モザイクのLove Maze 〜ARCADIA 1〜
いつもと変わらぬ日常。
相変わらず天界はうざったい・・・が、ゼウスもそろそろ力が弱ってきているらしく、昔ほど執拗な攻撃はなくなってきた。
お陰で魔界も平和・・・と言ってしまっても良いのだろうか・・・?
とりあえず暇を持て余し、ゼノンとライデンは参謀部のいつもの部屋に遊びに来ていた。
・・・がルークは不在で、勝手に入り込んで酒を飲んでいる。
「ホントに上手いな、この酒。どこで手に入れた?」
あまり飲めないライデンがグイグイとグラスを空にしていく。
ゼノンは嬉しそうに酒瓶から琥珀色の液体をグラスに注ぐ。
「知りたい?」
にぃ・・・とライデンの顔を覗き込む。
ライデンはまるで小動物のように頷いた。
「エースの部屋。」
「・・・でぇ・・・?」
思わず一気に酔いが醒める。
「・・・エ・・・エースの・・・部屋ぁ?」
「そ、情報局の掃除を手伝ったときにね。パチってきた。」
いともアッサリと言い放ってしまうゼノン。
「大丈夫かぁ?!よりにもよってエースの部屋から・・・。」
「大丈夫じゃあなかろう・・・ホラ・・・。」
ゼノンが扉の向こうを指さす。
よく耳を澄ますと・・・怒り爆発寸前の足音が聞こえてきた。
「ゼ・・・ゼノーン・・・。」
不安げなライデンに、ゼノンは笑みを浮かべた。
「ホ〜レ・・・来るで来るでぇ・・・。」
バタン!!
音高く、扉が開く。
「やぁ、エース。お前も一杯やるか?ん?」
ゼノンがグラスを上げてニッコリと微笑んだ。
「ゼ―――――ノ―――――ン―――――――・・・!!よくも・・・俺の・・・俺が・・・俺が・・・楽しみにとって置いた最高級のシェリー酒を!!!!」
「良いじゃないか、一本ぐらい。お裾分けってコトで。」
ゼノンはニコニコと笑みを浮かべたままで、エースの怒りなどまるで気にしていない様子だ。
エースは二名の前に置いてある瓶を手に取った。
「だぁ!!!もう・・・こんなに減って・・・ゼノン!!てめぇ!!!」
エースは右手でゼノンの襟首をとっつかまえた。が、ゼノンは怯むことなく再び笑う。
「デーモンは元気か?エース。」
その言葉にエースは右手を緩め、ソファーに座った。
ゼノンも居住まいを正して腰掛ける。
「・・・あぁ・・・とても。」
ふぅ・・・と溜息をつく。
エースの左手にグラスを持たせて、ライデンは酒を注いだ。
「・・・で?記憶は?」
ゼノンが尋ねる。
黙ったエースの表情は暗い。
「そっか・・・。戻る兆候もなし・・・か。」
ライデンはどっかりと身体をソファーに預けてグラスを傾けた。
「で?その本悪魔は?」
「執務室で溜まった書類と格闘中。」
カリカリカリカリ・・・・ペタンッ・・・。
先程から小さく、このような音しか聞こえてこない・・・が、その音の主は相当頭に来ていた。
「・・・ルーくぅ・・・まだあるのか?」
溜息混じりにデーモンが尋ねる。ルークは机の側で書類を束ね、引き出しの中にしまい、メガネを外した。
「・・・もう飽きちゃったの?まだ十分の一も処理しきれてないのに・・・。」
ゲンナリ・・・といった感じでデーモンはペンとハンコを投げ出した。
「もう良い!!デスクワークなんてでぇっ嫌ぇだぁ!!!早いトコこんなんやめて吾輩は蒼の惑星にけぇるぞ!!」
「帰る言われても・・・。お前のその傷と脳みそが治らない限り、ダミアン殿下もお許しにはならないよ。」
ルークは言い放ち、ふ・・・と、デーモンを見る。
ついさっきまでの脹れっ面は消え、不安に満ちた表情で窓の外を見ていた。
「・・・本当に【アイツ】は・・・吾輩の仲魔だったのか?ルーク。」
「またその話か・・・。そうだよ、エースはお前が何よりも大切にしていた仲魔だ。その傷だって、それからまだその下に残っている傷も全部エースに関係して負ったモノなんだぜ?」
ルークは溜息をついた。そしてデーモンをソファーの方へ手招く。
「座りなよ。もう今日はこれまでにしよう。お茶を飲もうよ。」
デーモンは三人掛けのソファーにゴロンと横になった。
「全く思い出せないんだ・・・。アイツの声も、顔も、姿も・・・。アイツは吾輩の恋悪魔と言った。恋悪魔だったらこんなに覚えていないコトってあるか?
