モザイクのLove Maze 〜仮面の狂宴 1 〜
また一名、死んだ。
天界のスパイが入り込んでいたらしい。偽造カードを使って長官室へ侵入しようとしたところを発見され、即、抹殺。
詳しいことはよく分からないが、悪魔だった者が、天界に寝返ったことだけは判明している。
・・・という報告がデーモンのもとに入ってきた。
どうも宮廷内が騒がしいと思っていたら、こういうことだったのか・・・と改めて気付く。
デーモンが【副大魔王閣下】として就任以来、殆ど城に行くことが無く、いつも戦場で指揮をとっていた。
珍しく宮廷内の自分用にあてがわれた部屋に入り、長い間に溜まった未処理の書類の山にバカでっかい溜息をついて、その瞬間にヒラリ・・・と落ちてきた報告書に目を奪われたのである。
大体、今日この部屋へ来たのも、あることを調べるためだった。
戦闘状態が奇妙なのである。
まるでこちらの動きを全て読んでいるような・・・。そのおかげでたった二、三ヶ月の間に第一艦隊、第二艦隊が撃墜され、生死も分からない。
自分としては完璧な指揮をとったつもりだった。
しかし、それは「つもり」であって、相手もバカではない。ある程度の動きは読んでいるだろう。
・・・が、二機もの大艦隊を生死が分からないくらい戦闘不能に出来るほど
完璧すぎるのは少し妙だった。
情報を見つけようと未処理の書類に次々とハンを押していく。・・・が、全く無意味な、半ば紙の無駄遣いとも思えるような、くだらないモノが殆どだった。
目を通し終え、ふぅ・・と溜息をつく。
めぼしいモノは最初の書類のみ。デーモンは立ち上がり、その書類を持って扉を開けた。
手掛かりがこれだけとあらば、とりあえず情報提供してくれたセクションへ行ってみるしかない。
報告書を作成したセクション・・・情報部へと足を向けた。
「早くその死体を片付けろ。血生臭くてしょうがない。」
先程も誰か死んだのか、殆ど人型を留めていない肉塊が局員達の手によって運び出されるのを、デーモンは見送った。
奥の長官室には、きっちりと軍服を着込んだエースが、グラスになみなみとワインを注いでいた。
「・・・酒が不味くなる。」
そう呟くと、一口飲んだ。・・・と、デーモンの存在に気付く。
「これはこれはデーモン閣下、宮廷にお出ましとは。いかがなされました?」
言葉遣いとは裏腹に、ひどく残酷な瞳の色が見える。
「一つ二つ尋きたいことがある。」
デーモンに心臓がバクバクと音をたてる。
エースは二重扉を閉め、完全に外とこちらを遮断した。そのまま、デーモンの方を振り向く。
「・・・で?何が尋きたい?」
威圧的に近付いてくるエースに、デーモンは一、二歩さがる。
「報告書についてだ・・・。」
「・・・あぁ、それか。・・・いつものことだよ。また一名、邪魔が減っただけだ。」
エースはそのまま机の上に座り、ワイングラスを傾ける。
「・・・我々の艦隊が二機、行方不明なのは?」
「知っている。そのことについては少し気になることが・・・。」
ここで切る。デーモンが怪訝そうにエースを覗いた。
「先は?」
クスリ・・・とエースは笑い、鋭い視線をデーモンに走らせた。
ビクッ・・・とデーモンは震える。
「・・・言ったろう?忘れたのか?お前は俺の奴隷だ。」
デーモンの胸に、任務中は忘れていた大きな、太い杭が再び突き刺さる。
「お前の要求など知らぬ。俺はお前をどうするか考えているだけだ。」
そう言うと、デーモンの耳に息を吹きかける。
不快なのか、快感なのか、よく分からない感覚が肌を粟立たせる。
エースはそのままデーモンの首筋に唇を当てた。
「ふっ・・・!」
エースの右手が器用にデーモンの軍服のボタンを外してゆく。あっという間に露わになった素肌が、ほんの少し触られただけで紅潮していくのが見て取れた。
「・・・奴隷は俺の言うことを聞くんだよな。」
「・・・嫌・・・だ!エース!やめ・・・ろ・・・っっ!」
反抗しつつも躰の芯がゆるゆると熱くなっているのが分かった。
首筋を通り、胸までいって、エースの唇は胸の突起をコリコリと噛んでいた。
「く・・・っ!あっ・・・はっ・・・!」
思いもかけず、霰もない声がデーモンの口から溢れ出る。ゆっくりと快感の核が意識し始め、首をもたげようとしていた。
「相変わらず・・・感度は良いな。」
押し殺したようなエースの含み笑い。
「戦場で何人の男を喰った?お前のその腐った汚い躰で何人骨抜きにした?」
かっ・・・としてデーモンはエースの手を振りほどこうとする。・・・が、すでに膝は崩れかけていて、思うほど力が出せていない。
「吾輩を・・・侮辱するのか?!」
「嘘をつけ、お前に魅せられて狂い死にしない奴など気が知れない。・・・そう俺が仕込んだんだ・・・お前を、な。」
エースのルビーの瞳が、デーモンを残酷に見つめる。前からであったが、デーモンはこんなエースの瞳が怖くてたまらなかった。死から逃れられない、可哀想な獲物が、恐怖に打ち震える様を、さも楽しげとも思われる様子でこちらを見る。それは一種の呪縛に近かった。そして、そこに見え隠れするのは、ほんの少しの哀れみ。それは可哀想な獲物に対してか・・・それとも・・・。
