〜自転車でペンギンを見に行こう!編〜

とりとめのない話 インドネシア(その2)


ナンキンムシ体験談(その1)
  ナンキンムシ、と聞いてその姿かたちをイメージできる人は、今の日本でどの世代までだろう。昆虫に興味のある人や、東南アジアなどで安宿に泊まる旅をしたことのある人を除いたら、若くても40歳代後半の人までじゃないだろうか。僕は1967年生まれの35歳で、物心ついた頃から昆虫を含めて動物好きだったけれど、日本で実物を見たことはない。ひょっとしたら、日本ではもう絶滅しているのかもしれない。ところがアジアを旅してみると、シンガポール、マレーシア、インドネシア、インド、ネパールと、熱帯の国々では何度も遭遇することができた・・・会いたくもないのに。
 ナンキンムシは別名トコジラミ(床シラミ)、英語ではベッドバグ Bed Bug という。その名が示す通り寝床に住んでいて、夜中に人が眠っているところへ出てきて血を吸う虫である。大きさは成虫で5ミリくらい。濃い麦茶か薄いコーラのような色で、体は丸くて平たい。そしてこの虫に刺されると、ものすごぉーーく痒い。
 電灯を消してベッドに横になり、さて明日のサイクリングに備えて良く寝ようと目を閉じる。そのうち、あれ、ひじの少し上あたりが痒いなあと感じる。掻いてみると、「境界線のはっきりした円形の平らな膨らみ」、に腫れている。大きさも痒さも腫れ方も、蚊に刺された時とそっくりだ。不思議なのは、蚊の羽音なんか聞いてないことと、その「ひじの少し上のところ」が布団にぴったりくっついていたはずだということ。蚊はわざわざそんなところにもぐり込んで刺したりはしない。そのうちシーツに密着しているかかとの周りや、タンクトップを着ていたなら肩のあたりが痒くなる。今度は「境界線のはっきりした円形の平らな膨らみ」ではなく、「境界線のはっきりした不定形(例えば日本の本州の形)の平らな膨らみ」だったりする。こうなったらもうナンキンムシと断定して良い。刺しては歩き、歩いては刺し、というのを数回繰り返すので、その腫れが連なって不定形な膨らみになるのである。ちなみにベッドにいるナンキンムシは服の中にまで入ったり、わざわざ体によじ登って刺すことは少ないので、肌が露出していてシーツに接しているところばかりが狙われる。
 刺されてすぐの腫れと痒みは1時間もしないうちに消えるので、なぁんだ、何に噛まれたかわからないけれど大した事ないな、と甘く見ると大変。翌日には「境界線のはっきりしないやや盛り上がった赤みのある膨らみ」になっていて、猛烈に痒い。この時点では、もはや「本州の形」はいくつかの刺し跡を中心に分断されつつあるので、何回刺されたかがわかる。そしてこのかゆみは、ひどい時には1週間近くも続く。腫れと痒みが終わっても、刺された跡は薄いシミになってしばらく残る。もし朝まで同ベッドに寝つづけていれば体じゅうやられているわけで、こうなるとアレルギー反応で刺されていないところまで痒くなる。そうなった場合は、迷わず病院に行って、抗生物質と抗ヒスタミン剤の入った塗り薬と、かゆみ止めの飲み薬をもらうことをお勧めする。寝ているときに無意識に掻くと患部を傷つけることもあるわけで、そこから熱帯のやっかいな感染症にかかっちゃかなわないから。
 じゃあ、もしある宿で夜眠ろうとしてナンキンムシに刺されたら、どうすればいいか。方法はひとつ、部屋を変えてもらうしかない。できれば、階か、棟も変えてもらったほうがいい。ナンキンムシを1匹つかまえてフィルムケースか何かに入れ(手でつまんだからといって刺すような攻撃的な虫じゃあないので大丈夫)、宿のフロントに持って行けば、まずイヤとは言われない。ただし宿じゅうにいたら、夜中に他の宿を探すわけにもいかないだろうし、逃げ場はないけれど・・・。
