Another Side Stories  〜雨夜の月〜 5th Night

 

 

 

「シェリー様・・・お久しゅうございます。」
漸く別の言葉を発することが出来るようになった執事・・・ルディは声を掛けた。
「喋らなくていいぞ。時間はこれからゆっくりあるから。」
先ほどの怒りは何処へやら、いつもと変わらない飄々としたシェリーの様子に微笑む。
「貴方様は何も変わってらっしゃらないのですね。」
「背はでかくなったぞ?もう、子供の頃みたいにお前と話す時に首が痛くならずに済むようになった。」
決して小さい方ではなかったルディを見上げてお願い事を言っていたあの頃の2名の間は、身長と年齢以外何も変わっていない。
互いにそれは嬉しくも懐かしいことだった。
「とりあえず俺のところに来いよ。家出するときに一緒に付いて来たゼルも元気だ・・・そろそろ同じくらいのジジイの話し相手が欲しい頃だろう?」
軽口みたいに呟く彼に抱かれて、ルディは本当に久しぶりに・・・笑っていた。

 

 

 

 

あまり人が寄り付かない場所の所為だろうか?
この部屋だけ伏魔殿内で空気が澱んでいる。
案内するほどの場所でもなかったが、ミューは何故だかここに立ち寄っていた。
別にそのことに関してBも不思議に思うことなく黙ってそれに従い部屋に入り込んでいたのだが。
「伏魔殿の中で一番の蔵書数を誇る文献室です。」
紹介しながら可笑しなものだと自分で思っていた。
必要以外は締め切ったままのカーテンを開き光を入れる。
途端にその部屋の広さと高さがリアルに分かった。
「魔界、天界、仏界、人間界、ありとあらゆる文献、史書がこちらに保管されています。伏魔殿に於いて上級官僚、貴族の方々のみこちらへの
入室は許可されております。」
「貴女は?」
振り向きざまにミューを見て尋ねる。
カーテンを纏め終わり、ニコリともせずミューは返した。
「シェリー様がいらっしゃいますので。」
あまり最後までは言いたくないのか、言葉を切ってソファーに腰掛けた。
何だかその様子が笑いをそそり。
溜まらず吹き出すBの横顔を怪訝そうな表情でミューは見つめる。
「いや・・・失礼いたしました。貴女がそんなにシェリー様の『存在』を疎ましく思われているとは・・・誰も気が付かれてないことなのではないで
しょうか?」
ピタリと言い当てられて返す言葉が見付からない。
ミューが一生懸命何かを言い返そうと探せば探すほど、顔はこんがらがったようになっていく。
更に込み上げてくる笑いを堪えるのが精一杯だった。
「やめましょう、こんな話。・・・貴女を困らせる為に尋ねた訳ではないのですからね。」
降参とばかりに両手を上げ、戯けた様子のBに今度はミューが笑う番だった。
「すみません、本当に。」
「・・・貴女の笑顔を見るのは骨が折れることなのですね。」
適当に付近にあった古書を読む・・・というよりただページを捲って見せているBが呟く。
「お尋ねしたいことがあります。」
すっかり笑いを引っ込めて、ミューが今度は問いかけた。
「私がお答えできることであれば何なりと。」
優しくミューの目を見つめる。
「貴方様は何故、このような処にいらっしゃることになったのですか?」
まぁ・・・直球勝負な・・・。
ま、それだけ短時間で彼等が親しくなったってこと?
そんなことはどうでもいい。
「・・・いや・・・。」
返事がないのに気不味く思ったのか、下を向きミューが言葉を続ける。
「仏の世界にいらっしゃって・・・そこで何をされていらっしゃったかなど私が分かるわけでもないのですが・・・魔界に飛ばさ・・・いやいや、左せ・・・
じゃなくて、出向されてこられるくらいですので・・・。」
「そんなに気を遣われることはないですよ。」
相変わらずの微笑みがミューを包む。
「左遷ってのが一番近いのではないでしょうか?ちょっと失敗しましてね・・・上司に大目玉食らって・・・そのままこちらへの出向が決まりました。」
「・・・訊いてもよろしいでしょうか?」
恐る恐るミューがやっと上目遣いながらも彼を見る。
ニコッと笑ってあっけらかんと!!!
「ええ、上司が大事に育てていた盆栽を叩き割ったからです。」
・・・うわ〜〜〜
「はい???」
ホントにあっけらかんと言っちゃったよ〜〜〜〜
「ちょっとお客様がありましてね・・・ああ、仏さんとは言えやっぱり戦うんですよ。」
・・・そりゃそうだろう
「その日、たまたま私が丁度当番だったので。」
・・・当番制????
あぐっと開いたミューの口、完璧に開け放されている。
閉め方忘れたっぽい
「応対させていたんですけど・・・。」
・・・接客業?
「お客様がワガママでしてねぇ・・・。」
遠い目のBが何となく場違いなくらいにノンビリと見えるのはミューと作者の気のせいだろうか?
「ちょっと言い争いになってしまいまして・・・大体私が居る時にこういうお客様がいらっしゃるんですよね・・・狙ってるんじゃないかってくらいに。」
クレーマー対応係?
「それで・・・ちょっとお客様がよろめかれてお尻をお着きになられたところに・・・まぁ・・・運が悪かったと言うのでしょうか?上司が大切に育てて
お客様に自慢されてた盆栽が・・・。」
「ああ・・・・・・・・・・・・。」
それしかコメントのしようがない。
「賊を捕らえたまでは良かったのですけどねぇ・・・結局、盆栽の慰謝料(?)と私が上司の目の届かない場所へと来たって事です。」
・・・何か理不尽だよね・・・。
「じゃあ・・・ほとぼりが冷められたら・・・。」
「暫くはご厄介になります。」
まるで・・・いや、そうなのだけど、居候だね・・・これじゃ。(以上作者の独り言お終い)
「結局盆栽は・・・?」
何が何でもそっちの結果が気になるミューは思わず訊いてしまう。
「ああ、それは大丈夫でしたよ?・・・叩き割ったと申しましても鉢が少々真っ二つになっただけでして・・・いやいやお恥ずかしい・・・。」
本当に照れた様子で頭を掻く彼に、ちょっと申し訳ないと思いながらもクスリとミューは笑いを零した。
「何だか自分の恥を曝してしまっただけのような気がしてきたのですが・・・貴女が笑ってくださったので良かったと思います。」
Bはまた、手を差し伸べた。
それが自然とばかりにミューも手を取る。
その瞬間。
思いもかけない力によって、ミューの身体はグラリと傾いた。

