モザイクのLove Maze 〜ARCADIA 2〜
「・・・バッカだねぇ・・・。だからってデーモンまで怪我することないだろう?」
ルークが呆れ顔でデーモンの手を見た。
「悪い・・・でも、早く抜かないとダミアン殿下のお命が・・・。」
目を伏せ、机の一点を見つめるデーモン。
ゼノンは分厚い手袋を両手にはめ、改めてデーモンが抜いた剣を手に取った。
「これは・・・デーモンの胸を貫いた力と同じモノだね。下級の悪魔ならこれに触れただけで消滅させられるよ。・・・デーモンや・・・ダミアン殿下だから
無事だったんだ。その証拠に・・・。」
ゼノンは剣を置き、手袋を外した。そして手を差し出す。
「手袋を付けても、これだ。」
彼の掌は熱いものを素手で触れたときのように真っ赤になっていた。
「・・・でも、誰が?この魔宮に侵入できるような・・・そしてこんな剣を扱えるような天使が・・・。」
ルークはアイスティーを持って座った。
「侵入したことにさえ気付かなかった、我々の落ち度でもある。もう少し警備を強化したほうがいいな。」
デーモンが呟き・・・と、はっとしたようにゼノンを見た。
「まさか・・・まだこの中にいるってコトか?」
ゼノンは手をさすりながら静かに頷いた。
「可能性は高い。あの大混乱の中、逃げることも容易いけど、敵は確実にダミアン殿下を狙った。そして仕損じている。天界の掟では失敗には死
を・・・だ。まだ中にいる可能性が極めて高いよね。」
「でも、天界の奴等がここの中にずっと居るのは大変じゃない?俺達もそうだけど、天使が魔界にいるのは、そこに存在しているだけで力を消耗する
だろう?」
今まで黙っていたライデンが一気にアイスティーを飲み干して言った。
デーモンは布が巻かれた両手をマジマジと見つめながらふと、今更気付いたかのように辺りを見回した。
「・・・エース長官は?」
「あれ・・・?さっきまでその辺に・・・おや?」
ルークは誰も手付かずのアイスティー1つに気付いて首を傾げた。
「エース?エースだったらさっき侍従が来て、連れ出していったぜ?」
背の高いグラスの中の氷を口の中で噛み砕きながらライデンが答えた。
・・・と、言っている間に扉が開いた。
「おや、おかえり。今、噂していたんだ。」
ゼノンが笑って右手で自分の隣の席を叩き、手招いた。
「アイスティー、少しぬるくなっちゃった。入れ直そうか?」
「いや・・・いい。」
突き放すようにエースは答え、ゼノンが空けた場所にドカッと座り、足を組んだ。
その顔は何か考えている様だった。
「エース?どうかしたの?」
ライデンは下から覗き込むように尋ねる。
と、奇妙な表情は引っ込み、いつものエースの笑顔を向けた。
「何でもない。ありがとう、ルーク。」
アイスティーを一気飲みし、そう言うとまた、奇妙な顔に戻っていった。
その様子に四名は何も言えぬまま、静かすぎる時間だけが過ぎていった。
「エース、何を言われた?」
あのままお開きになったお茶の時間。
ルークはエースを捕まえていた。
「何も・・・。」
エースはふい・・・と横を向いた。
苛立つようにルークはエースの肩を掴み、こちらに顔を向けさせた。
「何にもないことないだろう?軍事局参謀を舐めるなよ・・・!!そんな顔して・・・!何があった?!殿下から何を言われた?!」
真剣なルークの表情。が、逃れるようにエースはまた、横を向いた。
そして、再び・・・ルークの方を見た。その瞳は彼が見たことのない他悪魔を見下すようなそんな下卑た目だった。
「・・・そんなにデーモンをモノにしたいのか?」
突然の言葉に、エースの肩を掴んでいたルークの手が緩んだ。
エースは肩にある両手を払い除けると、衣服を整えた。
「俺が今、ここで何かを言ったら全てデーモンに筒抜けか?舐めた真似するなよ・・・!!!言って置くがな!!アイツは俺のモノだ!!いくら記憶が
なくてもな!!!!」
ガツッ・・・・!!!!
