☆新着情報・歳時記より(2003年12月〜2006年4月)


4/2(日)

 先日、車を運転しながらラジオを聞いていたら、群馬県上野村に住む哲学者の内山節氏が「今年は春の訪れがいつもより二週間は遅いですね」とこぼしていた。そうかな? 伊那谷はいつもより暖かくなるのがえらく早い気がしていたが、やはり地域差があるのだろうか。でもそれからまた急に寒くなり、一度しまった湯タンポをまた出して使ったりしているうちに、もう四月。三日前、春のボタ雪が降り、今日は春雷を伴った雨の一日。梅もようやくほころびかけてきた。


3/14(火)

 すっかり春めいた陽気が続いていたと思ったら、昨日から一転して風花の舞う底冷えのする天気。いつもながら、この揺れ戻しが辛い。それでも一歩山に足を踏み入れてみれば、冬には聞かれなかった山鳥たちの鳴き声が森のあちこちからこだましてくる。春は耳からも訪れる。


3/2(木)

 この春から私の住む伊那市も、お隣りの高遠町・長谷村と合併して、新伊那市として発足することになった。元々住民投票もせずになしくずしに決まった合併なので、たいした感慨はないが、どうせなら名前も変えてほしかった。例えば「三峰川市(みぶがわし)」というのはどうだろう。南アルプスの仙丈ヶ岳に源を発し、天竜川に注ぎ込む三峰川。その流域に広がるのがこの3市町村だからだ。源流部の紅葉の名所・巫女淵から、建設が中断している戸草ダムの予定地を経て天竜川との合流地点まで、東西約60km。その川の流れをひとつの流域生態系として捉えるバイオリージョナリズムの観点からすれば、そういう名こそふさわしい。またそういう観点から行政の在り方を考えれば、強引な合併も少しは意義が出てくるのではないかと思うのだが…。


1/28

 この3〜4日、昼間からパソコンに向かうのがもったいないような好天が続いている。風はまだ冷たいが、陽射しは明るく柔らかい。まるでもう春がすぐそこまできているような気分にさせられるが、暦上はまだ1月下旬。例年ならもっとも寒さが厳しいはずの時期だ。同じ長野でも北信の方は記録的な大雪で大変だというのに、ここ南信の伊那谷では道に雪すら残っていない。遠く眺めやる中アや南アの山々も、山頂部こそ雪を戴いているが、あとは茶と白のまばら模様で春山を思わせる。どんなってんの、これ? このままいくわけがないんだが…と思うけれど、一方で寒さのピークが過ぎたことはやはりうれしい。明日は久々に犬を連れて山を歩こう。


2006(平成18)年

1/17(火)

 この冬の寒さで諏訪湖は例年より早く12月下旬に全面結氷した。年が明けてから湖の各所で氷のせり上がりが見られ、1月10日ついに湖を縦断して氷の柱が連なった。諏訪神社は2年ぶりの「御神渡り(おみわたり)」と発表。13日に神事が執り行われたが、翌14日突然の春のような異様な雨でせり出した氷は溶け始めた(写真)。そして翌15日、割れた氷の裂け目から子供の遺体が湖に浮き上がっているのを釣り客が発見。警察が遺体を収容したところ、昨年12月3日、湖畔を犬と散歩中に母親と喧嘩をして以来行方がわからなくなっていた小5の少年と確認された。
 この冬は仕事で諏訪湖方面を行き来することが多く、湖の結氷と少年の行方とがいつも気になっていたが、それが今頃こういうかたちで結びつくとは思わなかった。やはり自殺だろうか。少年の霊よ安かれ。

 

 


12/10(土)

 夜勤の合間をぬって読みつづけ、「大菩薩峠」(全20巻)をついに読了。
どこまで読んでも終わらない物語というのがあるとすれば、この小説がそれだ。これはもし中里介山が戦後まで生きていたとしても結局未刊に終わった「果てしない物語」なんじゃないか。小説の構成としては、どうにも裾野が広がりすぎて破綻している。机龍之介が琵琶湖上で心中を迫るお雪ちゃんを絞め殺したあの圧巻シーン(第18巻・農奴の巻)あたりで物語としては終わっていると思った。
 それにしても最終巻「椰子林の巻」には、幕末の日本を船で離れ太平洋の無人島にたどりついた駒井甚三郎一行が、ヨーロッパ文明を捨て無人島暮らしをしているフランス人?の世捨て人から逆に東洋哲学を聞かされるくだりまで出てくるのは驚き。後にも先にも、こんな小説ちょっと出ないだろうな。


