モザイクのLove Maze 〜Maze 2〜
−数年後−
デーモンは正装をし、宮廷大広間の真ん中に立っていた。
「・・・ここに副大魔王デーモンを名乗るがよい。これから私の右腕として・・・頼むぞ。デーモン。」
ダミアンの声が大広間中に響いた。
デーモンとは対照的な銀の髪。魔界一気高い、高貴な悪魔を前に、デーモンも少し緊張気味に礼をとる。
「ありがとうございます。未来永劫、殿下の片腕として何時いかなる時も・・・。」
「待って、デーモン。・・・もう堅苦しいのは無しだ。私もこんな挨拶嫌いなんだからね。・・・それにしてもおめでとう、デーモン。魔界史上、最高の
副大魔王閣下の誕生だ。あの激しい争いの中でもお前は一番よく働いてくれた。最年少だったが、お前の実力もさることながら、参謀部、近衛隊、
文化局、果ては狂皇と名高い雷帝までもがお前を推したんだ。・・・感謝するんだな、デーモン。」
ダミアンがゆっくり笑う。珍しく照れ臭そうにデーモンはもう一度頷いた。
「これから天界のやり方も激しいものになる。この前も寝返った情報局員が一名、抹殺された。我が父も病床にふせって数千年・・・・かなり弱ってき
ている。それを突いて手を打ってくるだろう。そんな中で、副大魔王というのはイコール最高司令官でもある。心して任務を果たしてくれ。」
「承知いたしました。・・・では。」
深々と礼をとり、デーモンは部屋を出ようとした。
「ところで。」
「え?」
ダミアンが口を開く。
「・・・情報局からは何も言ってこなかったな。今回の件については。君はこれまで情報局預かりの身だったのだろう?エース長官の直属だったか
な?」
不思議そうなダミアンに、デーモンはほんの少しチクリと胸が痛んだ。
「ええ・・・。」
「副大魔王の件を尋ねに行かせたところ、全くの無回答ときた。デーモン、エースに何かしたの?」
「いえ、別に。」
「情報局内での君の活躍は素晴らしいものがあったし、それは情報局長官であるエースが一番よく解っているものと思っていたから・・・。何よりも
先に君を推す声が上がると思っていたのに・・・。」
ダミアンが不思議がる。それ以上にデーモンの方がこの件に関して動揺していたことだった。
減らず口は叩いていたものの、他のことではエースに迷惑がかからないよう、細心の注意を払い、動いてきた。
彼から直接指令された「特別任務」も死ぬ程の屈辱を味わいながらも賢明に行ってきた。
全ては任務完了時に自分だけに向けられる笑顔のために。
「デーモン・・・?」
伏せ目がちのまま固まってしまったデーモンの表情を読もうと、ダミアンが覗き込んでくる。はっとして顔を上げた。
「何でもありません。・・・殿下、これより各部署の方へ行って参ります、失礼いたします。」
「あぁ、行っておいで。お礼をきちんと言うようにね・・・。」
最後まで聞かないうちにデーモンは大扉を閉めた。
「おや、デーモン・・・あ、違うか、デーモン閣下、どうされたのですか?このようなむさ苦しいところへわざわざお出ましとは。」
「悪かったな、むさ苦しくてよ。」
デーモンが入室した気配に気付き、文化局理事長、ゼノン和尚がわざとらしく言い放つ。
少々むっとしたように軍事局参謀、S・g・tルーク参謀がお茶を飲みながら呟く。
ここは参謀部の客室。・・・というのは名ばかりで、ほとんど「溜まり場」に近かった。
いつものメンバー・・・この部屋の持ち主であるルーク、そしてゼノン、他に雷帝の息子、ライデン殿下が思い思いの場所に座り、お茶を啜っていた。
「ゼノン・・・。」
