Another Side Stories 〜雨夜の月〜 6th Night
「お帰りシェリー。」
実家からシェリーが戻ったのは、すでに紅の月は夜の時間へ向かって傾き、小さな星々が見えるくらいになった頃だった。
夕食の時間も過ぎ、ただ一名、残っているであろうゼノンの部屋へ自然と足は向いていた。
「扉は開いてるよ。みんな帰ったから僕一名だけだし。」
まだノブに手を掛けてさえいないのに、何故あの鬼野郎は分かるんだろうか?
苦笑しながら、シェリーは扉を開いた。
「遅かったね。」
そう言ってゼノンは予め用意されたお茶セットに手を掛けようとしたところで、シェリーは制止する。
「茶は良い。・・・・・・・・・・・・・酒をくれないか?」
いつもはそういうリクエストをしない彼が言うのはよっぽどのこと。
ゼノンも拒否をせずに、奥の棚から少々強めのアルコールを取り出してショットグラスと共にセッティングしてやった。
「ありがとう。」
短めに礼を言い、凍り付いた瓶を手にとった。
「兄ちゃん達は元気だった?」
何の遠慮もなく単刀直入に訊いてくるところがゼノンらしい。
「ああ、半殺しにして丁度良いくらいにな。」
グラスを一気に空にして、もう一杯注ぐ。
「ふぅん・・・。」
自分の分はお茶を用意して、斜め前の椅子に腰掛けるゼノンの瞳は、こちらの様子をずっと探っているかのようである。
「親父もルディも元気だった。久し振りに親父と飯を食った気がする。」
「気がする・・・じゃなくて、実際にそうでしょ?・・・それと。」
一口、お茶を啜って楽しそうにゼノンは笑った。
「シェリー、嘘吐いてる。兄ちゃん達以外は元気じゃなかったんでしょ?」
「本当に・・・お前はどこまで他人(ヒト)の事を視るんだよ。」
図星指された方にしては、一言ぐらいは皮肉をぼやいてみたくなるのが世の常だろう。
それでもゼノンは一切気にしない。
「別に、『視た』訳ではないよ。セルベスタ様が昨今、表に出てこられないのはみんな気が付いていることだしね。よっぽど息子のキミが知らないって
方が問題だと僕は思うけど?」
今度は声を出してクスクスと笑う。
シェリーは目の前のボトルに目を落とした。
年代的に200年前のヴィンテージもの。
金を出して買おうモノなら、何時も買うモノの金額より余裕で2桁多い数字になるだろう。
・・・絶対全部飲み干したる。
心に決めて、ちょっとは遠慮して注いでいた琥珀の液体をラッパ飲みしそうな勢いでドップンドップン空け始めた。
「灯台もと暗しと言うだろうがボケ。近くにいるとわかんねぇんだよ。」
緊張から漸く解放されて、安心したのだろう。
いつもより速いペースで、いつもより簡単にくだ巻き始めたシェリー。
「分かったから。もうあの子達は眠りにつき始める時間だから少し静かに・・・ね。」
右の人差し指を唇にあてて少々の静寂を要求する。
「で?今日行った成果はあった?」
「なぁにも?!・・・・俺は理由がないと実家に帰っちゃダメって言うのか?そんなイジワル言うなよなぁ〜〜〜〜。」
・・・完全にヘベレケしていませんか?
「いや〜〜〜・・・・別にそういう訳じゃないけどさ。」
ちょっと悩んで。
ゼノンは余り変わらぬ様子で続ける。
「面倒事収集屋の割には面倒臭がりなシェリーだけど・・・それでも担ったことは律儀にやるでしょ?それが何の前触れもなく何処かに消えた。
・・・しかもその事をミューが知らないってなると一寸ね・・・僕も気になるわけ。それにね・・・。」
机をキャンバス代わりにボトルに付着した氷で湿らせた指を使ってある紋章を描く。
それが何のモノで、ごく最近・・・しかも今朝見たばかりのものだと分かってきたところで、みるみるうちにシェリーの顔からアルコールの気配が消えて
いった。
「ヤバイモノは早い内に確実に消しておくのが得策って事を覚えて置いた方が良いよ。幸い今回のは僕しか知らないことだし。デーモンが動けない
から良いけど、見付かった時には・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」
流石にその後のことは口にしたくないのだろう。
僅かに眉間の皺を露わにして、2名黙りこくった。
見付かった日にゃ、きっと今現在の状況よりも派手な事になっているはず・・・。
その派手な事ってのが・・・正直好ましい状態ではないのだ。
当事者にとっても第三者にとっても。
「・・・ありがたいことをしてくれた。」
今度は本当に心を込めてゼノンに礼を言う。
「慌てていたんでしょ?匂いが執務室にプンプン残っていたよ。」
掌で模様を消してしまうと、にっこり元の通りに笑顔を見せた。
「誰だか分からないが喧嘩売りやがった。・・・俺が買っておく。いいな、誰にも言うな。デーモンにも・・・エースにも・・・だ。」
「そうだね・・・デーモンに言わないことは勿論だけど・・・エースにもやめておいた方が良いかもね・・・。彼の元へデーモンに関して何か良からぬ
目論見があると報告がきた場合・・・・・・きっとデーモンよりも怖いから。」
エースの場合、ドタマに来て喧嘩吹っ掛けた奴ごと魔界を全焼しかねない。
回数こそは少ないまでも、その数少ない思い出(?)を不意に巡らせて・・・2名同時に首を横に振った。
「これ以上、被害が大きくならないことを祈ろうぜ・・・ゼノやん。」
まぁ、もちろん
此れから先、話は大きく、デカク、深刻且つ被害増大になるのは、2名とも予想していたのではあるけれども
ただ、今この瞬間の時間だけは平穏無事でいて欲しかった
それだけである
to be continude・・・