11/3(木)

 昨日辰野町の横川渓谷に初めて紅葉を見に行く。絶景。天気も良くちょう
ど見頃で、はらはらと落ち葉が舞う中、紅や黄に色づいた原生林の谷筋をどこまでも歩く。伊那谷に住んで十五年余りになるが、こんな素晴らしいところがまだ残されていたなんて知らなかった。またひとつ世界の奥行きが深くなった気がしてうれしくなる。
 実はこの辰野町というところ、町の真中に大きな製紙工場があって、その
煙突から吐き出される煙の異臭が始終あたりに漂っていて、その臭いに絶えられずいつも敬遠していた。ところが去年、その工場が閉鎖され、町から臭いがなくなった。不況で工場がつぶれたことは町にとって痛手だろうが、あの異臭がなくなったことは喜ばしい。ちょっと複雑な気持で、更地になった工場の跡地を横目に町を後にした。


10/17(月)

 酷暑の後は、どこか異様な長雨が続いている。阪神淡路大震災の起きた年がちょうどこんな天気だったのではないか。こうして雨に降りこめられた日は、できるだけ現実を忘れて長編をひもとくことにしている。古本屋がこんなことを言ってはいけないのだが、本なんていつまでゆっくり読んでいられるかわからないからだ。
 今年に入ってから、そんな気持で山際素男訳「マハーバーラタ」(三一書房)ヘルマン・ブロッホ「夢遊の人々」(ちくま文庫)、ポール・ボウルズ「蜘蛛の家」(白水社)などを読んできて、いまはがらっと趣を変えて中里介山「大菩薩峠」を再読中。前回は図書館で借りて読んでいたせいもあり、次の巻がなかなか手に入らなかったりして結局途中で投げ出してしまったが、今回は富士見時代小説文庫版全二十巻を手元に置いてあるので、気が楽だ。いま第7巻「無明の巻」まできたが、さて平和裡に何事も無く全巻読破することができますかどうか。


8/25(木)

 こういうサイトを立ち上げていると、時々未知の読者の方だけでなく、長ら
く音信不通になっていた旧友から思いがけぬメールを受け取ったりすることがある。この夏、二十数年ぶりに再会した学生時代の後輩も、古書の検索をしていてふと店主の名前に気が付いたという。こちらも彼女が、いま私の住む伊那の出身だったとはまったく知らず、連絡をもらって驚いた。帰省してきたとき会ってみると、地縁という共通の土壌があるせいなのか、長い歳月の隔たりをあまり感じさせなかった。雨に濡れた紫陽花をレストランの東屋から眺めながら、エアポケットに入ってしまったような不思議なひと時を過ごした。


7/24(日)

暑中お見舞い申し上げます。

信州の夏ってこんなに暑かったっけ!?…と毎年夏になるたびに思うこの頃です。当方の仕事部屋は2階の西向きで、午後になるともう室内は温室状態になります。おまけに電話配線の都合からデスクトップのパソコンは西側の窓に面しており、扇風機をかけっぱなしにしてパソコンに向かうのですが、頭はぼおーっとして半ば夢遊状態に。その状態は夜になっても続き、ビールの酔いも手伝って半覚半睡状態のまま夜明けを迎えます。なんだか東京の夏のアパート暮らしを思い出してしまうような今日この頃です。


7/4(月)

 梅雨の晴れ間の一日、犬を連れて近くの里山に遊んだ。しばらく森を歩いていなかったから、生き返ったような気分になる。この季節の森は、藪は茂り湿気も凄いが、虫や鳥、蝉の声を聞きながら、息を切らして山道を歩いていると、俗界で溜め込んだ邪気が汗となってじわじわと吹き出してゆく。所々で木にもたれて風にあたり、汗をぬぐう。それが心地よい。日曜日とはいえ、車道の草刈りをする業者以外、森を歩く人は誰もいない。この頃は観光地からちょっとはずれた、ガイドブックにも載らないこんなひっそりとした里山が好きである。


