Another Side Stories  〜雨夜の月〜 1st Night

 

 

ゴクリ・・・と生唾を飲み込む音が更に緊張感を高める。
勝負は一瞬、しかもこれから出す一手にかかっている。
身動きできずに居た。
その時間・・・たっぷり10分。
この風景だけ見ると、世界中の時間が止まっているかのような錯覚を覚えるだろう。
事実、少なくともこの空間にいる奴等の時間は硬直していた。
後ろには騎士が控え、隣には馬も用意している。
砦はとっくの昔に壊されてはいたが、まだ魔法陣の力で守りは固い・・・筈なのに。
・・・向かい側の女王が悠然とこちらの王を見下ろしてくるその雰囲気が気に食わない。
そして・・・そろそろ攻め落としそうな気配たっぷりで。
オマケにその女王を意のままに操る目の前の奴も相当余裕ぶっかまして、窮地に立たされたこちら側をニッコリ笑って茶を啜りながら観察している
のがますます持って気に入らない。
「まだ・・・でございますか?そろそろ諦めになった方が・・・。」
「まだだ!!まだ考えさせろ!!」
・・・相当しつこい性格丸出しにした彼・・・シェリーに今は何を言っても無駄。
その事を知ってるミューは、もう暫くだけ・・・待つことにした。

 

 

デーモンをとり返してから3ヶ月が過ぎていた。
シェラード・・・シェリーの生活は、またウッズサイド中心に戻ったが、まだ回復できていない副大魔王の身代わりを務めるため、3日に一度は伏魔殿へと通っている。
あの直後、傷付けられたデーモンの魂は光を失い、意識が戻るのに10日かかった。
元の論点からはズレた口論をしながら、シェリーとミューはデーモンを連れ帰ると・・・。
待っていたのはエースの予め用意されたかの様な淀み無くスラスラ出てくる文句の数々だった。
それだけ彼はデーモンの事を大切に思い、心配しているのだろう・・・そう開き直れば右耳から入って鼻の穴から出てくるぐらいの余裕で聞き流せる
のであるが・・・。
その内容たるや、どう考えてもシェリーにではなく、間も無く目を覚ますであろう(目を覚まして貰わなくては困る)デーモンonly oneに向けら
れたもの(・・・つまり、シェリーはその時のエースにとっても擬似デーモンにされていたのであろうか?可哀想に・・・)だったため、耳にタコ型ピアスを
ルーズリーフ状にジャラジャラ付けてやりたくなった。
それも漸く収まり・・・気楽な影武者生活を送っている。
ホントに・・・何も考えなしに・・・。

 

 

