ザイクのLove Maze 〜サクラちって サクラ咲いて 1 〜

 

そして・・・どのくらいの季節が過ぎただろう?

 

久しぶりの休暇。
エースは情報局入局以来、一度も帰っていなかった『God’s Door』の城へ足を向けた。
腰の辺りまであると思っていた草の丈はいつの間にか膝までになっている。
それ程の時間が経っていたのだ。
気が付き、改めて苦笑する。
時々、遠くの空で銀色が一瞬、輝きを繰り返している。
あれは・・・。
エースの記憶が鮮やかに蘇る。
自分が好きだった風景だ。
舞い降りてくる天使たちが魔界に降りて来れる唯一の地区。
白い翼が羨ましかった。
あの日まで。
初めての裏切りを受けたあの時まで・・・。
黄金の彫像の化身。エース自身の・・・最初の・・・。
頭をゆっくりと振る。
もう、彼の顔は覚えていない。
いや・・・。
全力で忘れた。

エースは見えてきた城に向かって無言のまま歩き続けた。

 

静かな・・・城の中。
生き物が姿を消して、もうどのくらいになるだろう?
B・Jはもちろん、母親も既に死んでいる。
埃臭い階段を上がると、ギシリギシリと音がする。
蜘蛛の巣張り放題になったシャンデリア。
所々、剥げ落ちて床に散らばった天井を避けて、エースは真っ直ぐに自室だった所へ足を向けた。
鍵は・・・既に壊れ、少し傾いている。
これ以上壊さないようにエースはゆっくりと扉を開く。
窓ガラスは殆ど割れて、風が通り抜けていくのが分かった。
ベッドも黄土色に変色し、今にも風化しそうだ。
「変わらないな・・・。」
呟くと、エースはざらつく机に手をかけた。
別に用事は無かった。
ただ、あても無く歩き続けていたら・・・ここに来ていたのだ。
もう二度と訪れるつもりは無かったのに。
エースは窓から空を眺める。
誰にも言わずに出てきた。
もちろんデーモンにも。
ただ、一名になりたくて。
多分、魔界に居る間での最後の休暇となるだろう。
これが終われば、魔界史上最大の作戦ともいえる計画が発動に向けて動き始める。
皇太子であるダミアン自ら指揮を取り、魔界のトップクラスの官僚たちを中心として、天界と手を結ぼうとしている【蒼の惑星】を相手の手の内に
落ちる前に奪い返すこと。
何十年掛かるか分からない。
しかしやらなければ・・・。
計画の中心に、情報局長官であるエースも入っている。
今まで以上にデーモンと同じ時間を過ごすことは少なくなるだろう。
デーモンは・・・今回の計画には参加を辞退した。
最高権力を持っているのは大魔王ではあるが、実質的な権力を持つのは摂政職であるダミアンである。
その本悪魔が魔界を離れた後・・・魔界の治世を誰が守るのか?そのような意見が、主に政権を離れて久しい年寄りたちの中から出てきた。
それにより、デーモンは計画を辞退したのである。
エースは溜息をついた。
一度惑星へ降り立てば、魔界に帰るのは・・・もしかしたら作戦完了まで帰る事が出来ないかもしれない。
例えようも無い不安がエースを襲う。
自分自身を抱き締めた。
もう二度と離れたくない。
デーモンを離したくない。
夕暮れが近付いてきたのか、天使達が発する輝きは焔のように燃えている。
早く情報局に戻って、明日の会議用資料の準備をしなければ・・・。
エースは部屋を後にした。

 

クリムゾン・レッドの空が藍色を喰らい尽くしている。
目を細めてエースは天界の扉から落ちてくる太陽の光を見つめた。
最後に・・・そう思い、エースは【約束の場所】へ方向を変えた。
確か・・・季節的に今頃だろう。
飛んできた、ひとひらの薄紅の花弁を手に取った。
芭旦杏の木が満開の華を散らし始めている。
あの時から初めて・・・エースはここに立つことになる。
あと数十メートルとなったところで、エースは眉を顰め、足を止めた。

何かが・・・居る・・・?

