「よい子・悪い子・普通の子」的ネフェルティティ様研究


ネフェルティティ様、
  あなたっていったい・・・?
          

ネフェルティティ様しおり(パピルス)


上の画像は、2002年あちこちで開催された「カイロ博物館所蔵古代エジプト展」でおみやげに
買った、パピルスのしおり。
いわずと知れたネフェルティティ胸像だ。


   
***ネフェルティティ***

   エジプト18王朝アクエンアテン(在位 前1350〜1334 アメンヘテプ4世改名)王妃。
   ‘やってきた美しい人’の意。
   アクエンアテンの在位したアマルナ時代は、アケト・アテンへの遷都,自然主義的
   な芸術様式,太陽を円盤で表した神アテンをアメン・ラー神にかえて唯一神とする
   宗教改革を行うなど、大きな変革があった。が、急激な宗教改革は国内の混乱,
   平和主義的外交は周辺藩属国を失う事につながった。王の死とともにアケト・アテン
   は破壊され首都はテーベにもどされ、何もかも元通りに。後の王達に疎まれたアマ
   ルナ時代の3人の王は、記録から王名でさえ消された。
   ネフェルティティ胸像は、19世紀になって発見されたアケト・アテンの彫刻家トトメス
   の工房から出土。(ベルリン博物館)


このネフェルティティ様、あちこちの物語、あちこちの歴史書によって、
書かれている事がずいぶん違うのですよね〜。
TV「世界不思議発見!」では、ミタンニからアメンヘテプ3世に嫁いだダドケバだと。
「ファラオ歴代誌」では、大臣アイの娘(ティイの姪)だと。

どちらも、かの吉村作治教授が監修していらっしゃるのに、一体これはどうした事?
・・・とはいえ3000年以上昔の人物の家族関係がわかる事自体、とんでもなくすごい事だと
思うが。(だって、当時は日本は縄文時代〜)
下の図はいろんな本の情報をまぜこぜに自分で制作したものが、
見ていてわけのわからない図になってしまった。

出自にいろいろ説があるが、その人物像に至っては、もう書き手にもてあそばれている。
ある作品では貞節な女性、またある時は稀代の悪女に。

私が出会った3つの作品から、3つのネフェルティティ像を、
よい子,悪い子,普通の子(・・・わかる方、何人?自爆)」分類してみよう。



18王朝の王統図(taeko作)

                  

「ナイルのほとりの物語」6巻より

 
よい子的ネフェルティティ様

  「ナイルのほとりの物語」より
           vol.13〜黄金の地平〜


                   長岡良子

日本の古代史に題材を取る作品が多い長岡良子のエジプトもの。

長岡良子が描く古代エジプトの人々は、とにかく美しい。
女性のつんつるてんのアタマなんて、決して出てこない。
細い腰帯ひとつの踊り子でさえ出てこない。
せめてアイシャドウくらい描いて欲しい気がするが、それも無い。
アクエンアテンの像は、眺めれば眺めるほどに怖いのだが、ここでは美少年。
彼の死の場面も、実に美しい。

この作品では、ネフェルティティはアイとは別の‘中級貴族の娘’である。
ネフェルティティ様も、ここでは‘貞節で怜悧’な美の化身そのもの。
作品中、やさしく微笑む姿以外、描かれていない徹底ぶり。
夫とともにアテン神を崇拝し、6人の娘のよき母・・・。

とはいえ影では何をしているかわからない、とここでは語られているのみ。
ツタンカーメンの死の謎を描くvol.5の
『死者の書』では、ツタンカーメンとセメンカクラー
(スメンカクラー)の生母・・・つまりライバルの妃たちを暗殺した事になっている。

実際のところ、「捕虜を棍棒で殴りつける王妃」なんて図が残っているらしいので、
やさしいだけの女性ではなかった事は確かなようだが。


ネフェルティティは影が薄いが、、
『黄金の地平』での最大の悪女は、王母ティイだ。
ここではエジプトに滅ぼされたアムル国の国王側室であった彼女が、
後にアメンヘテプ3世の正妃となる。
ティイは、その他に漁師の子であったとか(彼女はデルタ地帯の出身)、
デルタ地方の有力貴族イウヤの娘であったとか、いろいろ説はあるようだが、
どちらにしろ王族でない女性が正妃になるのは、きわめてめずらしい。
(それだけ王の権力が強かった、と言う事。)
彼女はアムル国を滅亡させる原因となるわ、アムル国王との子を殺そうとするわで、
いろいろご活躍さなっている。
実際、期待していた長男トトメスが亡くなり、病気持ちで異形の次男を王にするために、
さぞかし権謀術数をくわだてた事だろう。

