空 色 の 涙
act 6
暫くは絶対安静だから、今夜は自分の屋敷で面倒をみるというゼノンの屋敷にルークを運び、心配要らないというゼノンの言葉を信じ、エースは自分の屋敷に戻っていた。
とっておきの酒をテーブルの上に置く。
そしてグラスを2つ。
新しいボトルの栓を抜く。
2つのグラスに注いだ。
琥珀色の酒は、芳醇な香りを漂わせ、磨かれたグラスを照らす。
片方のグラスを持つと、もう片方のグラスに近づけた。
軽やかな音をさせ、口へと運ぶ。
甘いはずの酒が苦く感じられた。
しかし、今はその苦さが心地良い。
自分が居ながら、ルークに傷を負わせてしまった。
目の前で起きた出来事を、指をくわえて見ているしかなかった自分が不甲斐なかった。
その、自虐的な感情が、今の自分を動かしている。
もう一口飲み煙草に火をつけ、置いたグラスを再び手にとると、窓際へ向かった。
大きく開けはなした窓からは、少し冷たい風が入り込んでくる。
瞳の奥からにじみ出ようとしたものを、風がさらって行った。
「・・・ゼノ・・・ン・・・?」
小さな声にゼノンは目を覚ました。
自分がうたた寝していた事に気付く。
ハッとして、ベッドの上のルークを見る。
「ゼノン。」
「ルーク! 目、覚めたね。」
ゼノンを呼んでいたのはルークだった。
うっすらと目を開け、当たりを見回す。
「ゼノンの家なんだ。」
「そうなんだ。ここの方が目が届くからね。気分は?」
じっと考える風に僅かに首を傾げる。
「頭くらくらする。お腹痛い。でも、気分はそう悪い方じゃない。」
「そう。頭の方は、天界の影響が少し残ってるのかな。腹部は当たり前。暫くは痛むよ。全体安静ね。」
「分かった。」
素直なルークの姿に微笑む。
「ねえ、デーモンは? デーモンは無事なの?」
「多分ね。僕もまだ会ってないんだ。でも、連絡が無いということは、きっと元気だよ。」
「そう・・・。」
ルークは、大きく溜息をついた。
「良かった、これがデーモンじゃなくって。」
ゼノンの瞳が曇る。
「ダメだよ、自分を大切にしなきゃ。」
「でも、副大魔王を守るのは俺の役目だよ。誰にも譲らない。」
「それはそうかもしれないけど、ルークのは私情たっぷりでしょ? そんなことをしたら、デーモンが哀しむよ。」
「そう?」
心底不思議そうに訊く。
「だってそうでしょう? デーモンにとってルークは、軍事局参謀としての自分の補佐である前に、大事な仲魔なんだから。」
毛布を掛け直しながら、ゼノンは言った。
「おやすみ。」
「デーモン!!!」
血糊を浴びた後姿に、ライデンは呼びかけた。
「ルークが怪我したって?」
血相を変えて、噛み付かんばかりの勢いで話し掛ける。
「ああ。吾輩の盾になってな。」
瞳を伏せる。
「今、行って来た所だ。天界の気は抜けたみたいだから、後は怪我の具合だけらしい。これは、心配ないとゼノンが言っていた。」
「俺が、短気起こさなきゃ良かったんだ。」
「ライデン?」
ライデンは、ルークと言い争った時の事を話した。
「俺だって、天界の気を感じていたんだ。なのに・・・。」
デーモンは、ライデンの肩をポンと叩いた。
「それを言うなら吾輩もだろう? 取り敢えず今は、ルークの回復を待たないとな。それより・・・。」
別れ際、デーモンは言った。
「ゼノンが今回の治療で、随分参っているみたいなんだ。頼んでいいか?」
「任しといて!」
ライデンは駆け出して行った。
「ルーク、入るぞ。」
デーモンはルークが使っているゼノンの屋敷の客間の扉をノックした。
返事は無い。
眠っているのだろうか?
デーモンは、暫く待った後、ゆっくり扉を開けた。
毛布を深く被っているルークの吐息は柔らかかった。
そっと額に手を当てる。
熱はなさそうだった。
ゼノンの言うとおり、天界の気さえ抜ければ、怪我の程度は大丈夫のようだ。
「・・・ん・・・。」
デーモンの手の冷たさに身じろぎをする。
「起こしてしまったか?」
デーモンは言った。
「気分はどうだ?」
「平気。全然大丈夫だよ。」
「そうか・・・。すまなかったな。」
ルークは首を横に振った。
「デーモンじゃなくて良かった。」
「ルーク。」
「仲魔として、デーモンを助けられて嬉しいんだ。」
ルークは手を伸ばして、デーモンの腕を掴んだ。
「良かった。」
「ルーク・・・。ありがとう。」
ルークの笑顔は晴れやかだった。