王家天河パロパロ2 〜そして、別離〜 |
カイルはいたって機嫌が悪い。 原因は、突然現れた自称‘百年ほど昔のエジプト王妃’とか言うキャロルのせい。 あの日、義姉から知らせを受け、神殿に駆け付けてみれば、 麗人の服装をした見知らぬ娘が、ユーリ,双子の女官リュイ,シャラに囲まれている。 ユーリなどは、「どうしよう、あたし、カイルのご先祖様にとんでもない事しかたもしんない・・・」などといって涙ぐんでいる。 何事かと聞いてみれば、神殿でウロウロしているうちに、百年前の空間に入りこみ、 そこで先祖の皇帝に捕らわれていたキャロルをこちらの世界に連れて来てしまった、と言うではないか。 義姉は、「神殿で、何かこの世のものでない気を感じた事はよくありますが、時空がひずむなどとは・・・・。 時を越えてこちらにまいられたユーリ様と、同じような体験をしていらっしゃる方が、ひかれあったのでしょう。」 と、ユーリの話を信じているようだ。 当のキャロルは衰弱し、あまり話が出来る様子ではなかったので、ユーリのいた部屋に休ませた。 ヒッタイトの高位の婦人風の服装を着ていたが、イヤリングや髪飾りの意匠は、女官に聞けば、エジプトのものだと言う。 イル・バーニや書庫の役人に、それらしき記録がないか調査させる事にしたが、 過去の記録が多く散逸しているらしく、まだ報告が無い。 キャロルをもとの時代のエジプトになんとか戻せないか、と義姉と相談をしていると、 当の本人は、ナイル河まで送ってくれれば後は何とかなる、とユーリに頼み込んだと言う。 「一体、どうやって時をさかのぼるの?」 「ナイルの流れが、私を夫メンフィスのもとに導くの。だから私は‘ナイルの娘’と呼ばれているわ。 もとはメンフィスの姉、アイシスの魔力で古代に連れてこられたのだけれど・・・ 今の私は、彼女の力の及ばない運命に支配されているみたい・・・。」 キャロルが時を越えた理由がユーリに似ている事、そして、彼女が何度か自分の世界と行き来しているという話は、 カイルをひどく不安な気持ちにさせる。 もっとも、ユーリとキャロルは「私達のいる所は、愛する人の側よね〜!」と、盛り上がっているらしいが。 さらに気分が悪いのは、キャロルにエジプトに戻ってもらうためにとは言え、 仇敵ウセル・ラムセス(名前を聞くだけで気分が悪い!)に書簡を送った事だった。 さきごろの対戦で、和平条約が締結されたとはいえ、エジプトはいまだ政情不安だ。 「国境より先は、信頼のある人間に依頼した方がいい。」と言うのはわかるが、何でラムセスが‘信頼できる人間’なのだ! 『皇妃ユーリ・イシュタルの友人であり、エジプトにとっても大事な女性をテーベまで無事送り届けたく、 力添えをいただきたい・・・・』 ところが、今、カイルはラムセスからの返答を千秋の想いで待っているのだ。 「あ、カイル、あたし、午後からキャロルとアレキサンドラと一緒に出かけるね。ちゃんとハディも一緒だから心配しないで!」 「お、おい、また街に出るのか・・・?」 「うん、キャロルもエジプトにいる時、しょっちゅうおしのびで街に出たんだって。 アレキサンドラだって、もうすぐジュダ皇子と結婚するんだから、ヒッタイトの事よく知っておかなくちゃ。」 ・・・止めてもムダだ。エジプトは敵国とは言え、どうせ百年前の王妃らしいし、どうでもいいか。 「ああ、気を付けて行っておいで・・・。」 キャロルが衰弱していたのはほんの二日ほど。 よく似た年ごろの二人は、さっそく意気投合し、あちこち出歩くようになったのだ。 無事婚儀が終了し、ようやく正式な夫婦になれたと言うのに、夫はほったらかしである。 先日などは、神殿のウラの広場で、‘テニス’とかいうスポーツをするのだ、と、はしゃいでいた。 こっそりのぞいて見れば、地面に線を引いて真ん中に仕切りらしきヒモを渡し、 手に持った船のオールのようなもので、皮の球を打ち合っている。 キャロルはユーリの普段着を借り、ユーリに負けない腕前で打ち合っている。(おとなしそうな顔をして!) 「きゃあ、キャロルったら、まるでお蝶夫人みたい〜!んじゃ、あたしは岡ひろみかな〜!」 と、ユーリは、えらくハイになっている。 そのうちアレキサンドラ王女やハディ達までひきずりこまれ、楽しそうに教えてもらっている。 ・・・カイルはだんだん増えていくギャラリーを前に、自分も引きずり込まれないうちに、こっそり逃げた。 昼はまだいい。我慢ならないのは夜だ! 