モザイクのLove Maze 〜ARCADIA 5〜
「どういうことだ?」
ダミアンの執務室を半ば強引に連れ出されてしまい、少し怒りを露にしてエースはデーモンの肩を掴んだ。
「マスカレードなんて・・・たかだた月が重なるだけでそんな大層なイベントをするもんか。一体お前、何考えてるんだよ。」
不機嫌この上ない様子でエースはデーモンを睨みつける。
しかし当の本悪魔は結構あっけらかんとしてエースの言葉を聞いていた。
それを見て、怒り・・・よりも不信感の方が表に立ったらしい。
眉を顰め、デーモンの答えを真剣に待っていた。
「餌は撒いた。あとは・・・魚が食いつくか・・・だ。」
ほくそえむデーモン。
「大丈夫、エース長官。お前は黙って吾輩の指示に従い、マスカレードの準備を・・・表面上は行ってくれ。・・・別に情報局の仕事を邪魔しようとは
思っていないから・・・。」
「デーモン・・・・・・・。何を・・・考えている?」
怒りは収まったがその次には不安を感じたらしく、エースは目を細め、デーモンの微笑を見つめた。
しかし、やはりあっけらかんとして、エースの肩を軽く叩いた。
「大丈夫だから。エース長官はそんなことを気にしなくても良い。・・・吾輩の・・・そう、吾輩の為にやっていることだから。」
最後の言葉はとても真剣だった、が、そのまま手を上げると背を向けて行ってしまった・・・。
「さて・・・ここからどうすればいいのかな?」
ゼノンは森の最奥に辿り着いた。
小さな塚が一つ・・・琥珀色の砂の中にひっそりと佇んでいる。
きょろきょろと辺りを見回すが、何も・・・ない。
ゼノンは左手に付けていた鎖を、生まれて初めて外した。
鬼族の力を全て集めた封印の塚を開ける為の鍵。
何万年の間、何時でも付けっ放しだったモノ。
ちょっと見には銀細工のようにしか見えないが、気の遠くなるほどの長い間手入れをしなくともそれは朝日のように輝いていた。
「・・・?」
今まで感じなかった、遠い・・・はるかな記憶。
銀の瞳、銀の髪、そして・・・?
銀色の二角。
記憶と同じ、その色が初めてマジマジと見つめるその銀色・・・。
瞬間、ゼノンの脳裏に覚えた事も無い呪文が浮かび上がった。
「・・・?え・・・?」
驚く間もなくそれは唇の振動を通し、彼の言葉として辺りに響き渡った。
そして塚が・・・いや、大地全てが、風が、水が・・・何もかもがその呪文と、ゼノンの波動に反応を示している。
ふと、呪文が途切れた。
「・・・・・・・・どういうこと?」
自分でも何をしたのかよく分からないゼノンは、塚を見つめた。
すると・・・・。
ごう・・・・・ごご・・・ごうん・・・・・・・・・・・
鈍い音と共に、塚の中心が割れた。
「?!」
黄金色の月と紅い月の光が集まる。
それは一つの筋となって、割れた奥の中心にむかって、怒涛のごとく降り落ちてきた。
「え・・?」
ものすごい爆音。
落ちる直前、ほんの一瞬だけ見えた中心にあるもの。
金色の柄、長く細い刃・・・。
剣の様に見えた。
しかし確認する暇も無く、色とりどりの光の粒がゼノンに向かって襲い掛かってきた。
「うわぁああああああああああ!!!!!!!!!!!!!!!!」
「・・・何してるんだ?そんなところで・・・。」
半ば呆れた様にデーモンは勝手にくつろいでいる男に眉を顰めた。
「え?だって開いてたからサ・・・。報告書を持ってきたんだけど居ないし・・・。参謀部に帰るのも何だかなと思ったし。ここで待たせてもらったよ。」
そう言って、ルークはソファーの中で手を振った。
