空 色 の 涙
act 5
何事もなく過ぎていく。
しかし、天界の気が消えたわけではない。
そもそも、敵陣でこんなにあからさまに気を放出するものだろうか?
余程の下っ端か、それともワザとか。
どちらにしろ、何が目的なのか。
エースとルークの報告を受け、そして検討を重ねる。
デーモンは、毎日持ち込まれる2種類の報告書を丹念に読み返していた。
何かが分かる筈である。
長期間に渡る潜伏期間は、敵の中に油断が生まれるはず。
「ん?」
デーモンは、エースとルークからの報告書を見比べた。
同日同時刻を証明する記載。
「何故だ?」
デーモンは独り言を呟いた。
「エースの行動が合わない。」
ルークが、エースを見掛けたと報告した時刻に、エースの報告書によると、エースは別の場所に居たことになっていた。
他の日の報告書を照らし合わせてみる。
多くはないが、噛み合わない箇所が数箇所見つかった。
「何故気付かなかったんだ。」
デーモンは、エースとルークを呼び寄せようと思ったが、今2名が何処で警護にあたっているかを確認すると、執務室を後にした。
「デーモン、どうしたんだ?」
エースの声。
ハッとして振り返る。
「エース・・・。」
心底安堵したデーモンをいぶかしむ。
「何を慌ててるんだ?」
「ルーク、知らないか?」
「ルーク? 今日は会ってないな。」
「そうか。分かった。」
「おい。」
自分の前を通り過ぎようとしたデーモンを引き止める。
「何かあったのか?」
デーモンは言い淀んだ。
確かなことは分からない。
ただの自分の憶測に過ぎない。
自分の思い過ごしかもしれない。
エースに言うべきか、言わざるべきか。
エースが2名居る?
デーモンが思い切って口を開こうとした時。
「デーモン! 何してんの? あれ??? エースってば素早いんだ。先刻あっちにいたじゃん。」
デーモンは自分の勘が当たった事を確信する。
「ルーク、良かった。お前に話があって来たん・・・。」
デーモンの瞳が光り、後方を見据える。
背中に豊かになびいていた黄金の髪の毛が逆立って行った。
その様子に、エースとルークは、デーモンの視線の先を捉えた。
「!!!」
「エース・・・?」
そこには、エースにそっくりな者が、天界の気を隠しもせず立っていた。
艶然と微笑むその者は、デーモンの射る様な視線を平然と受け止める。
「お久しぶりです、デーモン閣下。」
「そなたから、そのような挨拶を受けるほど知り合った覚えはないが。」
「ふふふ。噂に違わぬ美しいお方。」
「何が目的だ?」
「怒った顔も美しい。」
「目的は?」
デーモンは、ゆっくりと繰り返した。
「貴方に会いに。」
「そういう冗談は好まない。」
「冷たい方だ。」
デーモンの瞳がイラついた様に揺れた。
「本当ですよ。あの時見掛けた貴方の美しさに、もう一度お会いしたいと願い、危険を省みず・・・。私の努力だけは認めていただきたいもの。」
「笑止。」
「ふふふ。」
一呼吸おくと、デーモンは問うた。
「何者だ? 気を隠さなかったのは、吾輩をおびき寄せるためか?」
「ええ。」
平然と答える。
「この姿。結構便利です。皆、何の違和感もなく通してくれます。」
その者はエースの方を見ると、ニヤリと笑った。
エースは言った。
「ほう。天界の者でも、そういう笑い方が出来るのだな。」
「貴方がたが思われるほど、清い場所ではありませんよ、天界とて。」
その者は、笑顔を収めると言った。
「貴方のお命、頂戴いたします。」
空中に、スーっと剣が現れた。
「やはりな。」
デーモンは、その者が剣を構える姿をただ見つめていた。
「デーモン!」
ルークは叫んだ。
「2名とも、下がれ。」
「デーモン!!!」
「案ずるな。」
デーモンはそう言うと、その者を見つめた。
「ここは魔界。そなたの力、半分も発揮出来ないだろうて。」
無防備なまま立つデーモンに、圧倒される。
これが、魔界の副大魔王なのか。
「ここでは陛下や殿下に危害が及ぶ。吾輩が目的なら、何もここでなくとも良かろう?お前と初めて遭ったあの丘でどうだ?」
「良いでしょう。」
2名は転移した。
取り残されたエースとルークは顔を見合わせる。
「エース、あいつ、デーモンと知りあいなの?」
開口一番に問う。
「いや、たまたまデーモンも見かけただけらしい。ただ・・・。」
エースは言いにくそうに続けた。
「俺とあまりにも似ていたため、印象深かったらしいんだ。」
「ふーん。」
「追うぞ。」
何となく納得させられた形になったルークは、いまいちすっきりしない顔をしていたが、エースは、そんな事はお構いなしに、ルークの腕を掴むと、デーモンの後を追った。
