〜自転車でペンギンを見に行こう!編〜

とりとめのない話 インドネシア(その3)


鳥の本(その6;実はそれほど悩ましくなかった、インドネシアの図鑑)
 インドネシアの鳥の本については、「鳥の本(その4)、(その5)」 で、国全体をカバーするいいフィールドガイドが見つからなかったという ことをすでに書いた。特にロンボク島から東へ伸びる列島、ヌサテンガラ と呼ばれる地域の鳥が全て載っている図鑑が僕は欲しかったのだけれど、 見つからないままありあわせのフィールドガイドで間に合わせて旅を続け てきた。鳥見を楽しむためにはそれほど不自由はしなかったものの、いく つかの記録については、やっぱり種まで決める最後のひと押しができず、 野帳のイラストに「?」が今のところついている。けれど幸いなことに、 それも数日のうちに消えるだろう・・・。これから書くのは、実は僕の要 望通りのいい本があった!、という話。そしてそれを買った!・・・出国 まであと10日という土壇場で、という話である。
 インドネシアのツーリストビザの有効期間は一回の入国につき60日。 国内で延長することは、病気や事故などの特別な理由がない限り、できな いことになっている。僕は初めの60日をスマトラ島とジャワ島西部で使 った。そのあといったんシンガポールへ出国して数日で舞い戻り、2度目 の60日をゲット。ジャワ島東部からバリ島、ロンボク島、スンバワ島・ ・・と、ヌサテンガラ地域を中心に自転車を走らせた。
 始めの計画ではチモール島まで進んでから、オーストラリアへ空路で入 る予定だったけれど、実はその国際線がずいぶん前に廃止されていること が途中でわかった。オーストラリアへ行くには、バリ島のデンパサール空 港から飛ばなければならないというのである。そんなわけで、今回のイン ドネシアを東へ向かう旅は、フローレス島止まりということにした。フロ ーレス島最大の町・・・とはいえ、かなり小じんまりした町エンデ Ende 。そこから飛行機でデンパサールへ戻るため、僕は町に着いた翌朝には エア・チケットを買い、商店街でかき集めたダンボールに自転車をパッキ ング。さてあとは4日後のフライトを待つばかり、となった。町には人は 多くても鳥は少ない。見るべきもののない所に何日もいても仕方がないの で、最後の探鳥地をモニ Moni という山あいの村に決め、僕は早朝のバスに乗った。
 昼前には村に着いてすぐに宿をとり、空腹をかかえて向かいのレストラ ンに入る。フェイクとわかっていても頼んでしまう中華料理が来るのを待 ちながら壁に目をやると、古本屋の広告ビラがある。どうせ日本語の小説 なんかないんだろうな、と思いながら読み進むと、オーナーが鳥見ツアー ガイドもやると書いてあった。へぇー、どういう素性の人なんだろうと、 ちょっと会ってみたくなった。どうせ午後は何も予定がなかったので、散 歩がてらその古本屋を訪ねてみることにした。
 村から約1キロ半。ビラに、「そのあたりには他に家がないからすぐに わかる」と書いてあった通り、僕は森の中にぽつんと一軒の家を見つけた 。玄関先のテラスに上がってドアをノックすると、にこやかに出迎えてく れたのはインドネシア人の奥さんマリアと、オランダ人の旦那さんマーク 。客間に通されてお互いに自己紹介をし、僕らは鳥の話を始めた。このあ たりでどんな鳥が見られるかという話の合間に本人についても聞いてみる と、マークは結婚後ここに住み始めてもう6年。英語の古本屋の他に、外 国人観光客相手のトレッキングガイドなどを仕事にしているという。
 僕はふと、客間から見とおせる隣の部屋の本棚に、鳥の図鑑が並んでい るのを見つけた。見てもいいですかとマークにことわって本棚の前に行っ てみると、以前に「とりとめのない話・鳥の本(その4)、(その5)」 で紹介したインドネシアの鳥の本が全て並んでいた。そしてその横に2冊 、初めて見る図鑑があった。そのうちのひとつ目がこれ。

   「A Guide to the Birds of Wallacea
Sulawesi, The Moluccas and Lesser Sunda Islands, Indonesia」
     Brian J. Coates and K. David Bishop
BirdLife International-Indonesia Programme & Dove Publications
ISBN 0959025731

 Lesser Sunda Islands といえば、ヌサテンガラ地域の別名。つまりこの図鑑、僕の欲しかった 地域の鳥をまるごと含んでいるのである。中を見てみると、図版は幼鳥や 雌のイラストが欠けていたりして抜群に良くはないけれど、それほどスト レスなく使えそうで、解説は丁寧にしてある。内容は、まあ、合格ライン 上、というところ。ただしこの図鑑には、フィールドガイドとしての致命 的な難点がひとつある。デカいのである。そして分厚くて、ハードカバー で、重たい。つまりゴージャスな本なのである。非力な僕には、とても持 って動きまわれそうにない。だから、たとえここまで来る道中のどこかの 本屋でこれ見つけていたとしても、僕はおそらく買わなかったと思う。値 段も7000円くらいするしね。
 さてその横にもう一冊、ひとまわり小さく、ずっと薄く、ソフトカバー で軽い本があった。これである。

