前世紀末から急速に発達してきた人工義肢の技術は、ナノテクノロジーという分野の後押しを受けて、さらなる進化を遂げることとなった。
 デバイスを極端に小型化することにより、高精度でハイパワーな人工義肢を、しかも人間サイズで実現することが出来るようになったのである。
 さらに、従来では高分子ポリマーを化学反応剤によって収縮させることによって再現していた人工筋肉を、より安定性の高い反応剤と高密度の繊維によって忠実に人体構造をエミュレートしたタイプは、その繊細さに於いて従来のものを大幅に上回る。これは化学合成に頼らざるを得なかったマテリアルの組成を、ナノテクノロジーの応用により極小単位でデザインすることが可能になったからである。
 また、大型獣の筋肉をベースに遺伝子組成を人間に適合するように変化させた生体型の人工義肢は、カロリー消費が多大であるという欠点を持つものの生身同様の動きと10数倍にも匹敵する出力を持つため、愛用者は多い。
 しかしながら肉体強化を目的とした人工義肢の置き換え、いわゆる戦闘サイボーグへの移行は残された生体部分への負荷を増大させ、特に臓器への負担は深刻なものとなる場合がある(生体型の場合には特に顕著)。
 その解消のために人工部分を増やし、残った部分はますます負荷に喘ぎ、そのためにまた改造、という悪循環が起きることが多く、そうして脳以外の全てが人工部分に置き換えられるというケースも多い。
 生体部分の置き換えはエンデルマン症候群(生体部分の減少に伴う、現実感覚消失、幻肢痛、五感異常、それらによる精神破綻)を引き起こすことがあるが、全身改造を受けた者の4%は、正常な社会的活動が困難ほど重度の障害を煩っていることからも、その危険性は明らかである。
 生体部分と義肢の感覚の誤差がエンデルマン症候群の原因だという説もあり、治療のために微量の興奮剤を投与する場合があるが、そこから徐々に麻薬に手を出す者も多く、廃人への道を辿るものも少なくない。
 元の肉体を再構成する、いわゆる肉体再生処置は非常に高価で、部位と欠損部分によってはクローン培養禁止法に抵触する場合もあり、その後のリハビリ、調整等の手間も考えるとよほど高出力の物でない限りは人工義肢の方がずっと安くつくのである。

 最新の技術では、全身をナノリアクターで再構成し直すという方法がある。遺伝子デザインの変更と、筋肉組成の改良が主な施術だが、魂魄解離という精神失調を起こすことがあるため、普通は重度傷害の治療以外には用いられない。人工義肢とは毛色が異なるが、根幹では類似した技術である。
 ごく一部の闇医者では、この肉体のリデザインによる肉体改造を請け負っているところがあるが、もちろん命の保証などというものはない。しかしながら、肉体強化のみならず美容整形の一端として、あるいは「DNA至上主義者」の究極目的である<理想遺伝子>保持者になるため、など危険を顧みず処置に手を出す者は意外と多い。

 また、脳改造による感覚野の拡張はかなり一般化した技術で、言語野に直接生体端末を繋ぎ、プラグを表皮に増設するような手術はかなりの人間が受けている。手術とは言っても、首筋からナノマシンを注入し、感覚野と外付けのプラグへ接点を作るだけの簡単なもので、時間にして5分程度しか掛からない。
 VR(バーチャルリアリティ、仮想現実)技術の進歩により、ネットワーク仮想空間再現度は現実のそれにかなり近づいており、一世代前のスーツ型感覚投影器で五感に対し外部から刺激を加えるのではなく、脳内に直接情報を送り込むこの方法はこと刺激という点に関しては生身で感じるものと殆ど差がない。
 年収に匹敵するような高額のVRスーツよりも、はるかに低料金で、しかも煩わしい入院もなくこうした効果が得られる生体端末増設は人気が高い。
 このVR効果はリアルなネット空間を楽しむ、という以外にも、肉体的な快楽にも投影され、ソフトウェアの形で供給される違法プログラム、通称VRドラッグと呼ばれるものは、男でありながら女の感覚を味わう、といったものから、自殺、事故といった死の苦痛を生きながらにして実体験するという危険なものまで様々である。
 社会的な影響から、これらのVRドラッグは徹底的な取り締まりを受け、違反者は高額の罰金、逮捕、重度のものはその場での銃殺など最上級の刑罰が科せられる。
 また、売る側としても精神に与える負荷の大きさから顧客のリピートが少ない(過度の使用は即、脳死に繋がるため、一度売った相手へ再度の売り込みが出来ない)ため、行きすぎた商品として扱う人間が少なくなってきているのが現状である。
 こうしたVRドラッグは一般の顧客よりはむしろ、拷問や尋問といった手段のために用いられる事が多くなっており、一部のマニアが購入する以外には殆ど流通することがない。


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