 

 

 

 

「親父は?最近は表に出てこられた様子のない気がするが・・・?」
門を潜って暫く、久し振りの我が家をゆっくり散策など決め込んで歩き回り、先程の大広間に辿り着いたシェリーだったが、どう見ても親父・・・
つまり、シェリーの父親である現在の風の守・セルベスタが何処かに登場したような形跡が一切見当たらなかった。
最初に見付けた荒廃した庭も、ルディの管理という名目でその殆どをセルベスタが手入れし続けていたはず。
昔は主の趣味に合わせた珍しい碧色の花々が季節を彩っていた。
「セルベスタ様は・・・閉じ籠もられたきりです。」
悲しそうなルディの声がシェリーの耳に小さく響く。
沈黙を守ったまま、小さく見えるようになってしまった老人の言葉を待った。
「奥様がお亡くなりになり、シェリー様が出て行かれたあと・・・セルベスタ様は変わってしまわれました。民衆とも話をしない、耳を傾けない、御兄弟
様の好き放題にさせて・・・城にも誰も寄りつかなくなりました・・・。お食事もご自分の部屋で・・・もしくは魔風の砦にて取られるだけで・・・召し上がる
量も日に日に少なくなりました・・・。でも、シェリー様がお帰りになったことを聞かれましたら、きっと元気を取り戻されると思います。」
虹色に輝く瞳は、本当にとても嬉しそうだった。
まさか帰ってきたわけではない・・・とは言えなくなってしまう。
取り敢えずそれは今のところ伏せておくとした。
「そうか・・・じゃあ、ウチが壊れたどさくさに紛れて、増築でもしようか?」
「?」
不思議そう見つめるルディに、シェリーはニコリと笑いかけた。
「昨日までは俺の屋敷が壊れたのアッタマ来てたんだけどな・・・頭数が2つ増えるならばどうせ建て直す屋敷、いっそ増築したって構わない
だろう?」
何を言っているのか分からなかった。
更にルディは首を傾げ・・・そうになった瞬間、本日最高級の喜びを顔に表した。
「親父だろ?お前だろ?ゼル、リヒト、スタック、ミュー、俺・・・やっぱ親父の部屋は広くて風当たりの良い場所がいいのか?そんな日長一日
風見てるくらいだしさ・・・親父は風の守だし・・・。」
「貴方様が直ぐにお継ぎになればよろしいのでございますよ、シェリー様。」
シェリーの壮大かつ妄想的な増築計画案が始まる前に、ルディが言葉をぶった切った。
彼にしては珍しく、思わず言葉を止めてしまうくらいのそれは威力だった。
「は・・・は・・・は・・・。」
笑ってるのか?ただ発してるだけなのか?よく分からない。
「貴方様の中にセルベスタ様を継がれるお力があるのは、何方様も知ってらっしゃる事実です。シェリー様にその魔石がいつ、どこで、何故、誰が
装着されたのかはこの爺にはわかりませんが・・・。」
そう呟いて、視線は自然とシェリーの左耳に装着された鈍色のピアスに向いていた。
シェリー自身もしらない。
気が付いたらこの場所にこのようなモノが着いていた。
一番古い自分の写真にもこのピアスは存在している。
更にその下にもピアス一つがある。
これはシェリーが自ら課した感情と無駄な力の封印。
鈍色よりももっと暗い藍色。
「シェリー様・・・セルベスタ様のお心を安らげて差し上げたいとはお思いになりませんか?」
話は続いていたらしい。
ルディの表情が哀しいものに変わりつつあった。
分かってはいる。
だけど、それは『今』ではない。
「ルディ、一緒に入るか?」
シェリーにとってはタイミング良く魔風の砦入り口に到着していた。
「そうですね・・・私は此処でお待ちいたしております。セルベスタ様に早くお顔を見せてあげて下さいませ。」
まるで自分の孫か何かのように目を細めながらルディは重い扉を開き、シェリーを促した。
「いいか?何かあったら直ぐに俺を呼べよ。」
何かあったら・・・言わなくとも互いに分かっている。
あの3名の愚か者達のことだ。
ルディも了承の意味を込めてしっかりと頷くと、深々と頭を下げて扉を閉めた。

