空 色 の 涙
act 2
朝靄に煙る木立の中。
日差しも深く傾き地面に木々の影が遠くへ伸びている。
今朝は少し肌寒い。
森の奥深く。
ルークは森の中の湖の水辺に立った。
何か思いつめたような雰囲気はあるものの、長い髪の毛に半分隠された顔に浮かぶ表情は読み取れない。
先程よりは少し昇った太陽。
湖に指先を浸す。
やはりまだ冷たい。
しかしルークは思い切ったように着ていた物を全て脱ぎ捨てた。
散らばった服もそのままに湖に飛び込む。
冷たい水が身体中に染み込んでゆく。
何もかもが冷えて行き、そして流れ出していく。
心の奥にしまい込んでいた感情さえも・・・。
浮かび上がった瞳からは、濡れた髪から滑り落ちる雫とともにこぼれ落ちる一筋の輝き。
意思とは関係なく止め処なく流れる涙は、木漏れ陽に反射する水面に吸い込まれて行った。
ルークはデーモンの執務室の前に立った。
ノックをし、返事を待って入室する。
「どうした?」
ペンを走らせていた手を止めて、デーモンは問い掛けた。
いつものルークと雰囲気が違う、そう感じたデーモンは立ち上がって、扉の前で俯いているルークの傍に歩み寄った。
「外は雨か?」
ルークの髪濡れている事に気付き、長い巻き毛に手を伸ばし・・・と、その手が払いのけられる。
「ルーク?」
突然、ルークがデーモンへ抱き付く。
「ルーク???」
突然の事に、デーモンは反応を返せなかったが、ルークの身体が震えている事に気付き、背中に手を回す。
「お前、すごい熱じゃないか!」
背中に回した手から、尋常ではない熱が伝わってくる。
デーモンは、秘書官を呼んだ。
「ゼノンに連絡を!」
「はっ。」
慌てて出て行く秘書官を確認すると、ルークに目を向ける。
息が荒い。
「すぐゼノンが来るから。」
執務室に隣接する仮眠室にルークを寝かせながらデーモンは言った。
「ごめん、デーモン・・・。」
その言葉にフッと微笑むと、ルークの髪に指を絡ませる。
「何処で水遊びしてきたんだ? まだ寒いだろうに。」
「ごめん・・・。」
「詳しくは聞かないが。ゼノンが来るまで休むんだ。」
コクリと頷くと、目を閉じた。
「ルークが倒れたの?」
間も無くして、ゼノンが現れた。
「ああ。熱が高いんだ。」
迎え入れながら、デーモンは答えた。
「吾輩は此処にいるから、頼んでいいか?」
訊きながらも、仮眠室のドアを自分で開けるゼノンに言った。
「?」
「この寒いのに、水浴びしたらしいんだ。吾輩には謝るだけで何も言わない。席を外した方が良いと思うのだが・・・。」
「分かった。此処に居てね。」
淋しそうにそう言うデーモンに、ゆっくり頷いて仮眠室へと入って行った。
「ルーク? 気分はどう?」
ゼノンの手がルークの額に軽く触れる。
その冷たさに閉じていた目を開ける。
「水浴びしたって?」
ゼノンが手際よく診察して行く様子をまるで他人事のように眺めている。
「頭は痛くない?」
「少し。」
初めて口を開いたルークに安心する。
「風邪だね。熱が高そうだから暫くはベッドと友達だよ。」
ちょっと口調を強めて言ってみせた。
ルークの瞳から涙が零れ落ちる。
ルークは涙を隠すように反対側を向いた。
「水浴びの原因は、デーモン?」
ハッとしてゼノンを見る。
「デーモンがね、『自分には理由を言いたくなさそうだから』って。淋しそうだったよ。」
涙が溢れるのを止められず、毛布を頭まで被る。
「デーモンは、ルークが可愛いからね。心配で堪らないんだよ。」
毛布の下で大きく首を振っているのが分かる。
「・・・う・・・。」
「ルーク?」
「違う。」
くぐもった声が聞こえた。
「デーモンは・・・エースのことが好きなんだ。そして、きっとエースも・・・。」
ゼノンは1つ溜息をついて、語り始めた。
「確かにね、あの2名は仲が良いよね。僕は2人のお互いに対する感情は知らないけど、ルークが言うことも決して否めないと思う。
でも2名がルークの事を大切に思っていることは知っているよ。」
毛布から涙で濡れた目だけを出してゼノンを見る。
「デーモンがね、以前、言ってたんだよ。『自分が我儘に動けるのはルークの補佐があっての事だ。仕事でも、プライベートでも。感謝しなければいけないな』って。
デーモンはルークのこと、忘れてないよ。」
「デーモンが、遠くへ行ってしまいそうだったんだ。エースに盗られそうだったんだ。俺だけに笑って欲しかったんだ・・・。」
泣きながら言うルークの毛布を頭から外し、肩口に持ってくる。
「でも、知ってる? ルークへのデーモンの笑顔も特別だって。エースだって、ルークが見ている笑顔は見たことが無いんだよ。僕でさえも妬きたくなるほどだよ?」
ルークは驚いたように目を開いて、真っ赤になった。
「皆、ルークが好きだよ。」
「どうだった?ルークは。」
「何て顔してるの。風邪だよ。熱が高いから暫く仕事は休ませるけど、良いよね。」
情けない顔をしているデーモンに笑いを隠せずに言った。
「勿論だ。身体が一番だからな。」
大きく頷く。
「ルークは?」
一転して、不安の色を宿した瞳を向ける。
「ん? ストレスが堪っていたみたいだね。スッキリしたくって湖に入ったらしいよ。」
デーモンは不信を顕わにした。
「吾輩が原因か?」
「それは自意識過剰でしょう? ま、要因ではあるだろうけど、原因では無いと思うよ。全てはルーク次第・・・。」
「そうではない!」
ゼノンの言葉を遮る。
「そうじゃない・・・。上手く言えないが・・・。本当に自意識過剰で済むのか?」
「だから、ルーク次第なんでしょう?」
ゼノンの瞳は、全てを包み込むようで。
「ルークが何も言わないんだったら、自意識過剰で済ませなきゃ・・・でしょう?」
「そうか・・・、そうだな。ルークは・・・。」
「最後まで言っちゃだめだよ、デーモン。」
今度はゼノンが遮った。
「ルーク次第だよ。」