「まだですか・・・?」
さらに30分経過。
退屈して本を開いていたミューは顔を上げた。
「まだだ!辛抱のねぇ野郎だなぁっ!」
「・・・確かに、【野郎】ってのは半分当たってはおりますけど・・・?」
両性具有タイプのミュー、実は平素とっている女性体はあまり気に入ってないらしい。
「・・・違う、訂正。【ヤツ】でした。」
慌てて訂正してお詫びしたシェリー、ふか〜〜〜いワケがある。
ミューが事ある毎に男性体へと入れ替わろうとする度、何を隠そう彼が必死で妨害しているのだった。
ただ単純に、女性体の方が好み(ミューに限らず性別女を好んでいると理由)というだけで。
「・・・もうやめたっ!終わりっ!!」
考えるのに嫌気が刺したか、シェリーは盤上の駒を両手でグシャグシャにし、ソファーに寝っ転がった。
「私の勝ちですわね。」
クスリと笑って、ミューは本を閉じる。
その台詞に顔はソファーの背もたれに向けたまま、彼は口を開いた。
「バ〜カ、お前チェックメイトしてないだろうが。引き分けだ引き分け。」
「・・・・・・。」
黙り込んで右指を鳴らすと、チェス盤は消え、テーブルには何も残っていない状態となる。
むっつりとした顔でミューは再び本を開き、下を向いた。
「ミュー、お茶。」
シェリーはいつもの様に用件を吐いて、目を閉じるが、一向に前方の気配が動く様子がない。
「ミュー、お茶。紅茶。ホット。」
単語のみでリクエストし、また目を閉じ・・・ばんっ!!!!!
ガシャッ!!!ドンッ!!!ピシャッ・・・。
「何だっ?!」
慌てて飛び起きると、ミューは下を向いて本の上に目を落としたまま動いてはいないが、右の指先だけが力強く動き、物音喧しく茶の準備をして
いた。
カップが割れないようにだけ、注意しながら出せる範囲の騒音がシェリーに対して怒りを表していた。
・・・私は怒っているのよ・・・と。
それに気付き、シェリーは思わず吹き出す。
「お前も結構大人気ないな・・・。」
「貴方様に言われとうはございません。少なくとも私は途中で試合放棄はいたしませんでした。」
怒りながらもシェリーの前に投げるようにして置かれた紅茶はいつもの通りに美味しかった。
砂糖を一粒つまんでポタン・・・とカップに沈ませると、甘い香りが漂う。
「ま、いいじゃねぇか。たかがチェスで。」
そう言ってシェリーはカップを持ったまま、ソファーにまた寝そべった。
「それもそうですわね。」
ミューもあっさりと引き下がる。
暫く沈黙が続き・・・。
「あの・・・。」
「なぁ・・・。」
同時に口を開いた。
「いいぞ、お前から。」
「いいえ、シェリー様からどうぞ。大した話ではありませんので。」
ミューは半分残っていた紅茶で冷えた両手を温めながら小首を傾げ、彼の話を促した。
「ああ・・・3ヶ月前・・・大将を救出してからこれまで・・・毎日あいつの部屋に見舞いに行ってるのは・・・知ってるよな?」
クルリと上体をうつ伏せにして、空のカップの持ち手で遊びながらシェリーは話し始める。
「・・・お見舞い・・・というより、エース様に言われた文句を告げに行ってらっしゃるんでしょう?」
「・・・そうとも言うが・・・とにかく!文句は勿論言って来るけどな、大将の地球での記憶、覚えてるだけでも聞いているんだ。」
シェリーにしてはまた随分とマトモな事を・・・。
口から滑り出しそうになった台詞をミューは寸での所で飲み込んだ。
「それで?何かお分かりになりましたか?」
「全く!!全然っ!!!!・・・に近いくらいに殆ど覚えてないらしい。ただ・・・な。」
指先でカップを回しながらシェリーは続ける。
「夢を見てたらしいんだ。奇妙な話だよ。現実での記憶はないクセに、夢だけは覚えるなんてな。しかもかなりリアルに・・・。」
溜息をついて彼はカップをミューに突き出した。
何も言わずにミューもポットを取って茶を注ぐ。
「夢ですか・・・それで?どのような夢なのですか?」
ついでに自分のカップにも茶を満たす。
「それがなぁ・・・?!」
言いかけて、シェリーの動きがぴたりと止まる。
と、同時にミューも窓の外へと耳を傾けた。
「・・・シェリー様・・・逃げ出す前に1つお尋ねしてもよろしいですか?」
台詞の割にはのんびりとした口調でミューは声をかけた。
「何だ?」
こちらも全く緊張感無い返事をしてみせる。
「貴方様の大将様は・・・根に持つタイプでしたか?」
「いや・・・エースじゃあるまいし・・・大将はあんなことしないだろうな・・・。」
気付いた瞬間より、3倍近く大きくなっている外の音の方向を見・・・シェリーは血の気がその時初めて引いた。