『野獣』・・・それが一番エースには似合っていた。
ただの野獣ではない。魔界に於いて最高の美と残忍さ、そして誇りを持った『ブラックジャガー』の一族。
獲物の気分を味わいながらデーモンは恐怖を感じつつも、逆らいがたい快感の波に身を委ねるしかなかった。
エースは既にデーモンの双丘を攻めていた。
指が一本、二本・・・と入ってゆく。その刺激の度に、デーモンの背中が反り返った。
「は・・・っ!あん・・・あ・・・い・・・っっ!」
「これがそんなにイイのか?・・・じゃぁこれだけでイキな。」
ぐぐぅ・・・とエースの指が蕾を押し開く。
「はうっ!」
すっかり膨れあがったデーモンの雄は、エースの指がほんの少し動くだけで、解放を求めて昇りつめようとしている。
「っ・・・あっ!・・・や・・・めぇ・・・!」
きつく閉じられたデーモンの目に、一筋の涙がこぼれ落ちる。
いつの間にか、エースの顔の上にまたがる体勢になっているデーモンに無理矢理エース自身をくわえ込ませた。
「ぐっ・・・!」
己のこの屈辱的な快感から逃れようと、デーモンはエースのものを執拗に舐め上げる。
「あっ・・・!」
思わずエースの口からもしどけない声が出た。
さらに指を奥深いところへ探り込む。
「ぐうっ!」
思いがけない快感だったのか、デーモンはその一撃で己の精を解放しかけた。
寸前でエースがそれを押し止めようと、左手で制止する。
「・・・・!」
何とも言えない悩ましげな表情でデーモンは顔を上げる。
「まだだ・・・お前は駄目だ。」
エースは左手をそのままに、デーモンの後ろから欲望を突き立てた。
「っはぁっんっ!」
ぐぐっ・・・と刺し貫かれる感覚。
デーモンの喉は、これでもかというほど仰け反った。
容赦ないエースの動き。
左手で締め付けられ、解放を許されない快感。
半分頭がスパークして、意識が白くなりかけていた。
「・・・ほら・・・!イイだろう?!え?!デーモン・・・!」
攻め立ててくるエース。そして最後の一撃・・・。
瞬間、エースは左手を外した。
身体中に炎が上がったかのように熱くなったかと思うと、電流が走った。
耐えきれなかったものが、勢いづいて溢れ出る。それは背後から襲ってきたものも同じだった。
明らかに異質な液体が内部へ流れ込んでくる。
くらり・・・と軽い貧血状態。
ぐったりとしたままデーモンはしばらく起き上がれなかった。
「・・・売女が・・・!」
吐き捨てるようなエースの言葉も、ぎりぎりの平常心で聞き流し、デーモンはキッ・・・と顔だけを動かし、エースを睨め付けた。
「・・・情報を・・・提供して頂こうか。エース情報局長官。」
喉がヒリヒリと痛かった。
「妙な噂を耳にしたのだけれど・・・。」
ダミアンが口を開く。
このまま挨拶もせずに帰るのは気が引けたため、そのままデーモンは大広間を訪れていた。
「噂・・・ですか?」
鈍い痛みが残る身体をようやく支えつつ、デーモンは立ちつくす。
それに気付き、ダミアンは侍従に椅子を持ってこさせた。遠慮なくデーモンもそれに座る。
彼のとりあえず落ち着いた様子を見計らい、ダミアンは話を進めた。
「・・・一応ここだけの話だ。デーモンは戦場にいたから知らないだろうけど・・・。」
ダミアンは言いにくそうにデーモンを見た。
デーモンの背中に緊張が走る。
「・・・情報局についてだ。」
ドキン・・・と心臓が高く鳴る。
「情報局の資料がごっそり盗まれたんだ。一度や二度ではない。少なくとも私の耳には二桁は越えないまでも・・・と入っている。」
「・・・でも、情報局へはカードが・・・。」
デーモンが口を挟む。
「そう、IDカード無しでは入れない。偽装しても無駄だ。あのカードにはエース長官の念が刻んである。それ無しではいくら精巧なものを作っても、すぐにバレる。・・・現にそれで何名もの奴が抹殺された。」
それはダミアンに言われるまでもなく、デーモンには嫌と言うほど知っている事実だった。そう、副大魔王という地位に就くまでは、自分自身がそういった者達を抹殺し続けていたのだから・・・。
無言で唇を噛みしめるデーモンにさらに追い打ちをかけるかのような言葉が、ダミアンから発された。
「・・・情報局長官に疑いがかけられている。」
思いがけないことに、デーモンもその言葉を理解するまでに時間がかかった。
何よりも明らかな驚愕の表情を讃えたデーモンに、ダミアンが猫目石(キャッツアイ)
色の瞳を哀しそうに伏せて頷く。
「・・・そう、エースに疑いがかけられているのだよ。何か思い当たるふしはないかい?」
デーモンは大きく頭を振るう。先程の情報局ででもエースはそんな様子は一切見せなかった。恐怖を感じていたとはいえ、あの燃えるようなルビー色の瞳からは裏切りは感じられなかった。
ダミアンは溜息をついた。
「・・・だろうね。私もそんなことは全く思っていない。が、他悪魔(ひと)の口には扉は建てられない、今、宮廷中その話で持ちきりだ。気を付けてみてくれ。」
デーモンは慌てて椅子から立つと、一礼して広間を後にした。
「奴も・・・大変だな。」
ほんの少し苦笑したダミアンは誰にともなく呟いた。
「・・・。」
側に立つ侍従は無言で一礼し、何も言わずに自分の職務を果たしていた。