〜自転車でペンギンを見に行こう!編〜

とりとめのない話 インドネシア(その1)



 ブキッラワン Bukit Lawang の鳥(・・・ということにしておこうかナ)。
   スマトラ島北部にあるブキッラワンは、グヌンロイサー Gunung Leuser 国立公園の東の端にある村。ガイドブックによると、ここは「多くの旅 行者が4、5日間を過ごすスマトラ島で最も人気のあるスポットのひとつ 」となっている。その理由のひとつは、オランウータン、である。WWF (世界野生動物基金)がここにオランウータンリハビリテーションセンタ ーを作ってから、村は観光地として急発展。少し標高が高くて涼しいこと もあり、週末には州都メダンからバスがどっと押し寄せて、家族連れが川 遊びや山歩き。夜は喫茶店がディスコに早変わりし、マリファナを吸った 若い連中が朝方まで大騒ぎしている。休日はリラックスして、ちょっとは めはずしちゃおうかな、みたいな雰囲気の所だ。宿代はドミトリーなら1 00円以下、ダブルルームでも150円くらい。
 リハビリテーションセンターが何をしているかというと、未だに続いて いる密猟でみなし子になったオランウータンを保護し、親離れの歳まで育 て、餌の採り方や木の登り方を教えて森へ返す、ということ。そして森に 放したあとも、ミルクなどの最低限の餌を与えてしばらくは面倒を見る。 この森の中での給餌を見世物にして、ついこの間までへんぴな村だったブ キッラワンは大きくなってきたというわけ。給餌場所は村から30分も歩 かないで行ける場所にあるし、半野生とはいえ確実にオランウータンを見 られるから、「お手軽ネイチャー派」の旅行者や定年したお年寄りの一行 なんかにはいいかもしれない。当然「お手軽ネイチャー派」の僕は見に行 ったけれど、30人ほどの観光客に囲まれて5、6頭のオランウータンが レンジャーからミルクやバナナをもらっている様子は、動物園とあんまり 変わらなかった。ただ、オランウータンは、顔の表情やしぐさそのものが かなり面白いので、手の届く距離で彼らを見るのは飽きない。入園許可証 の値段は去年の夏に5倍に跳ね上がって、300円。
 国立公園内にトレッキングに行くとなると、ガイドを雇わなければなら ないことになっている。ガイドを付けることを義務付けられたトレッキン グを楽しむには、クリアしなければならない問題が2つある。まず、良い ガイドを見つけられるかどうか。まあ、これは前日に会っておけばなんと かなる。もうひとつは、良い同行者を見つけられるかどうか。1日限りの トレッキングなら客が一人でもガイドは歩いてくれるけれど、2日以上と なると「3人から」とかの条件がついてくる。僕のような一人旅だとどこ かのグループに混ぜてもらうことになり、事実上同行相手を選べない。茂 みにいる8センチくらいの地味な小鳥に、あれなんだろう?、と立ち止ま る旅行者なんて探そうったってうまくは行かない。たまたまいっしょに歩 くことになった同行者がそういう人である確率なんて、いったいどれくら いなんだろう。そんなことはヒャクモショウチだったので今までグループ トレッキングには行かずに、早朝から働いてくれるガイドを頼んでひとり で動いていた。けれど、ブキッラワンでは1泊2日のトレッキングに行く ことにした。なにしろ、村が騒がしすぎるのである。こりゃちょっと離れ たところまで行きたいなぁ、というわけ。
 2日トレッキングの前日には1日トレッキングにも行った。もう2日の に行くことは決めていたので、日帰りのには行かないつもりだったのだけ れど、その朝急に行くことにした。というのは、僕が朝食をとっている時 に旅行者をハントに来た若いガイドが、かなりのディスカウントに応じた からだ。ロン毛のカーリーヘアーがなびく肩にはでっかいタトゥー。その ちょっと不まじめそうなガイドはこう言った。「今日これから日帰りのト レッキングに行くが、もう2人客をつかまえている。2人も3人も手間は 変わらないので、安くしとくが行かないか?」。壁に掛かっている値段表 だと日帰りトレッキングは25USドルとなっている。去年発行のガイド ブックでは15ドルだ。この10ドルの差額は何かというと、国立公園の 入園許可料が2ドルほど上がった時にした便乗値上げ。ま、旧料金の半額 なら行ってもいいかなと思い、7ドルなら行くと僕が答えると、しばらく 考え込んだカーリーヘアーは8ドルでどうだという。買った。同行の若い イギリス人カップルはひとり20ドル払っていた。
