Another Side Stories  〜雨夜の月〜 2nd Night

 

 

 

「・・・っつぅ・・・。」
耐えがたい衝撃が脳天から爪先までを襲い、眩暈を覚えた。
半分腐った机の角に手をついて、身体を持ち堪える。
息があがる・・・。
「・・・失敗したか・・・。」
掠れた声が暗い部屋に響く。
台詞の割に表情は柔らかかった。
それどころか・・・口の端に微笑さえ浮かべている。
「あんなもんじゃ・・・彼奴は叩けないってことだ・・・。」
自嘲気味の声に、一瞬部屋の中の空気が凍りつき、そして、灼熱の炎が舞い上がった。
まるで蒸発するように燃え崩れていく廃屋を、いつの間にか外で見つめながら・・・風に浮き立った髪を掻き上げた。
「・・・俺が行くしか・・・無いようだな。」

 

 

 

 

「・・・シェラードの館(一戸建て庭付き)全壊、南西のウッズサイド地区、魔界有林の森半壊、特に伏魔殿側入り口付近は再生不可・・・城壁は
瓦礫に変えて、被害総額占めて・・・もう言いたくも無いな・・・。」
ビッグな溜息が瑠璃色の唇から洩れる。
「まだあるぞ、俺達の衣服代・・・見えねぇのか?このザマは・・・。」
明らかに底無しの不機嫌で、シェリーは言い放った。
その声に一度下を向いた顔をそちらに向け・・・更に頭を抱える。
「そのくらい自分で何とかしろ・・・。」
デーモンは力なく首を振った。
ベッドの横に仁王立ちして針で突付けば爆発しそうなくらいな膨れっ面をかましているシェリー、その後ろで何とも言えない微妙な表情で立ち尽くして
いるミューの姿たるや・・・惨憺たるモノだった。
瓦礫の粉で顔は煤け、服は所々破れている。
「大体アイツが無茶するから俺達こんなカッコになったんだぜ?アイツにも何か言えよ、デーモン。」
「よっく言うぜ。俺がトドメを刺さなかったら今頃この伏魔殿自体が瓦礫の山だ。それにどこの誰だ?半分泣きそうな顔で【何とかしてくれ〜〜!!】
と叫んでいたのは・・・。」
扉に身体を預けて腕を組み、鼻で笑っているエースは、さも当然とまでに言った。
「俺等だったから良かったものを・・・殺す気か?!」
ちょっと動いただけで肩からずり落ちそうになる装飾品がいい加減邪魔になったのか、とうとうシェリーは上着の役割を既に放棄した軍服を脱ぎ
捨てた。
「ほらほら・・・あんまり言ってると・・・デーモンの身体にも悪いし、それにシェリー、キミもとにかく着替えたらどうだい?」
不意に割り込んできた声に、全員振り向く。
ニコニコといつもの笑顔を湛えたゼノンが、着替えの服を二名分持って中に入ってきた。
「僕の服で悪いけど・・・ミューは・・・一応ダミ様から借りてきたよ。」
・・・何故ダミアンが女性用のドレスを持っていたかは疑問ではあるが・・・。
「ありがとうございます。お借りいたします。」
背に腹は代えられぬ、この姿じゃあんまりにも・・・あんまりだ。
この際、小さな(?)疑問は無視して、ミューは服を手に取った。
「シェリーも・・・僕の服だから多少ブカブカだろうけど・・・ちょっと我慢してね。」
言われながら、シェリーは受け取った服をピラリと広げてみた。
・・・っていうか・・・これって・・・多少?
「うわっ・・・デカッ・・・。」
思わず吐いた台詞にデーモンが堪らず吹き出す。
「ウエストはともかくとして・・・袖・・・長っ!!」
実際に着てみる前でも分かる・・・袖どころか・・・足も・・・長っ!
「・・・俺にケンカ売ってるのか?おのれは・・・。」
凄んでは見たものの・・・言っても無駄、聞こえてようといまいと、ゼノンには通じない・・・というより、多分、そんなこと、何も考えていない。
それをイヤって程知っているため、敢えてシェリー、聞こえない程度にボヤキ・・・渋々その服を着始めることにした。
「・・・ミューはこんなところで着替えるのはイヤだよね?別室を準備したから、この部屋を出て右の突き当りの部屋。まだ空き部屋の筈だから
使って良いよ。」
「・・・ど〜せ良いだろ?男か女か分からないんだからよ。」
腹立ち紛れ(いわゆる八つ当たり)の大暴言をブチかましたシェリー、しまったと思ったが・・・結構遅かった。
シェリーが脱ぎ捨てたばかりの軍服の装飾品・・・一人勝手に粉々に砕け散った。