 僕は一度、あるホテルで徹底的に戦ってみたことがある。深夜にナンキンムシを見つけてフロントに抗議したのだけれど、他に空いたベッドがなかったからだ。とりあえずマットレスに殺虫剤を噴霧し、その上にシーツを敷いて眠り始めたものの、奴等は再びやってきた。こうなったら全滅させるしか安眠への道はない。明かりを消した部屋のベッドに体を横たえ、かかとやひじに神経を集中する。刺される瞬間の感触はないけれど、じわっと痒くなってくるので来たとわかる。すぐにガバッと起き上がり、ヘッドランプの明かりでそこを照らす。シーツの上を走って逃げてゆくナンキンムシ。羽根がないので翔びはしないけれど、ちょこちょことかなりすばやく動く。すかさずつかまえて爪でつぶすと、うっすらとただようカメムシの匂い。そう、ナンキンムシは、カメムシの一種(カメムシ亜目)なのである。
 さて、深夜の戦いも初めは首尾良く3匹ほど捕まえたのだけれど、そのあとは、刺された感じはあっても虫が見つからなくなった。おかしいなと思いながら「ガバッ」を繰り返すうちに気付くことになる・・・今度はナンキンムシの幼虫が攻めてきているのである。カメムシ亜目の昆虫は、子から親になるときにサナギにならないタイプの虫、ムズカシク言うと不完全変態をする虫だ。だからチョウチョとイモムシのように親子がまるっきり違う形をしているのではなくて、子は親のミニチュア。こういう虫は親と子の食べ物が同じ場合が多く、つまりナンキンムシは幼虫も血を吸うということになる。幼虫に刺された場合の症状は軽いけれど、それでも安眠を妨害するには充分威力がある。この幼虫が小さい。いちばん小さいのは1ミリにも満たない。そのうえ体の外身は半透明で、中身が茶色っぽいシミのようになっているだけなので見つけにくいのである。もしシーツに細かい絵柄があったなら、夜中に小さな明かりで見つけ出すことはかなり厳しいだろう。さいわいその時の僕のシーツは無地だったので、親子トータルで10匹近くやっつけただろうか。やっともう刺されなくなった頃には、東の空が白み始めていた。そして「試合に勝って勝負に負けた」僕は、その日の90キロを徹夜明けで走らなければならなかったのである。(つづく、02.07.16、ベコル)
鳥の本(その5;悩ましきインドネシアの図鑑(1))
 図鑑というのは重たいもんだ。ただ本棚にコレクションし、たまに開いて机の上で読むだけなら、どんなに大きくて分厚い図鑑でも、さらにそれがたとえ10巻のシリーズ物でも恐れることはない。最高のクオリティのものを何冊でも買えばよい。けれどそれを野外へ持ち出して使わなければならないとなると、話は別。だからフィールドガイドタイプの図鑑があるわけだ。しかしこれらとて、自転車で常に持ち運ぶとなると、決して軽いものではない。
 何ヶ国も続けて旅する僕は、これまで4冊の図鑑を使ってきた。出国から帰国まで全てを持ち運び続ける訳にはいかないので、旅立つ前にあらかじめ在外日本領事館に郵送しておいたり、あるいは旅の途中で新たに買ったりして、これから行く地域の図鑑をひとつずつ手に入れた。そしてその図鑑のカバーする地域を通り過ぎ次第、用済みのものは順次日本に送り返してきた。もちろん去年の夏から冬にかけて使った東南アジアの鳥の図鑑も、である。ところがご存知のように今年の春、僕は旅の行き先を西から南に突然変えざるをえなくなり、東南アジアに戻ってきた。当然東南アジアの鳥の図鑑が必要になる。そこで僕は日本に電子メールを送り、マレーシアのペナン島にある日本領事館に去年送り返したものを郵送してくれるよう家族に頼んだ。ペナン島はインドネシアのスマトラ島へ船で渡る玄関口。僕は首尾良くインドネシア入国直前に東南アジアの図鑑をゲットし、鳥見を楽しむことになる・・・はずだった。ところが、である。領事館から受け取った図鑑を宿でパラパラとめくり、さてどんな鳥を見ようかなぁ・・・なんてノーテンキに夢を描こうとして、気付いた。「この図鑑、インドネシアは範囲外じゃん!」。サブタイトルにもちゃんとそう書いてあるのであった。