「・・・まぁいい・・・。それで?報告書は?」
デーモンのつっけんどんな言い回しにルークは苦笑しつつも持参した書類を手渡した。
「御苦労。・・・で?本当の用事は何だ?」
ぺらぺらと適当に書類を捲りながら、デーモンは顔も上げずに問う。
「そんな・・・ただお前の顔が見たかったって言ったら・・・?」
「さぁな、冗談だろうと言って笑い飛ばすか、蹴り飛ばすかどちらかだ。」
ちっともこちらを向いてくれないデーモンに、再びルークは苦笑を洩らす。
「本気だよ。」
思いもかけない真摯な声にデーモンは初めてルークの顔を見た。
「ル・・・ーク?」
大きな瞳を見開き、デーモンはルークの真剣な表情を観察した。
驚きを隠せないデーモンを真正面から見つめ、ルークはソファーから立ち上がり目の前に立った。
「ルーク・・・吾輩は・・・。」
何かを言おうとするが、言葉となってくれない。
しどろもどろになっていると、大きな手がデーモンの身体を抱き締めてきた。
「!!」
ビクリと身体が震える。
離そうにも力の差があり、・・・しかし、奇妙に心地よくルークの香りを繋ぎとめておきたかった。
「ごめんデーモン・・・黙って聞いて。」
ルークの声も心なしか震えている。
「俺・・・デーモンを見てるよ。これまでも、そして、ずっとこれからも。お前だけ見つめていくよ。デーモンが幸せになるのを・・・ずっと見つめていく
から・・・見つめていくから・・・・・・・・。」
語尾が弱くなっていく。不思議に思って、ゆっくりとルークの顔を見上げた。
「!・・・ルーク・・・・。」
水晶の瞳から流れる欠片。
止めどなく、それはデーモンの頬にピシャンと跳ねて落ちる。
「な・・・くな・・・ルーク・・・。」
両の手を涙が流れていく頬に添える。
「見つめて・・・いくからさ・・・・どうして・・・・?」
ルークの途切れがちな言葉はデーモンが予想していた流れではなかった。
「どうして?」
「どうして・・・覚えてないんだよ・・・エースが・・・可哀想だよ・・・・・・。ううん、違う。デーモン・・・お前が一番可哀想だよ・・・どうして思い出してやらな
いのさ?」
デーモンの胸の奥が詰まる。
小さな棘の様な物がシクリと痛みだす。思い出してはいけない。
まるで何かに封印されてしまったかのように、エースのことを思う度に身体が軋みだす。
「デーモン・・・?」
ルークは何も反応しなくなった腕の中の悪魔に不安げな声をかけた。
「大丈夫だ・・・。すまないルーク・・・吾輩は・・・答えてやることが出来ない・・・。彼の・・・エース長官のことを思う度に誰か、自分以外の誰かが吾輩
の意識を止めるのだ。それを思い出すことは許さないと・・・。しかし、吾輩思うのは、彼のことを早く思い出さないと何か不安な気持ちになるのだ。
奴は吾輩を恋悪魔と言った。だからと言うわけではないけれど・・・吾輩はエース長官の事を思い出さなくてはいけない気がするのだ。その為に吾輩
は自分の為に餌を撒いている最中だ。努力しているから・・・。」
一生懸命に言葉を捜し、自分を傷つけまいと細心の注意を払ってくれているのが、ルークには痛いほど分かった。
それがデーモンの仮面を付けても隠しきれない強みであり弱みであることも。
分かっていたからルークは・・・。
「もう良いよ。わかっているから。」
デーモンを拘束していた両の手を離した。
急に開放されてデーモンはそれまでルークに合わせて少し背伸びしていた不安定な爪先が揺れて後ろにひっくり返りそうになる。
「うわぁあっ!」
間一髪、ルークが支えてきちんと立たせてやった。
「あ・・・りがとう。」
