Another Side Stories 〜雨夜の月〜 4th Night
フワリと風が舞い上がり、シェリーの流れる後ろ髪さえも天を向いた。
何年、いや何百年帰っていないだろうか?
久しぶりに見るそこは相変わらず風が強く、風翔の城と呼ばれるに相応しい場所だった。
知らないメイドも居るのではなかろうか?
何か、城門で立ち往生食らったら・・・それこそ兄貴たちに笑われるであろう。
それは喧嘩買いに来た状況下で非常にカッコ悪い。
とりあえず城主の一名としての証であるウィンドドラゴンが彫刻されたマントクリップを一目で見えるように装着しなおして、長い道のりを歩き始めた。
近付くにつれて、門番の鎧がハッキリと見えてくる。
地獄を守る一族の城にしては古ぼけた城壁も見えてくる。
来る度に、あから様に廃墟と化していくのが分かっていても、やっぱりここで溜息を吐かずにはいられなかった。
我が家も修理できないくらいに・・・この城の主は金銭的に逼迫しているのか?
誰がその財産を食い潰しているのか?
聞かなくとも分かっている。
シェリーの年離れた3人の兄弟達。
何を見栄張ってるのか?
首を振ってシェリーはもう一度、今度は大きく溜息を吐いた。
意を決して、城門の10m手前に立つ。
ようやく気付いて、門番がノロノロと立ち塞がった。
「何者だ?ここは風翔の城、風の主様の居城と知ってのことか?」
・・・やっぱり。
銀と緑の怒髪メッシュの彼を知らないようだ。
仕方なく、用意していた小物をこれ見よがしに掲げた。
装着し直した甲斐は全く無かったらしい。
「入るぞ。」
一言だけ発して、慌てて礼をとる門番をさして気にもせず、城内の手入れの無い庭園の小道を歩き始めた。
「ミュー様は花が好きですか?」
Bの声にミューは尋常じゃないくらいに驚いて振り向いた。
そこには昨日初めて会った時の様にグラスグリーンの瞳をした仏界の者が笑っていた。
お茶を飲もうとベランダでセッティング使用したその時、新入りのBが執務室に顔を見せた。
ゼノンと一緒にティータイムをしようとしているので、皆様こちらにどうでしょう?と呼びに来たのだ。
まだ口をつける寸前だった為、そのセットも持って温室という名の研究室に全員集まったのだった。
「シェラードは?あいつが一番出張って来そうなところなのだが・・・?」
エースから膝掛けを受け取り、不意に気付いた様子で辺りを見回しながらデーモンが尋ねる。
「さぁ?ミューが一発ドツいたらのびちまって・・・。気が付いたときにはもう、消えてたんだよな。」
デーモンの隣の席につき、ゼノンからカップを受け取りながらミューを見る。
「あいつのことだから、また執務が嫌で逃げ出したんじゃないのか?」
けっこう大変なことをサラリと言ってのけてしまう辺り、こいつらの危機管理能力、何か間違ってない?
「たまにあるんですか?このような事。」
半日程度でこの空気に染まってしまっちゃってるような感じがするBがこちらもノンビリと誰にとも無く聞いた。・・・お前も何か間違ってると思うぞ?
「日常茶番劇だよな。ウチの大将と一緒で。」
お茶よりも一緒に添えられた菓子の方に目がいってるライデンも笑いながら答えた。
「ホントだ。」
自分の事を指されてるのに、他所事の様に頷く副大魔王兼大将。
天然なのか?狙いなのか?