 

 

石造りの階段を一歩上る毎に風が格段に強くなっていく。
魔風の砦、名称に相応しい場所だ。
ここは魔界中の風渡りを見ることが出来る。
魔界には各エレメントの守り手が居る。
炎、水、土そして風。
それぞれの守りの役を司った一族はそれぞれ力で魔界の監視を行い、天界からの襲撃に備えている。
その殆どのお役目達は魔界を動かす中枢となり、伏魔殿に仕えそれ相応の地位についているのであるが。
風の守だけは、その特性に相応しく誰にも束縛されずに、何にも捕らわれず単独でここに居城を構え続けていた。
「体力落ちたな・・・。」
意味不明に言葉を零すと、まだまだ続く階段のてっぺんを見つめてゲンナリした。
息を整えながらゆっくりとした足取りで、頂上のテラスに居るであろう父親の姿を探しつつ階段を踏みしめる。
雷神帝の機嫌が斜めなのだろうか?珍しくここでも稲光が鳴り響いていた。
恐らく、こちらもなかなか里帰りしない不肖の息子に腹立てているのでは無かろうか?
・・・不肖の息子は今頃伏魔殿で誰かの部屋の誰かのテーブルについて茶菓子を出してくれるのを待ってるに違いない。
「・・・随分、ナリと口だけはでかくなったみたいだな。」
考え事をしていたシェリーの頭から懐かしい声が聞こえた。
項垂れ気味だった顔が上に向く。
「親父・・・・・。」
「お前のその『親父』と呼ぶ声も、久し振りだ。」
顔は笑ってなどいない。
しかし、喜びと懐かしさが綯い交ぜになっているのが分かった。
つられてシェリーも減らず口を応戦する。
「俺も久し振りだよ、デーモン以外でそんなフテぇ口叩かれるのは。」
「デーモン閣下と呼べと何度言ったら分かるんだ?」
苦笑しながら、ようやく登ってきた息子に席を明け渡す。
そして改めて対面の椅子に腰掛けて、息子の様子を窺うセルベスタは風の守と言うよりまさに父親の姿だった。
「お前の家は吹っ飛んだみたいだが?今はどうしているのだ?」
さすが風の守、引っ込んではいても情報は早い。
「ん?別に。みんな元気だよ。俺とミューはエースの処に世話になっている。ゼル達は伏魔殿でダミ様の元に匿ってもらうことになったから。」
きっと、そういう意味で訊いたのではなかったのだろう。
セルベスタは返事をせずに黙って目を閉じていた。
溜息をつき、シェリーも次の言葉を漏らす。
「・・・俺には何も思い当たる節はねぇよ。あるんだったらデーモン・・・閣下ぐらいだろうさ・・・どうせ親父のことだ、知ってるんだろう?俺が今どこで
何をやっているかなんて。」
安心したようにセルベスタはシェリーの顔を見る為、目を開いた。
「面倒事には飛び込んでも恨み言を買いそうなことにだけはお前も首は突っ込まないよう教え込んでいたからな。私の教育が良かったという事だ。」
自慢げに呟いて、いつの間にかセットされていたカップに口を付ける。
「俺だけにじゃなく他の奴等にもその教育してやれば良かったものを・・・。」
今の一言、現在のセルベスタには強烈に響く嫌味なのを分かった上でシェリーはハッキリと言い放ってやった。
勿論、セルベスタの動きもぴくりとして動かなくなる。
「言って返ってくるような連中だと思うか?」
仮にも血の繋がった息子達に対して、非常に他人事のような言いようにシェリーが今度は苦笑する番だった。
「親父の息子だろ?」
「お前もその一匹だろう?」
知らない者が見ると、今にも親子喧嘩が勃発しそうな雰囲気だが2名にとっては日常会話である。
「お前は・・・風の守が何故、ヒトの寄り付かないようなこの地に居城を構え、今なお離れず、伏魔殿にも大魔王にも従わぬ一族であるのか?
・・・考えたことあるか?シェラード。」
名前を呼ばれるとドキリとする。
突然な質問の意味を考え、シェリーは知っていることだけを口にした。
「風の特性同様に何者にも地位にも従わず捕らわれず束縛されず自由に生きることを望み、百万年に一度、『扉』を開け『風』を入れ替える任が
ある。その扉を守る為に此処にいる。」
教科書通り、暗記したかのような物言いだった。
「確かに、それが一番大事なことだ。」
頷きながらシェリーの顔をまじまじと見る。
「しかしだよ・・・?」
一口、紅茶で唇を湿らせてソーサーに戻した。
「自由で生きる為には此処でなくとも良いし、扉を守る為には風の守一族だけしか操れない結界を張っておけば、わざわざここにいる必要もなく
お前のように悠々自適な生活が送れるだろう?」
さっきの嫌味の反撃とばかりに、セルベスタはにやりと笑ってシェリーを見る。
「よっぽど俺が暇扱いてるとばかり思っているだろ?」
「違わないのか?」
間髪入れずに戻ってきた言葉を何処に投げ返しようもない。
「じゃあ質問を変えよう。」
埒が空かなくなることを察したか、セルベスタは不意にシェリーの左耳上部に飾られたピアスに触れた。
「お前のそのピアスの意味は?」
先程のルディの言葉を思い出した。
ピアスの目的、意味を。力を。
「俺が物心付く前から装着してたって事は知ってるけど・・・意味は分からないし知ろうと思わなかった。誰もその意味を言おうとしなかったから。
時が来れば分かるものと納得してた。」
本当に。
付けてる当人が全く知らないのだ。
「風の守はどのような儀式を持って継がれるのか?その後継者は誰なのか?全てのことは全てのことを受け継ぐ際に真実を得る。」
断言しきってそれ以降黙り込んでしまった。
「・・・今はダメなのか?」
無駄なこととは知りつつも投げ掛けずにはいられなかった言葉。
勿論、返答は一切無く。
風の舞う中で無言のお茶会が続いた。