心臓がどきりと跳ねた。
思わず歩を進める足も速まる。
近付くにつれて、それは悪魔であることが分かった。
しかもその黄金の髪は見覚えがありすぎる。
「・・・エース?」
黄金の彫像。
その薄い蒼い唇から洩れたのは自分の名前。
ゆったりとした白い軍服を着て、風に舞い上がるマントを羽織って。
背中まで伸びた髪が突然の突風に煽られた。
そしてピンクの壁が彼を隠していく。
「・・・!!!」
慌てて手を掴み、傍に引き寄せた。
「・・・デー・・・・モン?」
そのまま動くことが出来なかった。
あの時の彼が・・・遥かなる時間を越えて今、ここに存在する。
そして自分も。
「お前・・・だったのか?」
思わず呟いた問いかけ。
デーモンは華やかな笑みをを浮かべて捕まえられた手を離した。
「・・・明日から忙しくなるからな。お別れにと思って・・・もう、二度と来ないつもりだった。吾輩は遥か昔、ここで約束を破った。約束したその日、
吾輩は原因不明で倒れた。意識を失っている間に闇の中で見えたのは、誰かが泣く姿だけ。・・・気が付いた時に最初に聞こえたのは夜の雨
だった・・・。」
ワザとエースの方を見ずにデーモンは言葉を続ける。
エースも、いつの間にか倍以上に太くなった幹に左腕をかけ、一心にデーモンを見つめる。
「・・・吾輩は・・・彼を忘れることが出来なかった。闇の様に黒い髪を、あのルビーのような瞳を・・・。吾輩は彼のような者になりたかった。吾輩は
この黄金の髪が・・・大嫌いだった。デーモン一族の統領の息子であるにも関わらず、吾輩のこの姿の中で父親と同じなのは水色の瞳だけ。
悪魔という種族に生れ落ちた筈なのだが・・・吾輩の事を罵る声を知らなかったわけではない。デーモン一族の統領となる為に・・・彼に再会を
果たす為に・・・吾輩はただ、堪えた、」
エースは大きく首を振った。
「・・・もういい。もう・・・言うな。」
両手でデーモンの身体を掴む。
「あの約束を破った日からずっと、吾輩はここに何度も訪れた。彼がもしかしたら来るかもしれないと思って。もちろん・・・彼は二度と来てはくれなか
った。それはそうだな、吾輩は彼を裏切ってしまったのだから。」
自嘲気味にデーモンは笑う。
顔を少し俯いた瞬間、彼の瞳からポトリと涙が一滴・・・溢れて土の中に染み込んでいく。
「今日、ここに来て、彼に会えなければ・・・彼に会って謝ることが出来なければ・・・もう諦めようと思っていた。」
その時初めて、デーモンはエースの顔を見つめた。
夕暮れの紅い光がオレンジ色の影を作り、二名は見つめ合っていた。
「デーモン・・・。」
「諦めなくて良かった。ずいぶん回り道をしてしまったようだな。・・・改めて・・・聞いてもいいか?」
涙に濡れたままの瞳でデーモンは笑顔を作り、エースの首の後ろに手を回した。
「・・・お前は誰だ?」
笑顔を崩さずに答えを待つデーモンがいる。
エースはクスリと笑って口を開いた。
「エース・・・。エースだ。B・Jの息子。情報局長官、お前を・・・永遠に愛する者だ。」
そして、スローモーションの様に瞳を閉じた。
何をするのか気が付いてデーモンもゆっくりと瞳を閉じる。
「よく・・・できたな。・・・吾輩は・・・デーモン・・・。デーモン一族の統領、お前を・・・永遠に愛する者だ。」
言葉は切られ、代わりに吐息が重なる。
一瞬は軽く、一瞬は深く・・・。
そして更に熱く。
エースはデーモンの身体を引き寄せた。
「・・・うっ・・・・・!」
何かを感じて、デーモンは甘い声を洩らした。
「・・・続きは・・・屋敷でだな。」
トロンと目を潤ませたデーモンを見て、満足するかのようにエースは彼を抱きかかえて空に向かって風に乗った。

                                                                to be continude・・・