   「A Guide to the Birds of Southeast Asia
     Thailand ・ Peninsular Malaysia ・ Singapore ・ Myanmar ・
     Laos ・ Vietnam ・ Cambodia」
     Craig Robson
     Princeton; ISBN 0-691-05012-0

 一時は、この役に立たないハードカバーの重たい本をわざわざ送ってもらうなんて、なんて間抜けなことをしたんだと後悔した。けれど、それはハヤトチリというものだった。インドネシア入国から2ヵ月半たった今でも、僕は鳥見の日には毎日この図鑑を使っているのである。それはなぜか。インドネシア全域を網羅する良いフィールドガイドが、この世に存在しないからである。
 もちろんはじめは、このバードウォッチング天国のインドネシアで「図鑑情勢」がそんなことになっているとは思いも寄らなかった。だから、スマトラ島最大の街メダンでインドネシア全域の鳥の本を見つけられなかった僕は、ま、田舎町じゃ在庫がなくってもしょうがない、ジャワ島に渡ってから首都ジャカルタに行けば何かいい本が買えるだろう、と気楽に構えていた。幸いスマトラ島にいるインドネシア固有種は37種だけ。それ以外は上記の東南アジアの図鑑に載っているので、いつも通り野帳にイラスト入りで見た鳥を記録していけば、あとからでも種名がわかる範囲内だ。
 そして1ヵ月半後、僕はジャカルタの繁華街にある本屋にいた。・・・本が、ない。そんなはずはないと思い、すぐにインターネットカフェに行き、オンラインブックショップで検索してみる。・・・やっぱり、ない。考えてみれば、インドネシアは赤道直下にちりばめられた大小6千以上の島々からなる国。その全てに住む鳥の記録を集める(あるいは新種記載する)のは、20世紀のうちにはできなかったのだろう。国全体を網羅する本、あるいは住む鳥全ての載った本がないとすれば、細切れの情報の入っている何冊かを頼りにするしかない・・・ただし、持ち運ぶ負担は何とかしなければならないけれど。
 考えた末に僕が買った本は2冊。ひとつは写真図鑑で、

   「A Photographic Guide to the Birds of Indonesia」
     Morten Strange
     Periplus; ISBN 962-593-402-2

 これには東南アジアの図鑑に載っていないインドネシア固有種の写真がいくつか掲載されているので、参考になる。とはいえ、それぞれの種について使われている写真は1枚か、たまに2枚だけ。そのため写真とは別の角度から見た特徴はわからないし、若鳥など写真にない年齢や多型の識別には使い物にならない(中には若鳥の写真だけの種もある)。鳥の特徴についての解説は最小限のもので、例えば近似種との識別の仕方については「見間違えようがない。この地域でただ一種のLoriculusu属のオウムだから。」などと大胆なことが書いてある。分布で種をしぼり込むのはわかりやすくはあるけれど、そういうやり方では実際に鳥を見たときに、目の前の鳥が確かにその種だとは、うなずきにくいものだ。さらに悪いことに、この図鑑はハンディーサイズながら紙質が良いため、分厚くて重い。僕は生息種数の半分も載っていないこの重荷を自転車で運びつづけるほど体力に余裕はないので、迷わず日本へ送った。もちろんその前に、これから行こうとしているヌサテンガラ地域(ロンボク島からチモール島)に住む鳥100種ほどについての説明文を野帳に書き写し、写真をデジカメで複写したことは言うまでもない。
 ふたつ目はこれ。

