空 色 の 涙
act 1
軍事局総帥の執務室。
扉をノックすると返事が帰ってきた。
部屋の主は、顔をあげて来客を待った。
「デーモン、ちょっと相談があるんだが、今良いか?」
エースは、デーモンのデスクの前に立つと、書類を見せた。
「いいぞ。丁度一段落ついたところだ。そちらに行こうか。」
来客用の応接セットへ促した。
エースが座ったソファの反対側へ腰を下ろす。
それと同時にお茶が運び込まれる。
「ありがとう。」
礼を言うと、暫くの間近づかないよう指示し下がらせた。
「さて、どうした?」
早速促す。
「まずは、この報告書を。」
エースは、持っていた書類をおもむろに渡した。
それを受け取ると、デーモンは下している黄金の髪を手でかきあげて後ろへ無造作にはねやると、丹念に読み始めた。
「で?」
読み終えると、顔をあげエースを見る。
「おまえの考えはどうなんだ?」
「俺も、その報告書を受け取ったのは今朝なんだ。あの丘に天使が現れるということはおまえから聞いて知っていた。
GOD’S DOOR以外で天使を見かけるというのは、かなり稀だ。」
エースは、以前デーモンに着いていった丘で、デーモンが天使に出会った経験を語った件を持ちだした。
デーモンは、「ああ。」と何気なく言いはしたものの、自分の頬が微かに染まるのが分かった。
それは、デーモンとエースの休みがたまたま重なったある日。
エースはデーモンの屋敷を訪れたとき、デーモンは出かける途中だった。
デーモンは同行を促し、エースは宛てもなく歩いていく。
そこは小高い丘。
デーモンはそこで何をするでもなく、じっと空を見上げていた。
結局何事も起こることもなく帰路につく。
何の用事だったのかと尋ねるエースにデーモンは恥ずかしそうに答えた。
『ここで天使を見かけた。その天使はエースに似ていた。だからもう一度遭ってみたかった』と。
「まだ現れているのか?」
デーモンは尋ねた。
「ああ。今回、そう言う情報が入ったから、極秘で調査をさせたていた。以前お前が遭遇したときは、敵意のようなものは感じなかったのだろう?」
「全く。しかし、今回そういう情報が入るということは、接触によって何らかの支障をきたしているのであろう?」
デーモンはもう一度報告書に目を通しながら言った。
「迂闊だったな。あの時は・・・。」
自分の行動の思慮の無さに、その表情は後悔が滲んだ。
「ま、終わってしまったものは仕方ないさ。それよりも今どうするかだ。」
エースは、デーモンの杞憂を払うかのように頭をポンポンと叩く。
「お前はどう思う?」
見上げるデーモンの不安を宿した瞳を見て、微笑む。
「それを相談に来たんだがな。」
「そうだったな。」
その言葉に、デーモンも僅かに微笑んだ。
ルークは、デーモンの執務室のドアをノックしようとした。
先客?
ルークはノックを止め、小さく扉を開き中を覗いた。
デーモンの表情が伺えた。
「?」
デーモンの表情は、自分に向ける笑顔とは違う、柔らかい微笑み。
確かに自分には何時も笑顔で接してくれる。
優しく微笑んでくれる。
まるで、包み込むように。
しかし、今のデーモンの微笑みは違っていた。
頼り切った、儚い微笑み。
ルークは、扉を少しだけ大きく開け、1歩踏み込み、デーモンが話す相手を確認した。
赤いひと房の長い髪が、黒い軍服の上へ流れている。
『エース・・・。』
エースが相手だと、あんな笑い方をするんだ。
自分が見たことの無い笑顔。
チクっと胸の奥に刺す何かを感じた。
エースが、デーモンの頭をポンポンと叩いた。
「お前はどう思う?」
そう言うデーモンの表情は、不安を宿している。
「それを相談に来たんだがな。」
エースの声も、長年付き合っている自分でさえ初めて聞くような声音。
エースが、どんな表情なのか容易に想像がついた。
「そうだったな。」
デーモンは、安心したように微笑む。
胸の奥の痛みは次第に大きくなり、息も出来なくなるほどの衝撃をもたらしていた。
2名が仲が良いのは何時もの事である。
しかも、普通の会話が続いているだけではないか。
この不快感は自分の邪推によるものであることは分かっている。
モヤモヤの正体。
嫉妬?
誰に?