 9時出発のトレッキングには、はじめっから鳥なんか期待していない。 カーリーヘアーの動植物の解説にはウソッパチが多かったけれど、これま たはじめっから期待していないので気にしない。見たいのは、野生のオラ ンウータンだ。カーリーヘアーは休憩のたびにマリファナを吸うのでだん だん使いものにならなくなって行ったけれど、もうひとりの、たぶん英語 がうまく話せないからガイドになれないアシスタントガイドが優秀で、子 連れの母オランウータンを2度見つけてきた。午後は川で泳いだあと、ト ラックのタイヤチューブ4つをロープでゆわえた「いかだ」で川下り、つ まりラフティングして、村まで戻った。目的のものを見られたので、僕は とりあえず満足。ただし、たぶん若いガイドを雇えばいいかげんさはカー リーヘアーと似たり寄ったりだろうから、このトレッキングを定価で買う 価値はないと思う。
 さてその翌日から2日トレッキングに行った。ガイドは30歳過ぎで悪 くなかったけれど、残念ながら日帰りトレッキング以上のものはほとんど なかった。オランウータンは5頭。あと、サルは Long Tailed Macaque、Pig Tailed Macaque、George Leaf Monkey。その他、全長80センチくらいのミズオオトカゲの子( 2メートル以上になる)、全長30センチくらいのトビトカゲ、くらいの もの。いちばん期待していたのは、ジャングル泊した翌朝の鳥見。そのた めだけにこのトレッキングに参加したようなものなんだけれど、これがま るっきりダメ。キャンプした谷の上空をたくさん飛び交っていたのは、オ オアナツバメかな。
 2日トレッキングの値段はガイドブック通り35ドルだった。味も量も 充分な食事4回、おやつ、帰りのラフティング代など全て込み。ジャング ル泊している1晩分のホテル代も込みなので、荷物は部屋に置いて行ける 。ま、内容から言ったらかなり高いと思うね。ちなみに、レストランの壁 のボードに書いてある45ドル、これは便乗値上げ後のボリなので払って はいけない。州都メダンで予約してしまうと、このボリ価格でやられる。
 見た鳥は以下。アオバネコノハドリ、アオムネカワセミ、サイチョウ、 キタカササギサイチョウ、クリイロバンケンモドキ、リュウキュウツバメ 、カンムリオリーブヒヨ、メグロヒヨドリ、ハイムネクモカリドリ、スズ メ、コシジロキンパラ、ムネアカゴシキドリ、オレンジハナドリ、以上。   えっ!? たったこれだけ!?    ・・・・そうです。だからこの文章のタイトルが「ブキッラワンの鳥( ・・・・ということにしておこうかナ)」なんです。
 ちなみにホテルのレストランで「2日トレッキングじゃなんにも鳥なん か見られなかった」と話していたら、どこからともなく口のうまい若いガ イドがやって来て、6日トレッキングに行かないからだ、と営業を始めた 。そいつの話がウソかホントかは別にして、僕はそんな長いのには行かな いよ。だって「お手軽ネイチャー派」なんだから。(02.05.09、 ベラスタギ)(写真;村の娼婦たち。)

  トバ Toba 湖の鳥
   スマトラ島北部にあるトバ湖は、数万年前の火山の噴火でできた巨大な カルデラ湖。その真ん中に浮かぶサモシル島は、南北40キロ、東西15 キロのこれまた巨大な島だ。赤道近くでありながら標高が800メートル もあるので特に朝晩は涼しく、湖周辺とサモシル島東側はよい避暑地とな っている。
 さて、これからトバ湖周辺とサモシル島で見た鳥のことを書くのだけれ ど、ここは国立公園でもなければ、自然保護区でもない。それどころか、 湖を取り巻くカロ高原から見下ろすこのエリアは、伐採と放牧のために原 生林が破壊され、二次林が点在するだけのスカスカの環境に見える。けれ ど、そういうところにどういう鳥がいるかということを知ることも僕にと って必要なことなので、書きとめておこうという次第。それに、スマトラ 島に行ってトバ湖を訪れない旅行者はまずいないだろうから、ひょっとし たら誰かの参考になるかも、ということもある。