 

 

トコトコと・・・ズタボロのこの姿を気にしながら、半ば走るように廊下を真っ直ぐ歩いていく。
奥部屋だけあって、流石に照明は暗くなっていた。
脇目も振らずにとにかく急いで歩いていたその時・・・。
右側の細い通用口から、影が過ぎった。
「きゃっ・・・!!」
止まろうとしたが間に合わず。
車(?)は急に止まれない。
豪快にその影へと突進、激突、尻もち・・・。
見事、他者と正面衝突した際の無様な姿三大要素を曝け出してしまったミュー。
かなり・・・恥ずかしい。
「も・・・申し訳ございませんっ!」
「どういたしまして。」
響いた声に、聞き覚えは無かった。
シェリーの現在の立場上、伏魔殿によく出入りし、大抵の者は見知っていたが・・・。
不思議に思い、煤けている状態であることも忘れて顔を上げてしまった。
「・・・?」
・・・見覚え無し。
初めて見る者だった。
シルバーグレーの髪の中に、眼鏡で表情を隠した色白の・・・どちらかと言えば、柔和な印象を受ける。
魔界では極めて珍しいタイプの顔立ちだった。
「御急ぎだったようですね。失礼いたしました。」
発された声も、高くも無く低くも無く・・・デーモンと似た、他者を和ませるトーン。
・・・が、それは何故か不釣合いだった。
そう、悪魔としては。
「・・・すみません。」
それだけを言い、会釈すると、ミューは急いで立ち去った。
誰なのか?
何者なのか?
それを考えるよりもとにかく今は着替えたかった。(・・・と、言うより、このボロ布を脱ぎたかった・・・とも言える。)

 

 