誰もが前者ということを分かりきってるので、敢えて突っ込みも入らず、静かな朝のお茶が始まった。
一時間ほどでその会合は終わり、それぞれの部屋へ帰ってしまった後、主が脱走したため、所在無げに佇んでいたミューにBが不意に声を掛けた。
「ミュー様は花が好きですか?」
普通じゃなく振り向いたその目は今にも泣きそうな目でこちらを見ていたので、逆に驚いてしまった。
「ミュー・・・でよろしいです。B様。」
一つ一つ確かめるように区切って言葉を発したミューは顔だけではなく身体もBの方へ向けた。
もう、泣きそうな顔は消えていた。
「じゃあ、ミュー。貴女は花が好きですか?」
傍に咲いていた桃色の花に触れて、ミューに向けた。
「私はとても美しいと思います。」
返事を待たずに、続けた。
続けた言葉は自分の問いかけの答えとは趣が違っていたが。
「僅かな時間を輝く為に、花は何日、何ヶ月、何年と掛けて生きます。その儚さが、私はとても美しいと思います」
「私もです。」
同意したミューにまた、微笑を見せた。
「貴女とは気が合いそうですね。・・・どうでしょう?私は昨日、此処に着たばかりです。案内していただけませんか?」
そう言って、Bは右手を差し出した。
「私の様な者でよろしければ。」
初めてBにミューは笑顔を見せたことに彼は嬉しそうに彼女の手を取り、二名、部屋を出た。
出て行ったときよりも閑散としてしまった城の廊下を、勝手知ったる様子でずんずんと歩き続ける。
遠くから何か音が聞こえ始めた。
一応、絢爛豪華らしいシャンデリアが飾られた廊下をそれでも気にも留めず歩き続ける。
次第にそれは生きた者の悲鳴だと分かってゲンナリした。
どこでそれが響いているかも、嫌なくらいに分かる。
天井に着きそうなくらいに高く大きな突き当りの部屋からそれは発されていた。
勿論、そこにも近衛兵が二名、聞き慣れすぎてピクリとも表情を変えることなく立っている。
彼らはシェリーの存在を覚えている数少ない者らしい。
黙って扉の取っ手に手を掛けて、重い扉を開いた。
ゆっくりとそれは開かれ、中の全貌が明らかになる。
たった一名の為の部屋にしては広すぎるくらい贅沢に作られたそこの一番奥で。
小さな影が4つ動いていた。
あまりに遠すぎて、シェリーが入ってきた音は聞こえていないようだ。
それ以上に4つの影の中で一番奥に吊るされた者の悲鳴で掻き消えていたが。
嬉しそうな笑い声。それは狂喜に満ちた。
わざとブーツの踵を高く鳴らして近付く。
4名同時にそれに気付いた。
「おや、シェラード、何をしに来たのかね?」
品良く喋って見せてはいるが、それは本性ではない。
返事もせずに、奥の吊られた男を目を細めて眺める。
「助けて・・・・・助けて・・・・・」
この言葉以外は忘れたかのように、骨と皮だけになった哀れな罪無き者。
その顔は見覚えがあった。
古くからシェリーに仕えていた執事だった。
「なにをした?」
ただ、知りたいことだけを呟き、尋ねる。
クスクス笑いながら、大きな焼鏝を暖炉で炙りる次兄・ブランが息も絶え絶えに返事をした。
「こいつはね、兄様の純白の美しいお顔に傷をつけたんだよ。」
兄様と呼ばれた長兄・マニエルが大袈裟に右頬を押さえた。
「おお、痛い痛い。私の大理石のように美しい顔に、ステーキの肉汁を跳ねさせた。お前の様な者の罪は死んで償え。」
あまりにも嘘くさい芝居掛かったその様子に、鳥肌がゾワゾワとたってきた。
「兄様、早く殺しちゃおうよ。」
未だに幼児特有の残虐心が消えていない、シェリーの下の弟、ウィズが持っている剣をウズウズさせて強請る。
反吐が出るとはこのことか?
愚か者達のことなど一切構わず、シェリーは執事を束縛している拘束具を脇差で無言のうちに横薙ぎにした。
自分で立つことも出来なくなるほど痛めつけられた哀れな初老の男を、肩に担いで平然と3名を見つめる。
「親父は何処だ?」
遊び道具を横取りされた子供(ガキ)の様に見てくれだけ美しい顔を歪ませる。
「兄がすることに楯突く気か?」
マニエルが案の定今度はシェリーに向かって切っ先を突き付ける。
「親父は何処かと聞いているんだ。お前の田舎芝居の相手をしてやる暇も気もサラサラ無い。」
言い放って、琥珀色の瞳を寒々しい怒りの色に変えて更に問う。
「お前のように放蕩しているヤツの顔など父上様が見たいものか。この穀潰しが。」
シェリーの頬に、マニエルの唾が直撃する。
それを観ながらクスクス笑う兄弟達の顔はもう見飽きるくらいに醜いものだった。
黙ってそれを見つめ、頬を袖で拭うともう一度、これが最後のチャンスとばかりに恫喝した。
「親父・・・セルベスタ様はどちらにいらっしゃるかと聞いているんだ!!」
広いこの部屋でシェリーの声だけが鳴り響く。
一瞬にして硬直してしまった3名の内、ようやく口を開いたのはウィズだった。
「展望所・・・魔風の砦に・・・。」
ほぼ棒読み状態で場所を告げた彼は、もう、シェリーの顔を見ることさえ出来なくなっていた。
「そうか、ありがとう。」
一応礼を言って執事を抱えたまま、その部屋を後にした。
パタリと扉が閉まったのと同時に3名の金縛りも解ける。
「あの・・・出来損ないめ・・・。」
居なくなった後に口走るマニエルの凄みはただ空しく口の中で篭るだけだった。