6/14(火)

 年甲斐もなく、手にするとついはまってしまうのが万華鏡だ。先日も、全国から工芸作家たちが集う駒ヶ根高原恒例の〈杜の市〉で、ちょっと変わった万華鏡を手に入れた。筒の外側に出目金のようなレンズがせり出していて、そこに映る外の世界を様々な絵模様として楽しめるのである。ふつうの万華鏡は、それがどんなに精巧に作られていても、あくまで内部に閉じられた世界であるのに対して、これはいわば外に開かれた万華鏡である。以来リュックのポケットに入れて持ち歩き、山に行ったときなどに取り出しては、沢の流れに反射する陽の光や風にそよぐ木々の葉などを眺めて悦に入っている。そうしていると、我々の世界は実に無限の曼荼羅模様から成り立っているのだなとつくづく思ったりする。


5/21(土)

 この季節に箕輪から辰野方面へ抜ける天竜川沿いの田園地帯のバイパスを車で走っていると、道沿いの田んぼの際にいまどき珍しい案山子(かかし)を必ず立てる農家が一軒あって、ドライバーの目を楽しませてくれる。それも通り一遍の案山子ではなく、毎年工夫を凝らした力作が並ぶので、つい脇見運転をしてしまう。創っている方もいかにも楽しんでやっている風情があってとてもいい。我々も昔、山の廃村で暮らしていた頃、度重なる猪の被害に困って畑に案山子を立てたことがあるが、ついついヘルメットにゲバ棒姿になってしまい、周囲の失笑を買った。


4/22(金)

「4月は残酷な季節である」 ― 毎年春を迎える度に、このエリオットの「荒地」の一節を思い浮かべる。とくに今年のように春先から体調を崩していたときなどは、余計この言葉が身に沁みた。ダイナミックに移り行く季節の流れに乗っていけず、あたかも自分だけ世間から取り残されたような気持で過ごす春の日々。やっと病いが癒え、実に久しぶりにまぶしい春の陽射しのなかを歩いてみれば、もうすでに花は散り始めており、周囲の黄や緑の草花ばかりが目に痛く沁みてくる。山の頂には、まだうっすらと雪が…。


3/12(土)

 信州に住んでいると、季節の変わり目、特に冬から春への移り変わりの時期がいちばん辛い。今日も午前中日が照ったので洗濯物を外に干したら、昼から急に曇ってきて風花が散りだし、あっという間に吹雪になったりする不安定な天気。こういう日はどうしても偏頭痛に悩まされることになる。でも犬を連れて辺りを散歩してみれば、梅は咲き出しているし、雪もあらかた解けて春の匂いが濃厚。もう一息の辛抱である。


1/24(月)

 先日、所用で久々に上京。たまに都心の雑踏を歩くと、もうその悪い空気と人の多さとモノの過剰に当てられて、それだけでぐったりしてしまう。とくに田舎ではめったに乗らない電車に揺られて、下車・乗り換えを繰り返すのがこの頃えらく体にこたえる。それでも実家のある世田谷で小田急線を降りて、すっかり変わってしまった駅前をあとにして商店街を少し歩き、昔ながらの行きつけの古書店が現われたときはほっとした。さすがにその辺のブックオフなどとは違い品揃えも充実していて、ついついセドリを兼ねてリュックいっぱい買い込んでしまう。


2005(平成17)年 

1/10(日)

 交通事故でムチウチになったことは前回書いたが、たいしたことないだろうと思ったのも束の間、その後半月余りして本格的な寒さがやってきたら、一気に痛みが出てきてしまった。左後部から追突されたので、痛みや痺れは右半身に集中し、一時はパソコンのマウスをクリックするのも苦痛なほどに。これではいかんと医者にあらためて診断書を書いてもらい、保険会社に掛け合って針灸の治療費を出してもらうことになった。そして暮れから鍼に通い始め、正月からようやく痛み止めの薬を飲まなくても眠れるようになった。
 そのせいもあって、このところ古本のセドリもままならず、新着書の登録もかなり遅れ気味です。(皆さんも、どうか事故には気をつけてください)。