一番大切な仲魔を・・・キレイサッパリ忘れるなんて出来ると思うか?そんな薄情な奴だったのか?吾輩は・・・。」
一心にルークの方を見つめる。
そんな一生懸命な姿にルークは首を横に振った。
「デーモン・・・お前がエースのことを忘れてしまったのはお前の所為ではない。だからといってエースの所為でもない。誰も悪くないんだよ。」
それ以上、何も言えなかった。
その数日後・・・。
ゆっくりとした午後の一時を蹴破った。
ジリリリリリリリリリリリ!!!!!!!!!!
突然、城内の緊急ベルがけたたましい音を叫び始めた。
「な、何だ?!」
ライデンがベルの方に顔を上げる。
「・・・ダミアン殿下の部屋だ!!」
そう言って飲みかけの酒を置くと、エースは消えた。
エースが現れたのは副大魔王執務室前だった。
瞬間、その扉が開く。
二名の視線がホンの一瞬だが交錯した。
「エース・・・長官、今のは殿下の・・・。」
デーモンの問いかけに無言で頷く。
「ダミアン殿下!!」
伏魔殿の最奥部の広間と言っても良いくらいの部屋。
そこがダミアンの自室だった。
本来、そこには呼び出しのコールを受けた者、ダミアンの縁者しか自由に出入りできないように強力な結界が張ってある。
しかし、今、それに躊躇している場合ではない。
「ダミアン殿下!!ここをお開け下さい!!殿下!!!!」
結界の壁をデーモンは力一杯叩く。が、何の応答もない。
「どけ、デーモン。今のお前じゃ無理だ。」
言うが早いか、エースの背にほの紅いオーラが上がる。
充分に力を集中させ、気合い一発、エースは結界諸共扉を突き破った。
さすがのデーモンも茫然とそれを見送る。
「いつも・・・こういうことをやっているのか?エース長官・・・。」
「今は緊急事態だ。どのような行為も許される。」
サラリと言ってのけるエースにデーモンも笑みを浮かべた。
が、それは部屋の惨状が目に入った瞬間、消え失せた。
「殿下!!」
プルシアンブルーの絨毯に対照的な紅い陶器が砕け、散らばっていた。
ものすごい嵐が吹きすさんだかのように、本や紙が部屋中にばらまかれてある。
「殿下!!ダミアン殿下!!」
デーモンが部屋の中を見回す。
むっ・・・とするようなキツイ香りが窓もない部屋に籠もっている。
眩暈を覚えてデーモンは足をふらつかせる。
左手が近くの柱を掴むのと、背後から支えたエースの手はほぼ同時だった。
「大丈夫か?デーモン。」
心配を表す言葉をかけてはいるが、言葉とは裏腹に冷静な視線だけは部屋を観察している・・・と、ベッドの陰に小刻みに揺れるモノを見つけた。
「殿下!!」
エースはベッドの脇に倒れ込んでいるダミアンの肩を掴んだ。
ぬるり・・・と気味悪い感触が手を濡らす。
「・・・ッ!!ダミアン殿下!!」
その感触を辿り、その終着点は見覚えのない黄金の剣の柄だった。
「エース長官!!」
複数の足音が聞こえ、衛兵達がやっと駆けつけた。
「デーモン、手を貸せ!!衛兵!医者だ!!!・・・いや、ゼノンを呼んでくれ!!」
エースの一喝に衛兵達は慌てて走っていった。
デーモンも二名に近付き、信じられない光景にぎょっとする。
「ダミアン殿下!!・・・この剣は・・・!!」
すばやくデーモンは剣を握った。そして一気に引き抜く。
同時にダミアンの肩口から鮮血が溢れた。
「そこのシーツを取ってくれ。止血を・・・。」
「お前が引き抜いたりしたからだ!!」
ベッドのシーツを剥ぎ、口と手で引き裂きながらエースは睨んだ。
「よく見るんだ!!この剣は天界のモノだ!!一秒でも早く剣を抜かねば、殿下の傷口は腐り始めるぞ!!」
そう言って逆にエースを睨み返すデーモンが剣を握った手はブスブスと煙を吐きながら焼けただれていた。