几帳布筋(のすじ)

並びの巻と紫の上系物語

私の『新史・源氏物語』を公開前に見せたある知人から、次のような質問を受けた。つまり、古典『源氏物語』は五十四帖あるのに、なぜ『新史・源氏物語』は三十三章しかないのかということである。たしかに『新史・源氏物語』は「桐壺」がなく、第一章「輝く日の宮」から始まって第三十三章「夢浮橋」で終わっている。途中「雨の夜の品定め」で有名な「帚木」も「夕顔」も「空蝉」もなく、玉蔓が活躍する巻もことごとくない。これを説明するには、「源氏物語」の各巻の二つの系統について述べる必要がある。このことは今まで述べてきた「源氏物語」複数作者説とも関係してくる。
  源氏物語の複数作者説は室町時代の一条兼良(かねら)の『花鳥余情(よせい)』をはじめとし、明治になってからも与謝野晶子のほか風巻景次郎氏、和辻哲郎氏、武田宗俊氏などが唱えている。紫式部のほかの作者として有力なのは、式部の娘の大弐三位である。これらの説は巻と巻のストーリーのつながり具合から言われていることであるが、ストーリーのつながり具合といえばこの物語は真っ二つに割れるのである。
  これはすでに鎌倉時代より言われていたことで、藤原定家の『源氏物語奥入(おくいり)』で源氏物語には「プレ源氏」ともいうべき巻と「並びの巻」の二つの系統が存在することついて軽く触れられている。

「桐壺」「帚木」「空蝉」「夕顔」「若紫」「末摘花」「紅葉賀」
「花宴」「葵」「賢木」「花散里」「須磨」「明石」「澪標」
「蓬生」
「関屋」
「絵合わせ」「松風」「薄雲」「朝顔」「乙女」「玉蔓」
「初音」「胡蝶」「蛍」「常夏」「篝火」「野分」「行幸」「藤袴」
「真木柱」
「梅枝」「藤裏葉」「若菜(上)」「若菜(下)」「柏木」
「横笛」
「鈴虫」「夕霧」「御法」「幻」「雲隠」「匂宮」「紅梅」
「竹河」
「橋姫」「椎本」「総角」「早蕨」「宿木」「東屋」「浮舟」
「蜻蛉」「手習」「夢浮橋」

上記のうち青い字の巻名が「並びの巻」で、それ以外の赤い字の巻が従来からあった「プレ源氏」ともいうべき「源氏物語」の鎌倉時代以前の原型の巻である。すなわち、それら「プレ源氏」に後から別人の手によって挿入されたのが「並びの巻」で、その二つの系統を合わせたものが現在われわれが見ることのできる源氏物語である。
  さらには、昭和25年に武田宗俊氏が著した「源氏物語研究」によると、源氏物語は「紫の上」を中心とした巻と「玉蔓」を中心とした巻に別れるという。そのうちの「玉蔓」系の巻は上に述べた「並びの巻」とほぼ一致し、例外は並びの巻ではない「帚木」と「玉蔓」が「玉蔓」系に入っていることだけだ。そして、「玉蔓」系の巻がそれぞれちぐはぐで、どうも複数の人の手が入っていると感じられるのに対し、「紫の上」系の巻はスーッと一筋通っていて、つながり具合もよい。だから私は実験の意味もこめて、あえて「紫の上」系の巻だけを我が『新史・源氏物語』には採用した。だから『新史・源氏物語』には三十三章しかないのであり、夕顔も玉蔓も登場しないのである。それで、実にストーリーは自然につながる。だから、「紫の上」系の物語こそある平安前・中期の実在の人物の私小説であり、それに後世の複数の人が手を加えたのが「玉蔓」系の巻だと思う。その複数の作者の一人が、紫式部かもしれない。また、「夕顔」や「空蝉」などはそもそも短編小説として書かれたのを、無理矢理源氏物語の挿入した可能性もある。だからストーリーもちぐはぐでつながらず、登場人物も一致せず、主人公の光源氏の性格さえ変わってしまうのである。

几帳布筋(のすじ)

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