 まず、どこでも目に付くのが、ノドグロハウチワドリ。ちょっとした草 地があればかならず「ディディディディ」という地鳴きが聞こえてくる。 ちょうど繁殖期にあたったこともあって、親鳥が餌を探したり、巣立った ばかりのきょうだいたちが親におねだりしたりという光景を何度も見た。 中国を旅していた時には、貴州省や雲南省など標高の高いところへ登った 時にいっしょうけんめい探したこの鳥。それがたくさんいるなんて、トバ 湖の標高が高いことを実感。ちなみに亜種は waterstradti? で、和名が言うような「ノドグロ」ではない・・・どころか、ノドは純 白である。ノドの黒い亜種は khasiana だけれど、これの分布は図鑑によるとミャンマー西部。なんで和名はこ んなところにいる亜種の特徴からつけられたんだろう。何か事情がありそ 。ちなみに英名は Hill Prinia、直訳なら「ミヤマハウチワドリ」というところかな。他 にもうひとつ多い鳥はメグロヒヨドリ。マレーシアやフィリピンの平地で はよく見たやつだ。こんな高いところまで分布していて、ノドグロハウチ ワドリといっしょにいるのが僕の目には新しい。
 サモシル島の中でほとんどの観光客が泊まるのが、トゥクトゥク Tuk Tuk という村。ここには、トバ湖を眺める以外に見るべきものはなんにもな いのだけれど、そこがリラックスしたい旅行者にはかえっていいのだろう 。みんなビデオを見たり、ビリヤードをやったり、読書をしたりして何日 も過ごしていた。僕は村から西側に見える、まあこれといって特徴のない 滝(写真)まで往復3時間ほどのトレッキングをだらだらとやった。アカ ボシヒヨドリ、オナガサイホウチョウ、シキチョウ、チョウショウバト、 ヒメマミジロタヒバリ、キバラタイヨウチョウ、ノドジロオウギビタキ、 ゴシキドリ、ハイノドモリチメドリとかがいた。鮮やかなゴシキソウシチ ョウを久々に見られてちょっとうれしかった。喉から腹がかなり赤っぽか ったので、前に中国で見たやつとは別亜種だろう。泊まったホテルには庭 と池があって、ムネアカゴシキドリ、ノドグロハウチワドリ、シマキンパラ、リュ ウキュウヨシゴイ、ヨシゴイ、シロハラクイナ、シジュウカラ、カワセミ 、アオショウビン、スズメ、シロガシラトビ、ムラサキサギ、カノコバト などがやってくる。時々アオバト類や赤茶色のキツツキ類が上空を飛んで 行ったりしたけれど、都合よく下りてきてはくれなかったので種まではわ からない。トゥクトゥクのちょうど島の反対側の村パングルーラン Pangururan あたりでは、ダイサギやモリツバメもいた。ちなみにトゥクトゥクでの 宿泊費は、ダブルルームで140円、シングルで100円、ドミトリーな ら70円。
 トバ湖北岸の村、トンギン Tongging からシララヒ Silalahi 間の湖畔も自転車で走った。草地にヘキチョウやヒメウズラ、林にはシ ロハラアナツバメやヨコジマオナガバト、その他、オオバンケン、Jaw an Myna、カタグロトビ、ハイイロオウチュウ、イソヒヨドリ、ハイガ シラヒタキがいた。サモシル島のあとに走ったトランス・スマトラン・ハ イウェイが、トバ湖南岸に沿うあたりでは、ミドリカラスモドキも見た。
 もしあなたがトバ湖観光に行ったなら、頭の上を飛ぶ鳥は、まあこんな ところでしょうか。(02.05.16、パダンシデムプーアン)

  ガイドブックにない森でサイチョウ類を見る(その1:パンティ Panti 原生林)
   旅をするのにガイドブックは必要だ。ビザの有効期間や各国領事館の場 所、国境通過の最近の状況、危険地帯の警告から、景色のいいところ、歴 史のある街並み、宿代の相場や食事のおいしい店まで。旅を助け、楽しく してくれる情報がいっぱいつまっている。そして多くの旅行者は、ガイド ブックに載っている町から町へと飛び回る旅をしている。