夕餉には、キャロルに弟皇子ジュダとアレキサンドラ王女のカップル、 おまけに、イル・バーニ達まで毎夜訪れてくる。 「ユーリ様は、こちらに来て初めて対等にお話できる方に出会われたのです。」などと、イル・バーニは言うが、 彼こそは、キャロルの話が聞きたくて仕方ないのだ。 確かにキャロルはえらく知識が豊富で、周辺諸国の歴史に精通しているようだ。 だが、これでは・・・・とても新婚夫婦(いまさら、だが)の夜の始まり、というムードではない。 いや、これはまだ序の口。 つい昨夜など、あまりにユーリが寝室に来るのが遅い、と思って迎えに行ってみれば、 ユーリはキャロルの部屋に入り込んで、なにやら楽しそうに話しているでなないか!! 「え〜、キャロル、日本に行った事あるの?!」 「ええ、パパのお仕事にくっついて行って、ついでに京都と奈良へ。」 「京都!あたしも中学の修学旅行で行ったよ〜。ねえね、生八つ橋って、食べた?あれって、好きなのよね〜」 ああ、これでは今夜はこのまま徹夜でおしゃべりになりそうだ。 新妻(・・・いまさら、だが)が夫の寝室にこないとは、なんたる事だ! だが、カイルには、キャロルが自分の知らない時代のユーリと思い出を同じくするものを持っている、 という事実の方が、胸にこたえた。 (別に‘ナマヤツハシ’なるものを食べたいわけじゃない・・・何だそれは・・・ナツメヤシとどう違うのだ?) 『・・・ユーリ・イシュタルの望みとあらば、どこへなりと駆けつける。』 いつもならば一気に血圧が上がりそうな文面も、今のカイルには天の助けだった。 キャロルが港のあるヒブロスに向かって旅立つ前夜。 イル・バーニが一ダースほどのタブレットを抱えて、夕宴の席にやって来た。 「キャロル様、イズミル帝に関する記録が、ようやく出てまいりました。」 皆の目が一斉にイル・バーニの手元に集まる。 「イズミル帝は確かに皇太子時代に、正妃を娶っております。 ええと・・『未来を読む叡智の娘、ナイルの姫とトロイにて婚儀を挙げるも、花嫁は新床より消え去り、 ミノア・エジプトの連合軍により、トロイは陥落・・・・・』とありますね。」 「ええ、私は侵入して来たアマジネスの女王に助けられ、妖かしを解いてもらったのだわ。」 イル・バーニは別のタブレットを2・3手に取り、続ける。 「では、これは・・・『ミタムン王女殺害の件で、メンフィス王の寵妃を捕らえるも、 エジプト軍に奪還され、地中海拠点の砦が破壊される・・・・』」 「私はあの時、イズミル皇子にムチで打たれて、おまけに刀傷で生死の間をさまよったんだから!」 一同は、タブレットとキャロルの顔を見比べだした。 次のタブレットを取るイル・バーニの手が、心なしか震えて見えた。 「・・・イズミル帝治世一年の戴冠式の日、正妃は双子の女神を従えた戦いと豊饒の女神イシュタルの神隠しに逢う・・・」 「ひ・・・ひょっとして、あたしと双子のこと・・・?きゃあ〜!記録に残ってる〜!」 イル・バーニはひとつせきばらいをした。 「イズミル帝は正妃を廃位せず、独身を通そうとしたようですな。 ところが晩年に、嫡子を産んだ皇族出身の側室ミラを・・・ご存じのようですね・・・皇妃にしています。 たぶん、皇太子をたてるにあたり、まわりにせっつかれたのでしょう。」 「・・・そう、よかった・・ミラが皇妃になられたのね。」 「‘ナイルの娘を得るものは、ナイルを得る’との表記も見えますが、逆説的に、 ‘ナイルの娘を得ようとするものは、エジプトのファラオ以外は、ろくな事が無い’と言う事でしょうかな。」 イル・バーニは意を決したように、あらためてキャロルを見据えて問うた。 「もしかして、私の父祖の地アッシリアの伝説、チグリス河の流れを変え、王城を破壊した、というのは、あなたですか?」 一瞬、キャロルを取り囲んでいた輪が、ぱっと1mほど広がった。 「や、やだなあ・・・実際に上流で土木作業したのはエジプト兵で、私は指示を出しただけよ。」 と、にこやかに答えるキャロルを、一同は、呆然とながめている。 「そ、それでは・・・」イル・バーニの声が引きつってきた。 「バビロニアの伝説、月食を預言し、‘黒い水’を使って城塞を破壊した、という魔女も・・」 「魔女ぉ〜?!失礼ね、人を騙して監禁しておいて・・・。」 ダダダーッ! こんどは輪が5mに広がり、皆の顔が恐怖にひきつっている。 黒い水!城塞を2つも破壊?!おとなしい顔をして、キャロルはナキア皇太后以上の魔力を持つのではないか?! 