〜自転車でペンギンを見に行こう!編〜

探鳥日記 インドネシア (スンバワ島)

(2002年7月27日〜8月6日 )


7月27日(土)(晴/サピット〜アラス Alas :自転車25km+フェリー+自転車20km)
 6時に来るはずのチャーターしたオートバイは30分遅れ。鳥見にいい 時間を削られて、不機嫌にタンデムシートに乗る。15分ほどで、リンジ ャニ国立公園の「温泉」入り口へ。ヤマメジロがいるから、このへんは標 高1000メートル以上はあるんだろう。そこからまだ薄暗い熱帯雨林の 中の遊歩道を歩いてゆく。あちこちから聞こえるさえずりは、たぶんミナ ミムシクイ。とつぜん現れたコシジロショウビンがすぐ前の高枝に止まる 。宿への道を戻り始めると、枯れ木にコミドリカラスモドキの群。トサカ ハゲミツスイは「クアッカウー」というさえずりばかりで、姿が見えなか った。森が開けると、忙しく飛びまわるスンダハナドリや、 あっつい炎天下をモノともしない ハジロナキサンショウクイがいた。サピットには2泊くらいするつもりだったけれど、宿のレ ストランはローカルプライスの3倍額だし、頼んだオートバイは市価の倍 額払っているのに時間通りに来ないしで、感じが悪いのでチェックアウト した。
 港町ラブハンロンボク Labuhan Lombok まで一気に下って、そこからフェリーで二時間。スンバワ島に上陸した 。日が暮れるまでにアラスへ着くのはヨユーだと思っていたら、ここでパ ンク! さらに、修理中にプラスティック性のタイヤレバーを折ってしまう。だ いぶ劣化していたんだろう。慣れないマイナスドライバーでタイヤを取り 外している最中、リムのへりを曲げてしまった。さらにさらに、あと4キ ロという所で2度目のパンク! 絵に描いたようなアリ地獄である。もう薄暗い中修理する気にもならず 、タイヤに空気を入れつつ一気に宿まで走った。(写真;パンク修理を心 配そうに見守ってくれた兄弟。)
7月28日(日)(晴/アラス〜スンバワベサール Sumbawa Besar :75km)
 ゆうべはうざったくて、自転車の修理もせずに寝たので、今朝はまずそ れをするところからスタート。タイヤレバーがないので、自転車屋へ後輪 だけ持ち込んでチューブ交換。ついでにタイヤも換えた。リムのゆがみは カナヅチとペンチでテキトーに矯正、ま、こんなもんだろ。小さな町の2 軒の自転車屋と金物屋をのぞいても、売り物のタイヤレバーはない。補給 したかったパンク修理パッチさえない。用済みになったので、10時半に 宿をチェックアウトした。いくらなんでもまた今日もパンクするってこと はないだろう。
 スンバワ島は暑い。乾いた気候は背の高い木々を育てず、日陰のない道 路には逃げ水がゆらめく。午後1時から3時にサイクリングをするのは、 生き物としての人間の限界を感じる。たまにある小さな食堂には電気が来 てなくて、頼んだコカコーラは生ぬるい。浜にはチュウシャクシギが並び 、空にはコグンカンドリがゆっくりと滑ってゆく。
 スンバワベサールに着いて、宿に行く道すがらの自転車屋や工具屋にひ とつずつ寄る。パンク修理パッチはすぐに見つかったけれど、タイヤレバ ーはなかなかない。明日の朝までに用意しておく、と言った店に任せた。 どこかから仕入れて来るつもりだろうか、それとも倉庫の片隅から引っ張 り出してくるつもりだろうか。僕のインドネシア語力では、細かいことは わからないのである。(写真;空と海は青く・・・・・)
7月29日(月)(晴/スンバワベサール〜エンパン Empang :95km)
 朝から快晴。これは暑くなるぞ・・・とわかっていても、早朝から出発 するわけには行かなかった。タイヤレバーを頼んでおいた自転車屋が開く のが、9時なのである。時間通りに行ったけれど、きのう対応してくれた 人が不在で話が通じず、30分待ってレバーをゲット。金属製のメイド・ イン・ジャパン、ちょっと重たいけれどこれ以上のものはスンバワ島では 手に入らないだろう。