   「Birding Indonesia」
     Periplus Editions
     Periplus; ISBN 962-593-071-X

 タイトルを見てわかる通り、これは図鑑やフィールドガイドのたぐいではない。バードウォッチャー用のガイドブックである。これが、使える。インドネシア全域についてバードウォッチング・ポイントを紹介し、どこにいつ行けば何が見られるかという詳細な情報が書かれている。また巻末の鳥のチェックリストには、島ごとに分布のあるなしが整理されているので、見られなかったある鳥を次の島で探すべきか、いまいる島で見てから渡るか、といった「探鳥戦略」の目安に使える。さらにこの本の優れたところは、内容が鳥見情報にとどまらないことである。探鳥の拠点になる町の宿やレストランの解説はもちろん、探鳥地ではなくとも交通の要所になる町の情報や、もっと外国旅行をする上での基本的な情報、例えばインドネシアのビザの現状や簡単なインドネシア語会話のフレーズのページまである。つまり旅行ガイドとしても使えるわけで、もしあなたが国立公園や自然保護区で鳥や動物を見ることをメインに、1ヶ月間程度の短期のインドネシア旅行をするのなら、これ1冊でOK。いわゆるガイドブックは(例えば “Lonely Planet” や、ましてや“地球の歩き方”なんて)必要ない。実に便利な本だと思う。ただしこの本も紙質が良く、インドネシアでの鳥見の雰囲気を盛り上げるのに充分な綺麗な写真満載なので、ページ数がその分増え、重たい。そもそも経度で言ったら、西はインドから、東は日本にまで届くこの広大な国全体について書かれているんだからね。この本を買った時点では、僕はすでにスマトラ島の旅を終えていたので、そのあと行く予定にしていたジャワ島からチモール島までのページを両面コピーしてから、本自体は日本へ送った。結局手元に残ったのは、マレーシアで手にした東南アジアの図鑑だけ、ということになった。充分ではないけれど、新しく買った2冊の本のコピーやデジカメ画像を合わせれば「バリュー・ウエイト・レシオ」は最高である。(つづく、02.07.21、ロビーナ)
鳥の本(その5;悩ましきインドネシアの図鑑(2))
 さらにもう2冊、地域限定のフィールドガイドを紹介したい。僕はこれ らを買わなかったけれど、買った2冊の本に比べて使えないからというわ けではない。むしろ逆で、文章のコピーや図版のデジカメ写真撮影では追 いつかないくらい情報が満載されているからである。できれば持って旅し たい、けど重い、けど持って旅したい、けど重い、という思考の循環から しばし逃れられなくなった末に買わなかった、という本である。
 まず1冊目はこれ。

   「A Field Guide to the Birds of Borneo, Sumatra, Java and Bali」
    John R. Mackinnon and Karen Philipps
    Princeton; ISBN: 0198540345

 タイトルの通りボルネオ島、スマトラ島、ジャワ島、バリ島、つまりイ ンドネシアの西半分限定の図鑑である。もしあなたがこの地域だけで鳥を 見るなら、この本を使うのがよいと思う。ただしこの本は図版の質があま り良くない。イラストのリアリティがもうひとつだし、幼鳥の絵はほとん どない。実際に使っている人に聞いたところによると、記述にはたまに間 違いがあるとのことだった。だからこの本はあくまで東南アジアの図鑑の 補助として使うのが良いと思う。つまり、見た鳥が東南アジアの方に載っ ていなかった時に、この図鑑を開いて「あったあった。やっぱインドネシ アの固有種だったか。」と納得するというやり方である。あと、この本に ついては、値段のことを書いておかなければならない。なぜなら、バカみ たいに高いからである。オンラインブックショップで5500円(古本の 方がなぜか高く、18000円!コレクターズ・アイテムか。)、シンガ ポールの書店で見たものには7500円の値札がついていた。僕は値段ほ どの価値はないと思う。
 実を言うと、この本にはインドネシア語バージョンが発行されている。 タイトルは、

   「Burung-burung di Sumatera, Jawa, Bali dan Kalimantan」

というもの。英文がインドネシア文に書き換えれているだけだか ら、もちろん図版は全く同じ。そしてお値段、な、なんと、たった900 円。すんごい経済格差だ。もしどちらかを買うんなら、僕はこっちの方に する。インドネシア語の解釈はどうするかって? そりゃ、辞書を買えばオッケイでしょ。手のひらサイズの携帯用が、街 角で200円も出せば買える。鳥関係の特別な用語については、さきに紹 介した「Birding Indonesia」の中にそれを解説したページがあるので問題なし 。
そして2冊目。これはオーストラリアの鳥のフィールドガイド。

