この物語の主人公は、ベルトラン・デュ・ゲグラン。
・・・?聞いたことのない名だ。
時代は14世紀、百年戦争の頃・・・ジャンヌ・ダルクよりも先の時代。
彼はジャンヌ・ダルクなど問題にならない、ナポレオンさえぶっとんでしまうような大将軍、フランスの英雄なのだ。
彼ほどイギリスをうち負かしたモノはいない。
フランス国内にイギリス領がある異常事態を彼は打開し、完全にイギリス軍を追い出してしまったのだ。
では、なぜ日本人の私たちに知られていないか、と言うと、すべてナポレオンのせいらしい。
彼はフランス国民の愛国心をあおるために、ジャンヌ・ダルクやヴェルチンジェトリクスを発掘し、国民に紹介した。
デュ・ゲグランを取り上げなかったのは、ナポレオンは彼を越えられなかったから。(つまりジェラシー、ですかな。)
その英雄はどんなヤツか・・・。
ブルターニュ生まれの貧乏貴族の長男坊、背は低いわ腕が異常に長いわギョロ目赤鼻、無教養で乱暴者、
女嫌いで、42歳まで童貞だった・・。
実は彼は醜く産まれてきた事で、母親によるキツイ虐待を受け続けた。
‘女嫌い’の原因もここにある。
自分は人に愛される、人を愛する資格がないのだと、思いこんでしまったのだ。
読んでいると本当にツラいんだが、作者に言わせると、「あまりに悲惨で、とても伝承のまま書けなかった」のだそうで。
愛情のほとんどは、自分に似て美しく産まれた次男坊に。
腹をすかせた猿のような長男は、手下を引き連れて村の畑を荒らし回る・・・。
その経験が、彼をして戦いの天才と言わしめ、大出世する遠因になるんだから、人生わからない。
ベルトランは決して愛されなかったわけでない。
‘双頭の鷲’を旗印としたフランス最大の英雄は、自分の意志では何ひとつ決められない男だった。
いとこで修道僧のエマヌエルは、彼の知恵袋として、秘書として、若き日からずっとささえてきた。
彼のハチャメチャな戦法を理解し、共に戦い続けたモーニ。
彼を愛し、運命を占い続けた女占星術師ティファーヌ・ラグネル(彼女は後にベルトランの妻となる)。
敵ではあるが、互いにシンパシーを感じたイギリスの将軍グライー。
彼を‘師’と仰いだ王弟アンジュー公ルイ。
何より、ベルトランと最強のタッグを組んだフランス王シャルル五世。
‘文政’の才能があった彼は、ベルトラン・デュ・ゲグランを得る事で窮地を切り抜け、王となり、絶対王政の礎となった。
ベルトランは、彼を愛し、支持する人々の指し示す通り、戦っていればよかったのだ。
彼の躓きは、母に愛されなかった思いであり、それがすべてだった。
彼の晩年の様子を読むのは結構つらい。
妻に先立たれ、後妻に裏切られ、彼の突然の死は、弟による毒殺を示唆している。
最後の言葉は、‘ママン’だった。
ベルトラン・デュ・ゲグランとシャルル五世が、もう少し長生きしていれば、百年戦争は半分で済んだかもしれない。
彼らはあまりに時代に先駆け過ぎて、遺志を継ぐものがいなかったのだ。
逆に言えば、文武ふたりの天才は、産まれてきた時代がいささか早すぎたのか。
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