「や、何?何をそんなにびっくりしているの?誰かさんみたいに魔法が使える身じゃあるまいに・・・。 やーだ、ユーリ、黒い水って、石油の事よ!あ、素人は手を出しちゃダメよ、危険だから。」 「・・・あ、そうなんだ・・・びっくりしたあ・・・そうだよね、キャロルん家は石油会社してるんだったね。」 とは言え、ユーリは、自分が冷や汗をかいているのがわかった。 まだ真っ青のカイルが、なんとかうわずった声を絞り出した。 「・・・イ・イル、過去の記録が散逸したり信憑性に欠けたり・・・整理が必要だな。」 「・・は・・・は、御意にございます。歴代皇帝の・・・正史の編纂に手をつけられては・・」 「素敵!きっと未来の学者達の役に立つわ。」 カイルよりも先に、キャロルが満面の笑みで答えた。 そして、手に取って見ていたいくつかにタブレットを、おもむろに・・・床にたたきつけた。 パリーン カラカラ・・・ 乾いた音をひびかせ、タブレットはこなごなになる。 「・・・!!」 「キャ・キャロル!それじゃ、正確な記録がのこらないじゃない!」 「ふふ、魔女なんて言われるの、キリスト教徒には屈辱だわ。 ・・・それに、イズミル帝は・・・賢帝として、評判がよかったようね。その記録だけで十分! 皇妃は・・・彼の事をずっと愛していたミラ、ただひとり。私はここには存在しなかった!」 どうやら、キャロルはヒッタイトに対しても、イズミル帝に対しても、悪い感情は持っていないらしい。 「正史というものは、それを編纂した為政者の威信や、国を治める資格みたいなものを示すものなのよ。 余計な都合の悪い事なんて残さなくていいの。」 はあ、確かに・・・と、まだ口をあんぐり開けたままのイル・バーニがうなずいた。 「それじゃ、それを読む考古学者が困らない?」 「だいじょーぶ、学者はそんな事承知で、周辺諸国の資料を照らし合わせて読んでいるわ。 ・・・私はね、小さい時から、考古学者になるんだ、って、信じていたのよ。」 凛、とした声だった。 「私は自分の夫の墓の発掘に立ち会ったわ。 ずいぶん若くて死んだ事も知っている・・・いや、確かめられたわけじゃない。ミイラは行方不明だもの。 あれはメンフィスのものではないのかもしれない。」 皆の目が、キャロルに向けられていた。 「私は未来に起きる事は知っていても、明日、自分がどうなるかは知らないし、知らなくていいと思ってる。 でも、メンフィスと共に生きる未来だけを信じていたいの。私は彼を守るために、この世界に残ったのだから。」 ユーリはいつの間にか、キャロルの肩を抱いていた・・。 ‘いにしえのエジプト王妃’キャロルは、ヒブロスより、ラムセスの船の乗船した。 ウセル・ラムセス将軍は、見送りに来たユーリには相変わらずのまなざしを、 カイルには、何でお前が来るんだ、と言わんばかりの目をしながら、さしさわりのないあいさつをする。 だが、金髪,碧眼のキャロルを見た時には、さすがに目をまるくしていた。 「何でこんなまっしろな肌の黄金色のおひめさんが、エジプトにとって重要な人間なんだ?」 「今に・・・いや、わからなくていいんだ。それより、ラムセス、きれいだからって、キャロルを襲わないでよね!」 「何言ってる!オレの好きなのはあんただけ・・・」 「これはこれは、遠路はるばる申し訳ない。彼女をよろしく頼む。」と、カイルが割ってはいる。 キャロルはカイルに「賢王,カイル・ムルシリ2世の世に栄光を」と祝福を送り、 ユーリとは、ただ涙を浮かべて固く抱きしめあっただけだった。 もう二度と逢うことのない、ふたり・・・。 後日、ラムセスより、書簡が届いた。 「・・・約束のように、かのご婦人をエジプトに連れ帰った。が、一体、あの女は何者だ。 我が屋敷よりテーベまで出発しようとした時、昔のなりをした兵士どもが現れたかと思うと、 あの女を取り囲み、一緒に消えていった。『未来のファラオに栄光を』などと言い残したが・・・」 「う〜ん、ひょっとして・・・王家の血を引く、なんて言ってたし、ラムセスのご先祖様だったりして。 それにラムセスって、ヤンキーっぽかったし。」 ・・・ちょっと違うぞ、ユーリ。 |
くだらんギャグ連発ですんません。
ユーリが「エースをねらえ!」を知っているとは思えませんなぁ。
ママがコミックスを持っていて、それを読んだとか・・・(苦しい)。
ラムセスを出したくてこんな展開にしましたが・・・、
何で私は大好きなメンフィスを登場させられないのでしょう(涙)。