照れたような、困ったようなデーモンの表情にライデンが思わず吹き出す。
「デーモンはデーモンだな。役職代わったくらいでデーモンじゃなくなるわけでもないんだな・・・。やっぱり。」
「それも酷くないか?」
ルークも吹き出す。思わずつられてデーモンも笑みを浮かべた。
その間にも室内を観察する。
そのデーモンの様子に気付いたのか、彼の分のお茶を用意しながらルークは口を開いた。
「エースなら最近来てないよ。・・・ったく、せっかくエースのお気に入りのハーブティーをわざわざ取り寄せたってのに・・・。」
「エースを呼び寄せるには茶じゃなくて酒だよ。」
ゼノンが淡々と言う。
やはり避けられているのか?鼻の奥にツキン・・・と痛みが走った。
「ほら、デーモン・・・座んなよ。お茶も入ったしさ。久しぶりだろう?ここに来るのも。たまにはゆっくりしていけよ。」
ルークが自分の隣を空けて、クッションを軽くポンポンと叩いた。
何も言わずにデーモンは座る。同時に、目の前の白いカップに琥珀色の紅茶が注がれた。
流石、エースが気に入るだけある。その紅茶は本当に香り高く、一瞬ではあるが至福の時を感じさせてくれた。
猫舌のデーモンがカップの縁を持ってチビチビと飲むのを三名は見つめていた。それに気付き、驚いたようにカップを置いて、大きな瞳で見つめ返
す。
「・・・な、何だ?吾輩の顔に何かついているのか?」
「いや・・・別に。」
何か言わなければ、でも隠し通したい・・・そんな歯切れの悪い表情で三名はこちらを見ていた。
「気味の悪い・・・何だ?何かあったのか?」
デーモンが追求する。とうとうゼノンが根負けして大きく息を吐いた。
そして一瞬、視線を逸らすと、再び、今度は真剣な眼差しでデーモンを見た。二名も同じような顔をしている。
「エースの様子がおかしいんだ。」
「え?」
思わずデーモンの声が上擦る。
「おかしいって?」
「・・・一週間ここに姿は見せないし、屋敷に帰った気配もない。任務で外地に出てる・・・なんて事も聞いたことない。どうしたのかと思ってね。
デーモンはしばらく副大魔王の件で忙しかったから、情報局へは行ってないでしょ?僕たちは情報局のIDカードなんて持ってないし、デーモンが一
旦、落ち着いてからちょっと聞いてみようと思って。」
デーモンは妙な胸騒ぎを覚えた。
ここに座って悠長に茶を啜っている場合ではないことだけは、はっきりしていた。
「すまない、行ってみる。」
情報局というだけあって、そこには膨大な量の情報がある。
魔界はもちろんのこと、天界、人間界、異次元空間に至るまで、ありとあらゆる事柄がシステムの中に組み込まれ、インプットされている。
ここに不穏分子でも入られてしまったら、それこそ全ての世界において大混乱を起こしてしまうことになるのは言わずと知れたことであろう。
総括責任者である情報局長官というのは、参謀部などに比べて地味な活動が多いものの、宮廷直属の軍部元帥と肩を並べる程の地位を保持して
いた。
それだけ危険を伴い、それを臨機応変に対処するほどの頭脳明晰さがなければ務まらないのであるが。
長官室というのは情報局内に於いても入室が許されているのはごく一部。
その多くは、長官直々に与えている「特別任務」を担っている者だった。
もちろんデーモンもその一部の中に入っていた。
そういった者には特別にIDカードが支給されていた。
デーモンはカードを滑らせ、一つ目の扉のロックを解除した。
次の扉でパスワードを入力。これもカードの支給と共に脳に直接、自動的にインプットされる。
扉が解除された。あとは普通の扉があるだけで、そこを開ければ長官室である。