   「Birds of Australia」
     Ken Simpson (ed.)
     Nicolas Day
     Peter Trusler
     Princeton; ISBN 0-691-04995-5

 イラストも解説文も充実していて、2000年発行で新しいし、文句な し。ところでなぜオーストラリアの図鑑がインドネシアで使えるかと言う と、とくにヌサテンガラ地域との共通種が思いのほか多いからである。た だしこの本はかなり紙質が良いうえ、オーストラリアの環境や鳥の分類に ついての解説に結構なページがさかれているので重い。この図鑑もあくま で東南アジアの鳥の図鑑と併用、ということになる。もちろんインドネシ ア固有種については、どちらの図鑑にも載っていないので、さきに紹介しているインドネシアの本などで補強するしかない。
 というわけで、もしインドネシアじゅうを旅しながら鳥を見るのなら、 そして全域を最大限カバーするフィールドガイドが必要なら、以上の5冊 を用意するのがよい。・・・なぁんつったって、無理だって、持ち運ぶの。もし良い図鑑を ご存知の方がいましたら、ぜひお知らせ下さい。 (02.07.21、ロビーナ) 
ケリンチセブラット Kerinci Seblat 国立公園の鳥(その1)
 インドネシアのスマトラ島は、島とはいえその大きさは広大。面積は日 本の1.4倍なんだそうだ。だからこの島を旅する多くの人たちは、観光 地の多いスマトラ島の「北半分」だけを見て周る。南下していく人ならば 、マレーシアのペナン島から北スマトラ州のメダン Medan に入り、最後は西スマトラ州の西岸の港町パダン Padang か、またはリアウ州の東岸の港町ドゥマイ Dumai から島を出る。あるいはパダンに近いブキッティンギ Bukitingi あたりから長距離バスに数十時間詰め込まれて「南半分」をすっとばし 、一気に島の南端、ランプン州の港町バカウーエニ Bakauheni を目指す人もいる。北上する人ならこれらの逆のルートをたどるだろう 。ケリンチセブラット国立公園は、この「北半分」から少し南へ外れてい る。そのためここまで足を伸ばす旅行者は少なく、静かな原生林と観光客 ずれしていない素朴な村が残されている。
 ケリンチセバラット国立公園はバリサン山脈北部の高原地帯にあり、西 スマトラ、南スマトラ、ジャンビ、ベンクルの4州にまたがる広大なエリ ア。その多くは今もトレッキングルートさえない未開のままの原生林だけ れど、旅行者の訪れることのできる鳥見ポイントが、交通の要所スンガイ ペヌー Sungaipenuh を中心にいくつかある。ハイライトは、なんといってもスマトラ島最高 峰、ケリンチ山 Gunung Kerinci 3805メートル。登山口にいちばん近い村はケルシックトゥオ Kersik Tuo で、スンガイペヌーの北40キロほどの小さな農村。ここには安宿が数 軒あるけれど、鳥を見に行くなら「スバンディ・ホームステイ」に泊まら なきゃ損だ。なにしろ経営者のパク・スバンディさんは、ガイドブックに 「熱心なバードウォッチャー」として名前が載っているほどのナチュラリ スト。そのため当然のようにここはバードウォッチャー御用達の宿となり 、宿泊者が書き込む情報ノートには、見られた鳥の種類やその場所、時間 などがくわしく書き残されている。それを読めばつい最近の様子がわかる ので、日々のバードウォッチングにおおいに役立つ。さらにまだこの宿に 泊まるべき理由がある。それはスバンディさんのホスピタリティ。鳥を見 るということがどういうことかわかっている人の、かゆい所に手が届くサ ービスをしてくれる。そのうえ控えめな人柄と笑顔が実に心地よいので、 僕は予定を大幅にオーバーしてここに6泊もしてしまった。1泊290円 。
