ザイクのLove Maze  〜敗れざる者達 3 〜

 

三日後・・・。
エースの謹慎も解け、数カ月ぶりに情報局へと足を向けた。
・・・とはいえ、何も変わることはない。そのまま自室へ向かい、椅子を引いたその瞬間、呼び出しのベルが鳴り響いた。目の前の赤いボタンを押し、ビジョンに目をやる。
【久しぶりだな、エース長官。】
銀の髪の主がゆっくりと微笑む。
「本当に。ダミアン殿下もお変わり無く。」
とりあえず礼をとる。
【すまないけど執務室まで来てくれないか?】
それだけ言うと、ダミアンの通信は切れた。
結局座らずじまいで、エースは部屋を出ることとなった。




「ただいま参りました。ダミアン殿下、エースです。」
入室を促す声が聞こえ、エースは扉を開けた。
そこには、いつもであったらダミアンの世話をする小姓、侍従、衛兵達が仰々しくいるのであるが、珍しく彼だけが一名のみで存在していた。
「・・・他の者達は?」
情報局長官らしく、不審者がいないことを瞬時に確かめ、扉を閉める。
「出て行ってもらったよ。折り入って君と話がしたかったからね。・・・ま、座って。・・・酒がいいかい?」
ダミアンはそう言って、椅子を立ち、近くにあった戸棚から瓶を取り出す。
「いえ、そんな・・・。頂きます。」
エースはソファーに掛けながら含んだように笑った。それに気付いてダミアンの薄い唇も笑みを浮かべる。極上の細工を施されたグラスが二つ、目の前に置かれる。真上にあるシャンデリアの光と乱反射して、まるで宝石のような輝きをたたえていた。
「・・・乾杯。」
グラスをかさねる。芳醇な香りが香水のように身体を包む。
「何でございますか?まさか俺に酒をご馳走するためだけにここに呼んだのではないのでしょう?」
エースはダミアンに容赦ない視線を向けた。
「勿論。さて、本題に入るとするよ。エース、君はどちらの血を引いている?」
突然尋ねられ、エースも視線を緩めた。
「はい?」
「あぁ、ごめんごめん。君は父と母、どちらの血を引いているのかと聞いているのだよ。」
エースの胸に嫌な痛みが走る。
「・・・殿下?俺にそれを答えろと申されるのですか?」
複雑に輝く猫目石のダミアンの瞳が無言で頷く。
エースには答えられなかった。
「ノーコメント・・・か。それが答えなのかい?」
エースはそれでも何も言えなかった。
「君の父上は、確か【ブラックジャガー】だったね。それも最高の。何よりも誇り高く、自分を決して見失わなかった。奥方を守るため、君を守るために天界の刃に倒れたと大魔王陛下から聞いたことがあるよ。天界の印が結ばれた剣でその胴体を貫かれようと、心臓をえぐられようとも、その身体は奴らを倒すまで休まることを知らなかった。勇敢な戦士だったと・・・。」
「・・・そうです。」
エースは掠れた声でそう、呟いた。ダミアンはにっこりと笑う。
「やっと口を開いたね。そう、君の父上は魔界に於いて、その辺のちょっと術の秀でた悪魔達とは違い、本物の歴戦の勇者、君はその血を引く者。しかし、そのことを敢えて隠し、君は自分の力のみでここまで辿り着いた。誇りに思え、エース。何も恥じることはないんだ。君はただ・・・生きていけばいい。」
エースはギクリ・・・としてダミアンを見た。
相変わらずの微笑みでグラスの中身をゆっくりと流し込んでいく様を見つめた。
・・・この方にはかなわない・・・
そう、心底思った。プルシアンブルーの壁がダミアンの高貴さを際立たせている。その瞳は・・・一体どこまで知っているのだろうか?デ−モンとはまた違った、カリスマ的存在。実力主義でいつ下克上が起こるか分からないこの魔界に於いて、誰も反対することなく、この一族が大魔王陛下という最高権力者として君臨し続ける要因はこの辺にあるのかもしれない。
「・・・さて。謹慎が解けた早々悪いんだけど・・・。情報局でやってもらいたいことがあるんだ。いいかい?」
ダミアンが元の優しげな顔で口を開いた。
少し考え込んでいたエースが不意を衝かれて顔を上げる。
「何でしょう?」
猫目石がエースを最高司令官として見つめてくる。
「今日、蒼の惑星への第一団が発つ。人間と天界が手を組んだと言うことは、謹慎中の身であったとは言え君も知ってるよね?いくら愚かな人間達とて神どもが自分達に似せて作ったクローン体。微少ながら何らかの力を持っている。今回は非常に苦戦を強いられることとなるだろう。・・・そこでだ。情報局で総力を挙げて、蒼の惑星に関する情報を収集し、総司令官の元へ送って欲しいのだ。我々にとって蒼の惑星を奪われるのはこれからの戦力的にも実に痛い。それ以上に・・・総司令官を亡くすことの方が・・・。」
ここで初めて真摯な眼差しでエースを見つめていた。それに答えるようにエースも真剣にダミアンに対して深く頷く。
「分かりました。・・・では、早速調査を始めたいと思いますので、これで失礼いたします。・・・殿下。」
呼びかけられて、ダミアンは顔も上げずに頷いた。
「何だ?」
「・・・俺が・・・ただの悪魔だったら、あいつは・・・デーモンは・・・・・・・・いや、いいです。酒、美味かったです。失礼。」