 小さな丘を次々と越えてゆく道は、いってもいってもまるでメリーゴー ランドを回っているように景色が変わらない。乾いた山とニンニク畑、青 い海と高床式の家々の漁村。たまに通る車やオートバイの運転手が、陽気 に声を掛けてくる。そして灼熱。10キロごとに休憩をとって水分を補給 しないと、のどの粘膜同士がくっついてしまいそうである。茶屋で休むつ いでに店の人と話をすると、今日泊まろうとしているプランパン Plampang には宿があるという人とないという人がいて、ついてみるとやっぱりな かった。30キロ追加で、エンパンの安宿に入る。ところがこれが「ナン キンムシの宿」だった。部屋を変わるがダメで、夜中に宿を2キロ先に変 えた。(写真;・・・・・丘は乾いている。)
7月30日(火)(晴/エンパン:0km)
 このところマッピルマに走ることが多かったので、体が疲れている。ゆ うべ変わった宿が居心地良かったので、ここで一日休憩。部屋の前のテラ スからホテルの塀越しに見える樹に赤い花が咲いていて、蜜を吸う鳥たち がやって来る。オリーブタイヨウチョウや、チャノドコバシタイヨウチョ ウや、ぜんぜん「灰腹」じゃない亜種のハイバラメジロ。そしてサメイロ ミツスイが多い。ロンボク島ではトサカハゲミツスイの声だけ聞いたけれ ど、実は僕にとってこれが初めて見るミツスイ類。少しずつオーストラリ アの匂いがしてくる。
 午後、熱が出た。筋肉の緊張した疲れから、リラックスした時のいつも のパターン。もうしばらくのんびりした方がいいみたいだ。(写真;スン バワ島の公共の交通機関は圧倒的に馬車が多い。サイクルリキシャー系のものを全く見ないのは、たぶん暑くてやっていられないからだろう。 )
7月31日(水)(晴/エンパン:0km)
 熱はひいたけれど、今日も休養。3度の食事に町へ出る以外は、部屋の 前のテラスで道行く馬車や「モバイル・パン屋」を眺めたり。散歩に行こ うと誘ってくれるひともいるけれど、暑いからと断って、まる一日日陰か ら出なかった。午後からはそよ風も吹くし、直射日光さえ浴びなけりゃ快 適に暮らせる。
 宿が米屋も兼業していて、俵ごと乗せられそうな計りがあった。体重を 計ってみると59キロ。もっと食わなきゃなぁ。ちなみに身長は175セ ンチ。(写真;スンバワ島の個人の足は圧倒的にオートバイが多い。もち ろん日本製で、女の子も110ccに乗る。)
8月1日(木)(晴/エンパン:0km)
 ゆうべから腹の具合が良くない。いつも国境を越えると多少は調子を崩 すのだけれど、インドネシアでは食事やミネラルウォーターが体に合うの か、腹に来たことはこれまでなかった。乾いた炎天下を走るのに大腸の調 子がよくないと、脱水症状になりかねない。ここは長居ついでに、もう一 日休もう。「使えない体」はケアしてやらなきゃしょうがないので、ちゃ んと病院へ行って注射と薬。
 夕方はテラスで涼む。キャラキャラと鳴いて飛ぶハリオハチクイたち 。植え込みにはコシグロキンパラの巣。乾季だからなのか、蚊のいないと ころである・・・もちろんここはマラリア感染地帯なんだけれど。(写真 ;陽気な古着屋。)
8月2日(金)(晴/エンパン〜ドンプー Dompu :95km)
 今日は峠越えがあるので、早朝6時半に出発。体調の様子も見ながら、 オーバーワークにならないように進む。サレー Saleh 湾岸の道は、スンバワ島を横断するメインロードのちょうど真ん中のは ずなのに、ほんとうに車が少ない。道沿いの樹にウォーレスオウチュウや キンカチョウの群を見つけ、双眼鏡の視野に入れる。そしていつも通り、 「しばらく車来るなよー、飛んじゃうから・・・」と願いながら鳥の形や しぐさを楽しむのだけれど、心配は無用。車どころかオートバイさえ来や しない。時には道路に横になって小休止をとりながら、12時半に峠を越 えた。スンバワ島に国立公園はないけれど、峠付近に村はなく、海岸のマ ングローブ林から尾根上まで、谷ごと森林が保存されているところがいく つもあった。そういうところはもちろん景色がウツクシイ。
 ドンプーでよい宿を探して何軒か周り、泊まることになったホテルはな ぜか高校の敷地内。客室はたった2つで、英語の先生がフロントで受付を している。旅行代理業もやっているみたい。へぇー、公立校がビジネスに 手を出すのアリなんだ・・・と少し意外な感じがしたけれど、部屋が安く て清潔なら僕にとってはなんでも良い。(写真;朝の漁村。)
8月3日(土)(晴/ドンプー:2km)