(ティイはミイラや遺髪から、貴族イウヤとチュウヤ夫妻の子である事が有力らしい。)



「ナイルのほとりの物語」5巻より 『黄金の地平』は廃墟の神殿で出会った4人の
少年達の数奇な運命を描く。

亡国の王子であるにもかかわらず、
ヘブライ人として育てられ、彫刻家となるアイザック。
彼は‘ネフェルティティ胸像’を作製したトトゥモセ
(トトメス)の弟子となる。異様なアクナトンの立像は、
彼が作製したものという設定だ。

後に18王朝の最後の王となるホレムヘブ、
王の側近となり、アメン神官を弾圧するカエムワセト。
そして、アクナトン(アクエンアトン)王となるアメンヘテプ。

カエムワセトは混乱の中で殺され、ホレムヘブは王の理想よりも今を生きる民を選ぶ。
そして混乱の世を生き残ったアイザックは、若き日のモーゼの道しるべとなる。
アテンの精神‘唯一神のもとで、すべての人々は平等である’は、はるかに時を隔て、
キリスト教へと受け継がれていく。(vol.9 
『エクソダス』


「ナイルのほとりの物語」6巻「ナイルのほとりの物語」
          ボニータコミックス全11巻


トト神殿の神官であり、‘魔法使い’,そして時空の旅人である
ラーモセがナイルのほとりに生きる人々を見守り、時には
迷いから導きだす物語。
オムニバス形式でエジプト古代史に名を連ねる人物が総出演。
どのお話も好きですが、上で述べた『黄金の地平』『エクソダス』
の他に、ハトシェプスト女王にまつわるお話を描くvol.6『メンネフェ
ルからの手紙』が印象的。
歌劇「アイーダ」をベースにしたお話『精霊の島』も捨てがたい。
オペラでは憎まれ役の王女が愛しくなります。
また、ヘロドトスが出演する最終話『天空の神話』はオリエントを
股にかけた壮大なお話。ラーモセの前身である、クフ王第4王子
のお話はSF調で楽しめます。




「天は赤い河のほとり」22巻より
悪い子的ネフェルティティ



  「天は赤い河のほとり」より
               21,22巻


             篠原千絵   
こちらのネフェルティティ様は実に元気なおばはんだ。
設定は18王朝最後のファラオであるホレムヘブが、王位について間もなくの頃。
ホレムヘブ政権を影であやつる王太后、実は敵国ヒッタイトのナキア王太后と密書を交わ
している模様・・・。

「アメンヘテプ3世からホレムヘブまで、6人のファラオに・・」なんて表現があるので、
単純計算で一体彼女はいくつなのか調べてみたところ、だいたい50歳のようで。

ちょっとお顔はシワシワっぽいが、ボディは出るところは出て締まるところは締まっている。
武人ラムセスに自ら刃を向けるわ、ユーリの投げたチョ−カーをはしっとつかみ取るわ、
実に身軽なスーパー中年、由美かおるも真っ青かもしれない。


ヒロインのユーリが投げたチョーカーの黒玻璃は、ネフェルティティがミタンニの王女ダドケバ
だった頃、愛する弟マッティワザに残してきたイヤリングだった・・・。
そう、こちらはミタンニからエジプトに、貢ぎ物のように嫁いできたという設定。
自らを守るために、手に入れた権力を死守するために、進化したようだ。
こんな元気な中年に私もなりたい・・・「笑止!」なんちゃって。


50歳くらいなら、ネフェルティティ様もまあ生きてない事もないであろう。
だが、彼女はアクエンアテン王のもとでアテン信仰を推し進めた者であり、ツタンカーメン亡き
後、生きながらえていたとしても政治に対し影響力は持てなかったはずである。
ましてや、21巻にあるセリフ「ハトホル神殿は王太后の息のかかった神殿・・」なんて事は絶
対ありえない。
どうもこの作品では宗教論争は避けた模様(爆)。