ルークが気持ちを落ち着かせようとしている間にも、彼らの話は続いていた。
「そしてこれが調査結果だ。」
エースは、もう1つの書類を渡した。
「俺も、あの後、別に気にはしてなかったんだ。まあ、こんなこともあるのだろうとな。しかし、最近になって、明らかに天界の動きをこの魔界で感じるようになった。
しかし、GOD’S DOORが開かれたと言う報告はない。一番に思いついたのがあの場所だった、というわけだ。」
デーモンは、書類をめくりながらエースの話を聞いている。
「それはいつ頃からだ?」
「3ヶ月前。様子をみていたんだが、気になる動きがあったので1ヶ月前から内偵を進めていた。そしてその結果報告がコレだ。」
デーモンの手にある書類を指さす。
「気になる動きとは?」
「それにも書いてあると思うが、奴等の動きが点在していること、そして、だんだん中心部に近付きつつあると言うこと、この2点。」
「点在している範囲は?」
エースは、デーモンの机上のスイッチを押すと、大きなモニターを出現させた。
書類に添付してあったチップを挿入する。
魔界全土が映し出された。
「お前が奴等を見たという丘がここだ。お前の屋敷に近いな。」
エースは指示棒で指し、確認を取るようにデーモンを見た。
デーモンは頷く。
「お前の屋敷と闇宵宮は大して離れては居ない。」
伏魔殿。
伏魔殿自体が大きな街を構成していた。
そして、その街の何処に屋敷を構えているかによって身分が分かる。
街の最奥に、大魔王陛下及びダミアン皇太子殿下が住んでいる屋敷があった。
その屋敷を、「闇宵宮」と呼ぶ。
デーモンは、大魔王陛下、皇太子殿下に継ぐ身分と実力を持つため、この屋敷に最も近い位置に住んでいた。
「数ヶ月前までの奴等の分布を見ると、伏魔殿とは逆の方へ広がっていた。」
エースはスイッチを切り替える。
画面はその数ヶ月前の天使の分布を示した。
ほんの僅か。
それはあまり気にするほどでもない数。
もう一度スイッチを切り替える。
「これが一ヶ月前。」
それは先程と大差無い数ではあるが、分布の仕方が明らかに伏魔殿へと寄っていた。
「意図的な動きのように感じたので、局員を数名そちらの方への調査に行かせた訳だが。」
そう言いながら最後のデータを映し出す。
「!!!」
デーモンは背を起こして覗きこむ。
「そしてこれが現在。奴等の中の1名が枢密院に入り込んでいる。」
枢密院とは、魔界を統べる最高機関。
その議会を行う建物自体をこう呼んでいる。
この建物に、軍事局・情報局・文化局等々が機関が入っている。
枢密院は、闇宵宮とデーモン達・・・いわゆる貴族達の屋敷の間に建っていた。
その映像は、天使の”気”の1つが枢密院の中に位置していた。
デーモンは、慌てて立ちあがると扉へ向かおうとした。
「どこへ行く?デーモン。」
エースは横を通り過ぎようとしたデーモンの腕をつかんで引きとめた。
「殿下へお知らせしなければ!」
「奴が何処に潜んで居るかも分からないのにか?」
「しかし・・・。」
「落ち着くんだ。」
それでも向かおうとするデーモンをグイッと引っ張って、自分の隣に座らせる。
「だから相談に来たんだ。」
何度目かの言葉を口にする。
「お前がしっかりしなければ、誰が指揮するんだ?陛下や殿下の一番近くに居るのはお前じゃないか。」
エースはデーモンの肩を抱いて、力を込める。
触れられた箇所から、暖かな温もりが入ってくるような気がした。
その温もりは、いつも自分を安心させ、そして冷静へと導いてくれる。
「そうだな。もう暫く奴等の出方を見てみよう。その間、吾輩はなるべく殿下のお側にいる事にする。どうだ?」
「分かった。」
エースは、立ちあがった。
「情報局のほうでも調査を続けるが、軍事局から1名か2名、信用できる奴を貸してくれないか?いざと言う時、実践で戦える者が欲しい。」
「分かった。後で連絡する。」
大きく肯き、デーモンは言った。
「頼む。」
エースは、部屋を後にした。
エースが立ちあがるのを見て、ルークは一足早く部屋を出た。
脳裏には、先程の2名の後ろ姿が目に焼きついて離れない。
エースの腕がデーモンの肩にまわった時、思わず自分の身体を抱きしめていた。