アラヴィンダンを求めて〉
     幻の名画「魔法使いのおじいさん」を観る


 久々に東京まで日帰りで映画を見に行ってきた。インドのアラヴィンダン監督の名作「魔法使いのおじいさん」('79)を観るためである。国立近代美術館フィルムセンターの特集「インド映画の輝き」のひとつとして上映されたものだが、八十年代の初めにこの前作にあたる「サーカス」を見て感動し、この作品の舞台となる南インドのケララ州を旅してその人と風土の魅力に取り憑かれて以来、ぜひ一度は見たいと思っていながらいつも機会を逸してきた。それだけに足掛け四半世紀にわたる念願がかなって、この幻の名画を観ることができた喜びはひとしおだ。高速バスに往復7時間も揺られれば、戻ってくるだけでぐったり疲れてしまうが、昔州都トリヴァンドラムの街をこの監督の映画を求めて歩き回ったことを思えば、今回はそれもさほど苦にならなかった。

 物語は冒頭の日の出のシーン、昇り来る太陽を称える雄渾な祈りの言葉から始まる。数あるインドの言語の中でもこのケララ州のマラヤナム語の響きは実に音楽的で、祈りの言葉がそのまま詩にも歌にもなっている。カメラは続けて西ガート山脈の麓に広がる美しいケララの丘陵地帯を映し出し、その村の小学校に通う少年たちの日常を追う。
 そこにある日、祈りの歌を唱えながら乞食とも祈祷師ともつかぬ風貌をしたお面売りの「魔法使いのおじいさん」クンマーッティがやってくる。背には鐘や鈴の他に動物の顔の仮面をたくさん携えて。村はずれの大きなガジュマルの木の下に住みついた異人を初めは遠巻きにしていた少年たちだが、次第に彼に懐いてきて、一緒に歌い踊り遊ぶようになる。歌に合わせて子どもたちが野原を躍動的に踊り歩くシーンは、まるで幻想的なお伽噺の世界を見ているかのようだ。老人とつき合ううちに、子どもたちの日常にも変化が生まれる。ふだんは邪険にしていた老婆の水汲みを手伝ってやったり、学校の勉強も進んでやるようになる。しかし授業中にクンマーッティの歌声が校庭の片隅から聞えてきたりするともう大変。子どもたちは全員授業などほったらかして、魔法使いのおじいさんのもとへ駆けつけてしまう。
 そんな老人もある日病いに伏せって、ガジュマルの木の下で寝たきりになる。少年たちは彼を助けようと奔走する。やがて元気を回復した老人が村を去る日がきた。行かないで!と老人にすがりつく少年たちに、それなら最後にひとつ魔法をお目にかけようとクンマーッティは言う。少年たちは老人と歌の掛け合いをしながらその周りを踊り歩き、手渡された動物の仮面を次々に被り、トランス状態に入っていく。この辺の映像は圧巻だ。これだけでも凄いと思ったが、話はここで終わらない。気がつくと少年たちは本当に被った仮面の動物に変身してしまっていた! お伽噺の世界は終わったのだ。主人公の少年チンダールは犬に。その親友の男の子は象に。クラスメートの女の子は猿や鶏に。転生、カルマという事実。見ていて腹の底から笑いがこみあげてくる。存在することの根源的な可笑しさ。そうか、そうだったのかと何度も頷き、目頭が熱くなってきた。決して冗談じゃなく、本当に魔法をかけられて、子どもたちはあっちの世界へ行ってしまったんだ。それが信じるということだ。そうだろう?
 ここから物語は後半に入る。魔法使いは「本気の世界」を垣間見させてやった後、すぐに子どもたちを人間に戻してやるが、白犬に変身させられたチンダールだけはどこかをうろつき回っていて人間に戻れなくなる。行きっぱなしで還ってこれない、こういう奴が必ず出てくるんだよな。夜になり村中総出でたいまつを燃やして少年を探し回るが見つからない。犬になったチンダールの方はというと、野原をさ迷った末に大金持ちの一人娘の少女に拾われ大邸宅で飼われることになるが、他の猟犬たちと共に鎖につながれる暮らしに慣れずどんどん衰弱していく。金持ちの父親は獣医まで呼んで診させるが、聴診器をあてた獣医は匙を投げ、「どうせただの田舎犬ですよ、こんな犬は捨てて、新しいのを買いなさい」と去っていく。こうして金持ちの家を見捨てられたチンダールは一目散に田舎の自分の家を目指す。庭先によろよろと入ってきた犬を一目見た母親はそれがチンダールの変わり果てた姿だと直観し、抱き上げて抱擁する。家に村のバラモンを呼び、祈祷を捧げ、カタカリの踊りや太鼓の儀式までして、チンダールを生き返らせようとするが、犬はいよいよ弱っていく。そんなチンダールを土壇場で救ったのは、彼がいつもからかいながら飼っていた籠の中のオウムだった。オウムは犬が主人のチンダールであることがすぐわかり、籠の中で暴れだす。その鳴き声に瀕死の犬は反応し、むっくと起き上がる。
 こうして危地を脱したチンダールはもとの学校の教室に通い、犬の姿のまま子どもたちと授業を聞いたりする日々を送るようになる。しかしやがてある日、そんな犬の耳に聞き覚えのある老人の祈りの歌が聞こえてきた。「魔法使いのおじいさん」クンマーッティが帰ってきたのだ! 全速力で老人のもとに駆け寄る犬のチンダール。それに気づいた老人は、「おおチンダールよ、済まなかったな」と犬をしっかと抱きしめる。するとその瞬間、犬は元の少年の姿に戻った。長いトリップはようやく終わったのだ。村中から人々が少年と魔法使いを祝福しに集まってくる。人間に戻ったチンダールは、家に帰ると籠の中のオウムを取り出し空に解き放つ。どこまでも高く高く空を舞ってゆく鳥たちの群れ…。

 監督の故郷であるケララ州はぼく自身インドでもっとも愛する土地だが、その南国独特のアニミズムと芸能の香りがこれほど見事に表現された例を他に知らない。観光資本に食いつぶされ、環境問題の悪しき典型として取りざたされるまでになった南端のコバラム村を始め、湾岸戦争の前後から人も風土もすっかり変わってしまったと聞くケララ州だが、この映画にはかつて自分が桃源郷のように感じた古き良きケララの人と文化と自然の粋がすべて詰まっている。何もかも捨てて少年の心に戻り、またインドへ行きたくなってしまったな。

 
 →戻る