外部への情報漏れを気にしてか、壁も扉の完全防音だった。中にエースがいるかどうかは全く分からない。
『開けてはいけない。』
『でも確かめなければ・・・。』
二つの思いがデーモンの手を躊躇させていた。
きゅっと口許を引き締め、デーモンは扉に手をかけた。
・・・瞬間・・・。
むっ・・・とするような気怠い空気が隙間を縫って流れ込んでくる。
「・・・!」
ほんの二、三センチ・・・開けられた隙間から覗いた光景に、デーモンは息を呑んだ。
机の上に散乱した書類。その上に無造作に投げ出された身覚えない軍服。白い、白い肌の少年の顔が恍惚に歪んだ。大きく肩で呼吸(いき)をし、
快感の波に身を委ねる。
「はぁ・・・!あっ!」
「何だ・・・もうイッたのか?・・・早いな。」
嫌というほど聞き慣れた甘いトーンの声が、デーモンの耳に突き刺さる。
『見たくない・・・!』
そう思っても目を逸らそうとしても出来なかった。
「今からだぜ、俺が楽しむのは・・・!」
エースが少年の方を見ながら、ふと扉の方を見遣る。デーモンと目が合う。びくっとしてデーモンは視線を逸らしたが、エースの方は何もなかった
かのようにボソリと呟いた。
「・・・待ってろ、すぐ終わる。」
再び少年の下腹部に顔を埋めた。
「ちょ・・・長・・・か・・ん。」
弓なりに少年の背が反り返る。
ついこの前まで、自分があの少年だったのに・・・。デーモンの蒼く大きな瞳から、思いもかけない大粒の涙が溢れ、頬と顎を伝っては床にハタリ・・・
と落ちる。
それを拭うおうともせずに、ただ、デーモンは扉の向こうの二名を見つめていた。
どのくらい経ったか・・・。
デーモンの横を先程の少年が赤ら顔で走り去った。彼の髪が頬にあたり、デーモンは我に返る。
急いで扉を開けた。中にはボタンをそうかけないまま、とりあえず軍服を羽織って、煙草を燻らすエースの姿があった。
「エー・・・ス・・・?」
何と言っていいのか分からない。次の言葉に迷っていると、すっとエースが片膝をつき、深々と礼をとる。
「エース?」
「これはデーモン閣下、わざわざ情報局への御足労、痛み入ります。副大魔王様への御昇格、誠におめでとうございます。これより私は閣下のしも
べ。何なりとお申し付けくださいませ。」
ズキン・・・と胸が痛くなる。
このようなことを望んだのではない。
「エース・・・どういうことだ?」
今にも泣き出しそうな衝動を抑えて問う。
が、エースは顔を上げずに続けた。
「副大魔王様になられましたので、情報局のIDカードはお返しください。カード返却と同時にパスワードの方の記憶も削除させていただきます。よろ
しいですね、閣下。」
全く事務的な調子で言い放つ。
デーモンは必死で平静を装った。
「それは、できない。吾輩にはここを含めて全てを統括する任を負っている。ましてや元情報局部員の吾輩に返せなどと・・・。」
全く矛盾した、最早越権行為以外何者でもないことをデーモンは言い放った。
エースはここで初めてデーモンの顔を見た。
紅く、鋭い瞳が、薄暗い部屋に光る。まるで野生の豹のような、舐めるような視線。獲物を射竦めるような、そんな目だった。
「どうしても・・・と言うのか?」
いつもの声色に戻った気がして、何となくホッとするデーモン。が、それも束の間、すごい勢いで両腕を組み上げられ、床に叩きつけられる。
「ぐぅ!」
低く、喉の奥底からの笑い声がエースの口から溢れてくる。
「お前は副大魔王だ。最高指令だ・・・が、お前はここで、俺の元で何をやっていた?何の任務を遂行していた?ここで大声で言ってやろうか?
