マイヤ・プリセツカヤ〜闘う白鳥〜 

ヤ・プリセツカヤ(1925 11.20 モスクワ生まれ)の名を初めて知ったのは高校時代である。
創刊の「花とゆめ」誌に連載されていた
山岸涼子の「アラベスク 第2部」の中で、コンクールの審査員の一人という事で名前だけ(笑)。
 (MAYA PLISETSKAYAと綴るのだが、これ以降の資料を見ると、‘マイヤ’ と日本語表記されているし、
こっちの方が何だかロシア語らしいような気がするので、以下‘マイヤ’と表記する。)
 
 初めて踊っている姿を見たのは、その10年後NHKのドキュメンタリー番組「白鳥は踊り続ける」の中で。
マイヤ・プリセツカヤの日本公演の様子をまとめたもので、演目はかの「瀕死の白鳥」や「子犬を連れた奥さん」だった。

 「瀕死の白鳥」での、とても人間のものと思えない腕の動き、最後の瞬間まで生きようとする表現、すばらしいの一言。(しかもアンコールでもう1度踊る!)
「子犬〜」はチェーホフの小説を新しくバレエ化したもので、マイヤの夫、ロジオン・シチェドリン
の作曲。
この時マイヤは60歳。
普通のダンサーなら引退してるだろうに、マイヤはまだ新しい境地を切り開こうとしている。

 1999年、新聞でマイヤ・プリセツカヤ&インペリアル・ロシア・バレエ団の日本公演の広告を見てぶっとんだ「まだ踊ってる!!」
公演はバレエ・ガラ・コンサートで、私はついに生のマイヤ・プリセツカヤを
、彼女の踊りをこの目で見た。
演目は「インセンス」、舞台では香がたかれ、サリーのような衣装とで、東洋的な雰囲気さすがにトゥシューズではなかったが(もう74歳!!)・・・すごい。
 カーテンコールでの彼女の姿を「もう観る事はないだろう」と、目をさらのようにして見つめた。
でも半分、「ひっよとして、また観られるかな?」とも思ったけど。
 
 会場で販売されていた
マイヤ・プリセツカヤ自伝「闘う白鳥」を発見。帯には‘今世紀最高のプリマは美しいだけではない!’とある。
本の題名もスゴイが、キャッチフレーズもスゴイ、じゃあ、何があるんだ、と、購入。・・・かなりショッキングな内容だった。
 
 マイヤの父は政治犯として葬り去られ、母も投獄されている(その後釈放)。そんな背景からか、彼女は海外公演に必ず付く随員(団員の素行調査目的)

の点数稼ぎの標的にされたようで、1954〜1959の間、海外公演を禁止される。何が困るかって、外貨が稼げない事。ソビエトの芸術家は国家の庇護の下、
贅沢に暮らしていたと思われるが、大きな誤解。最低限の生活は保障されてはいるが、世界的なプリマ・バレリーナの体裁を整える為には、外貨が必要なのだ。
誇り高きマイヤにとっては、ひどいいやがらせなのだ。
 60歳過ぎても新作を踊る事からもわかるように、決して同じところに留まらない彼女は、伝統を重んじて表現の規制をしようとする当局と、しょっちゅう対立する。
企画を立てて仕上げても公演禁止、そのためいろんなルートを使ってお偉方とかけあう。あまりのストレスから、何ヶ月も失語症になった事も。
まさに、マイヤは自分の芸術の為に、巨大なソビエト相手に闘い続けたのだ。あの優雅な踊りから、どうしてそんな事が想像できようか。
 ソ連から亡命した、ミハイル・バリシニコフ主演の映画「ホワイトナイツ」等を見るにつけ、「アラベスク」のノンナとミノロフ先生の世界が、
とってもウソくさいのではないかと感じていた事が確信になった。

 本の冒頭に「シチェドリンに捧ぐ」とある。彼女はたった一人で闘っていたのでなく、最高の理解者である夫、シチェドリン氏がいたからがんばれたのだろう。
(もちろん国外の支援者がどんどんソビエト当局に働きかけていたのだけど。)マイヤは二人の間の子を中絶している。当時は出産イコール引退だったのだろう。
何より踊り続けたい彼女の意志を夫が尊重した結果だ。 

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 ‘ウソくさい’なんて書いたが、「アラベスク」は山岸涼子の初期の集大成、名作だ。(と、勝手に思っている。)
山岸涼子が描いたのはソビエトバレエの世界ではなく、バレエを通してのノンナ・ペトロワという少女の成長なのだ。
 技術的には誰にも劣らないが自分に自信が持てないノンナが、様々な心の葛藤を経て、‘自分は自分’と自己を確立する事で、芸術性の高い
‘人ならぬ妖精 シルフィード’を克服する。
 りぼん誌に掲載された第一部もいいが、花とゆめ誌の第二部のほうがいわゆる‘山岸涼子’の世界らしくていい。
 ノンナの精神に踏み込んでくる脇役達が魅力的。ライバルとして登場するヴェータ(彼女はつらい消え去り方をするが、かえってその事でノンナは傷付く)、
ミノロフ先生のライバルであるエーディク(彼はノンナに亡命を持ちかける)、そして極めつけが「愛する顔と怒った顔が同じ」カリン。
「日出処の天子」以降の作品しか知らない方にはぜひとも読んでいただきたい。
「ガラスの仮面」にもちょっと展開が似ている所もあるので、そちらが好きな方にも面白いと思う。(こっちはさっさとテンポよく終わってますのでご安心を)

 余談だが、エーディクがノンナを残して亡命した話が掲載されたちょうどその頃に、ホントに ミハイル・バリシニコフが亡命したのだ。
当時新聞を見て、「うひゃー」とびっくりした。山岸涼子はもっとびっくりしただろう。


                                  
マイヤ・プリセツカヤ自伝「闘う白鳥」 山下 健二訳 文藝春秋
                                  
山岸涼子全集 第10巻〜15巻「アラベスク」 角川書店 
                                            もっとも私は、第2部は花とゆめコミックスです。(笑)
            *「ホワイトナイツ」はバリシニコフ演ずる亡命ダンサーが、演奏旅行の移動中飛行機のトラブルで、
                      ソビエトらしき元の自分の国に不時着してしまう(!)お話。さあ、脱出できるか?!!
                                  ビデオが出ています。彼の踊りがたっぷり見ることができますよ。