11/27(土)

 夕刻の渋滞時、伊那市駅近くの個人商店が立ち並ぶ通りを流れに沿ってのろのろ運転で走っていたら、突然後ろの車に激しく追突された。一瞬何が起こったのかさっぱりわからず、咄嗟に「地震でも起きたのか?」という思いが脳裏をよぎった。その後の調べで、初心者マークの後続車が急ブレーキと間違えて「急アクセル」を踏んだことが判明したが、考えてみれば震災や事故で亡くなった人の大部分は、いったい自分の身に何が起こったのかわからずに、「え、なんで?」という思いを抱えながらあの世へ逝ったはずである。テロや戦争による犠牲者だってそうだろう。幸い自分の怪我は打撲と軽いムチウチ程度で済んだが、以来どうも気分が晴れない。


10/30(土)

 朝、NHKFMでピーター・バラカンの「ウィークエンド・サンシャイン」を聴いていたらデュアン・オールマンの特集をやっていて、昔懐かしいボズ・スキャッグスの「Loan me a dime」('69)が流れてきた。ウーン、渋いねやっぱり。古くなっても、いいものはいい。初めてこの曲を聴いたのは高校生の頃、当時不登校で家にいたロック好きの友人の部屋でだったが、以来三十年余りたった今でも、13分近い曲のギターのフレーズのひとつひとつまで鮮明に覚えている。その友人とはもう音信不通になってしまったが、レコードの方はまだ奇蹟的に手許に残っていて、久々に棚の奥からデュアン・オールマンのアンソロジー・アルバムを引っ張り出してきて、思わずジャケットに眺め入ってしまった。


10/2(土)

 知人にケナフの種をもらったので庭先に蒔いてみたところ、肥料など全然やらなかったのにすくすくと育ち、いまでは3メートルほどの高さに達している。葉はまるで麻そっくりで、一時は誤解されるのではないかとちょっと気をもんだが、夏の終わりから真っ白い大輪の花を咲かせるようになり、毎朝とても新鮮な気分にさせてくれる。これは近年環境問題のカギを握るのではないかと言われている植物で、紙やバイオ・プラスチックの原料になる。麻に似てはいても、こちらはクワ科ではなくアオイ科。


9/5(日)

 せっかくの休日も雨続きで参っています。こういう日は何冊か本を抱えて、昼間からベッドへ。最近は、先日新古書店の100円本コーナーで見つけたばかりの西東三鬼著「神戸・続神戸・俳愚伝」(出帆社)を久々に読み返しました。戦時下の神戸に実在した雑多な人種が集まる不思議な国際ホテル。そこを舞台にした滑稽で哀切なエピソードの数々は、いま読んでも(いや、いまだからこそ)妙にリアルで、時代を感じさせません。絶版本なので、どうしようか迷っていたところ、講談社文芸文庫から復刊が出ているんですね。未読の方には、一読をおすすめしたい一冊です。


8/7(土)

 老犬ポン太が老衰で逝って半月余り。結局亡骸は、ペット霊園を兼ねている近くのお寺で荼毘に付してもらった。犬とも何度か歩いて行ったことのある山寺である。驚いたのはその盛況ぶりだ。中央の祭壇に骨壷を置いておけたのはわずか2日ほどで、その後は次々によその愛犬や愛猫の遺骸が運び込まれてきて、わがポン太の骨壷はすぐ部屋の片隅に追いやられてしまった。それでも悲しみに浸っているのは自分たちだけではないという妙な安心感もあり、多少金がかかってもお寺に預けてよかったと思っている。
 死後2ヶ月を過ぎると庭の共同墓地に骨は埋められるが、いくらか金を払うと祭壇の隣の部屋に設けた棚に亡きペットの写真や形見の品を安置しておくこともできるという。8畳ほどの細長いスペースは、そうした品々でほとんど空きがないくらいぎっしり埋め尽くされていて、異様なオーラに満ちていた。この時代、人によっては人間の血縁より血のつながらない犬や猫の方がよっぽど家族している場合もあるのだろうな、とわが身を振り返って思った。


7/19(月)

