天河王家パロパロ
〜出会い〜
「どうかなさいまして?ユーリ様」 義姉の声に、ユーリは先頭を歩く彼女から離れてしまった事に気付く。 「あ、なんだかこの壁、音がヘンで・・・この向こうに部屋があるのですか?」 「いえ、聞いておりませぬが・・・入口らしきものなど、見あたりませんでしょう?」 ユーリはカイルとの婚儀を前に、イシュタルを奉る神殿のなかをカイルの姉君に案内されていた。 皇帝陛下の正妃となるからには、いくらカイルのような‘能力’が無くとも、様々な神事と無縁でいるわけにはいかない。 そこでユーリは高位な神官である義姉に、少しずつヒッタイトの宗教儀式について学んでいた。 その日も双子の女官,リュイとシャラと共に、ひんやりとする神殿の奥を歩いていた。 灯りを持っているとは言え足下がおぼつかなく、時々つまづいたりもする。 偶然剣の柄がぶつかった先の壁から、期待したとは違った音が帰ってきたのだ。 「ああ、でも・・」 手に持った灯りに照らされた義姉の美しい横顔が傾く。 「あるやもしれません。この神殿はハットウサでもっとも古いもの、かつては城塞がわりとも機能していたと聞きます。」 「じゃあ、ここで籠城したって事も?」 「実際どうだったかはわかりませんが・・・。 ・・・ですが、昔ナキア皇太后のように監禁された方があった事は確かなようですわ。」 「じゃあ、この壁の向こうには、誰も知らない部屋があるかもしれないね。」 ユーリの言葉に、さっそく双子のアンサンブル。 「なんだかこわいですわ。」 「そうそう、中に白骨がころがっているとか」 「ちょっとやめなよ、こんな神聖なところで」 「ふふ・・」 姉君が微笑えまれた事で3人はきまりが悪くなって黙る。 「あ、ごめんなさい、ユーリ様。気になさらないで。 先に行かせたものを探してまいりますので、しばらくお持ちくださいまし。」 優雅に歩み去る女性神官を見送った3人は、もう一度壁に耳を押しつけ、剣の柄でたたいてみる。 「やっぱり・・・この先は空洞だよ。」 「そうですね、・・・あれ、なんか聞こえません?」 シャラの言葉に、ユーリとリュイはさらに壁に耳を押しつける。 「なんだか・・・やだっ!人のうめき声みたい」 「もしかしてユーレイ?!」 「きゃあ、ユーリ様、やめてくださ〜い」 リュイの叫びと同時に、突然空間がゆがんだ。 「な、何なの!きゃあぁぁぁ・・・・」 ユーリがこわごわ目を開けると、双子達が床にへたりこんで固まっている。 「ちょっとぉ〜シャラ、おなか大丈夫?リュイ、しっかりしてよ!」 「ユ・ユーリ様、う・うしろ〜!」 「うしろ・・・って?」 リュイの声にユーリはこわごわうしろを振り向いた。 「!!!」 誰かいる! 幽霊ではない、生きた人間が!! 縄で縛り上げられているらしく、床にころがり、うごめいている。 「誰なの、あなたは!」 ユーリは灯りをその人間らしきものにかざした。 金色の髪・・・まさか!いや、ウルヒは私達の目の前で死んだはず・・・。 混乱したユーリだったが、さらに目をこらした。 蒼い、涙をたたえた瞳がユーリに何かを訴えようとしている。 少女だった。 手足だけでなく、口もとも布で固く締められている。 「いったいどういう事!?あなたは誰なの?」 少女の目から、涙がポトポトと流れ落ちる。 「ユーリ様!いけません、誰かに確かめた方が・・」 ユーリはシャラの言葉にかまわず、少女を縛る縄を切った。 口の縛めを取ると、少女はあえぎながら声を出す。 「・・・お・・お願い・・・私を逃がして・・私は・・・ヒッタイトの皇妃なんかじゃない!・・・私はエジプトの王妃なのよ・・」 「皇妃になるのは・・・あたしなんだけどな・・」 唖然としたつったっていた3人だったが、ユーリがポツリとこぼした言葉に、はじかれたように双子が叫びだした。 「そうですわ、今度王妃様になられるのはユーリ・イシュタル様、こちらの方です!」 「何を言っているの、あなたは!・・・ユーリ様、やっぱり人を呼びましょう!」 「黙って、この人も混乱しているみたいだよ。」 3人のやり取りにすっかり涙がひっこんだ少女は、ユーリの顔をまじまじと見つめながら言った。 