 さて、ケリンチ山で鳥を見るメインの場所は登山道。朝早く登山口まで スバンディさんがオートバイで送ってくれて、一日が始まる。夜が開けて 間もない薄暗いジャングルの中、鳥を探しながら少しずつ山を登っていく 。いちばんよく耳にするさえずりは、キバラサイホウチョウの澄んだ声だ 。情報ノートによると、ここにはキタスマトラヤイロチョウやスマトラミ ヤマツグミ、羽色の美しいキジ類などを見たくて来る人が多い。僕は最初 の2日でこの2種とクロウチワキジを見られた。けれど、別にそれほどレ アな鳥ではなくても、スンダベニサンショウクイ、スンダモリムシクイ、 スマトラルリチョウ、スマトラサザイチメドリ、スンダウグイス、シロビ タイコンヒタキなど、「スンダ列島モノ」を見られれば僕は何でもうれし かった。森を歩いていてたまに行き当たる「バードウェーブ」には、ハイガシラヒタキ、 ベニサンショウクイ、ノドジロオウギビタキ、ズグロゴジュウカラ、シジ ュウカラ、ミナミムシクイ、キガシラモリチメドリ、ハイノドモリチメド リ、アカバネモズチメドリなど8、9種が混じっていて、にぎやかに通り 過ぎてゆく。その他に見たのは、エビチャゲラ、キエリアオゲラ、アカフ サゴシキドリ、ヘキサン、アイイロヒタキ、ムネアカヒタキ、オオアオヒ タキ、コバネヒタキ、ヒメコバネヒタキ、コサザイチメドリ、オナガウタ イチメドリ。熱帯雨林の中では、鳥の声は聞けても姿は見つけ出しにくい のが常だけれど、そのおかげで毎日新しい種を見つけて楽しむことができ る。登山口近くのダイズ畑から林縁を探すと、ジャングルの奥とはまた違 う鳥たちがいて、カワリクマタカアカハラクマタカ、 シロハラクイナ、ハシナガクイナ、ヒメオナガバト、ゴシキドリ、バンケ ン、タカサゴモズ、ヒタキサンショウクイ、ハジロマユヒタキ、シキチョ ウ、コシジロヒヨドリ、メグロヒヨドリなどが見られる。宿から登山口ま での間に広がる茶畑には、ノドグロハウチワドリ、ヘキチョウ、カタグロトビ、民家 の屋根にはスズメもいる。
 さらにこれらの他に1種、図鑑に載っていない鳥も見た。薄暗いジャン グルの林床からせいぜい3メートルくらいの高さまでにいる体の黒い鳥で 、ヒヨドリより大きくドバトより小さいサイズ。こちらを警戒しながらオ レンジがかった赤茶色の尾羽を開いたり閉じたりする。初日にこれを見つ けた僕は、撮影条件最悪の中むりやり写真を撮り 、宿に帰ってからもかなり悩んだ。最終日にはもう少し明るいところで3 羽の群を見たので、翼も赤茶色のルリチョウ類らしいことがわかった。こ のとき、あそうか、あれか・・・と思い当たった。実は情報ノートの確認 種リストに、時々“Rufous-winged” Whistling Thrushというのが出てきたのである。そんな名前の鳥はいないか ら “ ” をつけて書いているのだろうけれど、何なんだろうとずっと思っていた 。それがどうもこの鳥らしい。いったい分類学上の種名はどうなってるん だろ〜?? 知りたい〜〜。
 今回僕が登ったのは、せいぜい標高2500メートルくらいのところま で。ぶらぶら歩くとそのあたりでもう昼過ぎなので、ビスケットをかじっ てから同じ道を引き返す。僕はこれを3回やった。ちなみにケリンチ山の 頂上まで行きたければ、1泊2日のトレッキングになる。もちろんスバン ディさんがガイドとして同行してくれる。ガイド料は食事代など全て込み で3500円くらいだそうだ。ひとりにはちょっと高いけれど、人数が増 えても値段はほとんど変わらないので、3、4人でワリカンすれば安いも んだ。(つづく)