少し恥ずかしそうにデーモンはルークにいつもの笑顔を向けた。
思わずつられてルークも笑う。
『へへへ・・・』と二名はしばらく笑いあっていた、が、ルークはデーモンの後ろにある立派な置時計を目にした途端、そこにあったファイルを持って扉
まで飛んでいった。
「しまった!!情報局にも呼び出されてたんだった!!!悪い!!デーモン・・・頑張れよ!!」
慌しくルークは出て行ってしまった。
先ほどの告白などまるでなかったかのように。
デーモンは小さく溜息をついた・・・その瞬間。
もう一度慌しい足音は扉の前に帰ってきて、ほんの少し扉を開いた。
「いつでもなんでも協力するからさ。」
それだけ言うと、今度は本当に行ってしまったらしい。
「・・・たったそれだけを言う為に・・・あいつ戻ってきたのか?」
椅子に座りながら口の端に微笑を浮かべる。
しかし、心の中では何か寂しさが通り過ぎていた。
紳士、淑女諸氏が続々と宮廷に上がってくる。
思い思いの優雅な衣装を身にまとい、豪華なシャンデリアと、壁に備え付けてある蝋燭の光の乱舞が眩しすぎるかもしれない。
巧みな男と女の駆け引きを繰り広げる、一夜の幻。
マスカレード(仮面舞踏会)。
その時、モザイク模様の床の上に敷き詰められた毛の長いプルシアンブルーの絨毯はその上に細い華奢な影を映し出した。
それに気付いた列席者たちの会話が全て止まり、影の方向に向かって最敬礼を取り始めた。
闇に溶ける黒のマントを少し翻すと、絨毯の色より更に鮮やかな蒼色の裏地が、彼のその美貌を際立たせているかのようだった。
マスカレード、というだけあって豪華な仮面が表情の半分を覆っていた。
皇帝の色である・・・とされている濃い紫の宝石を飾ったマスク。
歩く度に銀色の髪が背中で揺れている。
「今宵はよく集まってくれた。楽しんでいってくれたまえ。」
ダミアンの真珠のような声が広間中に響く。
その後ろを・・・白いマントと、黄金色の髪と同じ色の仮面を被ったデーモンが鋭い眼差しでダミアンの背中を見つめていた。
しかし・・・内心穏やかではなかった。
ゼノンに剣を持ってくるように頼んでから・・・すでに十日は過ぎている。
普通だったらもう、戻ってきても良いのに。
あの剣が今日の間に自分の手の中に戻ってこなかったら・・・。
この催しを強行した意味が無い。
ゼノン・・・早く・・・!!!
その瞬間、右腕を引かれて心臓が止まりそうになる。
「!!!」
バランスを崩した身体はそのまま引き寄せられた方向へ倒れそうになった。
「こらっ!・・・しっかりと立て。」
耳元で囁かれた声の主はエースだった。
「・・・エース長官・・・!!」
いつもよりも豪華な軍服を着込み、滅多に付けない装飾品が少し邪魔臭そうだった。
長い黒髪もきちんと纏めてあり、マスカレードらしく黒曜石を飾り付けた紅い仮面を付けていた。
「そんなに厳つい顔をするな。お前の策略が回りにバレたらどうする?・・・堂々としてればいい。そして来るべき時を待つんだ。」
力を込めて腕を握り緊めた。
そして何事も無いようにその場をサッ・・・と離れ、一瞬、デーモンに向かって振り向くと目配せをし、顎をくいっと上げた。
その動きに不信感を持ったが、すぐにその謎は解けた。
よく見ると、広間の至る所にルーク、ライデンがそれと分からせずに立っている。
二名とも、デーモンの視線に気が付くとホンのちょっとだけ笑い、また、辺りに視線を戻した。
「・・・ありがとう・・・。」
何となく背筋を伸ばし、緊張を緩ませると少しだけ余裕を持ってゼノンを待つことにした。