「天は赤い河のほとり」21巻 「天は赤い河のほとり」
   フラワーコミックス全28巻
  くわしくはこちらへ
        
ユーリがナキアの謀略によって流産し、エジプトのラムセス将軍
(後の19王朝ラムセス1世)に保護されるエジプト編。
王太后に捕らわれたラムセスを救出するために、ユーリは不満
を持つ民衆を組織し、テーベを襲撃する。
ついに王太后宮に乗り込んだユーリは、ネフェルティティと対峙
する。「・・青臭い事も死ぬまで貫けば本物になるかもしれない」
と言うセリフはカッコイイかも。
また7,8巻には、アンケセアメンがヒッタイト王に婿をもらえない
か、と依頼するエピソードがある。エジプトに向かったザナンザ
王子を殺害したのはナキア王妃・・おおっ、大胆な。
(実際にはホレムヘブが一番疑わしい容疑者でしょう)
それにしても、アマルナ時代の尻ぬぐいを命がけでなしとげた
ホレムヘブ王が「凡庸な男」なんて、あまりに気の毒な・・・。




「アトンの娘」2巻より
普通の子的ネフェルティティ


         「アトンの娘」


             
里中満智子
里中満智子の描写はアマルナ時代の芸術よろしく容赦が無い。
つんつるてん,アイシャドウ,おっぱいまる出し・・・古代エジプトの風俗に実に忠実。
アクエンアトン(アクエンアテン)の下腹も後頭部のふくらみも、彫刻そのまんま。
絵の表現だけでなく、ネフェルティティの生き方も、生々しく説得力がある。
‘懸命に生きる姿’を描く事に力をそそいできた作者の姿勢そのままなのだろう。
ただ、‘歴史ロマン’のはずなのだが、‘昼メロ’の大がかりな作品にも読めるのはなぜ?
(ワタシだけかしらん?)

こちらのネフェルティティも、ミタンニからアメンヘテプ3世のもとに嫁いできたという設定。
読んでいて、はたっと思った。
昨年放送していた「世界不思議発見!ネフェルティティ特集」の中身とほとんど同じ。
番組制作者はこの作品を読んだのでは、と思うくらい。

アメンヘテプ3世の死によりその息子と再婚、充実した結婚生活を送る。
夫アメンヘテプ4世(後にアクエンアトンと改名)が唯一神アトン(アテン)信仰に目覚めてい
けば、それに対し最大の理解と協力をおしまない。
が、アクエンアトン王が自らの病気や娘の病気が治らない事で弱気になったり,アメン神官団
との摩擦が大きくなりすぎて政治的配慮をしようとする事が、彼女には夫の裏切りと取る。
王は王で政治改革をしたいのに、王妃の正論ばかり聞いていてはにっちもさっちも行かない。
しだいにお互いがうとましくなっていく。
(そんなあたりが「普通の子」というとらえなのですが如何?)
彼女が浮気に走ってゆくのも、王が同性愛にふけるのも、当然のなりゆきか。
夫妻の間のきしみはいかんともしがたく、離婚し王は娘を王妃に迎える。

(ネフェルティティが「この国にはわけのわからない神が多すぎる」なんておっしゃる場面が
あるが、ちょっと待て。ミタンニ・ハッテイ方面だって八百万の神々でしょーが。)

夫の死後、自らの存在意義でもある「アトン信仰」をもり立てようと、3女アンケセンパアトン
を幼いトゥトアンクアトンに娶せ、実権を握ろうとする。
が、彼らは反発(どこまで夫妻の意志が働いたかわからないが。)、アメン神官団と和解し、
それぞれトゥトアンクアメン,アンケセアメンと改名、旧都の遷都する。
アケト・アテンに残ったネフェルティティは絶望の中で死んでいく。

実際にツタンカーメンの即位にどれだけネフェルティティが関わったかは不明。
彼女がいつ死んだのか記録がないのだし、夫同様ミイラも発見されていないし、
ひょっとして失脚した時点で亡くなっていたのかもしれない。


「アトンの娘」2巻 「アトンの娘」
       ビック・ゴールドブックス全3巻


「アトンの娘」は、3女アンケセンパアトン(アンケセアメン)の強すぎ
る母からの自立の物語です。
母の死により自立がかなうも、一度は捨てたアトン信仰に立ち返っ
ていき、その事が愛する夫の死に繋がってしまうのです。
3代のファラオの妃になるなど、運命にもてあそばれた印象がある
人物ですが、懸命に生き方を探る姿が痛々しくも清々しい。
アトン信仰は、ご利益,畏れの信仰からかわって、「神の存在」を考
える哲学的な最初の宗教でした。
現代と彼らが生きた時代とは、「知性と理性はたいして変わらない
のだろうか?」彼女は今も考え続けているのです。



  アクエンアテン立像(エジプト展パンフ)   

おまけのお勉強
         アクエンアテンの病気? ツタンカーメンの死因?