「ところでゼノン?」
何とか無事だった細い剣の埃を吹き飛ばしながら、シェリーは尋ねた。
「さっき、【まだ空き部屋】って言ってたよな?また誰か伏魔殿勤務になった奴がいるのか?」
剥ぎ取られた服をくるくると纏め、ゴミ袋に放り込み、ゼノンは首を傾げた。
「おや?シェリーは聞いてなかったっけ?・・・そうだよ。一名、出先機関から魔界に来た者がいるんだ。」
「確か・・・仏界からだったか?」
掛け布団を胸あたりまで引き上げて、デーモンは横になりながら口を挟む。
「何でデーモンが知ってて俺が知らないんだよ・・・。仮にも副大魔王の影武者だぞ?」
ブツブツ言うシェリーを無視し、嬉しそうにゼノンは続ける。
「そろそろここに来るはずだけど・・・。ダミ様の目通りが済んだらこちらに来るように言っておいたから。良かったよ、僕の部署は悪魔手が足りなくて
ね・・・ダミ様がわざわざ寄越して下さったんだ。」
その時、開きっぱなしの扉から、見たことも無い顔が現れ、とりあえずノックで来訪を知らせた。
「?誰だ?お前・・・。」
失礼大爆発の発言に、流石のデーモンも顔をしかめた。
「シェラード、彼が今噂していた仏界からの派遣された者だ。名は・・・。」
デーモンが思い出す前に、一礼をとった彼自身の口が一瞬早く開いた。
「【B】とお呼び下さい。そう彼の世界では呼ばれていましたので。」
ゆったりと、空気の中に溶け込むような声で、そう彼・・・【B】は告げた。
「仏界から、わざわざご苦労だったな。訳あって今、吾輩はこのような状態だ。吾輩の代わりの任務は現在、情報局長官とシェラードが行っている
から、そちらの指示に従ってくれ。今日は、もうこのまま部屋に帰って良いぞ。明日から早速文化局で活動してもらうことになるが・・・。よろしく頼む。」
ベッドの中からデーモンはすまなさそうに笑った。
「いいえ、デーモン閣下。早く回復なさって下さい。では皆様、これにて・・・。」
そう言って礼を取ると扉に手をかけようとした・・・。
「っ!」
「きゃっ!!」
小さな悲鳴が上がり、【B】の前で着替えたばかりのミューがひっくり返っていた。
「・・・っ!!・・・すみません〜〜〜っ!!今日はホントに・・・って・・・あら?」
顔を上げた瞬間、数分前と同じ顔があることに気付き、更にミューは顔を赤く染めた。
「・・・貴女はいつも御急ぎみたいですね。」
クスリと笑いながら、【B】はミューの手を取り、立ち上がらせた。
スカートの埃を払い、顔が見えなくなるくらい深々とお辞儀をする。
「・・・重ね重ね申し訳ございません・・・。」
「おや、ミュー。もう着替えてきたんだね。良かったよ。・・・そうそう、彼は僕の部署に新しく入ってくれた悪魔。仏界からの出向でね。名前は・・・。」
「【B】・・・とお呼び下さい。ミュー様。ゼノン様の元におりますのでいつでもいらっしゃってくださいませ。では・・・。」
にっこりと微笑み、今度こそ本当に部屋を後にした。
「・・・ったく・・・エッライ目にあったぜ・・・マジで。で・・・さぁ。ルーク。俺っちの使用魔達は全員無事か?一応、ルークを頼れってって逃がしたん
だが・・・。」
シェリーはゼノンの服の袖を一生懸命曲げながら尋ねた。
「ああ、その辺は大丈夫。ダミ様にお願いしてね。しばらく伏魔殿にいてもらうことにしたから。・・・で?お前達はどうすんのさ?」
・・・実は何にも考えてなかった・・・。
シェリーは思わず絶句・・・ミューの顔を見た。
勿論、ミューもな〜〜〜んも考えていなかった・・・らしい。
その様子を見て、エースが親指を立てる。
「俺の館に来るか?シェリーとミューなら皆知ってるし、歓迎するぞ。」
少し考える素振りを見せ、シェリーは頷いた。
「そうだな、お言葉に甘えさせていただくとするか。・・・ミュー、良いだろう?・・・ってミュー、何見てんだよ。」
振り向いたシェリーは、怪訝そうな顔つきで明後日方向に向いたままのミューの視線を追ってみた。
「え・・・はい、よろしくお願いいたします。」
閉ざされた扉をぼんやりと見つめるミューは慌てて頷いた。
「ヨシ決まった!じゃ・・・早速案内するから。2名とも伏魔殿の西門で待っていてくれ。使いの者を呼んでくるから。」
そう言い残し、エースは手を上げて部屋を辞した。
取り敢えず落ち着く先を見つけ、安堵の溜息一発吐き出したシェリーにデーモンは呆れ顔をス・・・と戻す。
「シェリー、お前何か襲撃されるほどの恨み、どっかで買ったか?」
不意のデーモンの問いに、シェリーは首を振った。
「まさか!お前じゃあるまいし、単なる影武者の俺が恨み買う覚えはないに決まってっだろ?・・・その前に影武者であることは殆どの者が知らない
ってのにさ。俺は皆無だ。」
「・・・何かトゲのある言い方だな・・・。」
苦笑したデーモンに彼もここぞとばかりに苦言を呈する。
「トゲに聞こえるならお前が俺に何か疚しいことがあるからだろ?」
「・・・ま、それはさておき。」
これ以上、この事について触れると何か自分にとって愉快ではない事態が起こる事を予測したデーモンは話を無理矢理終らせようとした・・・が。
「何がさておきだよ。俺っちの屋敷どうしてくれるんだよ!ちゃんと弁償してくれるんだろうな?!」
はっきり言おう。デーモンの目論見、見事失敗した。
「何で吾輩が弁償しなきゃいけないのだ?吾輩の影武者の所為と決まったわけではなかろう?自分の屋敷ぐらい自分で建て直せ。」
バッサリお断りされ、シェリーの元々突っ立った髪が更に天をつく勢いで震え上がった。
「決まったわけではないけどさ、決まってないわけでもないだろうが。取り敢えず気色ワリーもんが降って来た(?)んだぜ?!ちったぁ同情して
くれてもいいんじゃね〜?」
「まぁまぁ・・・2名とも抑えて・・・デーモンだって本調子じゃないわけだし、シェリー、キミだって今日の出来事の所為で興奮しきってる。デーモンへの
文句はまたテープにでも録音するとしてさ、今日のところはゆっくりエースの屋敷で休んだら?そろそろエースが呼んでくれた使いの者、到着する
かもしれないし。」
ゼノンの言葉に不承不承シェリーは千切っては投げ千切っては投げ(?)出てくる文句を一先ず止めることにした。
「ミュー、行くぞ。・・・デーモン!!明日っから待ってろよ!!」
「失礼致します。」
声もデカけりゃ態度もデカイ主の無礼を謝罪し、ミューはさっさと出て行く。
扉を閉めたシェリーを見送り、デーモンがフッと息をつこうとした瞬間、再度扉が開きシェリーの不機嫌面が顔を出した。
「忘れるところだった!!今日の戦利品だ!!土産と見舞い代わりに受け取りやがれ!!!!」
今度こそバッタンと扉が閉じたのと入れ替わりに、シェリーが部屋に置いて行ったモノが空間に現れた。
「・・・・・・・・・・・・・・・おい、ゼノン。」
「なぁに?」
のんびりと答えるゼノンにデーモンはシェリーの置き土産を指さし、頭を軽く押さえた。
「お前のところで引き取ってくれないか?コレ・・・。」
「そうだね・・・でもウチは生きてるのしか引き取らないから・・・。」
デーモンの部屋を3分の2占拠してしまったそれは・・・恐らく実際の物と比較して200倍近くはあろう化け物級の大きさに変化し、粘着質溢れる
巨大蠅取紙を身体中にぐるぐる巻かれ、エースの炎でミディアムレアに焼け焦げたそれが・・・きな臭い煙を上げて屍と成り下がっていた・・・。