風が強かった。
「目的は吾輩の命。しかし、吾輩とて、そう易々とくれてやる訳にはいかないのでな。」
デーモンの瞳が燃えた。
臨戦体勢に入ったデーモンに、笑みをこぼすと言った。
「では、遠慮無く。」
鋭い切り込み。
しかし、デーモンは軽く身をかわした。
その者は、体勢を整えるとすぐさま走りこんでくる。
「甘い。」
デーモンは、敢えて剣を真っ向から受け止める。
「くっ。」
剣と一緒に跳ね飛ばされた形になったその者は、少し離れた場所に転ぶ。
起き上がると、手のひら合わせ、祈るような形を作った。
光の玉が、デーモンめがけて飛ばされる。
デーモンは、腕を交差させ、光の玉を跳ね返した。
その者は、悔しさと苦しさに、ギリっと唇を噛む。
その時、エースとルークの2名が現れた。
「デーモン!!!」
「何故追ってきた。」
デーモンは振り返って言った。
「心配だからじゃないか。危ない!!!」
ルークは飛び出していた。
デーモンの前に立ちはだかる。
「うわああああああああああっっっ!!!!!」
「ルーーーーーク!!!!!」
2名の声が重なる。
デーモンは、崩れ落ちるルークの身体を受け止めた。
「お、俺は・・・大・・・丈夫だ・・・から・・・。」
光の玉が当たった腹部を抑えながら、苦しい息の中言う。
「喋るな。」
指の間から、血が滴り落ちる。
「エース! ルークをゼノンの下へ!!!」
デーモンは言った。
「御意。」
エースは、ルークを抱えるとゼノンの元へと転移した。
それを見届けると、デーモンは気を一気に高める。
黄金の光に包まれていくデーモンの姿。
「貴方は天界にとって危険なのです。」
その者は、気圧されながら言った。
「貴方を倒せば魔界は揺るぐ。」
1歩1歩、歩み寄るデーモン。
「だから・・・。」
1歩1歩、後ろへ引く。
「私は、この容姿を見込まれて魔界へ来ました。」
「なるほどな。」
「お陰で、容易く枢密院へ入り込めました。」
「警備を強化せねばならないな。」
デーモンは剣を構えた。
「最後に、名前を聞いておこう。」
「エース。」
「何?」
「私は、この世に生を受けたと気から、魔界に送り込まれるため・・・、貴方と出会う為に生きてきました。この姿があれば、貴方が油断なさるのではないかと考えたんです。」
「吾輩ごときの命ひとつの為に、ご大層なことだ。」
「それほど、貴方の存在は脅威なのです。」
「光栄だな。」
「その為に私は、あの方の名前を頂戴いたしました。貴方は・・・、この姿の私を斬れますか?」
デーモンは面白くもなさそうに笑った。
「吾輩は、公私混同はせぬ。さて、お遊びは終わりだ。」
そして、一突き。
あっけない幕切れ。
『エース』は抵抗しなかった。
「そういうお方だと思っておりました。」
そう言って、崩れ落ちていく。
微かに微笑んで。
『エース』は、霧散した。
【これだけは信じてください。本当に貴方の事をお慕い申し上げていました。】
そう残して・・・。
ゼノンの元へと転移しながら、エースは、ゼノンへ心話を送る。
その為、ルークを抱えたエースが辿り着いた時には、既に治療の準備が整っていた。
「奥のベッドへ。」
姿を現したエースに、言葉少なく指示を出す。
「どうだ?」
治療を始めたゼノンに声をかけた。
「まだ、なんとも。ただの傷じゃないからね。まずは、天界の気を抜かなきゃ。」
何の反応も示さないルークの、苦しそうな呼吸の音が部屋に響く。
ゼノンは、傷口に掌を翳し、呪文を唱える。
その呪術は、ゼノンの精力を奪っていく。
玉のような汗で、額にかかる髪が張り付く。
この呪術は、悪魔にとって悪い影響を及ぼす気を抜く呪術。
しかし、その気が悪影響であればあるほど、呪術を施す者に負担を及ぼす。
今回は、その最たるものである、天界の気。
例え、大天使が与えた気ではなくても、それは、自分達とは相反する気である。
その影響は計り知れない。
ゼノンは、倒れそうになりながらも、必死で集中する。
その時、フッと負担が軽くなった。
様子を見ていたエースが、ゼノンの背中に手を当て、自分の気を送り込んだのだ。
「ありがとう。」
振り返って、微かに微笑んだ。
「デーモンは?」
エースからの心話と、ルークの傷口からの情報で、大体の状況は把握できていた。
残されたデーモンの事を気遣う。
「ああ。あの程度の天使なら大丈夫だろう。」
「そうみたいだね。これがもっと上の天使だったら、僕だけじゃ無理だもの。」
ルークの呼吸が整っていく。
「これで、天界の気は大丈夫かな。あとは傷の治療だけだね。これはルーク位の魔力だったら心配いらないよ。」