   「Panduan Lapangan
Burung-Burung Di Kawasan Wallacea
Sulawesi, Moluccas dan Nusa Tenggara」
     Brian J. Coates and K. David Bishop
BirdLife International-Indonesia Programme & Dove Publications
ISBN 979-95794-2-2

 タイトル、著者名などを読んでこの本がどういう本か、おわかりいただ けたでしょうか。そう、その前の「A Guide to the Birds of Wallacea・・・」のインドネシア語バージョンなのである。以 前にこの本と同じ出版元が出している、ボルネオ島、スマトラ島、ジャワ 島、バリ島の鳥の図鑑、「A Field Guide to the Birds of Borneo, Sumatra, Java and Bali」にインドネシア語バージョンがあることは紹介したけれど、 それとおんなじような商品展開をしているのである。しかも「A Guide to the Birds of Wallacea ・・・」の場合、英語バージョンはバカデカいのに、インドネシア語バ ージョンは説明を簡易化するなどしているようで、大幅にサイズダウンさ れている。つまり、よりフィールドガイドらしくなっているのである。値 段は700円・・・カラー図版68枚、全編246ページの立派な図鑑が 、である。
 僕はマークに、「実はずっとこんな図鑑が欲しかったんだけれど、見つ けられなかった。どこに行けば売ってる?」と聞いた。彼は、ジャワ島の ボゴールにある BirdLife International-Indonesia Programme の事務所に直接行って買うか、あるいは電子メールで注文すれば、少な くとも国内なら送ってもらえる、と教えてくれた。さらに彼は続けてこう 言った。「でもそんな面倒なことをしなくても、これ、売り物だよ。ただ 、ここまで取り寄せた送料400円が、値段に上乗せされちゃうけれど。 」。送料を足しても1100円。当然、買った。そして僕は翌々日、さっ そくその本を持ってマークと鳥を探しに行く約束をしたのだった。
 さてこれでインドネシアの鳥の本については、合計7冊を紹介したこと になる。で、「もしインドネシアじゅうを旅しながら鳥を見るのなら、そ して全域を最大限カバーするフィールドガイドが必要なら、どの本を持ち 歩くべきか。」という質問に対する僕の答え。「Burung-buru ng di Sumatera, Jawa, Bali dan Kalimantan」と、「Panduan Lapangan Burung-Burung Di Kawasan Wallacea Sulawesi, Moluccas dan Nusa Tenggara」、そして街角で売ってるハンディサイズのインドネ シア語辞典の3冊。雌や幼鳥、亜種の形態的特徴、世界的な分布などにつ いての情報不足は、合計価格2000円以下という低コストを考えれば納 得できる範囲だと思う。ただし、イリアンジャヤだけは、これらに含まれ ていないので悪しからず。マークに聞いた話では、イリアンジャヤについ ては、一冊1万円以上する2巻組の図鑑が出ているそうだ。どんな装丁の 本か知らないけれど、かなり思いきらないととても買えない値段だし、持 ち歩くにはずっしり重いに違いない。(02.08.13、モニ)