「・・・あなた・・・あなたはヒッタイト人ではないわね。東洋系・・・・まさか中国人?」 「いや、あたしは日本人だよ。と言っても知らないだろうけど。」 「うそっ!日本人だなんて!・・・ま・まさか・・あなたも時を越えてきたの?」 少女の剣幕と言葉に、今度はユーリが相手の顔をまじまじと見つめる番だった。 「・・・おかしいわ・・時空がひずんだのかしら?今・・こちらはどなたのご治世なのかしら?」 「ご治世って・・・ああ・・・カイル・ムルシリ二世・・・あたしはその側室。こんど正式に婚儀をあげるんだけど」 「カイル・ムルシリ二世!あの賢王と呼ばれた?!それじゃあエジプトは・・・・ヘレムホレブ王か19王朝のラムセス一世・・ 何て事!百年ほど時代がズレているわ。どうしよう・・・」 「ラ・ラムセス一世って・・・まさかあのラムセス将軍!?ちょっと、どういう事?」 「陛下が賢王って・・・・気が狂ってるってわけではなさそうね。」 「時空がズレてるって・・・やだ!あたしたち、そろってタイムスリップしてんの?」 混乱する3人だったが、相手は逆に落ちついてきたようだった。 「・・・私は、キャロル。キャロル・リード・・・20世紀のアメリカ生まれよ。時を越えて古代エジプトに引きずりこまれて・・・・・・・・ そしてメンフィス・・・エジプトのファラオを愛して、王妃になったわ。 あなた・・・・この時代に日本は国家は成立していない。あなたも時を越えてきたのね!!」 「・・・・!!」 ユーリは驚愕した。あたしの生まれた時代を、あたしの生まれた国をわかる人がいるんだ!! 「あたしは夕梨・・・・鈴木夕梨。確かにあたしは・・・20世紀に生まれた日本人よ。この時代に連れてこられたんだ・・・ ウソみたい!あたしと同じような人がいるなんて!」 「ではこの方はユーリ様の国の方?」 「それにしては金髪に青い目をしていらっしゃる!」 「う〜ん、同じ国じゃないけど・・・・友好国ってとこかな。それよりキャロル・・・って言ったよね、なんでここにいるの?」 ユーリの問いに金髪の少女は顔をふせ、小さく震えだした。 「・・信頼していた召使い・・・ああ、ルカがヒッタイトの間者だったなんて!・・騙されて連れてこられてしまった。 『そなたとはトロイで既に婚儀を挙げた』なんて言われたって、知らない!私はあの頃妖かしで意識が無かったのよ・・・」 ユーリは思わずキャロルの肩に手をかけた。 「・・・先王の崩御でイズミル王子が即位するからって・・・『そなたも共に戴冠せねばならぬ』って、冗談じゃない! 私はエジプトの王妃、メンフィスの妻なのよ!!・・・待っていた赤ちゃんを産んだばかりなのよ! 『今度は私の子を産むのだ』なんて、女は子供を産む道具じゃないわっ!!」 「え〜、何それー、サイテー!オンナをバカにすると痛い目あうわよ!」 「この人、もう子持ちなの?そんな風に見えないっ。」 ついに泣き出したキャロルの背中をさすりながら、ユーリは胸のなかにチクリと痛みが走るのを感じた。 「シッ!黙って!誰か来る!」 何人かの足音が近づいてくる。 リュイ,シャラはキャロルを後に庇い、ユーリは剣を構えた。 「ナイルの姫、我らと共に来ていただきます。」 女官の声。 隠し戸を開ける音が心臓を締めあげる。 「誰だ!ナイルの姫から離れよ!陛下〜、賊の侵入でございます!」 キャロルの身がきゅっと縮こまった。 バラバラと数人の護衛兵がかけこんで来ると同時に、空間が歪みだした。 「いや!私を連れて行って!!お願い!」 叫ぶキャロルを双子はぎゅっと抱きしめた。 「誰だ!おまえ達は・・・私の妃に何を・・・・!!」 駆け込んできたのは、長い髪の・・皇帝の衣装を着た男だった。 その目の前で4人の姿がゆらめき始める。 ・・・・・キャロルを両側から抱き込む双子の女官に、自分に向かって剣を構える黒い髪、黒い瞳の少女・・・・! 「・・・この人は私がエジプトに帰す!彼女をむりやりタワナアンナ(皇妃)にするのは・・・ このユーリ・イシュタルが許さないっ!」 剣の煌めきの残照を残して、4人の姿は煙のように消えていった・・・。 |