「・・・ミュー・・・あれは・・・何に見える?」
無理に笑顔を作ろうとしてちょっと失敗した。
どう見ても・・・目も頬も引きつっている。
「アレ・・・ですか?通常サイズよりは200倍ほど巨大になった・・・。」
それ以上の言葉は大爆音に掻き消された。
階下では悲鳴が聞こえている。
シェリーは扉を開け、大声を上げた。
「直ぐに伏魔殿へ逃げるんだ!!!俺の名前を出せば入れてくれる!!そしてルークのところに行ってくれ!!!事情は後から幾らでも説明して
やらぁっ!!!」
そう叫ぶ間にも、屋敷の天井は全て吹っ飛んでいた。
「・・・分かりました!!」
執事の声が微かに聞こえ、使用魔達の気配が消えたことを確認し、改めて・・・すっかり青空教室となってしまった天井から飛び回っているソレを見
た。
「シェリー様!!!」
ミューの声に彼は一足飛びで外へと脱出した。
「ミュー!生きてるか?!」
「死んでたら呼びません!!」
外はまるで台風だった。
伸び放題になっていた庭の雑草が綺麗に無くなっている。
「草刈する手間が省けたなぁ!」
「たまには御自分でおやりになったら如何ですか?!」
「俺は動くのが嫌いなんだよ!」
明らかに自分に向かってくる風の刃をシェリーは眼前で受け止めた。
キュルリと空気を裂く音と共に、再び、今度は横っ腹目掛けて襲い掛かる。
「じゃぁ良かったですわね!今、存分に運動することが出来て!」
間一髪のところでミューが放った水の刃がカマイタチの盾となる。
「お前が心配してくれなくても、俺の身体は十分引き締まってるわ!」
「そうですか?!だったらシェリー様の下腹部近辺にくっ付いていらっしゃる、いかにも触り心地の良さそうな生物は一体なんでしょうね?!
アレは私の目の錯覚でございましょうか?!」
すっかり土が剥き出しになってしまった大地に成り果てた庭を蹴り、シェリーは惜し気もなく力を発動させ、空に向かって風を放ったが・・・容易く
それはかわされてしまう。
「いつ見たんだよ!お前、覗き趣味でもあるのか?!」
「入浴後に全裸で部屋に戻ってこられるのはどちら様ですか?!私がそこに居ても平気で隠しもせずに大股歩きされるでしょう?!」
「良いじゃねぇか!俺の屋敷だから俺がどんなカッコで歩いてても支障はないだろう?!」
「目の毒です!!!!」
ピシャリと言い放たれて、シェリーはムッとしたまま見上げると、目前に敵は迫っていた。
「どわっ!!」
防護壁を作り、怯んだ隙を突いて横っ飛びしながらも攻撃は忘れない。
「シェリー様!!」
バランスを崩し、地表に叩き付けられる寸前、シェリーの身体は何かによって守られ、事無きを得た。
ふと、下を見るとミューが後ろから抱きつき、彼の下敷きになっていた。
「ミューっ!!!!」
「シェリー様、やっぱりお太りになられてません?」
スルリと下から抜け出し、体勢を立て直したミューの何ともない姿を見て、ちょっと心配した自分を後悔する。
「ミュー・・・冷静になって考えてみよう・・・。」
全力で森の中を飛び回りながら、声を落とし、シェリーは呟く。
「何でしょう?」
「普通・・あ〜ゆ〜ヤツってのはさ・・・どうやって動きを封じる?」
チラリと後ろから追ってくるものを見た。
大木を薙ぎ倒し、敵は最短距離で一直線に二名を追ってくる。
「・・・ま、普通は・・・【アレ】でしょう。」
「【アレ】だよな・・・やっぱり。」
この期に及んでまだ緊張感の無い溜息をついて、シェリーとミューは二手に分かれた。
彼等を見失い、動きを鈍らせた敵は、一瞬早く見付けたミューのドレスの裾目掛けて走り出す。
シェリーは森を脱し、その出口で魔力によって呼び寄せた特大の武器の片側を持ち、もう一方を反対側へ投げつけた。
「ミュー!!準備はいいか?!」
「了解!」
直接頭に飛び込んできた返事に、シェリーは一名で頷くと、後姿のヤツに向かって、死なない程度の攻撃を仕掛けた。
案の定、反応して敵は真っ直ぐ、罠の仕掛けられた方へと飛んでくる。
「張れ!!!」
瞬間、握った指先に千切れんばかりの衝撃が二名を襲った。
罠に嵌ってくれた敵が、逃れようと必死でもがく度、その勢いは更に増していく。
「何とかしてくれ〜〜〜っ!!!」
これ以上は支えられなくなってきたシェリーの何とも情けない悲鳴が木霊したその時・・・。
頭上から溶けそうなくらいの熱い力が落ちてきて・・・。
「どっわぁああああああああ!!!!!」
「きゃぁあああああああああ!!!!!」

 

 

to be continude・・・