上の図はエジプト展に出品されていたアクエンアテン立像の上部。
やたら細い顎、通常とは違う目の位置、ふくれた後頭部、
そして奇妙に突き出た下腹(この部分は出品されていなかった・・・)。
これだけで現代の学者は彼の病気を推測できるらしい。
「アテンの娘」では脳水腫と書かれていたが、*
「誰がツタンカーメンを殺したか」では、
ある種のタンパク質を作るDNAの欠損による遺伝性疾患とか。
彼の代で突然変異が起き、子供達が受け継いで発病している事が壁画からわかるらしい。

とすると、ツタンカーメンとアンケセナメンの早産死した子供達もそうだったのだろうか。
胎児のミイラからは、たとえ産まれても障害を持っていただろう事だけわかっている。
「もし無事に産まれてきていたら、その後の19王朝の歴史は無かったかも・・」なんて書く本
もあるが、どちらにしろ変わらなかった・・・かも。(そう考えると暗い気分になる)

あまりにリアルな彫像について、小さい頃、家族や家臣から顧みられる事がなかったアクエン
アテンが、兄の死により急にスポットを浴び、自分の特異な姿をわざとそのままアピールした
のだろう、と作者は推測している。

*ボブ・ブライアー(古病理学者)著



山岸涼子の「ツタンカーメン」は、ツタンカーメンの墓を発見したハワード・カーターと、その
パトロンであるカーナヴォン卿の物語。
カーターの不屈の精神、学者としての真摯な姿勢は本当にすばらしい。
カーター以外の者がツタンカーメンの墓を見つけていたら、一体どれだけの遺品が残された
事だろうか。

が〜、1920年代の調査ではあまりにミイラに対し冷たかった(?!)。
当時の知識では仕方なかったとは言え、ただでさえ香油のつけすぎで保存が良くなかった
ツタンカーメンのミイラは、ズタズタにされてしまったのだ。
棺に布がへばりついていて、ミイラからはずせなかったらしいが、ノミやハンマーを持ち出し、
最終的に熱したナイフではがしたらしい。
これじゃ吉崎の肉付きの面じゃないか〜!(註;一向宗北陸拠点の伝説です。)

1960年代のレントゲン撮影による調査で、後頭部に打撃の跡があることがわかってくる。
事故とは思えない位置に血腫があり、どうも寝ている時か横向きの時に背後から殴打さ
れたと推測されるらしい。

山岸涼子の「ツタンカーメン」では、レントゲンに映る骨片が暗殺の証拠のように表現されて
いるが、骨片は死後、ミイラにする工程でできたもの。
あまり達人とはいえないミイラ職人の手にかかったらしい証拠が、他にもあるようだ。

また、レントゲンの情報では、ツタンカーメンは打撃を受けたあと、しばらくは生存していた
可能性もあるとの事。
上の三つの作品「ナイルのほとりの物語」「天は赤い河のほとり」「アトンの娘」のなかで、
ツタンカーメンの死の場面で一番事実に近いのは、
「ナイルのほとりの物語」のようだ。
アンケセアメンが引導を渡したかどうかは、ちょいとおいといて。



昨年、あるTV番組で、ツタンカーメンの顔をミイラの骨格をもとにCGで復元したものを
放送していたらしい。残念ながらワタシは番組を知らなくて見ていなかったのですが、
あまり美少年とは言えなかった・・・というウワサ・・・らしいですね。
山岸涼子は「・・見なくとも私は(ツタンカーメンの)顔を知っている・・」なんて表現をしていたが、
この番組を見た後だったら、美少年の王の幻がカーターを導くお話は描けなかったんじゃ・・。


       「ファラオ歴代誌」  「誰がツタンカーメンを殺したか」  「ツタンカーメン」3巻   
          家の近所の図書館で借りた本。        さにゃお様蔵書