 ケリンチセブラット Kerinci Seblat 国立公園の鳥(その2)
   ケリンチ山以外にも、鳥を見る場所がいくつかある。宿からミニバスで 北へ30分ほど行った所にある、アイルテルジュン・テルンベラサップ Air Terjun Telun Berasap、通称“ダブル・ウォーターフォール”。滝の周りを公 園にした小さな景勝地だ(写真)。ここに渓流の鳥ヒメエンビシキチョウ がいると聞いたので、僕は午前中ひとつをここで過ごした。畑とシナモン のプランテーションに囲まれ、滝のすぐわきにだけほんのちょっと熱帯雨 林の残った少し悲しくなるような公園だった。ヒメエンビシキチョウの他 には、カザノワシ、ハイバラメジロ、スンダルリチョウ、オニアナツバメ 、シワコブサイチョウなどがいた。入場料、30円。このあたりでもっと 鳥を探したい人は、トゥジュー Tujuh 山という頂上に「東南アジア一高いところにある湖」のある山に登るこ ともできる。日帰り登山できる1950メートル。
 もう一ヵ所、宿をスンガイペヌーに移してから訪れたのが、通称「タパ ン Tapan ロード」。スンガイペヌーから西へバリサン山脈を下りたふもとに、タ パンという町がある。これら2つの町を結ぶ道路が熱帯雨林の中を貫いて いて、有名な探鳥地になっているのである。朝、宿の前でバイクタクシー を拾い、タパン方面へ20キロほど連れて行ってもらう。お値段、120 円くらい。そこからほとんど車の通らないアスファルトの下り坂を、てく てく歩きながら鳥を見てゆく。道は急斜面の尾根を巻いていくので、うっ そうとしたジャングルの中を通るという感じではなく、常に林縁を行くこ とになる。見た鳥は林からこぼれてきた20種あまり。前記の鳥たちに追 加したのは、スマトラオウチュウ、ハイイロオウチュウ、アカガオサイホ ウチョウ、ヨコジマオナガバト、ムナフヒヨドリ、チャガシラガビチョウ 、チャイロカッコウハヤブサ、リュウキュウツバメ、シラガオナガ。僕は 8時半に歩き始め、正午には鳥の鳴き声がだいぶ減ったので、通りがかっ たトラックをヒッチハイクして町へ帰った。歩いた距離は5、6キロだろ うか。まだまだ熱帯雨林は続いていたので、早起きできる人は早めに出か けたほうがいいかも知れない。宿のガイドの話では、僕が引き返したとこ ろよりも先に橋がひとつあり、そのあたりの森の方がいいということだっ た。橋より下にあるムアロサコ Muaro Sako という村にも泊まることができる。ちなみにタパンロードは、交通量は 少ないとはいえ道が狭く、1時間に3、4台くらいはミニバスかトラック が通るので、鳥に夢中になっていて車に轢かれないよう、ご注意下さい。
 タパンロードで鳥を見た翌日、スンガイペヌーから僕はバリサン山脈を タパンの反対側、つまり東側へ自転車で下り、バンコ Bangko へ向かった。あとで知ったのだけれど、この道の両側がケリンチセブラ ット国立公園のエリア内だった。ここを走っているときにきは、メジロチ ャイロヒヨ、ズグロヒヨドリ、カノコバト、モモグロヒメハヤブサ、メジ ロチャイロヒヨ、ズグロヒヨドリ、ムナフムシクイチメドリ、セアカハナ ドリなどが目に入った。
 以上、僕が見た鳥は67種(“Rufous-winged” Whistling Thrush、公園の範囲外でしか見なかったスズメ、ヘキチョウを除 く)。スバンディ・ホームステイの情報ノートを読んでみると、3、4人 のグループで来て、森の中でさえずりの録音テープを回したり、ジャング ルで夜を過ごしたりして、コノハズク類やガマグチヨタカ類の鳴き声を聞 く本格的な人たちもいた。そういうやり方で鳴き声だけの確認も含めると 、80種くらいになるようだ。すごいね。それでも、150万ヘクタール の国立公園に棲む鳥の、ほんの、ほんのひとにぎり。(02.06.09 、スンガイペヌー)
ナンキンムシ体験談(その2)