売女のような真似をしながら不穏分子の始末、情報局内における極秘任務を遂行していたと、副大魔王候補とあろう者が、男に尻を撫で回されて
いたと?え?デーモン。」
ぎりぎりと締め付けるエースの左手。右手はデーモンの顎を引き上げる。冷たく、硬い床におしつけられて、デーモンは息も切れ切れだった。
「・・・言ってもいいぞ、エース。お前が口外しようと思うのならすればよい。吾輩は任務を遂行したまで。それで今回の話が無くなってしまおうもの
なら、それでもよかろう。が、吾輩はお前を信じているからな。」
エースは何も言い返せなかった。ただ自分の中にあるのはどうしようもない喪失感と、狂おしいくらいの独占欲、それ以上に、デーモンを引き裂き
たいくらいの残酷な心理があった。デーモンの心を粉々にして、壊してしまいたい衝動に駆られる。
「・・・お前を副大魔王などと認めやしない。お前がここのセクションで何をしてたかなんて、俺しか知らない。お前は俺の・・・。」
ここで一旦言葉を切る。
デーモンは必死にあがきながら次の言葉を待った。
「奴隷だよ。」
妙にはっきりとした感覚で聞こえる。耳のところからぼうっと熱くなってくるのが分かった。嫌なものを無理やり飲み込めさせられた感覚によく似てい
る。今にも飛び出してきそうな心臓が、デーモンの身体を震えさせていた。
「え・・・?」
「副大魔王になる前のお前は、実によく働いてくれて、俺のかわいい部下の一名だったよ。でも今は違う。俺の側に存在しないことを許さない。
お前に感情なんて許さない。お前に対する感情なんて微塵もない。お前の自由など認めない。お前は・・・俺のただの奴隷だ。」
そうエースが言い放った瞬間、青白い炎が二名を取り囲むように浮かび上がった。
「嫌だ・・・エース、嫌だぁぁぁぁ!」
デーモンが感情を爆発させる。青い炎がエースめがけて飛んできた。
「うあぁっ!」
思わず手の力が緩んだ。その隙を突いて、デーモンはエースの束縛から逃れ、長官室を飛び出していった。
「ちぃっ・・・!」
デーモンと共にまとわりついていた炎も消え、あとにはがらんとした空間だけが残った。
二枚の防護扉も開け放しのままである。エースは立ち上がると、扉を閉めた。これで邪魔者は一切いない。
エースは机の引き出しに常備している最上級のワインを取り出し、コルクを抜くとそのまま煽った。
いつもなら最高の酔いで満たしてくれるが、今はそんな気分ではない。割れる一歩手前の力で瓶を置くと、机を力一杯、拳で打ちつけた。どうしてあ
んなことを言ってしまったのだろうか、あんなことを言うつもりはなかった。
何度も、何度も、拳を打ちつける。気が付くと血が滲んでいた。構わず打ちつける。
ガキィ!
嫌な音が響いた。右手はまるで壊れた玩具のように奇妙な形で変形していた。
力を使えばすぐに再生できるものなのだが、敢えてエースは放って置いた。それ以上に胸が痛かった。そこまで残酷になれるのだろう?デーモン
に対してだけ。何故・・・何故・・・。その言葉と、後戻りできない後悔の念だけが半分真っ白になったエースの頭の中をリフレインしていた。
「デーモン・・・!」
長い廊下を抜け、広い庭園を過ぎ、城門をくぐって外に出た。
そこからまっすぐ、「DEMON′s Forest」という魔界の森が広がっていた。
許可者以外の出入りを禁じてあり、それ以外の者が迷い込んだら二度と光を見ないと言われ、実際そういう者が森の餌食となっている。
何も考えずにデーモンは走り続けた。
平気であんな事を言い放つエースが憎かった。
それ以上に哀しかった。
・・・いや・・・それ以上に。
悔しかった。
あそこまで酷いことを言われておきながらも最後まで憎みきれない自分の心。
それよりももっと深いところにある想い。
「極秘任務」を行っている最中よりも苦しく、虚しく、そして吐き気がするくらいに哀しかった。
気付けば気付くほど、やりきれずに走り続ける。
モザイクのLove Maze
采は投げられた。
どこか遠くで、何かが壊れていく音がした・・・。
to be continude・・・
Presented by 高倉 雅(DC2年1月)