「デーモン閣下、用意が出来ました。そろそろ出発を・・・。」
隊長の言葉をデーモンは手で制した。
ゆっくりと振り返る。ズラリと並んだ軍隊。・・・の背後にうっすらと霞みがかって魔都が見える。分かり切っていることは言え・・・ため息をついた。と、兵士達を掻き分けて、誰かがデーモンに近寄ってきた。
茶味がかった巻き毛を耳に掛けて、その者は微笑む。
「ルーク・・・。」
「や、デーモン・・・。」
いつもと変わらぬ気さくな笑顔。三日前に会って以来、顔を合わせる機会がなかった。
「俺・・・さ、今日は暇なんだ。途中まで送ってくよ。」
「え?」
あの時、バツの悪いことをしたまま別れるのは何だか気が引けていたのだろう。それはデーモンも同じことだった。
デーモンは嬉しくなって、大きく頷いた。
「喜んで!」




「なぁ、デーモン・・・。」
何度か次元の隙間を擦り抜け、ようやく安定した飛行状態になった宇宙船は、ゆっくりと一点の蒼白い光へ向かって進んでいた。
「んあ?」
ルークの声にデーモンはとぼけたように返事をする。
「今回の任務、かなり危険が付き纏うらしいって。・・・大丈夫か?」
「さぁな、・・・それにしても相手も怖いモノ知らずだな。大魔王様直属の蒼の惑星に侵入とは。」
危険任務をまるで楽しんでいるかのようなデーモンの口調にルークは眉を顰めた。
「おいおい・・・そんなお気楽に言うなよ。もしかしたら死・・・・むぐっ!」
言いかけたルークのでっかい口を手で塞がれる。
一睨みした後、デーモンは笑みを浮かべた。
「変なこと言うなよ。大丈夫、吾輩は死なん。ここで死んだら副大魔王に推挙して下さったダミアン殿下の名もデーモン一族の長の名も汚れてしまう。それに、この前受けた傷がまだ少し疼くのでな。せいぜい無理しないようにするよ。吾輩は・・・な。」
ふ・・・とデーモンの湖水の瞳にかげりが見える。
「どうした?」
「今回・・・情報局のバックアップがあるだろう?吾輩の元に情報を届けてくれる・・・彼奴が。」
『彼奴』・・・ルークは口を噤む。
「彼奴は・・・エースは馬鹿だからな。いつもはクールで冷静なクセに任務のためなら命なんてとっとと投げ出す大馬鹿野郎だ。・・・まぁ吾輩のためにってことはないが・・・。」
「デーモン・・・そのことだけど。」
ルークが言いかけた瞬間、後ろの方で爆発音が聞こえた。
慌ててメインスクリーンを見る。
「しまった!」
最後尾の船が壊れた玩具のように粉々にされていく。その遙か後方にチラリと、純白の見知らぬ船が蒼白い炎を吐いているのを確認できた。
勿論、蒼の惑星に近付けば、敵の攻撃が何かしら始まるとは思っていたが、これは予定外に早すぎる。
「ルーク!すぐに退避しろ!お前一名だけなら奴等も気付くまい。ここは吾輩に任せて早く!」
デーモンが叫ぶ。
確かに、装備もそうしっかりしないままの自分がここにいるのはただ、足手まといになるだけである。
「デーモン!帰ってきたら話がある!・・・生きて帰ってこい!」
ルークの言葉に一瞬、きょとんとした顔をしたが、すぐに笑顔で頷いた。
「分かった!」
それを確認して、ルークは異次元へ飛んだ。


                                                            
to be continude