フォレスト・カーター作『リトル・トリー』より
「だれでも二つの心を持ってるんだよ。ひとつの心はね、からだの心
(ボディー・マインド)、つまりからだがちゃんと生きつづけるようにって、
働く心なの。からだを守るためには、家とか食べものとか、いろいろ手
に入れなくちゃならないだろう? おとなになったら、お婿さん、お嫁さん
を見つけて、子どもをつくらなくちゃならないよね。そういうときに、から
だを生かすための心を使わなくちゃならないの。
でもね、人間はもうひとつ心を持ってるんだ。からだを守ろうとする心
とは全然別のものなの。それは霊の心(スピリット・マインド)なの。
いいかい、リトル・トリー、もしもからだを守る心を悪いほうに使って、欲
深になったり、ずるいことを考えたり、人を傷つけたり、相手を利用して
もうけようとしたりしたら、霊の心はどんどん縮んでいってヒッコリーの実
よりも小さくなってしまうんだよ。
からだが死ぬときにはね、からだの心もいっしょに死んでしまう。でもね、
霊の心だけは生きつづけるの。そして人間は一度死んでも、またかなら
ず生まれ変わるんだ。ところが生きている間、ヒッコリーの実みたいにち
っぽけな霊の心しか持ってなかったらどうなると思う? 生まれ変わって
も、やはりヒッコリーの実の大きさの霊の心しか持てない。だから、なに
も深く理解することはできないんだ。それで、からだの心がますますのさ
ばるから、霊の心はますます縮んじゃって、しまいには豆粒ぐらいになっ
て、見えなくなっちゃうかもしれない。もう霊(スピリット)をなくしちゃった
のとおんなじだよね。
(和田穹男訳・めるくまーる社刊)
*フォレスト・カーター(Forrest Carter 1925〜1979)は、アメリカ
の作家。遠くチェロキー・インディアンの血を引き、それを誇りにした。
この『リトル・トリー』(原題The Education of Little Tree)は、彼の自
伝的な作品で、チェロキー族の祖父母に引き取られた孤児が、白人
の迫害にもめげず、自然とともに生きるアメリカ先住民のおきてとラ
イフスタイルを学びながら、精神的にもたくましく成長していく物語。
自然描写がじつに生き生きとしている。
ちなみにこの本は、生徒たちと回し読みしただけでは足りずに、原
書を取り寄せて、大人相手の英語の読書会のテキストにも使った。
原文を音読してみると、アメリカ南部訛りの独特の文体で、なかなか
手強い部分もあったが、読み進むにつれて、信州にいながらにしてア
メリカのマザーアースにすっぽりと抱かれている自分に気付くのだった。
『リトル・トリー』は人と人とが、魂の部分においてこそつながり得ること
を、さりげなく教えてくれる。
同じ著者の作品としては、アパッチ族の伝説的な戦士をモデルにした
壮絶な戦いの物語『ジェロニモ』(原題Watch for Me on the Mountain)
がやはり、めるくまーる社から出ている。