 僕は自転車旅行者なので、一日に進める距離の都合上、ほとんどの日を ガイドブックに乗っていない町や村で過ごしている。そして、時々ガイド ブックに載っている街に泊まる。別に名所もない町になんか泊まりたくな いという人もいると思うけれど、僕はそうすることがわりと好きだ。そこ にはその国の大多数の人たちの、素顔の仕事や生活がある。もしその国の 名が「ニホン」なら、つまりそれは僕の仕事や生活だ。綺麗な観光地ばか りを巡る華やかな旅の仕方もあるけれど、等身大感覚で静かに物を見つめ る旅の方が自分には向いていると思っている。打ち上げ花火は、週末に見 られればそれでよい。
 これを鳥を見る話におきかえると、自転車で走りながらの鳥見は「等身 大」で、国立公園でのバードウォッチングは楽しみにしている「週末の行 事」だ。だから国立公園に入った翌朝にはちょっと早起きし、わくわくし ながらトレッキングに出かける。いつも見ている田んぼや街角の鳥とは違 う鳥たちに出会うひとときは、僕にとってこの上なく優雅で贅沢な時間。 とはいえ、国立公園には不自由な点もある。入園料やカメラ持ち込み料が 高額であったり(時に外国人に対してだけだったりする)、園内を歩くの にガイドを雇うことを義務付けられていたり。もちろんそれらは森を守る ために必要なことなんだけれど、ま、お金の話はともかくとして、ガイド 付きのトレッキングはどうしてもガイドまたは同行の旅行者の度量と嗜好 に制約されてしまう。また、外国人がお金を落とす観光地には、それを目 当ての人種も集まってくる。そういう人たちの中には、客引きの声や、オ ートバイのエンジン音や、スピーカーからたれ流すボブ・マーレイで、森 に“街”を持ち込んでくる連中もいる。彼らがそうやってお金を稼ぎたい 気持ちはわかる。わかるけど、なにも国立公園すぐの隣でやらなくっても ・・・と思うのである。
 そこで欲が出てくるわけだ。理想を言えば、旅行者のいない原生林を、 ひとりで、楽に、安全に、しかもタダでトレッキングしながら鳥を見られ たらいいのにな、と。そのためには、どうすればいいか。ガイドブックに 載っていない原生林を見つければよいのである。ただし、そこが秘境であ ってはならない。だってそんなところ、行けないもん。近くに小さな町と 安い宿があって、メインロードからほんの少し入るだけでサイチョウ類の 飛んでいる静かな林。地元の人しか来ないような旅行者には知られざる原 生林。そんなとこないかなぁ、とつねづね思いながら自転車で走っていた ら、あったのである。それが「パンティ原生林」。
 北スマトラ州・トバ湖とその南東500kmの西スマトラ州・ブキッテ ィンギは、どちらも有名な観光地。だからスマトラ島を旅する人は、南下 するにせよ北上するにせよ、この2つを結ぶ国道トランス・スマトラン・ ハイウェイを移動することになる。パンティ原生林はその道沿いにある。 つまり旅行者のほとんどが、この森をそれとは気づかずに通りすぎている というわけ。場所は西スマトラ州北部、小さな町パンティのわずか数キロ 南。ハイウェイは原生林の中を貫いているけれど、その区間はほんのわず かな距離なので、もしあなたがバス旅行するバックパッカーでゆうべちょ っと夜深ししていたなら、居眠りしている間に通り過ぎてしまうだろう。 たとえサイチョウ(写真)が道の上空を群で渡っていたとしても、である 。
 残念ながら、僕が自転車で旅したスマトラ島の道沿いには、あまり原生 林がなかった。伐採されて農地にされるか、あるいはそのあと二次林が育 っても定期的な伐採が繰り返されているようで、大きな森にはなっていな かった。そんなある日通りかかったのが、パンティ原生林。派手な観光案 内板もない突然の原生林の出現に、僕は思わず「なんだこりゃ〜」とつぶ やいた。すぐにここで鳥を見ようと決め、森を南へ抜けて10分走ったと ころにあった安宿(pengenapan)に入った。そして午後、気温 が落着いたころを見計らって、フィールドスコープとともに森へ引き返し たのである。