 

 

 

 

余りにもそれは突然で。
言葉も発せずに為すがままであった。
反転した景色に驚き、瞬間暗闇となる。
自分の置かれた状況を飲み込むのにやや時間が掛かってしまった
今までは微かに香るだけだったそれが、強烈に自分の鼻孔を擽っている。
目の前には装飾の銀ボタン。
軍服の胸元が開いた状態で、中から見え隠れしていたシルクのシャツが柔らかく頬を受け止めてくれていた。
繋がれた手と手。
片腕はミューの身体を拘束して。
「・・・離して・・・。」
ようやく発した声に無言のまま腕は否定の意を示してますます力を込められる。
「離して下さい。」
今度はハッキリと。
要求してみたが、やはりそれに応えようとはしてくれなかった。
「貴女のその瞳が初めから気になっていました。」
語り出す声は低く甘く。
「何時も哀しく、泣きそうな瞳が・・・昨日会ったばかりと思われるでしょうが、私にはその瞳がどうしても忘れられなかった。その理由(わけ)を知りたく
て今日、お誘いしたのですが・・・でも貴女のことはどうしても分からないままです。」
ようやく弛められた腕の中で、ミューは彼の瞳を逆に探る。
初めて見る悲しい色だった。
グラスグリーンが透明掛かって、遠くを見ている。
「そんな悲しい顔をなさらないで下さいませ・・・。」
思わず零れた言葉にハッとする。
「そうですね、私まで悲しい顔しても何も変わりませんからね。・・・忘れて下さい。」
そう言ってあっさり引き下がり、ミューの身体を本当に解放した。
「そんな顔させる為に私は伝えたのではありませんよ?笑って下さい。」
今の2名にとって少々無理な事だと分かってはいても、ミューもBも。
互いに微笑み返しをするしかなかった。
「戻りましょう、皆様が心配されているかも知れません。」
ついさっきと同じようにミューの手を取る為に差し出す。
ほんのちょっとだけ迷った。
しかし彼女が手を取る選択をするか否かをBはただ、待っているだけ。
「はい。」
ミューは躊躇いを捨てて、彼の左手を取った。



 

to be continude・・・