女優たちの生き方   松井須磨子そして川上貞奴


チューシャの唄の練習中である
「歌詞の背景がいまいちわからんね。」「3題目からソビエトに亡命する所かな?」「それって岡田嘉子と混同してない?」「?」「松井須磨子でなかったっけ?」
「だったら調べて来てね。」えっ、おいおい・・・。
 
そんなわけで、ずいぶん前に雑誌で連載されていたなという記憶を頼りに、
渡辺淳一「女優を図書館にて探し出す。
 

 「カチューシャの唄」は、松井須磨子(M19.7.11 長野県生まれ 本名小林正子)がトルストイの「復活」の舞台で劇中歌として歌ったものである。
人気沸騰でレコード化されるや、蓄音機を持つ人のほとんどが購入するくらいのヒットとなる。
髪飾りの‘カチューシャ’も、劇中で須磨子がつけたシンプルな髪飾りがもてはやされ、役名が名前になったそうで。
(現在の舞台や映画関連グッズの販売の走りみたいです。)
松井須磨子自身も【わがまま, 奔放, 容貌はさえないが舞台では花がある】といった女優の典型の第一号のようだ。
 須磨子はM39に坪内逍遙、島村抱月らが設立した新劇運動の文芸協会に、女優として志願する。
のめりこむ性格でたちまち演技が上達し、「人形の家」の主役等をこなす。
が、妻子ある島村抱月とのスキャンダルをひきがねに、抱月と須磨子らは文芸協会を飛び出し、大正2年芸術座を設立する。
「復活」は、まさに崖っぷちの2人の賭だったのだ。
 
 抱月はイギリス留学帰りのインテリ中のインテリだが、裁縫学校くらいしか出ていない須磨子にベタ惚れし、須磨子も15歳年上の抱月にベッタリ甘え、振り回す。
 人前でもかまわず抱月にマッサージさせたり、トイレに入っていて紙持ってこさせたり・・・おいおい、あまりになさけないゾ。
抱月が須磨子に宛てたラブレターが全文載っていたが、これがまた読んでいて気恥ずかしくなるくらいメロメロ。それを奥さんが読んでしまうのだからたまらない。
何不自由なく育った奥さんは、すっかり心を病んでしまって、夫や子どもにあたる。そしてますます抱月は家庭から遠のく。
 ついには抱月は4人の子と妻を残して家を出て、須磨子と同棲してしまう。
須磨子は結婚したかったが、抱月は妻に対し、離婚という強硬手段には出られなかった。
抱月は島村家に養子に入った身であり、妻はお世話になった人の紹介とあらば、なおさらか。
 劇団の主宰としての抱月は、はじめは優柔不断だったが須磨子のアッケラカンとした強さにひっぱられ、劇団経営はだんだんと軌道に乗っていく。
 ところが、当時はやったスペイン風邪で、抱月はあっけなく死んでしまう。(T7 11.5)
 須磨子は抱月にかわって劇団代表として、公演を続けて行くが、年が明けて大正8年 1月5日に縊死する。
彼女の我が儘や寂しさに応えてやれる人間がいなかったのだ。

 ここまで読んで初めて読者は、抱月はワガママ須磨子に振り回されていたのではなく、彼女の性格や行動パターンを的確に読み、我が儘を聞いてやると見せかけ、
須磨子をコントロールし舞台に向かわせていた事を知るのである。
役にのめりこむタイプの須磨子は、【奔放で我が儘】に振る舞う事によって、自分の心のバランスを取っていたんじゃないかと思う。


 私はちょっと前まで、美内すずえの未完の名作「ガラスの仮面」の月影千草と尾崎一連は、須磨子と抱月がモデルかな、と思っていたのだが、本を読んで訂正。
北島マヤと速水真澄、真打ちコンビの方が二人のあり方に近いようだ。
 マヤと須磨子はまったく正反対の性格のようだが、紙一重だろう。 男達も、彼女をうまくコントロールして舞台に向かわせているあたり、方法は違えど似ている。
これで真澄が紫織お嬢と結婚でもすりゃ、同じ結果になりそう。(だったらちょっと怒るけど。)


 ついでに日本の女優第一号となった川上貞奴についても読んでみる。
江崎 淳「実録 川上貞奴」 )NHK大河ドラマで松坂慶子が演っていた人である。
ドラマ(タイトル忘れた)の評判はいまいちだったが、今思うと結構松坂ははまり役だったと思う。
 貞奴(M4 7.8東京生まれ  S21 12.7死去)はもともと芸者さんなのだが
夫である川上音次郎が新派の劇団を引き連れて米国公演中に
トラブルに巻き込まれ、夫を助けるために舞台に立つ事になったとされる。(実際には渡米直前にも女優のまねごとをさせられたらしいが。)
とにもかくにも、本格デビューがいきなり海外で、しかもイギリス、フランスとそのまま公演を続け、フランスからは叙勲されている。
何ともビックな話だが、芝居の内容は西洋人が喜びそうな‘東洋の神秘’ハラキリのてんこもりで、わからないもの相手に適当にやっていたようだ。
そのため、演劇史のなかでの評価は低いが、日本や西洋の大衆に受け入れられた事は確かだ。

 彼女の女優としての評価は須磨子ほどされていないが、実に女冥利につきる人生だったようだ。
水揚げしたのは時の総理大臣伊藤博文、夫は風雲児川上音次郎、晩年をともに過ごしたのは福沢諭吉の女婿で「電力王」福沢 桃介(初恋の人!!)。
 いやいや、スゴイぞ。
 この本も一歩間違えれば、ほとんどポルノ小説だったし。

                                             
渡辺淳一全集  第13巻   角川書店
                                           
 「実録 川上貞奴」 江崎 惇 新人物往来社