 お役所が立てたらしいインドネシア語の看板によるとこの森は保全林で 、名前は「Kawasan Hutan Cagar Alam Rimbo Panti」となっていた。 インドネシア語の文法はよく知らないけれど、単語を訳して適当につな げると「チャガール森林 パンティ原生林」というところだろうか。道で会ったカタコトの英語を 話す高校生に森の名前を聞いてみたら、「リンボ・パンティ」と教えてく れた。たぶん地元ではこの名前で通っているのだろう。だいぶあとになっ てから気づいたのだけれど、僕の使っているドイツ製の道路地図には、「 Rimba (Rimboではない) Panti Nat. Park」と書かれている。パンティの町の西側20キロメートルほど の所だ。もかしたらパンティ原生林は、このリンバパンティ国立公園の東 端なのかもしれない。が、いずれにしろ、この国立公園もガイドブックに は載っていない。
 森を歩いたのは、着いた日の夕方とその翌日の朝夕。見たサイチョウ類 は4種だった。初日のうちに群で飛ぶサイチョウと餌運びをするクロサイ チョウを見つけ、二日目はこの2種に加えてシワコブサイチョウとキタカ ササギサイチョウも見た。「キタカササギ」は角がほとんど盛りあがって いない、あどけない顔をした巣立ち雛を連れていた。猛禽類では、カオグ ロクマタカとカワリクマタカは識別できる近さで見られて、それ以外にも V字ディスプレイ飛翔をしているクマタカ属 Spizaetus の一種がいた・・・けど、ディスプレイ中は飛翔形が普段と違うので、 僕には何という種類かわかららなかった。その他見た鳥は、オウチュウカ ッコウ、ヒメウズラ、チャイロゴシキドリ、チビハリオアマツバメ、シロ ハラアナツバメ、アオハウチワドリ、ムナフムシクイチメドリ、ノドフズ アカチメドリ、ミノゲチメドリ、カンムリオリーブヒヨ、アカメヒヨドリ 、アカメチャイロヒヨ、コアカメチャイロヒヨ、キンバト、スズメ、シマキンパラ、ヘキチョウで、おおむね林縁の鳥 で、合計23種。なお、森の入り口に置いておいた僕の自転車を目ざとく 見つけた地元の警官から、奥に行くなら州都パダン Padang で許可をとってからに入るようにと一度注意を受けた。警官の話は、「 そういう規則になっている」というよりは、「自分の管轄で外国人が行方 不明になってもらっては困る」という保身のニュアンスだったので、森の 浅いところの遊歩道を歩くだけだと僕は答えた。そしたら、それ以上は何 も言われなかった。ここに書いた程度のサイチョウ類やクマタカ類を見る のなら、ハイウェイ付近だけで充分だと思う。鳥以外には、サルやリスが多くて 、イノシシ類のフィールドサインもよく見かけた。そして見逃しちゃいけ ないのが、日暮れ間際に群で飛ぶカラス大のコウモリ。数百頭がゆっくり と羽ばたきながら、南の山へ広い帯になってふわふわと飛んでいく。なん とものどかな熱帯の、一日の終り。
 ちなみに泊まった安宿の名は「Yanti」。宿をきりもりする若い奥 さんもおばあちゃんもいつも微笑みかけてくれて、お母さん似の目玉のく りっとした男の子2人のいるフレンドリーな家族。値段は、ツイン一泊2 20円から。食事は外の食堂でとるより少し高いけれど、ずっとおいしく て一食150円程度。田舎のおおらかさで、宿泊にはパスポートの提示も 宿帳の記入もいらない。チェックアウトの時にくれた領収書の宛名には、 「Mr. Jepang」と書いてあった(^_^)。この宿の他にも、パンティ の町なかに安宿(losmen)が一軒ある。けれど、地元の人に聞いて みたら、あんまりよくないよ、という話だった。(つづく) 

 ガイドブックにない森でサイチョウ類を見る(その2:ハラウ Harau 村)
   パンティ原生林の他にも、さらにもう一ヵ所サイチョウ類の棲む森を見 つけた。小さな盆地にあるハラウ村を取り巻く山である。ただしこの付近 は、ロッククライミングの名所、あるいは地元の景勝地「ハラウ谷」(写 真)として、ガイドブックに4分の1ページほどのスペースで載っている 。場所は西スマトラ州ブキッティンギの北東50キロほどのところ。
