うさぎの瞳

ある日、幼馴染の響香が朝っぱらから真赤に充血した目で歩いていた。こりゃ何かあったぞ、とか思いながらもどう話し掛けていいんだか良くわからない。普段から強情っぱりで滅多なことでは泣かない響香が泣き腫らした目で学校に来るなんてただ事じゃない。さぁ困ったぞ。どう話し掛けようか。そういう気を使うのは得意じゃないんだよな。

結局普通に話し掛けることにした。

「よぉ、響香。目ぇ真っ赤だけど徹夜でもしたのか」
……この話題はやっぱり避けたほうがよかっただろうか。でも見てすぐにわかるものを避けて通るのもいかにもな気がするが、どうか。
「いや、ちゃんと寝たよ。七時間半睡眠。熟睡」
……んなこたぁ分かってる。どんなことがあろうと睡眠時間を減らすような奴じゃ無いことは俺が一番良く知っている。テストがあろうと怒られようとへこんでようと睡眠時間だけは削らない。そんな奴だ。
さて困ったな。どうするか。

「まぁそんなこったろうとは思ったけどな。オマエは睡眠時間だけは削らないだろうよ。
 まさか泣き明かしたのかと思ってちょっと心配しただけさ」
「心配してくれたの? らしくない」
「心配したさ。そんなことがあったら世も末だなぁ、ってな」
「馬鹿」
呆れたように嘆息する響香。やっぱり茶化さない方が良かったか?
「慎に心配されるなんて、あたしも落ちたものだわ」
まぜっかえす元気があれば、大丈夫か。……ちょっと声が震えてるみたいだが。
「そりゃそんなうさぎみたいな目で来られた日にゃそれに触れないわけにも行くまい」
「うさぎねぇ……そんなに目立つ?」
「気をつけてみてれば、気になるくらいかね」
「……そっか」

間。

……気まずい。何か面白いネタはあったか。昨日はテレビも見ずに寝たからなぁ。
「うさぎってさぁ」
必死でネタを検索してる最中に、響香が話し掛けてくる。
「うさぎがどした?」
「うさぎってさぁ、寂しいと死んじゃうんだってさ。それくらい寂しがりなんだって」
「……ほぅ。難儀な生き物だな」
「でさ、一人で寂しくて、ずっと泣き続けてたら目が赤くなっちゃったんだってさ」
「……なんか聞いたことある気もするが、それは本当にそうなのか?」
「知らない」
「……まぁいいや。で? 寂しいのかオマエは」

間。

まて、この間は何だ。これは本気で参ってやがる。こりゃ誰かに振られでもしたか。
「さーねー」
響香が曖昧な笑みを浮かべて流す。流せてねぇよ、開いた間が。でもまぁ、これ以上続けるのも、アレな話か?
「まぁ寂しくなったら俺がいつでも遊んでやるからよ。こう、色々と」
手をわきわきさせながらいってみる。
「ばーか。そういうのは彼女と仲良くやってなさいよ」
響香が苦笑する。
「まぁそれはそれとしてだな。……冗談はともかくとしても相談に乗るだけは乗るからな。話聞くしかできんけど」
ちょっと照れくさいので明後日の方を見ながら言ってみる。
「……ありがと」
かすかに響香が呟いた。
「まぁそんな機会は永久に来ないだろうけどねー」
「なんだそれ」
「慎に相談するようになっちゃ、あたしもおしまいだってこと」
笑いながら茶化す。この分なら、大丈夫そうか? ……から元気だろうけど。
「オマエなぁ俺を何だと思って……まぁいいや」

頭の片隅で続けていたネタの検索がようやく終了する。そろそろ話題を切り替えるか。
「そう言えば昨日、こっちの担任がさ……」
他愛無い話題。とりあえず笑顔になれるレベルらしい。それなら、まぁ心配することも無いか。友達にでも吐くなり自分でかたをつけるなりするだろう。

ようやく学校につく。ちょっとだけほっとする。
「あぁ、だりぃなぁ。今日体育あるんだよな。めんどくせぇ」
「はっは。こっちなんて数学が二時間あるんだから。贅沢言わない」
「俺は数学の方がいい。体育とかわれ。俺のかわりに五キロ走れ」
「絶対ヤ」
けらけらと笑いながら言う響香。
「け。数学で指されやがれ」
悪態をつく。まぁ、平気そうか。別れ際にわしわしと響香の頭を撫でていう。
「笑ってりゃ誰もきづかねぇよ、そのうさぎの目」
「誰がうさぎよ」
「誰だかな。じゃーな」

とりあえずは大丈夫そうだ。でも空元気なことはひしひしと伝わってくる。相談しろ、とも言ったが、それは多分無いだろう。昔からなんとか自分でかたをつける奴だったから、今回もそうやって乗り越えるんだろう。明日か明後日かもっと後か、いつか元のように笑えるようになっていれば、俺はそれでいい。多分、奴ならそれができるだろう。結局理由はわからなかったが、それままぁ構わない。

そう思いながら、俺は肩越しに手を振ると教室に向かった。

男の人のものの考え方は良くわかりません。こんな感じ?
女の人のものの考え方をわかってるかといえばそれもわかりませんが。

別視点→ウサギの瞳


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