ミヒャエル・エンデ作『モモ』より
「なあ、モモ、」と彼(道路掃除夫ベッポ)はたとえばこんなふうに始め
ます。「とっても長い道路を受けもつことがよくあるんだ。おっそろしく長く
てこれじゃとてもやりきれない、こう思ってしまう。」
彼はしばらく口をつぐんで、じっとまえのほうを見ていますが、やがてま
たつづけます。
「そこでせかせかと働きだす。どんどんスピードをあげてゆく。ときどき
目をあげて見るんだが、いつ見てものこりの道路はちっともへっていない。
だからもっとすごいいきおいで働きまくる。心配でたまらないんだ。そして
しまいには息が切れて、動けなくなってしまう。こういうやりかたでは、い
かんのだ。
ここで彼はしばらく考えこみます。それからやおらさきをつづけます。
「いちどに道路全部のことを考えてはいかん、わかるかな? つぎ
の一歩のことだけ、つぎのひと呼吸のことだけ、つぎのひとはきの
ことだけを考えるんだ。いつもただつぎのことだけをな。」
またひとやすみして、考えこみ、それから、
「するとたのしくなってくる。これがだいじなんだな、たのしければ仕事が
うまくはかどる。こういうふうにやらにゃあだめなんだ。」
そしてまた長い休みをとってから、
「ひょっと気がついたときには、一歩一歩すすんできた道路がぜんぶ終
わっとる。どうやってやりとげたかは、じぶんでもわからん。」彼はひとりう
なずいて、こうむすびます。「これがだいじなんだ。」
(大島かおり訳・岩波書店刊)
*ミヒャエル・エンデ(Michael Ende1929〜1995)は、現代ドイツの作
家。30か国語以上に翻訳されたこの『モモ』をはじめ、映画にもなった
ファンタジーの名作『はてしない物語』などを通して、世界中に数多くの
読者がいる。
我々の塾でも、中学生の国語の副読本として生徒たちとこの本を輪
読したことがある。クライマックスの「時間の花」の章など、いまでもまだ
鮮烈に記憶に残っている。
なお晩年、『はてしない物語』の訳者佐藤真理子氏と再婚したエンデは、
自分のもつほとんどの資料を長野県信濃町に提供。1991年にエンデ
資料を世界で唯一常設展示する黒姫童話館が開館した。