イヤな音と共にエースの長身はソファーの端まで吹っ飛んだ。
「野郎・・・・!!!!」
怒りを露わにエースはルークの方を見た。
・・・が、ルークの顔を見て、怒りはどこかへ消えてしまった。
「・・・バ・・・・・・・カ野郎・・・。」
ルークの水晶のような瞳は、その欠片を零していた。はらはらと、それは止まるところを知らずに。
「ルーク・・・。」
エースは立ち上がり、近付いた。
「ルーク。」
再び呼びかける。が、彼は答えない。
ただ、水晶の欠片達を流し、エースを睨みつけていた。
「ルーク・・・悪かったよ、心にもないことを・・・。嘘だよ、ただ、苛ついて・・・。」
一生懸命、エースは言葉を紡ぐ。
「・・・バカ野郎・・・そんな一生懸命な言葉はデーモンに言ってやれ。」
まだ涙を溜めたまま、ルークは笑みを浮かべた。
それを見たエースも、つられて破顔する。
「・・・お前達が話していた内容と殆ど同じだ。」
突然話し始めたエースにルークは泣き顔を上げた。
「え・・・?」
「ダミアン殿下を襲った連中はまだ魔宮(ココ)にいる。」
エースは改めてソファーに座り直した。殴られた頬が痛むらしく、さすりながら彼を見つめる。
その向かい側にルークも腰を下ろす。
「どういうこと?」
エースは溜息をついて足を組んだ。
「殿下が仰るには、自分を襲ったのはかなりの使い手だそうだ。でなければあの剣は使いこなせるわけがないと。そして襲撃直前まで気配を隠して
殿下に近付くなんて出来ないだろう?殿下が気が付かないくらいだ。相当な力の持ち主だ。」
いつになく本気(マジ)な顔で事の次第を述べる彼に、ルークは奇妙な予感を覚えた・・・が、すぐに打ち消すように首を振った。
その様子を見て彼が不思議そうに見つめてくる。
「どうした?ルーク・・・。」
「何でもない。・・・でも、いくら上級天使でも魔界(ココ)にいればエネルギーの消費からは逃れられない。ずっと隠れているわけには・・・。」
当然の疑問を投げかけてくる。が、エースの硬い表情は変わらない。
不安を感じてルークはエースを見つめる。
「まさか・・・?!」
「その『まさか』だ。エネルギーの消費を防ぐには魔界の者になる。すなわち誰かに乗り移ること。」
ガバッ・・・・!!ルークは思わず立ち上がった。
「まさか・・・イヤだよ・・・俺・・・。そんなこと・・・。」
言葉にならない困惑を繰り返すルークを見て、エースの表情にも一筋の悲しみが浮かんだ。
「とても良いタイミングで記憶を無くし、それも奇妙な失い方をしている。その原因は・・・・元々は天界の奴等が作ったあのクソ恨めしい武器の所為
だ。アレで洗脳されているかも知れない。そう考えられた殿下は俺を呼び出された。」
ルークの手が震える。
「・・・ヤダよ・・・俺・・・。また・・・また仲魔を疑うことをするのか?そんなこと、あの時だけで充分だ・・・あんな思い・・・一回で充分だ!!」
握り拳で机を叩きつける。
反動で目の前にあったカップが音をたてて横に倒れた。
「落ち着け・・・ルーク。今のこと、デーモンには言うなよ。俺はヤツの所に行ってくる。」
エースは立ち上がり、扉に手をかけた。
「エース・・・!!」
と、後ろからの声にピクリとしてノブの方へ伸ばしかけた手を引いた。
「・・・何だよ。」
ルークは唇を噛みしめ、一瞬伏せ目がちになったが顔を上げた。
「さっき・・・・・・殴ったのは・・・絶対に謝らないからな・・・!!」
エースはふっ・・・と笑うと手を上げた。
「謝られる方が気味悪い・・・俺も謝られたくない。」
それだけ言い残し、彼は部屋を後にした。
「ばーか・・・。」
ルークは右手を握りしめた。
その中にはエースを殴ったときの痛みが残っていた・・・。
参謀部の扉を閉め、エースは溜息を一つ・・・と、ふいに左頬の痛みを思い出した。
「本気で殴りやがった・・・。」
口振りの割りには怒りは感じない。
実質的な痛みよりも彼を泣かせてしまったことの方が数倍辛かった。
「・・・ルークのヤツ・・・本気で・・・。」
それ以上は口にしなかった。
エースはそのままデーモンの執務室へ向かった。