空ミサイルが土足で踏み込んできた敵機に反撃を加えようとする。

「ひるむな!大したことはできやせん!」

 ラルグは部下を叱咤した。帝国の反撃は散発的で、統制が取れていない。発砲してくる対空火器の数からして少ない。

(レッドホーンは……動いてないな)

 大口径の地対空連装ビーム砲を持つ動く要塞は沈黙を守っている。周囲に数人の帝国兵士が倒れていた。乗り込もうと駆け寄ったところを爆発に巻き込まれたようだ。

(もう一波、かけられるか?)

 戦果を確認しつつ離脱していく爆撃班。ラルグはレーダーに目をやる。高速で接近する機影を確認した。

「ノーツ大尉、レドラーが来たようだ」

 ほぼ同時にカイトから通信が入る。

「よほど急いで救援に来たようだな。幾分フォーメーションが乱れているようだ。ディーグ大尉、お任せしていいか?」

 半瞬を置き、返答。

「早い目に切り上げてくれると楽ではあるが、任せてもらって大丈夫だろう」

「Good luck」

 上空で一旦集合した爆撃班が再び降下をはじめる。僅かの後にカイトの視界にレドラーが現れた。

「いいか、前に出過ぎるなよ」

 部下に指示を出すエースパイロット。その口調は普段と変わらず、少なからず部下達を安心させる効果を持った。もし彼が焦ったような喋りで通信を入れたなら、士気に関わるだろう。彼の率いる隊には経験の浅いパイロットも含まれているのだ。

「三機一体となってレドラーに当たるんだ。空戦能力でこっちは負けている。間違っても一人で勝負するな。自分の力を過信する奴は真っ先に死ぬ」

 と言って、こう付け加えた。

「もっとも、俺は天才だから正々堂々戦ってもいいが。そこを敢えて三機一体戦術を率先して実行しているのは……楽だからね」

 通信機を通じて幾人かの笑い声が流れてきた。いささか芝居がかった科白だが、緊張をほぐそうという彼なりの配慮なのだろう。

 カイトは笑い声をあげてみせつつ、その実油断無い視線を一瞬だけレーダーに滑らせた。そしてすぐ正面を見据える。

(自軍のものでない機影が6、俺の麾下は11機、か)

 相手が強敵のレドラーといえど彼にラルグを見捨てて逃げる気など毛頭ない。

 前方に展開するいくつかの紫色のゾイドが急速に接近してくる。カイト直卒のフォーメーションは、他のフォーメーションに先駆けてレドラーと接敵した。トリガーに指をかける。しかし、撃たない。一機のレドラーに正面から突進し、あわや正面衝突かという寸前で急に上空へ翔け昇った。そして、相手のレドラーがそれを追おうとした瞬間、カイトの僚機から空対空ミサイルが二発発射され、レドラーの真っ向にぶつかる。カイトはすぐさま機種を真下に向け、太陽を背に急降下を始めた。そして、ミサイルを喰らい動揺しているレドラーに照準をロックし正確な射撃を上空から浴びせる。

「まずはひとつ」

 翼の付け根に被弾したレドラーがきりもみ回転しながら落下していく。カイトの率いる部隊は、瞬く間に一機のレドラーを撃墜し相手の出鼻をくじいた。

 一方ラルグも着実に戦果を挙げている。急降下からの爆撃を数発浴びせ、レッドホーンを業火の中に叩き落としたのだ。満足すべき結果を得たラルグはここで切り上げることにした。これ以上ここに留まっていては別の帝国軍が応援に来るだろう。その前にさっさと帰投しなければならない。

「ディーグ大尉、戦果は充分だ。これより帰投する」

「了解した。こちらも呼吸を合わせて退くとしよう」

 この時カイトの部隊は3機を失ったもののさらに2機のレドラーを撃墜させ、互角以上の戦闘を見せていた。ラルグが離脱したのを確認すると、指揮官自身の小隊をしんがりに退いた。レドラー隊には追撃する力も気力も残されてはおらず、気を抜くことこそできなかったもののカイト達は比較的容易に帰投できた。

 

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