(怒りの)バリバラット Bali Barat 国立公園の鳥
   バリバラット国立公園。バラットは「西」の意味、バリはもちろんあの リゾートの島「バリ」の意味。だからバリバラット国立公園は、西バリ( West Bali)国立公園とも呼ばれる。珊瑚礁の広がる海域から、海岸のマ ングローブ林、標高1300m以上の山岳地帯までを含んでいて、陸地部 分の面積はバリ島全体の約3%を占めている。だから広大な園内に鳥を見 る場所はいくつもあるのだけれど、僕は午前中に3時間双眼鏡をぶらさげ て落葉樹林の広がるジャヤプラナ寺院あたりを歩き、夕方宿の前の浜から 向かいの半島(これが国立公園内となっている)をフィールドスコープで 見てみただけ。翌日には自転車で園内を通る幹線道路を抜けて、次の目的 地へと向かった。別にここが居心地の悪いところというわけじゃない。国 立公園なのに入場料は取られないし、トレッキングにガイドを雇う義務も ない。あえて難点を言えば、園内に宿泊施設が全くないので、トレッキン グを始める場所から15キロほど離れたギリマヌック Gilimanuk という町に宿を取らなければならないということ。けどそれも、たくさ ん走っているバスやミニバスが公園内を通る道を路線にしているので、ま あ夜明けから鳥を見たいという場合は別として、公園へ通うことはそれほ ど面倒ではない。じゃあなぜたった一日たらずしかここで鳥を見なかった かといえば、ほんの2日前までいたジャワ島のバルーラン国立公園に環境 が似ていたからである。ジャワ島とバリ島を隔てる海峡はフェリーでたっ た45分という狭さ。それを挟んで2つの国立公園はお隣さん同士なので ある。おそらく鳥の種類によっては両公園を行き来をしているものもある だろうし、実際共通種が多い。たいした数の鳥を見ていないので先に見た 鳥を書いてしまうと、ムナオビオウギビタキ、クロエリヒタキ、モリツバ メ、ハシブトオオイシチドリ、コハゲコウ、チュウシャクシギ、イソシギ 、チャガシラハチクイ、タカサゴモズ、メグロヒヨドリ、コサンショウク イ、ヒメアオカワセミ、オリーブミツリンヒタキの13種(少なっ!)。 ちなみにギリマヌックでの宿代は350円から、探鳥地までのバス代は、 例えば僕の行ったジャヤプラナ寺院までなら、40円くらい。
 そんなことよりも、バリバラット国立公園といえば、カンムリシロムク である。みやげ物屋の店先にあるバリニーズ絵画にもよく見かけるこの真 っ白なムクドリは、世界でバリ島だけに住む特産種であり、また今にもこ の地球上から(つまりそれは全宇宙から、ということでもあるのだけれど )消えてなくなりそうな絶滅危惧種でもある。
 ある図鑑によると、残っている野生個体の数は、1988年には14羽 。2000年に発行されたガイドブックでは35羽、2002年発行の観 光パンフレットでは13羽となっていた。広大な生息地を必要とするゾウ やサイみたいな巨大な生き物じゃない。20センチほどの鳥が、たったフ タケタしかいないのである。ムクドリの仲間なんて、餌や繁殖場所にそれ ほど特殊なものが必要なわけではない。ある程度の大きさのよく育った森 があれば、勝手に虫でも木の実でも食べてどんどん増えていくはず。なの に、どうしてこの鳥がここまで減ってしまったかというと、原因は猟であ る。カンムリシロムクは、その雪のような羽色と目の周りの青い肉質との コントラストが、なんとも涼しげで爽やか。その美しさゆえに飼い鳥とし て好まれ、バード・トラッパーに採られ尽くしてしまったというわけ。
 本にある14羽とか35羽とか、この数字でも充分悲しいのに、実際に バリバラット国立公園に来て話を聞いてみると、現状はそれどころじゃな かった。悪いことに、残り少ないことがこの鳥の値をバカみたいに吊り上 げて、カネのにおいの好きな人間を国立公園内での密猟にかりたてた。そ の結果、今ではたった6羽。なんだそりゃ。もうほとんど絶滅じゃないか 。インドネシア政府は繁殖センターを作って、ゆくゆくは野生復帰させる ための鳥を育てているのだけれど、去年はそこに武装した押し込みが入り 、40羽ものカンムリシロムクが強奪されたそうだ。とにかく採る方には 手心ってモノがなく、育てる方の管理はズサンなのである。
 この残った6羽を見るためには、事実上、現地のガイドがアレンジする ツアーに参加するしか方法はない。カンムリシロムクのやってくる場所や 時間を知っているガイドを雇い、そこまで行くためのオートバイやボート をチャーターしてもらう。そのお値段、な、なんと半日で9000円。た だしこのうちの約半分は公園への寄付金だそうだ。半値だったとしても到 底僕には払えないビッグマネーなので、カンムリシロムクを見ることは考 え込むこともなく、すんなりあきらめた。
 インドネシア人の野鳥を飼う習慣は伝統的なものなんだそうだ。飼い主 は繁殖させるわけでもなく、鳥が鳴き疲れてカゴの中で衰弱していき、死 んだらまた新しいのを買ってくる。そういう「切花を飾るような」飼い方 も伝統なんだそうだ。なんでそういうことを古き良き時代の話として終わ らせられないのかなあとは思う。けれど、捕鯨にうるさいアメリカみたい に、自分の祖国でもない国の伝統にとやかく文句を言う気は僕にはない。 その辺にたくさんいるメグロヒヨドリやら、ナンヨウショウビンやらを採 って飼ったらいい。けど、カンムリシロムクはあと6羽しかいないんだよ 。僕もあなたもニンゲンサマだ。鳥でも虫でも魚でも、腹が減ったら採っ て食うなり、ムシャクシャしていたならただ残酷な殺し方をしてすっきり したらいい。動物愛護団体が口うるさく言うような、動物の「個体」の権 利なんて、いやなら別に認めなくってもいい。けど、「種」を絶滅させる ことは、いくらなんでもダメだろ。何万年、何十万年もかかって分化した 種を、一時の慰みモノにするために採り尽くし、永遠にこの世から葬り去 る権利なんて、人間には絶対ない。そのことが生態系を崩し、いずれは自 分に返って来る・・・なんて教条的なことはどうでもいい。回りくどいリ クツなんかクソ食らえだ。ただ、人間としての、恥を知れっ!!!  (写真;絶望的な飼われ方をしているオリーブタイヨウチョウ。首にヒ モ。近くを人が通るたびに、半径たった5センチをあわてふためいて飛び まわるという生活のストレスが、どれだけ彼らの寿命を縮めているだろう 。)(02.07.20、ギリマヌック)

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