 所持金が少なくなってきたので、銀行へ。窓口が開くのを待って換金す るつもりが、ATMがあったのですぐに済んでしまった。早朝から出発で きない時は移動しないことにしたので、ドンプーに連泊決定。宿で自転車 をいじっていると、ホテルの受け付け兼英語の先生が、30分くらい授業 をやってくれないかと声を掛けてきた。2回断ったけれど「ヘルプ・ミー 」には言い返せず、ま、暇だし、と引き受けた。授業ったって文法を教え るわけじゃない、この15ヵ月の旅をざっと話しただけ。幸い自転車の旅 というのは誰にでもわかりやすいので、ウケも良くってひと安心。学校全 体がオープンな雰囲気、生徒は明るくてどんどん質問が来るし、教壇で話 していてもひとりひとりと会話しているような感じ。
 夕方ホテルのロビーでお茶を飲んでいると、帰宅する子たちがみんな挨 拶をしていく。暮れてゆく真夏の一日。(写真;カメラを向けると、急に おしとやかになる生徒たちであった・・・。)
8月4日(日)(晴/ドンプー〜ビマ Bima :60km)
 6時半に出発。すぐに登りが始まった。立ちこぎで汗ばみながら、まだ 朝の涼しいうちに上がりきると道は高原をゆく。ここの景色はいままでの スンバワ島とはまるっきり違っていた。湿潤で水田地帯が広がり、遠くの 山にはやわらかな緑色の樹が茂る。稲刈りと田植えをしている田んぼが隣 り合わせてあって、青い空に白いサギ類が群で飛ぶ。
 高原から下ると、今度は周りを山に囲まれた盆地のような雰囲気の広い 谷へ下りた。ここから僕は、「だんだん始まる海」というのを初めて体験 することになる。自転車のようなゆっくりした乗り物で旅していても、海 はいつも突然やって来るもんだ。ところがこのビマ湾は、かなり内陸まで 遠浅に入り込んできているので、他とはぜんぜん違う様子なのである。ま ず景観は乾いた畑から「塩田の荒野」になる。こんな山ン中までいったい どんな用水路を掘って海水を引いてきているんだろうと不思議がりながら 進んでいくと、塩田の中に小さなヒルギの木がぽつぽつと見え始める。巨 大な鳥の群が飛び立ち、ハゲワシ類ともコウノトリ類ともトキ類とも違う 飛翔形に双眼鏡を取り出すと、これがコシグロペリカン、英名 Australian Pelican 。やがてヒルギは水路沿いにマングローブ林を作るようになり、海へ出 た。とはいえ、まるで湖か大きな川のような感じだ。漁をする人がはるか 遠方の海の中に立っているので、かなり遠浅だとわかる。はじめ浮かんで いるのは小さなボートだけ・・・だったのが、そのうちバスほどの木造船 も見られるようになり、庭にヤシの樹を茂らせたバンガロー風のリゾート ホテルが道沿いに並ぶ頃には、やっと海らしくなってきた。
 海沿いの町ビマの安宿に、昼前には入った。標高は数メートル、午後の 日なたには立っていられない。(写真;塩田はスンバワ島のよくある風景 。)
8月5日(月)(朝のうち晴、のち曇、午後また晴/ビマ〜サペ Sape :45km)
 7時に出発。今日は峠をひとつ越えたらおしまいだ。上り坂はビマで聞 いたほどキツくなくて、自転車を押すこともなくクリア。峠のあと山村を いくつか過ぎると視界が開け、遠くにグリーンの海が見えた。そこへ向か って棚田の広がる谷を気持ち良く下ってゆき、11時には、サペの安宿に 入った。サペはスンバワ島東端の港町、ここから明日フローレス島に渡る つもり。
 フェリーの時間を確かめてみると、普段は朝発午後着のはずが、火曜と 金曜だけ午後発。つまり明日火曜日の船に乗ると、フローレスに深夜到着 とのこと。それって、どうなン!?  もう一日先にのばすかどうか、考え中。(写真;マーケットのバナナ屋 さん。)
8月6日(火)(晴/サペ:0km)
 午後4時のフェリーに乗ろうかどうか考えたけれど、やっぱ夜中の12 時過ぎから宿を探してウロウロするのはよくないだろう、ということで、 フローレス島に渡るのは先伸ばしに。ビザの期限が迫ってきているけれど 、どうせフローレスを回るにはぜんぜん足りないんだから、今さら一日く らいはいいさ。
 サペは小さな村なのに、驚くほどの数の馬車が行き来している。道に落 ちた馬糞はすぐに乾いておがくずのようになり、道の脇にふかふかとたま っている。そのせいで午後から風が吹くとほこりっぽいことこの上ない。 洗濯をしたあとは、宿の庭のいちばん奥の物干しに服を吊るした。(写真 ;毎日いい天気。)

探鳥日記 インドネシア (フローレス島)