 

 

 

 

「シェリーはこの部屋を使ってくれ・・・間違ってもあの棚の酒に手ぇ出すなよ。ミューはその向かい側の部屋だ。荷物はダミ様が殆ど用意して
下さってる。・・・ちょっと手狭かもしれないが我慢してくれ。」
南窓の日当たり良い客間に通されて、シェリーは幾分機嫌よくなったらしい。
早速アレコレと棚を開けようとした時、ナイスタイミングでエースに釘を刺された。
「わ〜ってらい。お前の家で酒を開けようなんざ1億年早いからな。」
「・・・一応学習能力はおありなんですね。」
ボソリと呟いたミューにピクリと反応する。
「うるせい!!!」
・・・以前、シェリーは一度だけエース邸に遊びに来たことがあった。
その時、酔っ払って暴れ、屋敷を一部破壊した挙句、最奥の棚に飾ってあった極上酒を1本、空けてしまったことがエースにばれた日にゃ・・・。
シェリーが自分の屋敷に帰還できたのはそれから3日後、しかも出迎えたミューに『どちら様ですか?』と言わしめたほど、顔が変形していたとい
う・・・。
「ま、注意しとくわ。・・・すまん、俺、今日、疲れた・・・休むわな。」
全く緊張感のない大欠伸をぶちかまし、シェリーは早々に部屋の扉を閉めてしまった。
何となく残ってしまったエースとミューの2名・・・。
「なぁ・・・ミュー。」
「はい?」
シェリーが閉めた扉を見ながら、エースは呟く。
「お前も大変だなぁ・・・あの主(マスター)様はよぉ・・・。」
ポリポリと頭を掻きながら彼女を見る・・・が、その表情はいつものそれとは何となく違った。
「・・・ミュー?」
ひらひらと手を顔の前で振る。
「はっ・・・はいっ!・・・あ。おやすみなさいませ・・・。」
妙に呆けた顔したまま、エースの問いには一切答えぬまま扉の向こうに姿を消した。

 

 

「はぁあ〜〜〜っ!」
でかすぎる服を脱ぎ捨て、我が家にあったものの数倍はあると思われるソファーに溜息と共に無遠慮極まりなくシェリーは寝っ転がった。
勿論、寝転がる前にはエースから許された棚の中から酒を1本、テーブルにしっかとセッティングするのを忘れずに。
すっかり暗くなった窓の外には、嵐のような風が吹き荒んでいた。
木々を薙ぎ倒しかねないそれに暫く見惚れながら酒を一口・・・。
そして、本日起こった出来事を思い出していた。
とびきりデカイ鎌鼬、物体をあそこまで巨大化させる力。
明らかにアレは遠隔操作されたものだった。
再びデカイため息をつく。
「兄者達かねぇ・・・?」
思いだけで落ち込むような面子がズラズラと思い出されてくる。
実際。
ウッズサイドの屋敷は彼の家ではあるが、実家ではなかった。
キラリと光る左耳のピアスが彼の目に映る。
その瞬間、猛々しい音と共に凄まじい光が窓から滑り込んできた。
怯みもせず、シェリーはその様子をじっと見つめ・・・次々と襲い来る光にシェリーの琥珀色した瞳が金色に輝いていた。

 

to be continude・・・