  刺された場合の痒さもさることながら、ナンキンムシの習性にはもうひ とつ、ヒジョーにやっかいなことがある。それは何かというと、カバンに 潜り込んでくることである。「ナンキンムシの宿」に泊まった翌日、次の 町で新しい宿に入る。そして夜になり、ベッドの上にナンキンムシを発見 。こういう場合は、またしてもナンキンムシの宿に当たったか!、と失望 する前に、まずは自分のカバンをベッドの上や横に置いたりしなかったか 思い出して欲しい。もしそうしたあとだったなら、その虫は自分が「テイ クアウト」してきたものである可能性が高い。
 もちろんカバンからはい出してくるところでも目撃しない限り、その虫 が「その宿在住」だったのか「同伴」だったのかは突き詰めて決められな いのだけれど、ナンキンムシが旅行者のカバンに入って宿から宿へ渡り歩 いていることは確かだ。というのは、インドのデリーでこんなことがあっ た。ある宿のドミトリーに泊まっていた時のこと。客足は少なく、毎日入 れ替わりはあるものの、10人部屋に常時3、4人しか入っていないとい う状況。僕はもう5日もその宿に泊まっていたのだけれど、その間ナンキ ンムシに刺されたりはせず、同じ部屋の他の宿泊客からもそういう話は聞 かなかった。ある日の午後、フロントの前のソファで新聞を読んでいたら 、突然右肩をナンキンムシに刺された。「なんだこの宿、いるのかよ」、 と思いながらドミトリーに戻ると新しい客がチェックインしていた。街で いちばん安い宿にきのう泊まった彼は、虫に刺されまくって痒いから宿を 変えてここに来たという。腕を見せてもらったら、数十ヵ所をやられてい て(大半は幼虫にやられたもののようだった)、見ているほうが痒くなっ てくるというありさまだ。あとで宿の人に聞いてみたらと、僕がナンキン ムシに刺されたソファは、彼がカバンを置いたところだったとわかった。
 彼のベッドと僕のベッドが遠かったからだと思うが、それから二晩は僕 がナンキンムシに刺されることはなかった。ところが、そのまた翌日の夜 のこと。僕は次の朝のシンガポールに向かう飛行機に乗るため、宿をチェ ックアウトし、空港の待合室で眠ることにした。空港内とはいえここはイ ンド、寝てる間に荷物を盗まれちゃいけないと、バックパックのストラッ プの先を握ってまぶたを閉じた。しばらくして突然、指先に痒みが走る。 これは!と目を開けると、ストラップを橋にしてナンキンムシの幼虫2匹 が僕の手のほうに渡ってきていた。エアコンの効いた空港の待ちあいに住 むナンキンムシがいるはずもなく、こいつらはどう考えても「街でいちば ん安い宿から来た彼」のものだ。思い出してみれば、僕と彼のベッドは遠 かったものの、カバンを入れるロッカーは僕のが彼ののすぐ下だった。カ バンからカバンへ直接トランジットしやがった、というわけ。さいわいこ の時は、成虫をもう1匹退治したら安眠することができた。ちなみに僕は ナンキンムシ対策としてカバンに防虫剤を入れているけれど、昇華性の忌 避剤なんて即効性のあるものじゃないから、入るときは入る。あと、服に 入ることもあって、昼間街を歩いたり、バスに乗っていたりしているとき に突然さされることがある。けれど服の中は向こうも住みづらいらしく、 すぐに出ていくようだ。
 自分がこれから泊まろうとする宿にナンキンムシがいるかどうかは、泊 まってみないとわからない場合が多い。宿泊客から大丈夫だと聞いても、 部屋によっては、あるいはベッドによっては刺される、という場合もある 。また、刺されやすい人とそうでない人、という個人差もあるようだ。ま あ、命に別状があるわけじゃないので、それほど神経質になる必要はない だろう。それに、何度か刺されると明らかに自分の体に抵抗性ができて、 症状はやわらいでいく。僕はつい1週間前、あるホテルで4箇所ほど刺さ れたけれど、もはや4日であとかたもなく完治するようになっている。( ベコル、02.07.17)

とりとめのない話 インドネシア(その3)