 ハラウ谷の入り口で入場料20円を払って進むと、まずルブッリムパト Lubuk Limpato という村があり、ここに外国人観光客向けの宿“エコ・ホームステイ( Echo Home Stay)”がある。谷の両側に赤い岩肌の絶壁が切り立つ、抜群のロ ケーション。値段は1泊360円で簡素な作りのバンガローを1軒貸して くれる。僕は3泊したので1泊210円に値引きしてもらった。ここから 2キロほど谷を奥へ行くとアカバラユン Akabara Yun という村があり、ここが観光スポットの中心になっている。週末には休 暇を楽しむ家族連れが街からやってきて、滝壷で泳いだり、公園を散歩し たり、中には昆虫採集をしている州都メダンから来た学生の一行もいた。
 さて、サイチョウ類のいるハラウ村は、アカバラユンからさらに奥へ3 キロほどゆき、自転車が進めなくなったところから細い山道を鳥を見なが らのんびり歩いて2時間ほどのところにある。そんな奥地にあるから原始 的な裸民族の村かというとそれは偏見で、Tシャツを着てジーンズをはい た人たちが住む農村である。「細い山道」は近道であって、オートバイく らいは通れる未舗装の「メインロード」が別のルートで村へ通じているよ うだ。ここまで来ると、ハラウ谷はもうガイドブックの言うような景勝地 でもなんでもなくなっている。そしてサイチョウ類はここにいる。
 「細い山道」のまわりは伐採を繰り返している二次林なので、道すがら 目に入る鳥はズグロヒヨドリやエリゲヒヨドリ、メジロチャイロヒヨ、ア カメチャイロヒヨなどのヒヨドリ類やヒメオナガバトがメイン。そして谷 を登り詰め、ハラウ村にたどりつくと水田が広がり、シマキンパラ、ヘキ チョウ、メグロヒヨドリが姿を見せる。近くを飛ぶ鳥の種類は谷底のアカ バラユンあたりへ逆戻りだ。ところが、である。村を取り巻く山々の稜線 付近は原生林か、あるいはかなりよく育った二次林なのである。村の外れ でほんの15分ほど待っただけで、シワコブサイチョウ3羽の群がひとつ の山から谷をはさんだ対面の山へと飛んだ。同じ山から2羽、4羽と次々 に飛び出したので、出所の山にできるだけ近づいて山肌を見ていたら、シ ワコブサイチョウ5羽ほどの群の他にサイチョウ2羽も飛び、よく見える 枯れ木や大木の枝に止まってくれた。猛禽類では、クマタカ属とハイタカ 属が尾根の上で旋回上昇していたけれど、この時は双眼鏡しか持っていか なかったので種まで識別することはできなかった。朝、宿を出たのが遅い 時間だったので、ハラウ村には1時間ほどしかいられなかったけれど、そ れでも合計2種15羽以上のサイチョウ類を見られた。あとで聞いた宿の おかみさんの話によると、ここにはシロクロサイチョウもいるということ だった。バードウォッチャーではなくとも、印象的な頭をしたこの鳥を見 間違える人はいないだろうから、ハラウ村にはシロクロサイチョウもいる のだろうと僕は信じている。これらの他に、宿周辺も含めて見た鳥は、ア カガオサイホウチョウ、バンケン、イソヒヨドリ、リュウキュウツバメ、 シキチョウ、ムナフムシクイチメドリ、チャイロゴシキドリ、ナンヨウシ ョウビン、アオショウビン、セアカハナドリ、オレンジハナドリ、ムネア カハナドリモドキ、リュウキュウヨシゴイ、シロハラクイナ、チビハリオ アマツバメ、シロハラアナツバメ、アオハウチワドリ、セッカ、スズメで 、合計29種。今思うと、あと1、2泊して、もう少しハラウ村近辺を歩 いておけば良かった。
 以上、ここに紹介した2つの森は、どちらもたまたま通りかかって良さ そうだなと思い、歩いてみたらサイチョウがいた、というもの。別にいっ しょうけんめい探したわけじゃない。ということはつまりどういうことか というと、スマトラ島にはそんな森がそこらじゅうにある、ということだ ろう。鳥見に限らず、アニマルウォッチングや昆虫採集、蘭の花の写真撮 影など、原生林を目当てにこの島を訪れる方は、ぜひ「ガイドブックに載 っていない森を見つける旅」をお試し下さいませ。
 なお、この小文中の「ガイドブック」とは、現在世界で最も多くの旅行 者に使われている「Lonely Planet」シリーズの「INDONESIA」(2000年発行) です。(02.05.27、ブキッティンギ)  

とりとめのない話 インドネシア(その2)