 暑さのせいもあるが、このところ全然山を歩いていない。というのも、いつも山歩きの友だった老犬ポン太(十三歳)が、ついに老衰で動けなくなってしまったからだ。最後に近くの山へ連れて行ったのが三週間前。森の入り口で車を停め、歩き始めたまではいいが、山道に入る手前の林道の坂で何度もよろけて倒れてしまい、坂を登り切ることができなかった。以来、一度も山へ行っていない。ポン太の方は、先週からとうとう寝たきり状態に入って、食物も受けつけなくなった。いよいよ今日明日という命だが、傍で見ていると顔の表情や瞳はどんどん澄んできており、さほど苦しんでいるようには感じられない。思えばこの十三年間、こいつを連れて伊那谷のあちこちの山を歩いたものだが、それがもうできないということをいまひとつ実感できないでいる。それでも以前、エイズの末期症状で苦しんで逝った十六歳の牡猫を看取っているだけに、あれに比べれば飼い主の気持もいくらか楽ではある。


6/26(土)雨

 古本屋には、売れなくてもいいからショーケースに入れて飾っておきたい稀少本というべきものがあって、それがいわばその店のカオとなる。当店のような無店舗のインターネット古書店の場合、ショーケースにあたるものはないから、そんな目玉本をそっと目録の中に忍び込ませておく。先日、そのうちの1冊が突然売れた。春日井建の第4歌集「青葦」である。もう何年も売れずにいた本だし、どういう風の吹き回しかと思っていたら、後日新聞で著者の訃報に接した。咽頭癌。享年65歳。19歳の時歌集「未青年」で世に出た歌人としては長生きしたというべきだろうか。「未青年」中にある次の1首が、ふと口をついて出た。

 〈火祭りの輪を抜けきたる青年は霊を吐きしか死顔をもてり〉


5/25(火)

こんな雨降りばかりの五月なんて、あまり記憶にない。ここにきてようやく天気が回復したけれど、おかげで庭の畑など種蒔きをする前から草ばかり茂ってもう大変。


4/27(火)

これが4月!と驚くような暑さの次には又ストーブを焚く寒さ。春嵐に大雨と激しく揺れる春にとまどう毎日です。近くの山の湿地には可憐な水芭蕉が咲き始めました。里のものに比べてぐっと小振りでつつましいのは何故でしょうか?


4/4(日)

伊那谷もやっと春の気配。桜にはまだ少し早いですが、梅はもうあちこちで咲き誇っています。でも今日は朝からあいにくの雨。標高の高いところでは雪に変わるとの予報。車のスタッドレスタイヤは、まだ履き替えられません。


3/4(木)

今朝もまた起きたら、あたり一面うっすらと雪。先週までえらく緩んでいただけに、この寒の戻りはこたえる。そんななか近所の野良猫どもが数匹、もつれ合いながら雌を追いかけ我が家の畑を走り抜けていく。


2/11(水)

日射しが少しずつ明るくなってきて、どうやら寒さのピークは越えたようでほっとする。このところ週末ごとに、天竜川に注ぎ込む近くの三峰河(みぶがわ)の河川敷にできたウォーキングコースを犬を連れて10キロほど散歩。冬はなかなか山を歩けないから、川歩きもそれなりに楽しい。(この三峰川ウォーキングについては追ってまた話してみたい)。


2004(平成16)年

1/18(日)

昨夜から今年最初のまとまった雪。20センチ位積もる。今年は雪が少なくて何だか拍子抜けしていたが、やっぱり来るときにはくる。雪かきは疲れるが、新雪が太陽に反射してキラキラと眩しい。生まれて3ヶ月の子猫が、初めての雪に興奮して雪の上を転げまわっている。


2003(平成15)年 

12/23(火)

雪をかぶった庭の畑に有機肥料を入れ、凍てついた表土をミニトラで起こし、何とか畑の整理も完了。猫の額のような家庭菜園だとはいえ、今年は身辺多忙でなかなか畑まで手が回らず、こんなに遅く土を起こしたのも初めて。でも作業が終わって、鋤起こされた黒々とした土を見ていると、これでやっと一年が終わったなという感慨がしみじみと湧いてくる。今夜はこれから、漬け上がったたばかりの野沢菜をつまみに、焼酎のお湯割りで一杯。 皆さん、よいお年を!

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